#4 初感覚、そして鑑定。
王都の夜は、昼間とはまた違う騒がしさを見せていた。
石畳の通りには橙色の灯りが並び、酒場や食堂からは笑い声が漏れてくる。鎧姿の冒険者。仕事終わりの商人。酔っ払い。様々な人間が行き交い、その熱気だけでこの街が生きていることを感じさせた。
『ここよ』
フレイヤが立ち止まったのは、大通りから少し外れた食堂だった。
木製の看板に漂ってくる肉の焼ける匂い、中から聞こえる賑やかな声。なかなか風情のある店だ。
『冒険者御用達って感じですね』
アースが店内を覗き込む。
「なんか騒がしいな」
『食堂なんてこんなもんよ』
フレイヤは慣れた様子で扉を開けた。その瞬間に熱気と匂いが一気に押し寄せてくる。
焼いた肉とスープ、酒に香辛料。様々な匂いが混ざり合っていた。
……妙だ。身体が勝手に反応する。腹の奥が妙に落ち着かない。
『ヴィザルさん、顔死んでますよ』
「いや、なんかすごいなこれ」
『空腹です』
『そんな真顔で言うこと?』
フレイヤが呆れたようにため息を吐く。三人は空いていた席へ座った。周囲では冒険者たちが騒いでいる。今日の討伐の話やら仲間の愚痴やら自慢話。そんな雑音を聞きながら、俺は机を眺めていた。
……不思議だ。
神界では、食事なんて必要なかった。空腹もなければ満腹もない。なのに今は、身体が“何かを欲している”。
これが生物ってやつか。
『何頼む?』
フレイヤがメニューをこちらへ差し出す。
「読めん」
『え?』
『あ』
アースが固まる。
しまった。そういえば文字。神界では情報共有が直接だったから、読む文化がほぼない。
『あー……ヴィザルさん文字ちょっと苦手で』
「ちょっとじゃない」
『致命的じゃん!?どうやって今まで生きてきたのよ……』
フレイヤが思いっきり引いていた。
「なんとなく。な?」
アースが苦笑しながらメニューを指差す。
『この世界の文字は今勉強中なんです』
『へぇ……珍しい地域出身なのね』
ギリギリ誤魔化せている。
「んなことより肉が食いたいな」
フレイヤは呆れながらも店員を呼び、適当に料理を注文していく。
しばらくして料理が運ばれてきた。分厚い肉料理と焼きたてのパンに湯気の立つスープ。
ヴィザルは数秒固まっていた。
香辛料の香り。焼けた肉の音。その全てが初めてだった。
「……これ、食えるのか」
『料理見て最初に出る感想!?』
フレイヤが即座に突っ込む。
アースは苦笑しながらパンをちぎった。
『ちゃんと食べ物ですよ』
「へぇ……」
恐る恐る肉を口へ運ぶ。
数秒。
沈黙。
そして。
「……うま」
『反応薄ッ、でも気持ちは分かります』
アースもスープを飲みながら目を丸くしている。
『味覚ってすごいですね……』
『あんた達ほんと何なのよ』
フレイヤは笑いながら呆れていた。だが最初と比べたら空気はかなり柔らかい。
三人で同じ卓を囲んでいる。それだけで、もう少し“仲間”っぽく見えた。
しばらく食べ進めたあと、ヴィザルはふとフレイヤへ視線を向けた。
「お前は、なんで冒険者やってるんだ?」
フレイヤの手が少し止まる。そして静かな声だった。
『……剣しかなかったから。あたし、剣術道場の生まれなの。小さい頃からずっと剣だけやってきたわ。でも――』
そこで少しだけ苦笑する。
『魔力が弱かった』
アースが顔を上げた。
この世界では珍しくない。だが、強くなれない理由としては十分だった。
『魔術が全然伸びなかったの。強化魔法も、属性魔法も、人よりずっと下手。師匠に言われたわ。“外を見てこい”って』
フレイヤはフォークで皿を軽く突いた。
『修行ですか』
『半分追い出されたようなもんよ』
苦笑。だがその瞳は真っ直ぐだった。
『でも、見返したいの。あたしでも戦えるって。勇者になれるって』
その言葉には強い意志があった。才能じゃなく。憧れだけで前に進んでいる目だった。
