↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベルカ  作者: 柿内彦左衛門
新しい風

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

191/224

第百六十夜 開く前に止まれるか

# 第百六十夜 開く前に止まれるか


 三通の文書に、三つの返答が届いた。


 早かった。


 早すぎるほどだった。


 貸与邸の作業室で、リシアは封緘の並びを見ていた。


 一つは、学院神殿部。


 一つは、聖王国王政府文書受領窓口。


 そして一つは、封印部。


 最後の封筒だけ、紙の質が違う。


 白くない。


 灰色に近い。


 表には飾り罫も、祈りの紋もなかった。


 ただ、封の横に小さく押された印がある。


 封印部記録受領。


 閲覧前停止。


 その二語だけで、部屋の空気が少し変わった。


「止まりましたか」


 ステファニアが尋ねた。


「止まった、とはまだ言い切れません」


 クラウディアが封を見たまま答える。


「閲覧前停止は、扉を開ける前の手続き停止です。写本状態確認そのものを否認したのか、対象語だけを隔離したのか、申請者を差し戻したのかで意味が変わります」


「相変わらず、止まるにも種類があるのですね」


「止まらなかった時の責任も変わります」


 リシアは、そこに頷いた。


 もう、止まったという言葉だけでは安心できない。


 誰が止めたのか。


 どこで止まったのか。


 止まった後、何が動いたままなのか。


 それを見なければならない。


「開けます」


 リシアは封を切った。


 中には、短い返答文と、照合票が入っていた。


 読み上げたのはエレナだった。


「聖王国封印部は、古い典礼補助書庫に対する写本状態確認申請について、対象語の一部が欠落目録および封印誓約系目録と一致するため、閲覧前室での現物確認を停止する」


 部屋の中で、誰かが息を吐いた。


 リシア自身かもしれない。


「続き」


 アインが言う。


「停止中、対象写本は移動不可。申請者、写本管理者、封印部受付、正規監査室、神殿系資料整理院の各記録を照合する。照合完了まで、本文、唱和句、応答句、音韻、拍、再現可能配列の閲覧および複写を禁ずる」


「よし」


 アインの声は短かった。


 だが、リシアには分かった。


 安心ではない。


 まだ戦える場所に戻った、という声だった。


「最後に、照会があります」


 エレナの指が、紙の下段で止まった。


「封印部は、聖王国側SEAK本体に保存されるルカ誓約系管理記録の限定照合を提案する。照合範囲は、開庫前停止手順、危険語索引、閲覧前室封鎖規則、事故再発防止分類。ただし、本文記録、詠唱本文、境界儀礼、召喚補助句は対象外」


