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ベルカ  作者: 柿内彦左衛門
古の残響

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第十夜 病室のお茶会

 第十夜 病室のお茶会


 食事を終えた頃、草原は夕暮れに変わっていた。


 誰かが操作したわけではない。


 先ほどまで青かった空は、いつの間にか淡い茜色を帯びている。

 遠くの丘の輪郭は柔らかく沈み、草の穂先には金色の光が触れていた。


 風も少し変わった。


 昼の草原を渡る軽い風ではなく、一日の終わりを告げるような、やや冷たい風だった。


「本当に、よくできていますね」


 ステファニアが寝台の上で小さく呟いた。


 彼女の前には、空になった器が置かれている。

 温かい粥と煮た野菜は、思っていたよりもずっと身体に馴染んだ。


 リシアも同じだった。


 食べる前は、警戒すべき理由をいくらでも考えられた。

 毒。薬。呪い。拘束。交渉材料。


 だが、温かいものが胃に収まると、身体の方が先に納得してしまった。


 今なお警戒はある。


 けれど、緊張の糸は少しだけ緩んでいた。


「セラにも、早く食べさせてあげたいですね」


 リシアはそう言って、空になった器を見つめた。


「はい」


 ステファニアの返事は短かった。


 セラの名が出ると、どうしても会話がそこで沈む。


 命は助かる。

 そう聞かされている。


 だが、本人の顔をまだ見ていない。

 声も聞いていない。


 その事実だけが、二人の胸の奥に残っていた。


 その時、草原の一角が揺らいだ。


「失礼いたします」


 柔らかな声がした。


 入ってきたのは、灰白色の服を着た二人の女だった。


 どちらも若く見える。

 だが、子供ではない。


 動きにはよく訓練された者の静けさがあり、表情には患者を驚かせないための穏やかさがあった。


 一人は、丸みのある柔らかな目元をしている。

 もう一人は、少し涼しげな目で、手元の盆を安定して持っていた。


「お食事の器をお下げしてもよろしいでしょうか」


 柔らかな目元の女が言った。


「はい。お願いします」


 リシアが答える。


 女たちは手際よく器を片づけた。


 その動作は、急いでいるわけではないのに無駄がない。


 そして盆の上には、空の器とは別に、小さな茶器が置かれていた。


 湯気が立っている。


 香ばしい匂いが、ふわりと広がった。


 リシアは思わず、その匂いに意識を向けた。


 花茶ではない。

 薬湯とも違う。

 もっと乾いた、火を通した葉のような香りだった。


「こちらは」


「ほうじ茶です」


 涼しげな目の女が答えた。


「刺激が少なく、食後に向いています。魔力枯渇後でも負担は少ないかと」


「ほうじ茶」


 リシアは聞き慣れない言葉を繰り返す。


 ステファニアも、茶器を見つめていた。


「お飲みになるかは、お二人にお任せいたします」


 柔らかな目元の女が微笑む。


「勤務時間が終わりましたので、もしご迷惑でなければ、少しお話でもと思いまして」


「勤務時間が」


 ステファニアがわずかに眉を動かす。


「はい。看護担当としての当直は交代しました。もちろん、緊急時にはすぐ対応いたします」


 女は胸に手を当て、軽く頭を下げた。


「私はリジェナと申します」


 続いて、もう一人も頭を下げる。


「リジェスカです」


 リシアは二人を見た。


 どちらも灰白色の服。

 黒装備の女兵とは違う。


 だが、ただの侍女や看護人とも違う。


 この船の者たちは、若く見えるのに、誰もが妙に落ち着いている。


「リシア・ファーランドです」


 リシアは改めて名乗った。


「ステファニア・レーヴェンハイトと申します」


 ステファニアも続く。


 リジェナは嬉しそうに微笑んだ。


「存じております。ですが、直接お名前を伺えるのは嬉しいものですね」


 言い方が自然だった。


 自然すぎて、少しだけ引っかかる。


