お説教タイム
前回投稿より一年以上経過してしまっておりますが、覚えてくださっているでしょうか。
就活やら卒論やらで今後も遅筆になるとは思いますが、今年もよろしくお願い致します。
とはいえ、白夜さんの苦言はごもっとも。理由はどうあれ、初対面の大人を即座に信用し、何らかの術が施されていて、尚且つ現世の法も絡むであろう書類にサインしてしまったのだ。しかも、保護者の同意も得ず、独断で。
あの時は「ちゃんと説明すれば大丈夫だろう」なんて楽観的にも程がある思考回路だったけど、冷静に考えると相当危険な事をしでかしている。
「……相談もせずに決めちゃったのは、本当にごめんなさい。その、悼吏さんが嘘をついてるようには見えなかったし、二人が夢渡りを許可したのなら、十分信頼できる人なんだろうと……」
「だからといって、出会って数十分かそこらの奴をすぐ信じたのは流石にどうかと思うぞ。それが結果的には良い選択になったとしても、だ。相手が俺の知り合いで、烏梅に恩義があった悼吏だったからまだ良かったものの……今回は大目に見るが、次からは必ず、俺か烏梅に相談すると約束してくれ」
「はい……気を付けます……」
普段よりも厳しく言い含めてくる白夜さんに、小さく縮こまりながらも素直に頷く。今更ながらに自分の軽率さを猛省しつつ、ちらりと隣に視線をやる。
「……あの、烏梅さん……」
「…………」
「…………えーっと……」
私の隣で静かに話を聞いていた烏梅さんは、いつも通り落ち着いているように見える。けど、恐らく内心では色々と感情を渦巻かせているのだろう。沈黙が地味にキツい。
なまじ凶器とも暴力とも言える程に麗しい顔面してる分、真顔だと殊更凄みが増してて超怖い。
「……澪」
「はいっ!!」
感情の読み取れない静かな声音で名を呼ばれ、脊髄反射で背筋が伸びる。ピシッと正座した格好で続く言葉を待つ私をジッと見下ろし、烏梅さんはゆっくりと口を開いた。
「……今回ばかりは、私も白夜と同意見だ。お前が年齢の割に聡く、分別のある娘だというのは誰よりも知っているし、比良坂悼吏がお前に悪意を以て接していなかった事も理解している。だが、お前の将来に大きく関わる重要事項を、私抜きで進められたのは看過できん。ましてや、出会って間もない赤の他人に真名を易々と明かすなど……いや、これに関しては教えていなかった私にも非はあるか……」
真名って何ぞや。と私が聞く暇もなく、烏梅さんと白夜さんが説明してくれる。
曰く、真名とは魂と深く結び付いている究極の個人情報。人間は勿論、妖や神にとっても呪術的に重要な意味を持つものなのだという。
相手の真名=本名・フルネームを知るのは、原則として家族や婚約者のみ。大抵は日常生活を送る中でも偽名を名乗るし、妖や神も種族名(猫又とか河童とか)や通り名を使う場合が多いとの事。
また、強大な神格・大妖の真名を知るとその縁を伝って相手にダメージがいく場合もあるから、烏梅さんは香雪、白夜さんは幻と外では名乗っているそうだ。流石に古い文献とか地域ごとの伝承なんかには真名が残っているそうだけど、間接的に知った分はセーフらしい。後、他者から名前の音だけ伝えられるのとかも。
つまり、この世界における真名……というか本名は、前世よりも遥かに重くて大切なもの。それを簡単に他者に教えてしまうのは、無防備に命を差し出す行為に等しい、という事である。
「我々妖や化生の類にとっては、真名を掌握する事が相手の生殺与奪の権能を支配するも同然。余程の事態でもない限り、他人に教えるものではない。万一人間に友好的でない者に真名を知られた場合、己の意思に反して操られるなんてのは序の口で、最悪殺された方がマシな目に遭う可能性だってある」
「怖っわ……」
「それだけ、真名は重要かつ重大なものなんだ。……澪」
スゥ……と瑠璃と琥珀のヘテロクロミアが細められる。見上げた先で白夜さんの視線に射貫かれ、また自然と背筋が伸びた。心なしか、室温が下がった感覚がする。
「仮に相手が悼吏では無い、別の輩が敵意を持って此方を陥れようと企んでいたなら、君の人生を狂わせる事も容易かった。今回の事は、本当に例外中の例外だったんだ。今後はよく考えて行動するように。君がどんなに心優しく善寄りの人間であろうと、それを利用しようと企む連中は、少なからず存在するんだから」
「……重々、あの男の良識に感謝する事だな」
「はい……肝に銘じます……」
いつも優しい烏梅さんも、この時ばかりは何時になく厳しい表情だった。その中にも微かながら心配と不安が確かに垣間見えて、申し訳なさが募ってくる。
朝廷からの搾取を避けるべく、現世でしっかりした後ろ盾を得る手段として、比良坂家に養子入りするのは許可された。けど、一歩間違えば本当に取り返しのつかない事態を招いていたかもしれないのだ。
これからはもっと慎重に、周りの人の意見や助言も参考にしながら行動しようと決意する。
「だが、比良坂家の後見を取り付けられたのはデカいぞ。木を隠すなら森というのは定石だが、あそこは特に子供の数も多い。朝廷に連なる家の中でも特に格が高いから、警備や護衛が厳しくなったとて不自然に思われないしな」
「……」
「烏梅、そんな物騒な顔すんなよ。お前だって、澪にこの先不便な思いはさせたくないだろ。今は俺たちの庇護下にあるが、いつまでもそれで護ってやれる訳じゃねぇ。澪は妖でもない唯の人の子だ。将来的に俺らが居なくとも、自立して暮らしていけるようにする為に、現世で暮らす知識や常識を身に付けておいた方がいい」
「……解っている」
白夜さんの諭すような言葉に、烏梅さんは小さく溜め息を吐きながら頷いている。それでも、露骨に不満が滲む表情はそのままだったが。私が養子入りする事自体には納得してくれたけど、やはり悼吏さんを全面的に信用しきれている訳ではないみたいだ。
まあ、あの人の事情や思惑を知らない状態で、いきなり信用するのはちょっとハードルが高いよね。