 ルカ。


 初めて見る名だった。


 だが、紙面の中では、ずっと前からそこにあったように扱われている。


 聖王ルカ。


 ルカ誓約。


 ルカ管理則。


 短い名なのに、石の奥へ刻まれたような重さがある。


「ルカ、ですか」


 リシアが呟く。


 アリシア・ファーランドの扇が、そこで止まった。


 開いていた扇ではない。


 閉じて、指先に持っていた扇。


 その骨が、わずかに鳴る。


「聖王国の始祖名ですわね」


「ご存じでしたか」


「名だけは。ですが、ここで出てくるとは思いませんでしたわ」


「聖王国基礎史では、ルカ聖王は封印の誓約を結んだ人物とされています」


 エレナが補った。


「ただ、講義用の資料では、技術者としての記述はほとんどありません」


「封印の王、ですか」


 ステファニアが紙面を見る。


「それにしては、照合範囲が祈りではありませんね」


「手順です」


 クラウディアが言った。


「開庫前停止手順、閲覧前室封鎖規則、事故再発防止分類。信仰文書ではなく、管理文書です」


「うん。これ、教会の書庫じゃないね」


 マキナが、いつの間にか部屋の端に立っていた。


 白衣の袖から工具が少し覗いている。


 リシアは、もう驚かなかった。


 驚かない自分に少し驚いた。


「いつからいた」


 アインが言う。


「ルカ誓約って聞こえたあたりから」


「入室許可は」


「クラウが後で怒る分には、今ここにいてもいいかなって」


「怒ります」


 クラウディアの声は平坦だった。


「はいはい。後でね。今はこっち」


 マキナは卓上へ近づき、照合票を覗き込んだ。


「封印じゃなくて運用手順だね。怖いものを怖いまま棚に置くタイプ」


「怖いものを棚に置くのですか」


 リシアが思わず聞いた。


「置かないと、誰かが床下から拾うんだよ」


 マキナは軽く言った。


 けれど、その目は笑っていない。


「捨てても駄目。隠しても駄目。祈りに混ぜても駄目。だから、これは危ない、これはまだ触るな、これは触るなら止める人を横に置け、って札を付けて棚に置く。うん。嫌だけど、分かる」


「嫌なのですね」


「嫌だよ。管理できると思った人間が一番危ないんだよ」


 その一言だけ、部屋に重く落ちた。


     ◇


 封印部の返答には、接続条件も添えられていた。


 学院旧観測室。


 旧礼拝施設。


 封印部管理窓口。


 三者立会い。


 取得範囲は五分類。


 避難経路。


 限定封鎖点。


 水源。


 渡河設備。


 旧観測線。


 そこまでは、以前の申請と同じだった。


 違っていたのは、最後の注記だった。


 ルカ誓約系管理記録への限定照合において、系譜反応が生じた場合は、本文取得へ進まず、停止確認へ移行すること。


 系譜反応。


 その言葉を見た瞬間、リシアは自分の手を見る。


 何かが光っているわけではない。


 指先はいつも通りだ。


 それでも、胸の奥が少し冷えた。


 ベルカの系譜。


 母系譜因子。


 ファーランド。


 アリシア・ファーランド。


 ステファニア。


 自分。


 ここまで何度も、その言葉が道を開き、同時に道を狭くしてきた。


「系譜反応は、鍵ではありません」


 クラウディアが先に言った。


 リシアが顔を上げる。


「はい」


「何かを開ける権利ではありません。古い記録側が、責任者候補として警告を出す条件です」


「責任者候補」


「はい。開けてもよい者ではなく、止める責任を持つ可能性がある者」


 リシアは、少しだけ息を吐いた。


 開ける力。


 それより、止める責任。


 同じ重さなのに、向きがまるで違う。


「接続者を整理します」


 クラウディアは、卓上表示を淡く開いた。


 物理的な光ではない。


 指揮官級の拡張視覚端末を通した共有表示。


 それでも、見えている者には、そこに白い線があるように感じられる。


「アイン殿下はベルカ皇族系譜およびアークライト権限保持者。アリシア・ファーランドはガルフ母系ベルカ皇族直系発現および鍵スフィア所有者。ステファニアはSEAK異常共鳴適性保持者。リシアはファーランド系譜判断者。メイは鍵スフィア保持補助および前回感覚申告者」


