楽しく賑やかなひと時
ラジオ体操も終わり、省吾は慌ててグランドから出てきた。
私の顔を見ると、笑顔で挨拶をした。
「おはよう!」
「おはよう。じゃ、行こうか」
私と省吾は、並んで歩き出した。
「嬉しそうだね」
私の言葉に、省吾は大きくうなずいた。
「だって、夏さんに会えるんだもん。それに、豆腐作りを見せてもらえるから、夏休みの自由研究が出来て助かるよ」
「そりゃ、良かった。夏も省吾が来るのを、楽しみにしていたよ」
時間が早いせいか、どの店もシャッターが降りていた。
しかし、夏の自宅兼店舗の豆腐屋はシャッターが開いてた。
夏の店の前に、源 さんのバンの軽自動車が止まった。
車から降りた源さんは、私と省吾に声をかけた。
「おはよう。おっ、君が省吾君かな?なっちゃんから聞いたぞ」
「おはようございます」
省吾は、慌てて頭を深く下げた。
「省吾、夏の店に大豆を仕入れてくれている源さんだよ。源さんの家は、醬油を作っているんだ」
私が省吾に教えると、省吾はまた慌てて深く頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「礼儀正しい子だなぁ。省吾君、よろしく!」
笑顔の源さんは車の後ろのハッチを開けると、大豆の入ったコンテナを車から降ろした。
そんな源さんの姿を見た省吾は、源さんを見習いながら車からコンテナを降ろした。
源さんは嬉しそうに微笑んだ。
私は店の裏口行き、ドアを開けた。
目の前には階段があり、階段を上がれば夏たち親子が住んでいる住居に行ける。
「おはようございます」と言いながら私は、台所に入って行った。
台所では、夏の母親が朝食の準備をしていた。
「おはよう」夏の母親は、フライパンを出しながら言った。
「今日は、ありがとう」
「省吾君だっけ?夏が、楽しみにしていたのよ」
嬉しそうに言いながら、夏の母親は冷蔵庫から卵を出した。
「省吾もだよ。あっ、卵焼き?私が作るよ」
「じゃ、お願い」
私はフライパンを温め、油をひいた。
「そうそう!源さんも、朝食を食べるのよ」
夏の母親は、思い出したように私に言った。
「源さんが?この家で朝食を食べるの、初めてなんじゃない?」
「夏が、言いだしたのよ」
「夏が?」
「お姉ちゃんと省吾君が此処で朝ご飯を食べるなら、源さんも誘おうって」
「そっか」
「いつも三人だけの食事だから、夏は嬉しそうだったわ。お姉ちゃん……あなたもそうでしょ」
私はだまったまま、卵焼きを作っていた。
夏の母親から何気なく出た言葉が私の胸に突き刺さる。
そんな私に、夏の母親は慌てて言った。
「ごめんなさい」
「何、謝ってるの。省吾を受け入れてくれてありがとう」
朝一の仕事を終えた夏の親子と省吾と源さんがやってきて、部屋の中は賑やかになった。
テーブルを囲んで、皆で朝ご飯を食べる。私が作った卵焼きに箸を突いた夏が、遠慮なく文句を言った。
「お姉ちゃん、卵焼き甘すぎ!」
「これくらい甘くなきゃ、卵焼きとは言わないの!」
「甘くて、おいしいよ!」
源さんが、加勢してくれた。
「さすが、源さん!」
私たちのやりとりを見ていた夏の両親は、楽しそうに笑っていた。
「省吾、食べてる?」
静かに食べていた省吾に、私は聞いた。
「はい。卵焼きおいしい」
図に乗った私は、夏の腕を肘でつついた。
「ほらほら~」
「ちょっと、甘いけど……」
小さな声で言う省吾の言葉に、夏は得意になって肘で私の腕をつついた。
「ほらほら~」
「なによ」
「なにさ」
呆れた夏の母親が、ため息交じりに言った。
「あんたたちは……」
「なぁ、お母さん」
終始笑顔の夏の父親が、突然言った。
「はい」
「省吾君が、今日一日仕事を手伝いたいと、言ってるんだ」
「省吾君が?良いの?省吾君」
「はい」
「お姉ちゃんも、どうだろう?」
夏の父親は、今度は私に聞いてきた。
「叔父さんさえ良ければ、いいんじゃない?」
「じゃ、決まりだな。良かったな省吾君」
「はい、ありがとうございます」
その時、夏の母親が提案をした。
「それなら、夕飯も此処で食べたら?」
「それ、良い~」
真っ先に、夏が声を上げた。そして、源さんに向かって言った。
「もちろん、源さんも!」
「朝もご馳走になっているのに、夜も良いんですか?」
「良いに、決まっているじゃない」
「じゃ、ご馳走になっちゃおうか……なぁ~」
源さんの言葉に、皆は大笑いをした。笑いが収まると、夏が私に言った。
「ねぇ、向さんも呼んじゃおうよ」
「向を?」
「駄目?」
「駄目じゃないけど、良いの?」
「じゃ、決まり!良いよね、お母さん?」
「今夜は、ご馳走ね」
「僕、向さんにメールで連絡するよ。ごちそうさま!」
朝食を食べ終えた省吾は、空になった食器を台所に運び、さっそくメールを打ち始めた。
朝食を終え、夏の家に省吾を置いてきた私はビル街に向かった。
大きなビルの中に入り、仕切りのあるソファーに座りテーブルを挟んで向と数時間を過ごした。
用事が済み、向はリラックスした感じで私に言った。
「省吾君から、メールをもらいました」
「嬉しそうに、メールを送っていたよ」
「お言葉に甘えて、夕飯に呼ばれても良いのでしょうか?」
「皆楽しみに待っているよ。そう、そう!源さんもくるんだよ」
「源さんも?それは、楽しみです!今日は仕事を早めに切り上げて、夏さんの家に直行します」
向と別れた私は、健一がいる花屋へ向かった。 花屋に着いた頃には、お昼近くになっていた。
店の中をのぞくと、エプロン姿の健一が仕事をしていた。
私は、健一の肩を叩いた。
健一は私に気がつき、顔を上げた。
(こんにちは)
健一は笑顔になって、両手を動かしながら挨拶をした。
私も同じように両手を動かして、健一に聞いた。
(おじさんは?)
