逃げ延びる
枝が軋む。
真下から迫る巨体。
クマへと姿を変えたあの狼が、爪で幹を裂きながら登ってくる。
蛇の体では逃げ切れない。わかっている。
締め付ける力はあっても、この重量を止められるはずがない。
――どうする。どうすればいい。
考えろ、と頭は叫ぶ。
だが焦れば焦るほど、思考は白く塗りつぶされていく。
牙が迫る。爪が伸びる。
すぐそこに、死の影があった。
その瞬間。
――今だ!
意識をひっくり返すように集中した。
骨が砕け、体が小さく縮む。
視界が細く、無数の像に分かれる。
羽音。
自分は虫になっていた。
羽ばたきと同時に、巨体の前をすり抜ける。
クマの爪が空を切り、木の皮が粉となって飛び散った。
風を裂いて飛ぶ。
高く、高く、森の外へ向かう。
――助かった......?
そう思った矢先、背後で空気が鳴った。
ぎらり。
影が伸びる。
振り返った瞬間、空を裂いて鳥が現れた。
大きな翼、鋭いくちばし。
金色の狼の目をしたままのワシ。
――変身だ。
完全に、相手のほうが上だ。
力も速さも、変身の幅も。
虫の翅では振り切れない。
空が震える。
翼がひとあおぎするだけで、あっという間に距離が詰まる。
背中に殺気が迫り、羽音が耳を裂く。
「......っ!」
必死に羽ばたく。だが限界は近い。
もう追いつかれる。
そのとき、眼下に湖が広がっていた。
青黒い水面が光を反射する。
――賭けるしかない!
虫の体を捨てる。
意識が暗転し、重さが戻る。
硬い甲羅。縮んだ四肢。
硬い殻に覆われた、カメの体。
次の瞬間、背後で鋭い風切り音。
ワシのくちばしが殻をかすめた。
きぃん、と甲羅が鳴り、同時に水面が爆ぜた。
ボチャンッ!
水柱が立ち、視界が弾ける。
冷たい水が体を打ち、全身を包む。
沈む。
重い体は自然と底へと引きずられ、泡が耳を満たした。
――生きてる。
必死に足を動かし、水草の茂みに潜り込む。
湖面を裂く影が、何度も通り過ぎる。
鋭い眼差しが水中を探していた。
心臓が暴れそうになる。
吐き出した泡が上へと昇るたびに、見つかってしまうのではないかと息を殺した。
......やがて。
鳥の影は遠ざかった。
空を裂く羽音は弱まり、消えていった。
湖は静けさを取り戻す。
ただ自分の鼓動だけが、耳の奥で鳴り続けていた。
――どうやら、見失った。
臭いを追ってきた可能性がある。
けれど水の中では、その手掛かりは途絶えるらしい。
男は殻の中で小さく息をついた。
危機は去った。だが、それはほんの一時。
あいつは、自分と同じ力を持っている。
いや、それ以上に自在に、強く使いこなしている。
次は、もう逃げきれないかもしれない。
本作は完成済み予約投稿となります。空いた時間で新しい作品を始めました。こちらはコメディ寄りの内容になってます。是非ご覧下さい。
目が合ったら即バトル。クイズに支配された国で最強中学生やってます
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