 リシアはその引っかかりを胸の奥に置きながら、茶器を見た。


 先ほどの食事と同じだ。


 出されたものを無警戒に口にするべきではない。


 ステファニアが、当然のように一つを手に取った。


「私が先に」


「ステファニア様」


「問題ありません。食事と同じです」


 リジェナは止めなかった。


 リジェスカも、特に表情を変えない。


 ステファニアは茶を少量、口に含んだ。


 しばらく待つ。


 それから、小さく息を吐いた。


「香ばしいですね」


「お口に合いましたか」


「はい。少し、不思議な味ですが」


「葉を焙じています。アイン様のお好みでもあります」


 リシアは顔を上げた。


「アイン様の」


「はい。落ち着くそうです」


 リジェナはにこりと笑った。


 アイン。


 あの白い少年が、この香ばしい茶を好む。


 不思議なようで、どこか納得できるようでもあった。


 リシアも茶器を手に取る。


 口をつけると、温かさが唇に触れた。


 香りは強い。

 けれど味は柔らかい。


 苦味はあるが、嫌な苦さではない。

 食後の重さを静かに流してくれるようだった。


「美味しいです」


 リシアは素直に言った。


「よかった」


 リジェナが嬉しそうに微笑む。


 リジェスカは、茶器の横に添えられていた小さな皿を静かに示した。


 黒に近い深い紫色の菓子が、薄く切られている。

 表面はつややかで、光を受けると水面のように静かに照り返した。


「こちらは」


「羊羹です」


 リジェナが答えた。


「甘味です。ほうじ茶と合わせると、口の中が重くなりすぎません」


 リシアは皿の上の菓子を見つめた。


 焼き菓子ではない。

 果物でもない。

 蜜を固めたものとも少し違う。


「不思議な菓子ですね」


 リジェスカが、小さな菓子切りを手に取った。


「先に、私が」


 そう言って、彼女は羊羹を一口大に切り分けた。


 動きは静かだった。

 刃先は迷わず入り、濃い色の菓子が崩れることなく、すっと分かれる。


 リジェスカは切り分けた一片を、自分の口へ運んだ。


 噛むというより、舌の上で確かめるように。

 それから、ほうじ茶を一口含む。


「問題ありません」


 彼女は淡々と言った。


「高貴な方と伺っております。であれば、毒見の作法もあるかと判断しました。この順でよろしかったでしょうか」


 ステファニアの目が、わずかに細くなった。


「……そこまで想定されるのですか」


「患者の不安を減らすのも、看護の一部です」


 リジェスカは静かに答える。


 その声に誇りはない。

 けれど、迷いもなかった。


 リシアは思わずリジェスカを見た。


 教えられたからではない。

 見たからでもない。


 身分と状況から、必要な作法を推測して合わせてきたのだ。


「不快でしたら、以後は控えます」


「いえ」


 ステファニアは少しだけ姿勢を正した。


「配慮として受け取ります」


「ありがとうございます」


 リジェナが、柔らかく微笑んだ。


「では、お二人もどうぞ。アイン様のお好みでもあります」


 また、アイン様。


 リシアは思わず茶器と菓子を見比べた。

 あの白い少年が、香ばしい茶と、この静かな甘味を好む。


 妙に似合うような。

 似合ってはいけないような。


 ステファニアが、自分の分を小さく切った。


「では、私から」


「ステファニア様」


「リジェスカさんが先に口にしてくださいました。ですが、私の役目も変わりません」


 ステファニアは羊羹を口に運び、少しだけ目を瞬かせた。


「……甘いですね」


「苦手ですか」


「いいえ。とても上品です。甘いのに、しつこくありません」


 リシアも続いて口にした。


 なめらかな甘さが舌の上でほどける。

 そこへ、ほうじ茶の香ばしさが追いかけてきた。


 甘さが消えるのではない。


 整えられる。


「これは……危険ですね」


 リシアは思わず呟いた。


 リジェナが微笑む。


「もう一切れ、お持ちしましょうか」


「いえ。今は、危険なので」