だからこそ。少しだけ眩しい。
『あんた達は?故郷とか』
フレイヤが聞く。ヴィザルは少し考えた。
「……よく分かんないけど、上のほう」
『北?』
「まあそんな感じ」
『へぇ……北側って雪国ばっかりでしょ?』
「寒くはないな」
『どっちよ』
アースが吹き出す。
『間違ってはないんですけどね』
『何それ』
フレイヤが怪訝そうに眉をひそめた。
『まあいいわ、冒険者なんて変人ばっかだし』
「お前も十分変人だ」
『どの口が言ってんのよ』
『同感です』
「おい」
小さな笑いが起きる。その空気は、不思議と心地よかった。神界には無かった空気だ。何気ない会話が心地いい。あたたかい料理も、騒がしい食堂でさえも。たったそれだけなのに、妙に落ち着く。
そう思っていた、その時だった。
『――聞いたか?』
近くの席から声が聞こえた。酔った冒険者たちの会話。
『東側坑道、また魔物出たらしいぜ』
『またかよ……』
『しかも今回は採掘場の奥だって話だ』
『初心者区域だろ、あそこ』
『最近おかしくねぇか?』
別の冒険者が酒を煽りながら吐き捨てる。
『灰砂地帯にもB級出たんだろ?』
『王都周辺でそんなポンポン高位魔物出るわけねぇ』
『……魔王の影響か?』
その言葉で、席の空気が少しだけ静かになった。誰も冗談とは笑わなかった。フレイヤも表情を曇らせる。
『最近、確かに多いのよね。前までこんなこと無かった』
小さく呟く。
ヴィザルは黙ったまま水を飲む。だが内心では、既に確信に近いものがあった。
魔力の乱れと法則の歪み。世界そのものが、少しずつ軋んでいる。神だからこそ分かる。これは単なる偶然じゃない。
「……この世界、思ったより壊れてるかもしれんな」
ぽつりと漏れたその言葉に、アースだけが静かに目を細めた。
食堂を出る頃には、王都の空はすっかり夜になっていた。
石畳の道には魔導灯の淡い光が並び、昼間よりもどこか落ち着いた空気が流れている。遠くでは酒場の笑い声が聞こえ、鎧姿の冒険者たちが肩を組みながら歩いていた。
『で、どうするの?宿決まってるの?』
食堂の扉を閉めながらフレイヤが振り返る。
「決まってない。まあ最悪野宿」
『王都で!?』
フレイヤが本気で引いていた。
『死ぬわよ』
「神はそう簡――」
『人間は死ぬんですよ』
アースが遮る。
『今の僕らは人間なんですから』
……そうだった。未だに少し感覚がズレる。
空腹、痛みときて疲労。神界では必要のなかったものばかりだ。
フレイヤはため息を吐く。
『しょうがないわね。あたしが泊まってる宿、紹介してあげるわよ』
「いいのか?」
『初心者二人を放置して変な宿泊まられても困るし』
『ありがとうございます』
アースが頭を下げる。フレイヤは少し照れ臭そうに視線を逸らした。
『……別に大したことじゃないわよ』
三人は夜道を歩き始めた。王都の夜風は少し冷たい。だが、不思議だ。悪くない。
歩きながら、ヴィザルはぼんやり空を見上げる。ラグナ世界の夜空。神界から見下ろしていたものを、今は地上から見ている。それだけなのに、まるで別物だった。
『そういえば、明日ギルドで鑑定受けなさいよ』
フレイヤが前を歩きながら口を開く。
「なんそれ」
『属性とスキルの確認よ。冒険者なら基本』
アースが興味深そうに顔を上げた。
『属性って、生まれ持った適性のことですよね?』
『そう。火、水、風、土、光、その辺が一般的』
『スキルは?』
『個人能力。剣術とか魔術、魔術補助とか色々』
なるほど。世界法則の可視化か。確かに合理的だ。
『まあ、初心者なら大体一属性ね』
フレイヤは軽く肩をすくめる。
『二属性持ちならかなり優秀。三属性あったら天才扱い』
「へぇ」
『あんた興味薄そうね……』
正直、属性そのものより“この世界がどう法則を整理しているか”の方が面白い。神界とはまた違う。だが、だからこそ興味深かった。