(奥にいるよ。昨日は、メールをありがとう。僕も、省吾君に会うのを楽しみにしてるよ)
(ありがとう。省吾、喜ぶよ。省吾は、今日は朝から夏の家の店の手伝いをしてるんだ)
少し不思議そうな顔をして、健一は、両手を動かした。
(なっちゃんちの……どうして?)
(省吾、夏の家の人たちに会いたがって。後、夏休みの自由研究もかねて)
健一は、なるほどと納得したようにうなずいた。
「また、仕事の邪魔しに来たな!」
店の奥から、植木鉢を抱えた健一の父親が出て来た。
「健に、会いに来ただけでしょ!」
「はいはい。年寄りは、邪魔ですからね」
手話を交えて会話をしているので、健一が側で聞いて笑っていた。
「お昼まだなら、健一と一緒に食べに行きなよ」
「ありがとう。でも、これからやることがあるんだ」
「そうか。今度、省吾君を連れておいで」
「健から、省吾のこと聞いたんだね。そのつもり!それじゃ」
私は、花屋を出て行った。
「まいどぉ~」
夕暮れの雑踏の中から、元気な夏の声が聞こえる。
「夏」
「あっ、お姉ちゃん!向さん、もう来ているよ」
「早いないあ。じゃあ、二階に行っているよ」
「うん。わかった」
二階に行くと、台所で向が料理の腕をふるっていた。夏の母親は、テーブル席で麦茶を飲んでいた。
「あっ、お姉ちゃん。何もかも向さんに、お任せしちゃった」
「家でもそうだよ」
「お誘い、頂いたのですから。料理は、好きなんです!」
額に汗をにじませながら、向は見事な手つきでフライパンを振るった。
向が作った料理がテーブルに並んだ頃、夏親子と省吾が仕事から上がってきた。
「すっごい良い匂い!お腹空いたぁ」
夏の声に、向が言った。
「お疲れ様です。たくさん作ったから、お腹いっぱい召し上がってください」
グラスや飲み物を出し、全員がテーブル席に落ち着いた頃、源さんがやってきた。
「遅くなりました」
「源さん、いらっしゃい」
夏の母親が出迎える。
「店ので失礼ですが、醤油をどうぞ」
言いながら、源さんは醤油の一升瓶を夏の母親に手渡した。
「まぁ、ご丁寧にすみません」
夏の母親が恐縮すると、夏の父親も言った。
「源さん、ありがとう。源さんとこの醤油は、美味しいんだよなぁ」
「いやぁ。あっ、向さんお久しぶりです!」
「こんにちは。ご無沙汰しています」
「向さんにも、もってきたんですよ」
言いながら源さんは、醤油を向に差し出した。
「えっ、私にも?お気遣い、ありがとうございます!」
向は大事そうに、醤油のボトルを抱えた。
醤油を向に手渡した源さんは、夏の隣に座った。
「さ、冷めないうちに食べましょ」
夏の母親の言葉に「いただきます!」の、大合唱となった。
ビールを飲みながら、夏の父親がしきりに「省吾君がいると、跡取り息子ができたみたいだ」と、言っていた。
すっかり省吾のことが、気に入ったみたいだ。 その言葉に、省吾も素直に喜んでいる。
向の料理を夏の母親がほめ、向は照れまくっていた。
夏と源さんは、楽しそうに話をしている。
楽しく賑やかなひと時を、私はゆっくり眺めていた。