 ステファニアが小さく頷いた。


「同感です」


 リジェナは楽しそうに目を細めた。


「地上では、食後にお茶と甘味を合わせる習慣はありますか」


 その言葉に、リシアは一瞬だけ止まった。


 地上。


 また、その言い方だ。


 アークライトの者たちは、自然にそう呼ぶ。


 まるで自分たちが、地上とは別の場所に属しているかのように。


 実際、そうなのだろう。


 ここは船だ。

 神話の船。

 アークライト。


「あります。茶葉や菓子の種類は、家や地域によって違いますが」


 リシアは答えた。


「ファーランドでは、どのようなものを?」


「香草茶が多いです。客人に出すものは、季節や身分によって変えます」


「身分によって」


 リジェスカが静かに繰り返す。


 責める響きではない。

 確認する声だった。


「はい。用いる器、茶葉、菓子、席順。すべて意味を持ちます」


「席順にも」


「もちろんです」


 答えたのはステファニアだった。


「誰を上座へ通すか。誰を向かいに置くか。誰を同席させるか。茶会はただ茶を飲む場ではありません」


「なるほど」


 リジェスカは頷いた。


 端末は開いていない。


 何かを書き留める様子もない。


 ただ、その目は静かに二人を見ていた。


「地上の茶会では、身分差のある者が同席する場合、どの程度まで会話が許されるのですか」


 リジェナが首をかしげる。


 まるで本当に興味がある少女のように。


「相手との関係によります。正式な場では、下位の者から不用意に話題を出すのは避けます」


「では、私たちは失礼をしているのでしょうか」


 リジェナは少し困ったような顔をした。


 リシアはすぐに首を横に振る。


「ここは正式な茶会ではありません。そもそも、私たちは患者として世話を受けています。礼法だけを当てはめるのは難しいです」


「そう言っていただけると助かります」


 リジェナは安心したように笑った。


 その笑みは本当に柔らかかった。


 ステファニアが茶器を置く。


「こちらからも伺ってよろしいですか」


「もちろんです」


 リジェスカが答える。


「アークライトというのは、この場所の名なのですか」


 リシアが口を開くより先に、ステファニアが静かに言った。


「端末の概要には、船、とありました」


 リシアはわずかにステファニアを見る。


「いつの間に」


「リシア様がお休みになっている間に。触れてよい範囲に置かれていた情報でしたので」


 声は丁寧だった。


 だが、その言葉には、見せるつもりで置いたのでしょう、という響きもあった。


 リジェスカの目が、ほんの少し細くなる。


「ご覧になったのですね」


「はい。アークライトは船である、と」


「間違いではありません」


「ですが、船というには、あまりにも……」


 ステファニアは言葉を探した。


 この病室。

 草原。

 海。

 麦畑。

 空に浮かぶ城のような景色。

 壁から現れる寝台。

 どこにも傷のない器具。


「地上の船とは、少し違います」


 リジェナが言った。


「地上の船」


 リシアは、その言葉を拾った。


「やはり、あなた方は私たちをそう呼ぶのですね」


「はい」


 リジェスカは隠さなかった。


「許可されている呼称です」


「許可」


「私たちは、言葉の選び方にも制限があります。混乱を招く情報は避ける必要がありますので」


「では、地上という言葉は混乱を招かないと判断されたのですか」


「はい」


 リジェスカの答えは短い。


 リジェナが少しだけ補う。


「ここが地上ではないことは、すでにお二人も理解されていると判断されています」


 リシアは黙った。


 確かに、そうだ。


 壁のない草原。

 進めない床。

 端末。

 医療ポッド。

 病衣。

 食事を運ぶ灰白色の女たち。


 ここが普通の場所でないことを、もう否定はできない。


「アークライトは、空にあるのですか」


 ステファニアが尋ねた。


 リジェスカは少しだけ考えた。


