第百六十六夜 査問の欄
# 第百六十六夜 査問の欄
査問という言葉は、紙の上では強かった。
人を呼べる。
席を立たせられる。
説明を求められる。
そして、答えられなかった者へ、疑いの名を貼れる。
だからこそ、その言葉を使う側には、先に書かなければならない欄がある。
翌朝、貸与邸の作業室には、前夜に作りかけられていた紙が四枚並んでいた。
人事異動確認票。
受領者変更確認票。
査問要求受領票。
礼拝停止事実確認票。
さらに、その横に、細い別紙が一枚置かれている。
聖歌禁止命令有無確認票。
リシアは、その表題を見た時、思わず息を止めた。
「聖歌、ですか」
「はい」
クラウディアが答えた。
「腐敗側が信仰活動妨害を理由にするなら、礼拝、祈り、聖歌、信徒の出入り、施療、葬儀、婚礼のどれが実際に止められたかを分ける必要があります」
「止めていないものまで、止めたことにされるからですね」
「その通りです」
クラウディアは、机の上の一枚を指で示した。
「査問要求受領票は、査問を認める紙ではありません。査問を求める文書が届いたことを記録する紙です」
「棚移動要求と同じですね」
リシアが言うと、クラウディアは頷いた。
「はい。承認と受領を分けます」
ステファニアが、礼拝停止事実確認票を手に取った。
紙面は広くない。
しかし、欄は細かい。
礼拝停止命令の有無。
礼拝所閉鎖の有無。
信徒排除の有無。
祈祷文朗読禁止の有無。
聖歌全体禁止の有無。
危険配列を含む該当箇所の閲覧停止の有無。
施療停止の有無。
葬儀・婚礼・祈願の停止有無。
「ここまで分けるのですか」
ステファニアが尋ねた。
「分けないと、まとめられます」
クラウディアは答えた。
「聖歌保存調査会名義の音韻補修申請を止めた。これを、聖歌を禁じた、と言い換えられます。礼拝記録棚への移動を承認しなかった。これを、礼拝を妨害した、と言い換えられます。閲覧制限を解除しなかった。これを、信徒の祈りを妨げた、と言い換えられます」
「主語と述語が入れ替わる」
アインが言った。
「はい」
「なら、先に並べる」
「はい」
聖女アリシアは、机から少し離れた椅子に座っていた。
彼女は聖歌禁止命令有無確認票を見ている。
そこには、歌の名を書く欄と、止めた箇所を書く欄が別に設けられていた。
歌全体。
欠損復元箇所。
音韻補修対象。
応答句。
拍。
再現可能配列。
「歌を止めることと、歌の中に混ぜられた命令の形を止めることは、違います」
聖女アリシアが言った。
「この欄は、その違いを残せます」
エレナが、その言葉を控える。
アリシア・ファーランドは、閉じた扇を膝の上へ置いたまま、紙面の余白を見ていた。
「余白が少し広いですわね」
「どこですか」
クラウディアが尋ねる。
「査問要求者の補足欄です。ここだけ広い」
クラウディアは紙面を見た。
たしかに、他の欄より少し広い。
「長い弁明を書かせるつもりはありませんでしたが」
「書く方は、ここへ信仰、秩序、敬虔、古来の慣例を入れますわ」
アリシア・ファーランドは穏やかに言った。
「そして、読む方は、その美しい言葉に気を取られます」
「削ります」
クラウディアは即答した。
「いえ、削りすぎると逃げられます」
アリシア・ファーランドの扇が、膝の上でわずかに動いた。
「欄の上に、こう書いてくださいませ。具体的事実のみ。抽象語は分類欄へ」
マキナが、低く笑った。
「抽象語の受け皿を作るんだ」
「はい」
クラウディアが筆を取った。
「具体的事実欄。抽象語分類欄。根拠文書番号欄。三つへ分けます」
「よろしいかと」
アリシア・ファーランドは言った。
「綺麗な言葉ほど、置き場所を決めて差し上げませんと」
リシアは、思わず紙面を見直した。
信仰。
秩序。
敬虔。
古来の慣例。
それらは、聞いただけなら否定しにくい。