しばらく歩くと、小さな木造の宿が見えてきた。二階建て。看板には《月兎亭》と書かれている。
『ここ』
フレイヤは慣れた様子で扉を開けた。
中は暖かかった。受付の老婆が顔を上げる。
『おやフレイヤちゃん、お帰り』
『ただいま。あと二人追加で泊まれる?』
『空いてるよ』
手続きを終え、部屋の鍵を受け取る。二人部屋。アースと同室だった。
階段を上がり、部屋へ入る。
ベッド、机、窓。それだけの簡素な部屋。だがヴィザルは、部屋へ入った瞬間に妙な違和感を覚えた。
「……寝るのか」
『寝ますよ?』
アースが当然のように言う。
「意識失うんだろ?」
『睡眠をそんな危険行為みたいに言わないでください』
確かに知識としては知っている。だが実感は別だ。神は眠らない。少なくともヴィザルは、今まで一度も“眠気”を経験したことがなかった。
なのに今は、身体が重い。意識がぼんやりする。妙な感覚だ。
アースは既にベッドへ倒れ込んでいる。
『あー……疲れました……』
「早いな」
『今日は情報量多すぎです……』
そのまま数秒後には寝息が聞こえ始めた。……本当に意識を失っている。
ヴィザルはしばらくそれを眺めていた。
それから、自分もゆっくりベッドへ腰を下ろす。
柔らかい。沈み込む感覚。窓の外では王都の灯りが揺れている。騒がしい一日だった。
神界を出て。人間になって。初めて戦って。初めて食事をして。そして――。初めて、眠る。
「……変な感じだな」
ぽつりと呟く。だがその声は、もう半分夢の中へ沈み始めていた。
視界が暗くなる。意識が落ちる。
その瞬間。
脳裏に、一つの光景が浮かんだ。崩れた大地。折れた剣。血に染まった赤髪。そして。それでも立ち上がろうとしていた、小さな勇者の背中。
――届かなかった。そこで、意識は完全に闇へ沈んだ。
朝。
鳥の鳴き声が聞こえる。窓から差し込む光が、ゆっくり部屋を照らしていた。ヴィザルは静かに目を開ける。
「…………」
数秒、天井を見つめる。瞼が重い。そして妙な感覚である。だが不快ではなくむしろ気持ちの良いものだった。
「これが睡眠か」
思ったより悪くない。神界では経験したことのない感覚だ。意識を落とし、何も考えず、気づけば朝になっている。時間が飛んでいる。なのに、身体は妙に軽かった。不思議なものだ。おもしろい。
隣を見ると、アースはまだ寝ていた。布団に半分埋まりながら、小さく寝息を立てている。
「……無防備だな」
昨日も思ったが、人間は寝ている間あまりにも隙だらけだ。もし敵が来たらどうするつもりなのか。
そんなことを考えていると。
『んぅ……』
アースがもぞりと動く。
『……おはようございます』
「起きてたのか」
『さっき起きました……』
完全に寝起きの声だった。
アースはぼんやりしたまま身体を起こし、窓の外を見る。
『朝ですねぇ……』
「当たり前だろ」
『いや、なんか感動しません?』
「何が」
『人間生活です』
妙なところで楽しそうだ。アースはそのまま伸びをする。
『……でも確かに、睡眠ってすごいですね』
「お前も初めてなのか」
『僕も神ですから』
そう言いながら欠伸をする。……緊張感がない。
その時。コンコン。扉がノックされた。
『起きてるー?』
フレイヤの声だった。
『朝食食べるなら早く来なさいよー』
「保護者かあいつ」
『多分、放っておくと僕らが本当に野宿すると思ってますよ』
「する可能性はあった」
『ありましたね』
二人は顔を見合わせる。それから、どちらともなく小さく笑った。
宿の一階へ降りると、既にフレイヤが席に座っていた。朝だというのにしっかり装備を整えている。やはり冒険者としての習慣なのだろう。
『遅い』
「起きたばっかだ」
『冒険者の朝は早いの』
そう言いながら、フレイヤはパンを口へ運ぶ。
アースは運ばれてきた朝食を見て少し目を輝かせていた。