「私は?」


 エレナが尋ねた。


「現代側記録員です」


「はい」


 エレナはすぐ頷いた。


 自分が中に入らないことを、当然のように受け止めている。


 それもまた、強さなのだとリシアは思った。


「私は管制と切断権限を持ちます。マキナは技術危険監視。トトは観測統合と異常検出」


『承認』


 トトの声が卓上から返る。


「聖女アリシアは」


 リシアが言いかけて、止まった。


 聖女アリシアは、部屋の少し後ろにいた。


 接続の輪から半歩だけ外れた場所で、白い衣の聖印に指を添えている。


 貴族の合図ではない。


 祈りが命令に変わらないよう見張る、聖女の姿だった。


「わたしは、祈りを命令に変えないために、外にいます」


 聖女アリシアは言った。


「ただ、誰かが祈りの名で開けようとするなら、止める側に立ちます」


「ありがとうございます」


 リシアは頭を下げた。


 聖女アリシアは微笑まなかった。


 ただ、頷いた。


     ◇


 接続は、学院旧観測室では行われなかった。


 旧観測室は、入口だった。


 今回は、そのさらに奥。


 旧礼拝施設と封印部管理区画の間にある、石造りの小室だった。


 壁に窓はない。


 祭壇もない。


 あるのは、円形の石台と、三つの浅い溝だけ。


 旧観測室側から来た記録官が一名。


 旧礼拝施設側から来た老司祭が一名。


 封印部側から来た灰色の衣の女性が一名。


 それぞれが、互いに一礼した。


 誰も、相手を完全には信用していない。


 だが、互いがいなければ開かない場所へ来たことだけは、全員が理解している。


「本文取得なし」


 灰色の衣の女性が言った。


「本文取得なし」


 記録官が復唱する。


「危険語索引は、表題および停止区分のみ」


 老司祭が続けた。


「表題および停止区分のみ」


 リシアは、自分の声が混じらないように黙っていた。


 ここは、聖王国側の手続きの場所だ。


 自分たちは、求められて立ち会っている。


 踏み込むのではない。


 求められた範囲で、止まるためにいる。


 メイが、鍵スフィアを布から出した。


 前回と同じように、両手で持つ。


 けれど、今回は手が震えていない。


 石台の中央へ置く。


 手を離す。


 止まる。


 そして、ゆっくりと一歩下がった。


「返事は」


 アリシア・ファーランドが小さく言う。


「いたしません」


 メイは答えた。


「よろしい」


 その短いやり取りだけで、リシアの胸が少し温かくなった。


 鍵スフィアの光が灯る。


 白ではない。


 青でもない。


 古い紙の上へ落ちる月明かりのような、薄い銀色だった。


 石台の三つの溝に光が流れる。


 旧観測室。


 旧礼拝施設。


 封印部。


 三つの線が中央で触れ、そこで止まった。


「停止確認」


 クラウディアが言う。


『外部接続なし。未承認応答なし。本文取得なし。音韻取得なし』


 トトが続ける。


「五分類照合を開始します」


 灰色の衣の女性が、封印部の札を石台へ置いた。


 表示が開く。


 地図ではない。


 索引でもない。


 扉だった。


 五つの扉。


 それぞれに、表題だけが刻まれている。


 避難経路。