「正確な位置はお伝えできません」


「では、空にあるかどうかも」


「地上にはありません」


 それは答えだった。


 同時に、答えになっていない答えでもあった。


 リシアは茶器を両手で包む。


 温かさが指に伝わる。


「あなた方は、どこまで話してよいと決められているのですか」


「低階層情報までです」


 リジェナが答えた。


「病室、患者食、勤務区分、地上という呼称。お二人の容体に関わる範囲。それから、恐怖を減らすために必要な範囲です」


「恐怖を減らすため」


「はい。隠しすぎると、余計に怖くなりますから」


 リシアは、その言葉に少しだけ目を伏せた。


 それは正しい。


 分からないものは怖い。

 すべて隠されれば、相手が何を考えているのか分からなくなる。


 少しだけ見せられると、さらに知りたくなる。


 それが計算なのか、善意なのか。


 あるいは、その両方なのか。


「お二人は、私たちから何を知りたいのですか」


 リシアは静かに尋ねた。


 リジェナは微笑んだままだった。


 リジェスカは、茶器の位置を整える。


「地上で、人が何を食べ、どう礼を尽くし、何を恐れ、何を信じているのか」


「それは、任務ですか」


 リシアの声は穏やかだった。


 ステファニアがわずかに姿勢を正す。


 リジェナは、少し困ったように笑った。


「勤務時間は終わっています」


「ですが、あなた方は私たちの話を覚えている」


「はい」


「では、任務ではないのですか」


 リジェナはリジェスカを見た。


 リジェスカは短く頷く。


 答えたのは、リジェナだった。


「半分は、任務です」


 正直な答えだった。


 ステファニアの目が細くなる。


 だがリジェナは続けた。


「もう半分は、本当に興味があります。私たちは地上を知りません。あなた方のように育っていません。ですから、知りたいのです」


「それを信じろと?」


 ステファニアの声は柔らかい。


 だが、譲らない響きがあった。


「無理に信じていただく必要はありません」


 リジェスカが答えた。


「ただ、嘘だけで話すよりは、こうして半分だけでも正直にした方がよいと判断されています」


「誰の判断ですか」


 リシアが問う。


「クラウディア副司令です」


 その名が出ると、不思議と納得できた。


 あの女なら、そうする。


 すべて隠すのではなく、必要な分だけ見せる。

 相手の反応も含めて、次の判断材料にする。


「クラウディア様は、恐ろしい方ですね」


 リシアは思わずそう言った。


 リジェナが、くすりと笑う。


「よく言われます」


「本人の前でも?」


「言う方は少ないです」


「でしょうね」


 リシアは少しだけ笑った。


 ステファニアも、ほんのわずかに表情を緩めた。


 張り詰めていた空気が、少し戻る。


 リジェナは茶器を手に取った。


「では、こちらからもう一つだけ。地上では、初対面の相手とこのようにお茶を飲む場合、どの程度まで質問してよいのでしょう」


「相手によります」


 リシアとステファニアは、ほとんど同時に答えた。


 二人は顔を見合わせる。


 リジェナが楽しそうに目を細めた。


「では、お二人相手には?」


 リシアは少し考えた。


「今は、病室と食事とお茶についてなら」


「身の上話は?」


「少し早いです」


「信仰については?」


「かなり早いです」


「政治については?」


「早すぎます」


 リジェスカが静かに頷く。


「信仰と政治は後日」


「今の会話をそのまま覚えないでください」


 リシアが思わず言う。


「忘れることは難しいです」


「それはそれで困ります」


 ステファニアが小さく呟いた。


 リジェナは笑って、二人の茶を注ぎ足した。


「では、今日は病室と食事とお茶の話だけにいたします」


「それならば」


 リシアは茶器を持ち直した。


 ほうじ茶の香りが、再び立ち上る。


 その後の会話は、本当に他愛のないものだった。


 ファーランドでは季節ごとに菓子が変わること。