『朝も食べるんですね』
『当たり前でしょ』
「ニンゲ、あいや、食いすぎじゃないか?」
人間はどーのこーの口を滑らすのはよくない。少しでも怪しまれることは慎むべきだと思う。
『生きるのに必要なのよ』
なるほど。燃費が悪い。
ヴィザルはそんなことを考えながらスープを飲む。
温かい。昨日も思ったが、食事というのは妙に落ち着くものらしい。
『で』
フレイヤが口を開く。
『今日はギルド行くわよ』
「鑑定だっけか」
『そう。属性とスキル確認』
フレイヤはヴィザルをじっと見る。
『特にあんた』
フレイヤが俺に対して人差し指を向ける。それに対して俺も自分の胸に自分の指を向ける。
「俺?」
『昨日のアレ、絶対初心者じゃないもの』
空間を吹き飛ばした暴走魔法。あれを思い出しているのだろう。
『魔力操作はめちゃくちゃなのに、出力だけ異常なのよ』
「自覚はある」
フレイヤは呆れたように額を押さえた。
『まあいいわ。ギルドの鑑定なら、自分の適性も少しは分かるはずよ』
適性、か。
ヴィザルは窓の外を見る。王都の朝。人々が動き始めている。冒険者。商人。兵士。様々な人間が生きている。その世界の中へ、自分たちは今から踏み込んでいく。少しだけ。本当に少しだけ。ヴィザルは、その先を楽しみにしていた。
宿を出ると、朝の活気に包まれた。
石畳の通りには露店が並び、焼きたてのパンの香りが漂ってくる。商人たちの呼び声。荷車の音。鎧を鳴らしながら歩く冒険者たち。昨日の夜とはまた違う顔だった。
「人多いな」
ヴィザルが周囲を見渡しながら呟く。
『王都ですからね。ラグナ世界でも最大級の都市らしいですよ♬』
文字に起こしたら語尾に音符がついていそうなそんな言い方だ。
『まあ、魔王の影響で今は少し減ってるけど、それでも十分多いわよ』
フレイヤが前を歩きながら言う。
確かに、人間の数は多い。
神界から見下ろしていたとは違い、今は、一人ひとりの顔が見える。一人ひとりの表情が。その全てが、生きていた。
『……?』
ふと。ヴィザルの視線が止まる。通りの端。小さな花屋の前で、幼い少女が母親らしき女性に笑いかけていた。ただ、それだけの光景、なのに。妙に目についた。
『ヴィザルさん?』
「……いや」
すぐに視線を逸らす。自分でも理由は分からなかった。神界では、人間なんて“数”でしか見ていなかったはずなのに。
『あんた今日なんか静かね』
フレイヤが怪訝そうに振り返る。
「そうか?」
『昨日よりは』
『睡眠で性格変わったんじゃないですか?』
「そんなわけあるか」
『でもヴィザルさん、昨日よりちょっと人間っぽいですよ』
「喧嘩売ってる?」
『褒めてます』
神に人間っぽいとはどういうことだ。
そんな会話をしていると、前方に巨大な建物が見えてくる。石造りの三階建て。入口の上には大きな剣と盾の紋章。そして、その周囲には武装した冒険者たちが大勢集まっていた。
『着いたわ』
フレイヤが親指で建物を示す。
『冒険者ギルド、ラグナ王都本部』
「でかいな」
『初心者からSランクまで全部ここ通るからね』
入口付近では既に朝から騒がしい。
依頼を確認する者もいれば受付で揉めている者もいて、仲間を集めている者としまいには酒臭い者までいる。
『朝から酒飲んでる……』
アースが若干引いていた。
『冒険者なんてあんなもんよ』
フレイヤは慣れた様子で中へ入っていく。ヴィザルとアースも続いた。
ギルド内部はさらに騒がしかった。
壁には依頼書のほかに魔物討伐記録やランキングらしきものまで貼られている。
『まずは鑑定ね』
フレイヤは受付へ向かう。
『スキルと属性確認したいんだけど』
受付嬢は三人を見て、慣れた様子で頷いた。
『新規鑑定ですね。奥の部屋へどうぞ』
案内された先には、小さな石造りの部屋があった。中央には、透明な水晶球のようなものが置かれている。