 限定封鎖点。


 水源。


 渡河設備。


 旧観測線。


「前回と同じ範囲です」


 ステファニアが言った。


「同じなら、進めて」


 アインが答える。


 五つの扉の前に、小さな灯がともる。


 一つずつ。


 どれも、淡い青。


 取得可能。


 停止可能。


 受取人分離。


 表示はそう読めた。


 リシアは、自分の胸に手を当てそうになって、止めた。


 手を当てれば、祈る形に見える気がした。


 今は、祈るより先に見る。


 見るより先に、止まれるかを確かめる。


 そう思った時だった。


 鍵スフィアの銀色が、わずかに沈んだ。


 沈む。


 その表現が正しいのか分からない。


 光が暗くなったのではない。


 奥行きが生まれた。


 石台の中心に、そこにはないはずの深さが見えた。


「異常」


 クラウディアの声が鋭くなる。


『外部接続なし。本文取得なし。未承認流入なし。ただし、鍵スフィア内部索引に未登録導線反応』


「切断」


 アインが言った。


 速かった。


「待って」


 アリシア・ファーランドが、それを止めた。


 扇は開いていない。


 声も荒くない。


 ただ、低い。


「未登録導線の方向は」


『外部ではありません。聖王国SEAK本体内部。封印部管理層より下。ルカ誓約系記録群、停止階層』


 灰色の衣の女性の顔色が変わった。


「ルカ誓約の下層など、現行目録にはありません」


「なら、現行目録の外ですわね」


 アリシア・ファーランドが言った。


「クラウディア」


「切断準備維持。本文取得なし。音韻遮断。映像遮断。表題のみ保持」


「ステファニア」


「索引構造だけを見ます。意味へ進みません」


「リシア」


 アリシア・ファーランドの目が、こちらを向いた。


「止める準備を」


「はい」


 リシアは頷いた。


 何を止めるのか、まだ分からない。


 だが、止める準備だけはできる。


「アイン様」


 アリシア・ファーランドが最後に言った。


「危なければ」


「切る」


 アインは迷わなかった。


 その一言で、リシアは少しだけ前を向けた。


 切れる人がいる。


 止める人がいる。


 なら、見る人も必要になる。


     ◇


 石台の深さの底に、文字が浮かんだ。


 読める。


 だが、読むというより、意味が手前へ出てくる。


 クラウディアがすぐに遮断層を重ねた。


 文字はぼやける。


 残ったのは、表題だけだった。


 ルカ管理則。


 停止階層。


 系譜責任者確認。


 そして、その下に一行。


 開く前に止まれる者へ。


 リシアは息を止めた。


「こちらを、見ています」


 ステファニアが言った。


 声が少しだけ震えている。


 怖いからではない。


 触れれば理解してしまうものを、触れずに見ているからだ。


「誰を」


 アインが尋ねる。


「全員です。ですが、同じ見方ではありません」


 ステファニアは、ゆっくり言葉を選んだ。


「アイン殿下を、主権系譜として。アリシア様を、旧ファーランド側に残された皇族系譜として。リシア様を、現代ファーランドの判断者として。わたくしを、接続しても読まずに戻れる者として。鍵スフィアを、停止状態を示す器として見ています」


