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なつのかけら  作者: kagari
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8/27

電話

 次の日の昼過ぎ、私は省吾をつれて健一のところに行った。

 店に入って、健一と健一の父親を省吾に紹介する。

 紹介を終えた後、省吾は率先して健一の仕事を手伝った。

 そんな省吾を見た健一の父親は省吾をほめた。

「賢そうな子だ。あんたより役に立つなぁ」

「へぇ、へぇ。どうせ私は、花の名前なんて知りませんよ」

 三十分くらい花屋にいて、私と省吾は店を出た。

「健一さん、いい人だね。憧れちゃった。健一さん、おばさんにはもったいないよ」

「うるさい。ガキが生意気言うんじゃない」

「なんで健一さんは、おばさんとつきあっているんだろ?」

「さぁね。私に、ひとめぼれしたんじゃないの?」

「健一さんが?まさか!ひとめぼれしたのは、おばさんの方じゃないの?」

「あのね……おばさん言うな!」



 その夜、省吾は街中にある進学塾の掲示板を見ていた。

「嘘……」

 省吾は、思わずつぶやいていた。

 おととい行われたテストの成績が、予想以上に伸びていたのだ。

 省吾はカバンから携帯を出し、メールを打ち始めた。

 その後ろ姿を、省吾の同級生、高木が見ていた。



 シャワーを浴び終えビールを飲んでいるところに、携帯のメールの着信音が鳴った。

 送信者は、省吾だった。

 メールを読むと、テストの結果報告と喜びの絵文字。

 思わず笑顔が広がり、返信のボタンを押した私はメールを打ちはじめた。



 夜の小学校の職員室。

 勤務時間は既に過ぎていたが、省吾の担任の前田は帰らず仕事をしていた。

 前田と同じように職員室に残っている教師が数人いる。

 黙々と仕事をしていると目の前の電話が鳴り、前田は受話器に手を伸ばした。

「はい、こちら……」

 みるみる内に、前田の顔に緊張が走る。

 しばらくして前田は受話器を置き、慌てて学年主任を探した。

 幸い主任は前田から離れた自席で仕事をしていた。

 前田は主任の方へ行き、先程の電話の内容を伝えた。前田の言葉を聞いた主任は、驚きの声を上げた。

「君のクラスの生徒が?」

「はい。万引きをして、今派出所にいるそうです。派出所に行きますので、すみませんが教頭先生の方に……」

「ああ、わかった。私が連絡するよ」

「すみません。お願いします」

 前田は足早に、職員室を出て行った。



 パソコンのキーをたたいていると、今度はメールの着信音ではなく、携帯の着信音が鳴った。

 私は、パソコンの側に置いてあった携帯を取り上げた。

 着信名を見ると、省吾の名前が出ていた。

「もしもし」

 通じているはずなのに、応答がない。

「省吾でしょ。どうしたの?」

「……おば……さん……」

 途切れ途切れの省吾の声。

 様子が変だ。

 それでも、なんとか話をする。

「……うん、うん、わかった。そこから動かないで!」

 携帯を切り、パソコンの電源を落とした私は急いで家を飛び出した。



 派出所に呼び出された前田は引き戸を開け、派出所の中に入った。

「先ほど電話を頂いた前田です。私の生徒が、お世話になりました」

「ご苦労さまです。こちらにどうぞ」

 前田とさほど年が変わらない署員に、案内されるままに歩く。

 回転いすに、前田が受けもっている生徒の高木が座っていた。

 うつむいているので、顔の表情は読み取れない。

 署員に椅子をすすめられ、前田は高木の目の前に座った。

 派出所の署員が前田のとなりに座ると、詳しい経緯を話した。

「パトロール中、書店の前で店の主人と高木君が、口論をしていました。店の主人に、話を聞いたところ……」

「高木が、万引きしていた……」

 署員の言葉を引き継いだ前田は、ため息をついた。

「店の主人に謝り、盗んだ本を返しました。学校と家に連絡をするということで、店側も許してくれました」

「お世話をかけました」

 前田は、頭を下げた。

「いえいえ。家の方にも連絡したんですが誰も出なくて」

「お母さん、いないのか?」

 前田は、うつむいている高木に聞いた。高木は小さく頷いた。

「店側は大げさににしたくないとのことですので、こちらもこれ以上は咎めません」

「お手数かけました。学校と家族で、よく話し合います」

「お願いします」

 もう一度、前田は頭を下げた。

 ふと高木の両手の甲の汚れに前田は気が付いた。

 一度も前田と視線を合わせない高木に、前田は不安になった。



 省吾から電話で呼び出された私は、指定された場所に向を連れて行った。