 侯爵家の茶会では、招待状の紙質にも意味があること。

 リシアが幼い頃、礼法の教師に手の角度を何度も直されたこと。

 ステファニアが剣の稽古後に茶会へ出され、眠気と戦ったこと。


 リジェナはよく笑った。


 リジェスカは静かに聞き、時々短い質問を挟んだ。


 地上の話を聞く二人の表情は、本当に楽しそうに見えた。


 だからこそ、リシアは完全には気を抜けなかった。


 楽しそうなことと、仕事であることは、両立する。


 この船では、きっとそうなのだ。


 やがて、茶器が空になった。


「長居をいたしました」


 リジェナが立ち上がる。


「お疲れが出る前に失礼します」


 リジェスカも盆を整えた。


「もうじき消灯時間となります」


「消灯時間?」


 リシアが聞き返す。


「就寝する時間です」


 リジェスカが答えた。


「病室の照明と投影を、睡眠に適した状態へ切り替えます。完全に暗くするわけではありません。不安があれば、端末で明るさを戻せます」


「眠る時間まで、決まっているのですね」


「治療中ですので」


 リジェナが柔らかく微笑む。


「今夜は、身体を休めることを優先してください」


「何かあれば、端末でお呼びください。通常呼び出しで構いません」


「ありがとうございます」


 リシアは頭を下げた。


 ステファニアも同じく礼をする。


「ほうじ茶と羊羹、美味しかったです」


「お気に召したなら、またお持ちします」


 リジェナは柔らかく微笑んだ。


 二人は盆を手に、草原の揺らぎへ向かう。


 その背を見送りながら、リシアはふと尋ねた。


「リジェナさん、リジェスカさん」


 二人が振り返る。


「半分は任務だと、正直に言ってくださったことには感謝します」


 リジェナは目を細めた。


「ありがとうございます」


 リジェスカも静かに頭を下げる。


 草原が揺らぎ、二人の姿が消えた。


     ◇


 扉が閉じた。


 病室の外に出た瞬間、リジェナの柔らかな笑みがすっと薄くなる。


 完全に消えたわけではない。


 ただ、患者へ向けていた表情から、仕事の表情へ切り替わった。


「対象一。地上という呼称に二度反応」


「一度目は茶会の習慣確認時。二度目はアークライトの所在確認時」


 リジェスカが即座に続けた。


 端末は開いていない。


 記録も取っていない。


 それでも二人の声には迷いがなかった。


「対象二は、端末内のアークライト概要を閲覧済み」


「閲覧時刻は不明。ただし対象一の休息中と自己申告」


「発言内容。『触れてよい範囲に置かれていた情報でしたので』」


「含意。情報開示が意図的であることを理解、または推測」


 リジェナは小さく頷いた。


「対象二、護衛意識だけでなく情報収集能力も高いですね」


「はい。セラ不在を自分で補おうとしています」


「食事と茶への警戒は、地上貴族として自然範囲」


「毒、薬、呪い、拘束、交渉材料。想定項目は多いです」


「こちらから開示した情報は」


「許可範囲内。病室、患者食、勤務区分、地上という呼称、身体調整の概要。現在位置は非開示」


「アークライトについては」


「対象二が低階層情報を閲覧済みだったため、船であることのみ追認。詳細は非開示」


 二人は同時に頷いた。


「信仰と政治は、まだ早い」


「本人がそう言いました」


「なら、次回以降ですね」


「副司令へ口頭報告しますか」


「はい」


「記録化は」


「副司令判断で」


 リジェナは、病室の扉を一度だけ振り返った。


 その表情には、わずかに柔らかさが戻っていた。


「……半分は、本当に楽しかったのですけれどね」


「それは報告しますか」


「必要ありません」


 リジェスカが、ほんの少しだけ口元を動かした。


「承知しました」


 二人は同時に歩き出す。


 灰白色の服の裾が、白い廊下の光を淡く受けた。


「副司令へ報告します」


 リジェスカの声が、白い廊下に静かに落ちた。


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