『これが鑑定魔具?』
アースが興味深そうに近づく。
『そう。魔力を流せば属性と基本適性が表示されるわ』
フレイヤは当然のように言ったあと、ヴィザルを見る。
『ちなみに壊さないでよ』
「そんな信用ないか?」
『昨日地面吹き飛ばした人が何言ってんのよ』
それはそうだった。
フレイヤに呆れた目を向けられながら、ヴィザルはゆっくりと水晶へ近づく。透明な球体の内部では、淡い光が静かに揺れていた。
『魔力を流し込むだけで、適性属性、魔力量、職業適性、スキル傾向などが表示されます』
受付嬢が説明する。
「便利だな」
『高級品ですけどね』
アースは興味深そうに水晶を覗き込んでいた。ヴィザルは軽く右手を乗せる。
その瞬間だった。――ゴゥンッ。鈍い音が響く。水晶内部の光が、一瞬で暴走した。
『え』
受付嬢が固まる。球体の内部で、赤。青。金。黒。白。次々と色が切り替わっていく。
『な、なんですかこれ……!?』
表示術式が明滅を繰り返す。火属性。水属性。風属性。土属性。光属性。闇属性。あり得ない速度で文字が切り替わり続ける。
『ちょ、ちょっと離れて――』
その直後。
ビキッ。晶表面にヒビが入った。
『うわぁぁぁぁ!?』
フレイヤが即座に飛び退く。アースは頭を抱えた。
『だから言ったじゃないですかぁ!!』
「いや俺も加減した」
『その結果がこれなんです!』
水晶はさらに振動を続ける。部屋中の術式が乱れ、壁に刻まれた魔法陣まで点滅し始めていた。
そして。
『……止まりなさい』
低い声。次の瞬間。部屋の奥から伸びた細い指が、水晶へ軽く触れた。暴走していた魔力が、一瞬で静まる。空気が変わった。ヴィザルが視線を向ける。そこにいたのは、一人の男だった。
長い黒髪。白衣のようなローブ。酷い隈。眠そうな目。だが、その瞳だけは異様に鋭い。
『ギルドの鑑定魔具を壊しかける新人は初めて見ましたよ』
気怠げな声だった。しかしその視線は、まっすぐヴィザルへ向いている。
フレイヤが小さく呟く。
『……ミーミル』
男――ミーミルは欠伸をしながら水晶を見下ろした。
『全属性反応。しかも制御不能レベルの魔力量』
彼はゆっくりヴィザルを見る。
『君、何者?』
「冒険者だが」
『嘘が下手ですねぇ』
即答だった。アースが若干視線を逸らす。フレイヤは完全に警戒している。だがミーミルだけは違った。まるで珍しい研究素材でも見つけたような目をしていた。
『面白いなぁ……』
「そうか?」
『ええ、とても』
ミーミルは再び水晶へ触れる。すると今度は、淡い文字が空中へ浮かび上がった。
【測定結果】
適性属性:全属性適性確認
魔力量:測定不能
職業適性:不明
スキル傾向:解析失敗
沈黙、受付嬢が青ざめていた。フレイヤも絶句している。アースだけが小さくため息を吐いた。
『……予想通りですね』
「予想してたのか」
『あなた普通じゃないですから』
『いや普通じゃないってレベルじゃないでしょ!?何なのよその結果!?』
フレイヤがようやく叫ぶ。
「俺が聞きたい」
実際、ヴィザル本人にもよく分かっていなかった。神界では、力など意識したことがない。使えて当然だった。だが今は違う。人間の身体。人間の魔力回路。世界法則。その全てが、妙に噛み合っていなかった。ミーミルは顎へ手を当てる。
『……なるほどねぇ』
『何かわかるんですか?』
アースが尋ねる。ミーミルは少しだけ黙った。
それから。
『最近、こういう“ズレ”が増えてるんですよ』
空気が変わる。
『ズレ?』
フレイヤが眉をひそめた。
『本来あり得ない魔力反応。存在しない属性変異。発生するはずのない場所への高位魔物出現』
ミーミルは疲れたように笑う。
『世界法則が、少しずつ壊れ始めてる』
その瞬間。ヴィザルの目が細くなった。
『……』
やはり。気のせいではない。ラグナ世界は、想像以上に歪み始めている。