けれど、具体的に何が止められたのかと問われた時、ただの飾りになる。
飾りを飾りとして置く欄。
それが、抽象語分類欄だった。
「では、信仰活動妨害と書かれた場合は」
リシアは、紙面に指を置いた。
「まず、礼拝が止められたか。祈りが禁じられたか。聖歌全体が禁じられたか。信徒が排除されたか。施療が止められたか。葬儀や婚礼が止められたか。そこを確認する」
「はい」
クラウディアが答える。
「どれも止まっていなければ」
「妨害対象不明」
ステファニアが言った。
リシアは顔を上げた。
ステファニアは、少しだけ首を傾ける。
「言い方が硬すぎますか」
「いえ」
リシアは首を横に振った。
「とても、正確だと思います」
「では、採用します」
クラウディアが書き込んだ。
妨害対象不明。
その六文字が、紙の上で妙に強く見えた。
アインは、少しだけ目を細めた。
「いい」
それだけだった。
◇
昼前、学院神殿部へ届いた写しは、昨日より一枚多かった。
エリオット・ヴァルナーは、照会記録担当の机で封を開けた。
宛名は、やはり彼個人ではない。
学院神殿部照会記録担当。
誰が受けてもよい形。
誰か一人を前に出さない形。
エリオットは、その宛名を見てから、封蝋を崩した。
中に入っていたのは、同番号照合札の追記写しと、査問要求受領票の雛形だった。
まだ、査問要求そのものは届いていない。
届く前に、受け取る欄が来ている。
隣にいた年長補助員が、短く息を吐いた。
「早いな」
「来ると見ています」
エリオットは答えた。
「正規監査室の担当者を替える。あるいは、信仰活動妨害として査問を求める」
「そうだろうな」
年長補助員は、紙面を覗き込んだ。
「お前なら、どこを見る」
エリオットは、すぐには答えなかった。
紙面を順に読む。
査問要求者。
根拠文書番号。
具体的事実。
抽象語分類。
礼拝停止命令の有無。
聖歌禁止命令の有無。
信徒排除の有無。
施療停止の有無。
受領者変更の有無。
人事異動要求の有無。
「具体的事実欄です」
エリオットは言った。
「信仰活動妨害と書かれていても、どの礼拝所で、いつ、誰が、何を止められたのかがなければ、査問理由が成立しません」
「それだけか」
「いいえ」
エリオットは、次の欄へ指を移した。
「抽象語分類欄です」
年長補助員が、眉を上げた。
「信仰、秩序、敬虔、慣例、聖歌の尊厳。そうした語が具体的事実欄へ書かれた場合、分類欄へ移す。移した後に具体的事実欄が空けば、妨害対象不明」
「よく読めている」
「昨日、抽象と返ってきましたので」
年長補助員は、口元をわずかに押さえた。
「正規監査室の教育効果が出ているな」
「私は、直接教わっていません」
「紙に教わっただろう」
エリオットは、少しだけ考えた。
「はい」
真面目な返答だった。
年長補助員は笑わなかった。
笑えば、彼の真面目さを茶化すことになる。
今、必要なのは、笑いではなく、受け取る手だった。
「では、準備しておけ」
「承知しました」
「お前の名で受けるな」
「はい。照会記録担当として受けます」
「候補生としても書くな」
エリオットは、少しだけ目を伏せた。
「はい」
候補生であることを書かない。
その方が安全だと分かっている。
だが、少しだけ胸が重くなる。
自分が何者として立っているのかを、紙の上で一度外すことになるからだ。
年長補助員は、その重さを見ていた。
「外されるわけではない」
「はい」
「今は、棚を持つ手を増やす。名前は後で戻せる」
エリオットは、そこでようやく頷いた。
「分かりました」
彼は、末尾の署名欄を空けたまま、受領欄だけを整えた。
学院神殿部照会記録担当。
それで足りる。
今は、それで足りるようにする。
◇
同じ頃、教皇庁の奥では、臨時査問要求書が作られていた。
紙は厚い。
封蝋は大きい。
文面は重々しい。
