電話
次の日の昼過ぎ、私は省吾をつれて健一のところに行った。
店に入って、健一と健一の父親を省吾に紹介する。
紹介を終えた後、省吾は率先して健一の仕事を手伝った。
そんな省吾を見た健一の父親は省吾をほめた。
「賢そうな子だ。あんたより役に立つなぁ」
「へぇ、へぇ。どうせ私は、花の名前なんて知りませんよ」
三十分くらい花屋にいて、私と省吾は店を出た。
「健一さん、いい人だね。憧れちゃった。健一さん、おばさんにはもったいないよ」
「うるさい。ガキが生意気言うんじゃない」
「なんで健一さんは、おばさんとつきあっているんだろ?」
「さぁね。私に、ひとめぼれしたんじゃないの?」
「健一さんが?まさか!ひとめぼれしたのは、おばさんの方じゃないの?」
「あのね……おばさん言うな!」
その夜、省吾は街中にある進学塾の掲示板を見ていた。
「嘘……」
省吾は、思わずつぶやいていた。
おととい行われたテストの成績が、予想以上に伸びていたのだ。
省吾はカバンから携帯を出し、メールを打ち始めた。
その後ろ姿を、省吾の同級生、高木が見ていた。
シャワーを浴び終えビールを飲んでいるところに、携帯のメールの着信音が鳴った。
送信者は、省吾だった。
メールを読むと、テストの結果報告と喜びの絵文字。
思わず笑顔が広がり、返信のボタンを押した私はメールを打ちはじめた。
夜の小学校の職員室。
勤務時間は既に過ぎていたが、省吾の担任の前田は帰らず仕事をしていた。
前田と同じように職員室に残っている教師が数人いる。
黙々と仕事をしていると目の前の電話が鳴り、前田は受話器に手を伸ばした。
「はい、こちら……」
みるみる内に、前田の顔に緊張が走る。
しばらくして前田は受話器を置き、慌てて学年主任を探した。
幸い主任は前田から離れた自席で仕事をしていた。
前田は主任の方へ行き、先程の電話の内容を伝えた。前田の言葉を聞いた主任は、驚きの声を上げた。
「君のクラスの生徒が?」
「はい。万引きをして、今派出所にいるそうです。派出所に行きますので、すみませんが教頭先生の方に……」
「ああ、わかった。私が連絡するよ」
「すみません。お願いします」
前田は足早に、職員室を出て行った。
パソコンのキーをたたいていると、今度はメールの着信音ではなく、携帯の着信音が鳴った。
私は、パソコンの側に置いてあった携帯を取り上げた。
着信名を見ると、省吾の名前が出ていた。
「もしもし」
通じているはずなのに、応答がない。
「省吾でしょ。どうしたの?」
「……おば……さん……」
途切れ途切れの省吾の声。
様子が変だ。
それでも、なんとか話をする。
「……うん、うん、わかった。そこから動かないで!」
携帯を切り、パソコンの電源を落とした私は急いで家を飛び出した。
派出所に呼び出された前田は引き戸を開け、派出所の中に入った。
「先ほど電話を頂いた前田です。私の生徒が、お世話になりました」
「ご苦労さまです。こちらにどうぞ」
前田とさほど年が変わらない署員に、案内されるままに歩く。
回転いすに、前田が受けもっている生徒の高木が座っていた。
うつむいているので、顔の表情は読み取れない。
署員に椅子をすすめられ、前田は高木の目の前に座った。
派出所の署員が前田のとなりに座ると、詳しい経緯を話した。
「パトロール中、書店の前で店の主人と高木君が、口論をしていました。店の主人に、話を聞いたところ……」
「高木が、万引きしていた……」
署員の言葉を引き継いだ前田は、ため息をついた。
「店の主人に謝り、盗んだ本を返しました。学校と家に連絡をするということで、店側も許してくれました」
「お世話をかけました」
前田は、頭を下げた。
「いえいえ。家の方にも連絡したんですが誰も出なくて」
「お母さん、いないのか?」
前田は、うつむいている高木に聞いた。高木は小さく頷いた。
「店側は大げさににしたくないとのことですので、こちらもこれ以上は咎めません」
「お手数かけました。学校と家族で、よく話し合います」
「お願いします」
もう一度、前田は頭を下げた。
ふと高木の両手の甲の汚れに前田は気が付いた。
一度も前田と視線を合わせない高木に、前田は不安になった。
省吾から電話で呼び出された私は、指定された場所に向を連れて行った。
ビルとビルの間の路地裏に入ってくと、省吾は苦しそうにうずくまっていた。
「省吾!」
