檻の番人
森の縁に弾かれた衝撃がまだ胸に残っていた。
透明な壁は、ただの自然現象ではない。鳥になったとしても、上空を飛べば同じように弾かれるだろう。地中をモグラで進んでも駄目だった。
――これは偶然じゃない。人為的な匂いがする。
誰かが、自分をこの森に閉じ込めている。
ならば、この檻には"仕掛けた者の意図"があるはずだ。
条件を満たせば、きっと解ける。そうでなければ、この縮んでいくバリアに押し潰されるだけになる。
その条件とは何か。強さか、生存か、それとも――
考え込んでいたその時だった。
背後の草がわずかに揺れた。
風ではない。音でもない。もっと原始的な感覚。
――殺気。
振り返った瞬間、黒い影が飛びかかってきた。
狼。
金色の目がこちらを射抜き、牙が閃いた。
反射的に身をひねった。
牙は頬をかすめ、土に食い込む。鼻先に土煙が舞い、耳の奥に血が鳴った。
「っ......!」
思考よりも先に体が動いた。
うさぎの姿へと変わり、草を蹴って走る。
風を裂く。枝が顔を打ち、視界が揺れる。
だが背後の足音は確実に迫っていた。
モグラになって穴を掘る――そんな余裕はない。掘りはじめた瞬間、後ろから食われる。
――ならば。
次の瞬間、体がうねり、鱗に包まれた。
蛇だ。
木の幹に体を巻き付け、一気に上へと登った。
ざらついた樹皮を腹で押し、枝に身を移す。
見下ろすと、狼が木の下でこちらを睨んでいた。
喉の奥で低い唸りを響かせ、決して諦める様子はない。
――おかしい。
あいつはうさぎを狙ったはずだ。
本来なら、蛇に変わった時点で獲物としての価値は薄れる。
それなのに、視線は執拗にこちらを追っている。
ぞわり、と背筋に寒気が走った。
狼の体が、膨らんだ。
骨が軋み、毛並みが荒れ、輪郭が裂ける。
目の前で、その姿は変わっていった。
――クマ。
太い腕。分厚い胴。爪が木の幹をえぐる。
その巨体が木を揺らしながら、ゆっくりと、しかし確実に登ってくる。
「な......」
声にならない。
ただ、全身が硬直した。
――あいつも、変身できるのか。
木が軋み、枝が折れる。
逃げ場はどこにもない。
自分と同じ力。いや、むしろあいつのほうが洗練されている。
狼からクマへ。獲物を仕留めるためなら、自在に体を変える。
このままでは勝てない。
どんな姿を選んでも、力で押し潰される。
――どうすればいい?
枝の上で体を強ばらせたまま、男は息を殺した。
足元の樹皮がひび割れ、巨体の影が迫ってくる。
檻の外には出られない。
檻の内側では、あいつが待っている。
選べる道は、もうどこにもなかった。