正規監査室による信仰活動への過度な介入、礼拝記録棚からの文書留置、聖歌保存調査への不当干渉、関係者閲覧制限による信徒の祈りへの支障。
腐敗枢機卿の側近達は、その言葉を何度も読み返した。
「これなら動く」
「信仰活動妨害だ。正規監査室も無視はできまい」
「年嵩の監査官を外せ。補助監査官も替えろ。若い司祭の移管も、不当保護として戻させる」
「学院神殿部への写しも止めるべきだ」
「聖王国封印部へは、信仰上の内部問題として閲覧を拒め」
言葉が積み上がる。
積み上がるほど、紙は重く見えた。
だが、誰も具体的な礼拝所名を書かなかった。
誰も、いつ祈りが止められたのかを書かなかった。
誰も、どの聖歌が禁じられたのかを書かなかった。
聖歌保存調査会名義の音韻補修申請。
礼拝記録棚への移動要求。
閲覧制限解除の拒否。
それらは書ける。
けれど、礼拝停止にも、聖歌全体の禁止にも、信徒排除にも当たらない。
だから、彼らは書かなかった。
書かなければ、そこは美しい言葉で覆えると思っていた。
「具体例は」
側近の一人が尋ねた。
「必要ない」
別の者が答える。
「信仰活動への支障は、信徒の心の問題だ」
「では、そう書く」
筆が動いた。
信徒の心に深刻な不安を与えた。
行は綺麗に埋まった。
しかし、その言葉もまた、具体的事実ではなかった。
◇
正規監査室へ臨時査問要求書が届いたのは、午後の祈りが終わった後だった。
年嵩の監査官は、封蝋を見て、すぐには開けなかった。
補助監査官が隣に立つ。
「来ましたか」
「来た」
年嵩の監査官は、机の端に置いていた写しを一枚手に取った。
査問要求受領票。
昨日の棚移動要求受領票と、形がよく似ている。
違うのは、根拠欄が多いことだった。
「開封時刻を記録」
「はい」
「封蝋状態」
「破損なし」
「受領者」
「正規監査室受領窓口。個人名は補助欄へ」
「よい」
封が開かれる。
臨時査問要求書の文面が現れた。
補助監査官は、一読して顔をしかめた。
「強い文面です」
「強い言葉だ」
年嵩の監査官は訂正した。
「強い事実かどうかは、これから見る」
彼は、査問要求受領票を手元へ引き寄せた。
査問要求者。
腐敗枢機卿名義。
同席者。
二司教副署。
根拠文書番号。
未記入。
具体的事実。
正規監査室による信仰活動への過度な介入、礼拝記録棚からの文書留置、聖歌保存調査への不当干渉、関係者閲覧制限による信徒の祈りへの支障。
年嵩の監査官は、そこで筆を止めた。
「これは、具体的事実欄には入れられない」
「分類しますか」
「分類する」
抽象語分類欄。
信仰活動への過度な介入。
不当干渉。
祈りへの支障。
信徒の心への不安。
補助監査官は、黙って見ていた。
具体的事実欄が空く。
紙の上に、空白が残る。
「礼拝停止命令の有無」
「なし」
「礼拝所閉鎖の有無」
「なし」
「信徒排除の有無」
「なし」
「祈祷文朗読禁止の有無」
「なし」
「聖歌全体禁止の有無」
「なし」
「該当危険配列の閲覧停止」
「あり」
「施療停止」
「なし」
「葬儀、婚礼、祈願の停止」
「なし」
補助監査官の筆が、規定欄を埋めていく。
なし。
なし。
なし。
あり。
なし。
その中で、あり、と書かれたのは一つだけだった。
危険配列を含む該当箇所の閲覧停止。
「妨害対象」
補助監査官が尋ねた。
年嵩の監査官は、少しだけ目を閉じた。
それから、書いた。
妨害対象不明。
ただし、危険配列閲覧停止は継続。
「これを送る」
「どこへ」
「査問要求者へは受領票。正規記録室へ原本写し。王政府、学院神殿部、封印部へ同番号照合札。聖女アリシア本人発言欄付きの礼拝停止事実確認票を添付する」
「聖女アリシア様の発言を」
「信仰活動妨害を名乗った以上、信仰側の立会確認を抜けない」
補助監査官は頷いた。
その時、部屋の隅で、若い司祭が小さく顔を上げた。
彼は今日も名を書かれていない。