うつむいていた省吾は、ゆっくり顔を上げた。 省吾の顔は殴られて腫れ上がり、血だらけになっていた。
「こりゃ、ひどい!」
向が声を上げ、ズボンのポケットからハンカチを取り出すと、血で汚れた省吾の顔をそっとふいた。
「……ハンカチ……汚れちゃう」
「いいから!」
向はハンカチが汚れるのも構わず、省吾の顔をふき続けた。
ふき終わった後は省吾を背負い、ゆっくり歩きだした。
私はその後ろを歩き、省吾に聞いた。
「何があったの?」
「学習塾から家に帰る途中、殴られた」
「誰に?」
「暗くてわからなかった」
嘘だ……私はそう思った。
省吾はきっと誰が殴ったのかわかっている。
省吾を殴った人が誰なのか、私はなんとなくわかった。
黙ったまま歩いていると、見覚えのある男の子を見つけた。
男の子は、一人ではなかった。
歩いていた私の足が自然に止まった。そんな私に、向が気づいた。
「どうかしました?」
「先に帰って。省吾のことよろしく」
「はぁ……」
私は向の返事を待たず、足早に歩き出した。
見覚えのある男の子は、思った通り省吾の同級生の高木だった。
二人が歩く道をふさぐように、私は二人の目の前に立った。
「あの……」
高木の隣を歩いていた男が、驚き顔で私を見た。
私は、男を真っ直ぐみつめた。
男は、健一と同じ年代に見えた。
「高木君、知り合い?」
高木は黙ったまま、うつむいていた。
高木を代弁するように私は言った。
「知り合いではありません。高木君のことは、省吾から聞いています。それより……省吾を殴ったの……高木君だね」
うつむいていた高木は、ゆっくりうなづいた。男は、声を張り上げた。
「やっぱり!手の甲の汚れは、血だったのか!高木、省吾を殴ったのか?」
うつむいていた高木は突然顔を上げ、大きな声を張り上げた。
「そうだよ!省吾の奴ちょっと成績が上がったからって浮かれていたから、腹いせに殴ったんだよ!」
「それで腹いせに、書店で万引きまでしたのか?」
「うるさいなぁ!もう、いいだろ!」
言いながら、高木は走ろうとしたが、男は素早く高木の腕をつかんだ。
「今夜は、一緒に帰るんだ」
男は、高木の腕をつかんだまま歩きだした。
「いてぇな、離せよ!」
「駄目だ!」
「逃げたりしないから、この手を離せ!」
男は、高木のつかんでいた腕を離した。腕を離した男は、歩き出した。私も一緒に歩き、男に聞いた。
「万引きしたんですか?」
「ええ。それで、今夜呼び出されたんです」
「失礼ですが……」
「申し遅れました。高木と省吾の担任の前田と申します」
「担任!先生だったんですか!」
「はい。もしかして、あなたは省吾のメールの相手ですか?」
「メールの相手……?」
「省吾が言っていました。メールの相手、大事な人だと」
省吾にとって、私は大事な人……。私は、前田の言葉を不思議な気持ちで聞いていた。
家に着くと二階の部屋の布団の中で、省吾は静かな寝息を立てていた。
省吾の隣には、もう一組布団が敷かれていた。
「向、ありがとう。向がいて、助かったよ」
「お役に立てるとができて光栄です。省吾君の怪我の応急処置はしました。省吾君、お父さんの携帯に電話したけど、お父さん出なくて。遅くなったから友達の家に泊まると、留守電に入れました」
「ありがとう。省吾を殴ったのは、同級生の高木だったよ」
「……やっぱり。そんな感じがしました。でも省吾君、頑として高木君の名前は出しませんでした」
「そっか。高木は、省吾のことをねたんで殴った」
「日頃から、省吾君のことをいじめていましたね。でも、今回のことはやりすぎです」
「省吾を殴った後、高木は書店で万引きをした。それで、担任の前田先生が派出所に呼び出された」
「あの男の方、担任の先生だったんですか」
「遅くなっちゃったね。シャワー浴びた?」
「はい。省吾君が浴びた後、シャワーを浴びました」
「じゃあ、私もシャワーを浴びようかな。私は下で寝るから、省吾の隣で寝て」
「そんな、布団二組しかないですよ。私が下で寝ます!」
「いいから!向、今夜はホントありがとう。おやすみ」
私は階段を降り、シャワーを浴びる支度をした。
シャワーを浴び終え、ビールを飲みながら別れ際前田からもらった名刺をながめた。
名刺には、前田の携帯アドレスが記されていた。
「何かあったら、いつでも連絡してください」
名刺を手渡された時、前田が言った言葉を思い出し、私は自分の携帯に前田の携帯アドレスを登録した。