 ビルとビルの間の路地裏に入ってくと、省吾は苦しそうにうずくまっていた。

「省吾!」

 うつむいていた省吾は、ゆっくり顔を上げた。 省吾の顔は殴られて腫れ上がり、血だらけになっていた。

「こりゃ、ひどい!」

 向が声を上げ、ズボンのポケットからハンカチを取り出すと、血で汚れた省吾の顔をそっとふいた。

「……ハンカチ……汚れちゃう」

「いいから!」

 向はハンカチが汚れるのも構わず、省吾の顔をふき続けた。

 ふき終わった後は省吾を背負い、ゆっくり歩きだした。

 私はその後ろを歩き、省吾に聞いた。

「何があったの?」

「学習塾から家に帰る途中、殴られた」

「誰に?」

「暗くてわからなかった」

 嘘だ……私はそう思った。

 省吾はきっと誰が殴ったのかわかっている。

 省吾を殴った人が誰なのか、私はなんとなくわかった。

 黙ったまま歩いていると、見覚えのある男の子を見つけた。

 男の子は、一人ではなかった。

 歩いていた私の足が自然に止まった。そんな私に、向が気づいた。

「どうかしました?」

「先に帰って。省吾のことよろしく」

「はぁ……」

 私は向の返事を待たず、足早に歩き出した。

 見覚えのある男の子は、思った通り省吾の同級生の高木だった。

 二人が歩く道をふさぐように、私は二人の目の前に立った。

「あの……」

 高木の隣を歩いていた男が、驚き顔で私を見た。

 私は、男を真っ直ぐみつめた。

 男は、健一と同じ年代に見えた。

「高木君、知り合い?」

 高木は黙ったまま、うつむいていた。

 高木を代弁するように私は言った。

「知り合いではありません。高木君のことは、省吾から聞いています。それより……省吾を殴ったの……高木君だね」

 うつむいていた高木は、ゆっくりうなづいた。男は、声を張り上げた。

「やっぱり!手の甲の汚れは、血だったのか!高木、省吾を殴ったのか?」

 うつむいていた高木は突然顔を上げ、大きな声を張り上げた。

「そうだよ!省吾の奴ちょっと成績が上がったからって浮かれていたから、腹いせに殴ったんだよ!」

「それで腹いせに、書店で万引きまでしたのか?」

「うるさいなぁ!もう、いいだろ!」

 言いながら、高木は走ろうとしたが、男は素早く高木の腕をつかんだ。

「今夜は、一緒に帰るんだ」

 男は、高木の腕をつかんだまま歩きだした。

「いてぇな、離せよ!」

「駄目だ!」

「逃げたりしないから、この手を離せ!」

 男は、高木のつかんでいた腕を離した。腕を離した男は、歩き出した。私も一緒に歩き、男に聞いた。

「万引きしたんですか?」

「ええ。それで、今夜呼び出されたんです」

「失礼ですが……」

「申し遅れました。高木と省吾の担任の前田と申します」

「担任!先生だったんですか!」

「はい。もしかして、あなたは省吾のメールの相手ですか?」

「メールの相手……?」

「省吾が言っていました。メールの相手、大事な人だと」

 省吾にとって、私は大事な人……。私は、前田の言葉を不思議な気持ちで聞いていた。



 家に着くと二階の部屋の布団の中で、省吾は静かな寝息を立てていた。

 省吾の隣には、もう一組布団が敷かれていた。

「向、ありがとう。向がいて、助かったよ」

「お役に立てるとができて光栄です。省吾君の怪我の応急処置はしました。省吾君、お父さんの携帯に電話したけど、お父さん出なくて。遅くなったから友達の家に泊まると、留守電に入れました」

「ありがとう。省吾を殴ったのは、同級生の高木だったよ」

「……やっぱり。そんな感じがしました。でも省吾君、頑として高木君の名前は出しませんでした」

「そっか。高木は、省吾のことをねたんで殴った」

「日頃から、省吾君のことをいじめていましたね。でも、今回のことはやりすぎです」

「省吾を殴った後、高木は書店で万引きをした。それで、担任の前田先生が派出所に呼び出された」

「あの男の方、担任の先生だったんですか」

「遅くなっちゃったね。シャワー浴びた?」

「はい。省吾君が浴びた後、シャワーを浴びました」

「じゃあ、私もシャワーを浴びようかな。私は下で寝るから、省吾の隣で寝て」

「そんな、布団二組しかないですよ。私が下で寝ます!」

「いいから!向、今夜はホントありがとう。おやすみ」

 私は階段を降り、シャワーを浴びる支度をした。

 シャワーを浴び終え、ビールを飲みながら別れ際前田からもらった名刺をながめた。

名刺には、前田の携帯アドレスが記されていた。

「何かあったら、いつでも連絡してください」

 名刺を手渡された時、前田が言った言葉を思い出し、私は自分の携帯に前田の携帯アドレスを登録した。



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