椅子に座らされ、外へ出されず、証人にもされていない。
ただ、同じ部屋で、同じ紙を見ていた。
「私は」
若い司祭は言った。
「この査問に、呼ばれますか」
年嵩の監査官は、すぐに答えた。
「呼ばせない」
「ですが、私が清書した文書が」
「査問理由は信仰活動妨害だ。君の清書ではない」
「それでも」
「呼ぶなら、査問要求者は先に君を何者として呼ぶのかを書かなければならない」
年嵩の監査官は、若い司祭を見た。
「証人か。被疑者か。清書者か。保護対象者か。正規監査室への提出者か。どれも書けないなら、呼べない」
若い司祭は、唇を結んだ。
「私は、何もしなくてよいのですか」
「何もしないことも、今は仕事だ」
年嵩の監査官は言った。
「君が動けば、君の足跡だけが大きくなる。今は、紙に歩かせる」
若い司祭は、深く息を吸った。
そして、頷いた。
◇
貸与邸へ査問要求受領票の写しが届いた時、日が傾き始めていた。
エレナが封を開ける。
クラウディアが読み、机の中央へ置く。
リシアは、その紙面を見た。
すぐに、どこが怖いのか分かった。
具体的事実欄が、空いている。
抽象語分類欄だけが埋まっている。
信仰活動への過度な介入。
不当干渉。
祈りへの支障。
信徒の心への不安。
どれも重い言葉だ。
だが、どこで、誰に、何が起きたのかは書かれていない。
「妨害対象不明」
ステファニアが読み上げた。
「ただし、危険配列閲覧停止は継続」
マキナが、椅子の背に沈み込んだ。
「強いねぇ。短いのに逃げ場がない」
「逃げ場はあります」
クラウディアが言った。
「具体的事実を出せばよいだけです」
「出せないから困ってるんだよねぇ」
「それは、こちらの問題ではありません」
マキナは肩をすくめた。
聖女アリシアは、紙面の別欄を見ていた。
礼拝停止命令の有無。
なし。
礼拝所閉鎖の有無。
なし。
信徒排除の有無。
なし。
聖歌全体禁止の有無。
なし。
危険配列を含む該当箇所の閲覧停止。
あり。
「この書き方なら、私は立てます」
聖女アリシアが言った。
「祈りは止まっていません。礼拝も止まっていません。聖歌も禁じられていません。止められているのは、危険な配列を写せる形へ戻すことだけです」
エレナが筆を走らせた。
リシアは、聖女アリシアを見た。
その声には、怒りがある。
しかし、誰かの祈りへ向けた怒りではない。
祈りを盾にして、紙の下へ命令を滑り込ませる手への怒りだった。
「査問は、どうなりますか」
リシアが尋ねる。
「要求は成立しません」
クラウディアが答えた。
「ただし、相手が取り下げるとは限りません」
「次は」
「人事異動です」
ステファニアが言った。
視線は紙面から外れない。
「査問が通らないなら、査問を扱う者を替える。正規監査室の担当を外す。補助監査官を移す。学院神殿部の照会記録担当を変更させる。王政府窓口には、信仰内部問題として照会停止を求める」
「その場合は」
リシアは、自分の前に置かれた紙へ視線を移した。
人事異動確認票。
受領者変更確認票。
引継ぎ棚番号。
未処理文書数。
封緘状態。
立会人。
異動理由。
査問との関係。
「異動理由欄へ、同じ言葉が入るのでしょうか」
「おそらく」
ステファニアは答えた。
「信仰活動への支障。組織秩序の回復。関係者の負担軽減。調査の公正性確保。どれも、綺麗に見える言葉です」
「具体的事実欄と、抽象語分類欄を分けます」
リシアが言った。
「はい」
クラウディアが頷く。
「同じ手順で足ります」
アリシア・ファーランドの扇が、ぱちりと鳴った。
「足りますが、もう一つ欲しいですわね」
「何をですか」
「異動によって、どの紙が誰の手を離れるのか」
その言葉で、リシアは手元の紙を見た。
人が動く。
担当が替わる。
それは、ただ席を移すことではない。
その人が持っていた紙が、移る。