「メイは」


 アリシア・ファーランドが問う。


 メイは、石台から少し離れた場所で立っていた。


 顔は白い。


 けれど、前回のように手を伸ばしてはいない。


「保持者ではありません」


 ステファニアが言った。


「返事をしない者、と見ています」


 メイの肩が、ほんの少しだけ震えた。


 アリシア・ファーランドの表情が、一瞬だけ柔らかくなる。


 それは、すぐに消えた。


「良い見方ですわ」


 短い言葉だった。


 メイは、目を伏せた。


「応答が来ます」


 クラウディアが言った。


「音声か」


「音声ではありません。人格記録の応答形式です。意味変換をこちらで制御できます」


「危険語は」


「遮断済み」


「本文は」


「取得していません」


「なら、受ける」


 アインが言った。


「ただし、返事は俺が決める」


 鍵スフィアの銀が、静かに揺れた。


 声がした。


 耳で聞いたのではない。


 文字でもない。


 それでも、そこに言葉があった。


『開く前に、止まれる者か』


 誰も答えなかった。


 答えないことが、最初の返答だった。


 沈黙を、ルカの人格記録は待った。


 急かさない。


 祈りの言葉も、命令もない。


 ただ、確認がある。


 アインが一歩前へ出た。


「止まれる」


 短い。


 だが、その一言には、切断権限も、責任も、ここにいる全員の顔も含まれていた。


『では、何を開かない』


 リシアの胸が、冷えた。


 これは試されている。


 知識を得る資格ではない。


 知らないまま止まれるかどうか。


 アインは振り返らなかった。


 けれど、すぐには答えなかった。


 沈黙が、こちらへ渡された。


 リシアは、唇を開いた。


「召喚補助詠唱の本文、唱和句、応答句、音韻、拍、再現可能な配列は開きません」


 自分の声が、思ったより静かだった。


「五分類以外の記録も、開きません。現在の住民、管理者、利用者の証言と照合できない古い道を、命令には使いません」


 そこで、言葉が一度止まる。


 足りない。


 何かが足りない。


 ステファニアが、少しだけ横を見る。


 目が合った。


 リシアは頷いた。


「そして、呼ばれた気がした者に、ひとりで返事をさせません」


 メイが息を呑んだ。


 アリシア・ファーランドの扇が、動かない。


 聖女アリシアは、聖印へ触れたまま目を閉じていた。


 鍵スフィアの奥で、銀色が一度だけ脈打つ。


『記録した』


 ルカの声が返った。


『では、停止階層を開く』


「停止階層だけ」


 アインが言う。


『停止階層だけ』


 同じ言葉が返る。


 それは、誓約のように聞こえた。


 祈りではない。


 命令でもない。


 危険なものを危険なまま置くための、短い約束だった。


 石台の上に、五つの扉とは別の、小さな扉が現れた。


 開かない。


 ただ、表題だけを示す。


 ルカ管理則。


 停止階層第一項。


 危険記録に触れる者は、知る権利より先に、止まる権利を確認せよ。


 リシアは、その一文を見ていた。


 千五百年より古い場所から、こちらへ向けられた言葉。


 それは、答えではなかった。


 道でもない。


 扉の前で、足を止めるための石だった。


「……今の聖王国は」


 灰色の衣の女性が、声を震わせた。


「この階層を、知りません」


「なら」


 アインが言った。


「今、記録しろ」


 女性は、はっと顔を上げた。


 アインは続ける。


「隠すな。騒ぐな。開くな。まず、停止したことを残せ」


 灰色の衣の女性は、深く頭を下げた。


「承ります」


 クラウディアが表示を固定する。


 トトが記録番号を付ける。


 エレナが紙へ写す。


 マキナが、ぽつりと言った。


「うん。嫌なものを見たね」


「嫌なのですか」


 ステファニアが尋ねる。


「嫌だよ」


 マキナは肩をすくめた。


「でも、嫌なものを嫌だって書いて残してる。そこは、かなり好き」


 リシアは、石台の小さな扉を見た。


 開かない扉。


 開くためではなく、開く前に止まるための扉。


 その奥にいるルカという名の人物を、まだ知らない。


 だが、分かることが一つある。


 この人は、何かを隠すためだけに封じたのではない。


 誰かがもう一度同じ過ちをする前に、止まれる場所を残した。


 そのことだけは、今のリシアにも分かった。


     ◇


 接続は、停止階層第一項の確認だけで終わった。


 五分類の取得は、次回へ回された。


 灰色の衣の女性が、封印部の記録紙へ震える手で書き込む。


 学院旧観測室の記録官は、表題だけを写し、本文未取得と三度記した。


 旧礼拝施設の老司祭は、祈りの言葉を口にしなかった。


 代わりに、低く言う。


「祈る前に、止まることもあるのですね」


 聖女アリシアが目を開けた。


「あります」


 静かな声だった。


「祈りは、止まることを邪魔してはなりません」


 老司祭は、深く頭を下げた。


 鍵スフィアの光が消える。


 石台は、ただの石台へ戻る。


 けれど、リシアには、そこにまだ何かが残っているように感じられた。


 何かに呼ばれている感覚はなかった。


 ただ、そこに立ったまま息を整えられる。


 石台には、そんな静けさが残っていた。


 メイが鍵スフィアを布で包み、両手で持ち上げた。


 今度は、胸元へ抱えない。


 少しだけ離して持つ。


 祈る形にも、返事をする形にもならないように。


 アリシア・ファーランドが、それを見て頷いた。


「よろしい」


 同じ言葉。


 だが、前より少しだけ柔らかい。


 アインは、石台から離れる前に一度だけ振り返った。


「ルカ」


 名を呼んだ。


 返事はない。


 それでいいのだと、リシアは思った。


 返事は、こちらで決める。


 呼ばれた時だけではない。


 名を知った時も。


 扉を見つけた時も。


 開けられると分かった時も。


 まず、止まれるか。


 それを問う声が、聖王国SEAKの奥に残っている。


 その日、リシア達は初めて、聖王国の記録核が祈りだけでできていないことを知った。


 そして、まだ何も開いていないことを、記録した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。