第27章 信頼〜エドモンド王子視点(6)〜
僕はとにかく早く本物のミモザに会いたかった。だから祖父に王宮を出て療養をしたいと懇願した。
その時祖父にこう尋ねられた。
「君はこの事態を名誉の撤退だと言ったな。先を見据えて今は戦わず、己の力を蓄えるために一旦王宮に籠もるのだと。
それなのに今度は王宮を出て療養したいとは一体どういうことだ。結局君は、王太子の座をまだ幼い弟に押し付けて逃げたかっただけなのか?」
その声は落ちついてはいたが、かなり怒りを含んでいた。
祖父は幼い頃から僕に期待をしてくれていた。その上教師任せにして父の教育に失敗したことを悔やんでいたので、自ら帝王学を孫の僕に授けてくれた。
そして何度も魔の手から僕を守ってくれた。社交や遊びに夢中で子供を全く顧みない両親に代わって。
巻き戻る前の人生で、ミモザと婚約したいと言った時も祖父は、
「彼女には知性の光が見える。そして深い慈愛の心も。きっと君を支え、共に歩んでくれるだろう」
と言って、一番に賛成して応援してくれた。
祖父は僕にとって大切な家族であり尊敬する人物だ。僕は祖父の背を見て生きてきたのだ。絶対に祖父の期待は裏切らない。巻き戻ったことは言えないけれど、それだけは誓える。
僕は祖父の目を揺らぐことなく見つめてこう言った。
「僕は七つの時に心に決めたのです。お祖父様のような立派な国王になるのだと。
どんな時にも国と民を思い、人になんと思われようと目先のことに拘らずに長い目で政策を行う、尊敬できる国王に。
それは今でも変わることはありません。
ただし、強い精神は強い体でないとなかなか支えることはできません。ですから僕はまず健康で逞しい体になりたいのです。そしてそのためには王宮に閉じ籠もっていては無理なのです。
それに絶えず命を狙われるこの王宮では、真の意味で養生をしたり体を鍛えることはできませんから」
「この国から逃げるわけではないのだな? 自分の責務からも」
あのお祖父様がまるで縋るような目で僕を見つめてこう問うてきた。
お祖父様が僕に重い責務を負わせることに、罪悪感を抱いていることはわかっていた。
本来は自分の息子が背負うものなのだから。しかし、国のこと、民のことを思えば息子に任せるわけにはいかない。だから孫をかわいいと思いつつも、厳しく接してきたのだろう。
巻き戻り前の僕はそのお祖父様の期待を一人で背負い、気負い過ぎていたのだと思う。
口では助けて欲しいとミモザに言っておきながら、その実一人でどうにかしなければと頑なに思っていた。
弟のことだってどこかで疑っていた。いつか裏切るのではないかと。弟ともっと触れあってさえいれば、そんなことはあり得ないとすぐにわかることだったのに。弟は最後まで僕を守る騎士でいてくれたのに。
たとえ絶大な力を持つ国王だろうとも、一人では国は守れない。多くの人々の協力があってこそ、世の中は成り立っている、そんな当たり前のことさえ忘れていた。
お祖父様や弟だけでなく、叔父一家や宰相や影達、その他前国王派の貴族達、信じるに値する人々が周りにはたくさんいたのに、絶えず疑心暗鬼になっていた。あの王城に身を置いているうちに。
その結果、確かに国は守れたかもしれないが、自分にとってもっとも大切な人を失ってしまった。そして自分の心までも……
「いつでも貴方の隣を並んで歩いていたいわ。一緒に助け合っていきましょう。この国のために、そして二人のために……」
彼女はキラキラ輝く瞳で僕を見つめながらそう言ってくれていた。それなのに僕は……
やり直せと天が僕の人生を巻き戻してくれたのだから、今度こそ絶対に同じ過ちは繰り返さない。
巻き戻った僕は、これまでに多くの信頼できる仲間達を作ってきた。しかしそれだけでは国は守れても、僕自身は幸せになれないのだ。そう。本物のミモザが側にいてくれないと。
だから僕は、本物のミモザに逢いに行かなくてはならないのだ。何としても。
「お祖父様、チャーリーとは仲良くやっていますし、あの子のことは誰よりもよくわかっています。
あの子はじっとしていることが大嫌いなのです。だから国王になることも、人の言いなりに動くのもいやなんだそうですよ」
「それでは国王には向かないね」
「でも体を動かすことは大好きなようで、本人は騎士になりたいそうですよ。そしてお祖父様や僕を悪い奴らから守ってくれるそうです」
「それは頼もしいな」
お祖父様が愉快そうに笑った。弟のチャーリーを担ぎ出そうとしている愚か者達を思い出したのだろう。
チャーリーは肉体派ではあるが決して脳筋ではない。むしろ頭の切れる子だ。
しかも一見やんちゃに見えるが人の感情には敏感で、悪人と善人とを見分ける力に長けている。この伏魔殿で生き抜くためには有難いスキルだ。
そんなチャーリーをよく知りもしないで、僕を亡き者にしてその後釜に弟を担ぎ出そうなんて、愚かにもほどがある。
あんな愚か者達が弟を操れるわけがないだろう!
とりあえず後数年間なら、弟は僕がいなくなってもなんとかやっていけるだろう。彼の影達もみんな優秀だから。
それに何故か彼らは隠しているが、僕と弟の影が全員それぞれ兄弟関係で、密に連絡を取り合っていることはわかっているのだ。彼らは骨格も声もよく似ているからね。
だから、僕が送る手紙は無事に弟の元へ届くことだろう。
「お祖父様、心配しないで下さい。僕は一人じゃない。お祖父様やチャーリーやその他にも信頼できる仲間達がいます。だから逃げることなく、自分の義務を果たすつもりです。
ですからその為にも、今はより良い環境で療養させて下さい」
「わかった。
ではその療養先のことだが、コールドン子爵の領地はどうだろうか?
兄の侯爵の方は馬鹿息子と親しくしている碌でも無いヤツだが、元々滅多に帰らなかったと聞く。それに今では領地を弟に譲ってしまったのだから、ヤツはもうあそこには関わらないだろう。
子爵は私の親友の意志を継いだ立派な信用できる人物だ。だからあそこなら安心して君を預けられる。
それにそもそもあそこは自然環境にも恵まれている。王都の喧騒から離れて療養するには最適だ。
しかも隣国とも接触しているから、他国の得難い情報も、この王城にいるよりも遥かに入手しやすいであろう。
それに将来留学をする時も近くて何かと便利だろうしな」
さすがは名君と名高い国王だったお祖父様である。転んでもただでは起きない。
療養しろといいつつ、ちゃんと課題を授けるとは。もちろんこちらもそのつもりだったが。
僕が口角を上げると、お祖父様も似たような表情を浮かべたのだった。
こうして僕はコールドン子爵と綿密に連絡をし合って、療養生活の下準備を進めたのだった。
それにしても、子爵がこんなに狸親父だったとは知らなかった。僕とミモザの関係をおおよそ確信していながら、僕の前では知らぬ存ぜぬの振りをして、僕のヘタレっぷりを観察していたのだから。
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