あるいは、移らない。
「紙の引渡目録」
リシアが言った。
ステファニアが、すぐに頷く。
「異動前保管文書、異動時未処理文書、異動後受領者、引渡不能文書、封緘破損の有無」
「それですわ」
アリシア・ファーランドが言った。
「人を動かしたつもりで、紙の所在を動かしたことまで書かせましょう」
アインは、同番号照合札を見ていた。
「人事も、棚だな」
「はい」
クラウディアが答えた。
「人が棚を持っている場合があります」
「なら、守る」
「承知しました」
聖女アリシアが、そこで静かに口を開いた。
「もう一つ、お願いしてもよろしいでしょうか」
全員の視線が向く。
「信徒不利益確認欄を入れてください」
「信徒不利益」
リシアが繰り返した。
「はい。礼拝が止まっていなくても、信徒が本当に困っていることはあります。祈りの場で不安を覚えた方、説明を受けられず混乱した方、聖歌保存調査と聞いて献金した方、閲覧制限を信仰弾圧だと聞かされた方。そういう方々の不利益まで、腐敗側へ渡してはなりません」
部屋が静かになった。
聖女アリシアは続けた。
「祈りが利用されたなら、利用された信徒も被害者です」
その一言は、紙の上にまだ欄を持っていなかった。
リシアは、胸の奥が冷えるのを感じた。
腐敗側を止める。
危険配列を止める。
紙を守る。
そのどれも必要だ。
けれど、騙されて祈った者は、どこへ置かれるのか。
「信徒不利益確認欄」
リシアは、ゆっくり言った。
「説明不足、虚偽説明、献金誘導、礼拝所での不安拡散、相談窓口の有無、救護継続の有無」
クラウディアが筆を止めた。
それから、わずかに目を細める。
「追加します」
アインは、聖女アリシアを見た。
「必要だな」
「はい」
聖女アリシアは答えた。
「祈りを止めないなら、祈った方も置き去りにしてはいけません」
◇
夜、腐敗枢機卿の部屋へ、臨時査問要求受領票が戻った。
厚い封筒だった。
開く前から、嫌な予感はあった。
中には、彼らが出した査問要求書の写しと、正規監査室の受領票が入っていた。
承認番号はない。
却下番号もない。
ただ、受領番号だけがある。
そして、欄が埋まっている。
抽象語分類。
信仰活動への過度な介入。
不当干渉。
祈りへの支障。
信徒の心への不安。
具体的事実。
空欄。
礼拝停止。
なし。
礼拝所閉鎖。
なし。
聖歌全体禁止。
なし。
信徒排除。
なし。
危険配列閲覧停止。
あり。
妨害対象。
不明。
ただし、危険配列閲覧停止は継続。
「ふざけている」
誰かが言った。
「査問要求を受けておきながら、妨害対象不明だと」
「礼拝が止まったかと聞いている」
「止まっていない」
「聖歌が禁じられたかと聞いている」
「禁じられてはいない」
「では、信徒の心の不安だ」
「具体的事実欄へ戻される」
沈黙が落ちた。
言葉が、紙の上で逃げ場を失っていた。
美しい語は抽象語分類欄へ置かれる。
具体的な出来事は、具体的事実欄へ求められる。
どちらにも置けない言葉は、査問理由にならない。
「人事を動かす」
腐敗枢機卿が、低く言った。
「正規監査室の担当を外せ。補助監査官を替えろ。学院神殿部の照会記録担当も替えさせる。受領者を替えれば、紙の流れは止まる」
側近達が、すぐに筆を取った。
人事異動要求。
理由は、信仰活動への支障を避けるため。
調査の公正性を確保するため。
関係者の負担を軽減するため。
組織秩序を回復するため。
どれも、綺麗な言葉だった。
だが、その紙が完成する頃には、貸与邸の机の上で、新しい欄が整っていた。
人事異動確認票。
紙の引渡目録。
信徒不利益確認欄。
彼らはまだ知らない。
人を動かす紙もまた、紙を動かした証拠になることを。
査問の欄は、空いたままだった。
空欄は、沈黙ではない。
そこに書けなかった事実を、誰よりも正確に示していた。




