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第25章 影〜エドモンド王子視点(4)〜


 僕達は過去のことではなく、これから先のことについて考えようということになった。

 皆で過去を悔やむよりも、せっかくやり直せるチャンスがあるのだから、過去の経験を活かし、それらを有効に使った方がずっと有意義だと。

 そもそも子爵家の三人にはその記憶自体がないのだから、反省も後悔も無意味だ。

 

 反省すべき人間は僕達ではなくあいつらだ。もっともあいつらが反省する日が訪れるとは到底思えない。だから、あの日が来る前に叩き潰しておかなければならないのだ。

 

 とはいえ、過去の記憶をみんなで共有することは必要だ。僕とセーラは、過去の出来事を(つぶさに)に思い出してはコールドン子爵一家にそれを伝え、子爵からは王宮や王城、そして貴族達の現状について事細かく話を聞いたのだった。

 

 

 ✽

 

 

 僕が自分の巻き戻りに気付いたのは七歳の時だった。しかもそれは、最初の毒を飲まされた時だった。

 藻掻き苦しみながらも、これが初めてのことではないと何故かわかったのだ。

 そして自分の症状がこれからどう変化していくのかも予測ができた。それ故に、前の人生で初めて毒を飲まされた時のような死への恐怖はなかった。

 そしてそんな中徐々に色々な記憶が蘇ってきて、次第に僕は、自分が十九歳のあの日から十二年ほど巻き戻ったのだと理解するようになった。

 

 巻き戻る前、僕は愛するミモザを失くして絶望と後悔の中にいた。悔しくて悲しくてやりきれなくて、その思いをどこへぶつければいいのかわからず気が変になりそうだった。

 

 葬儀の終了を告げる鐘が鳴り出した時、僕は感情を抑えきれなくなって叫び声を上げた。そこまでは覚えている。おそらくあの後間もなく僕の人生は巻き戻ったのだろう。

 

 巻き戻りを自覚した後暫くの間、僕は注意深く周りを観察してみたが、僕以外に巻き戻った人はいないようだった。

 周りの人間達はまるで判を押したように、元の人生の時と同じ言葉を発し、同じ行動をしていた。もちろん僕が以前と違う言動をすれば当然それに対する反応は変わったが、それはまたすぐ自然に元の流れへと戻っていったのだ。

 それでも少しずつ少しずつ、意図的に僕が以前とは違うことをした結果、巻き戻り前とは未来が確かに少しずつ変化していった。

 

 僕は巻き戻った後も、度々毒を混入されて何度も死にかけ、またもや悲劇の王子と呼ばれるようになった。

 もっともそのやり口は全て把握していたので、未然に飲むのを防ぐことができた。死にかけたというのは芝居だったのだ。

 心配をかけたくなかったので、祖父には演技であると伝えていた。

 ただし、何故そんな未来予知のような真似ができるのか、祖父に疑われても困るので、優秀な影達がいち早く察して防いでくれたのだと説明しておいた。

 

 

 巻き戻る前の人生では、僕は続けざまに何度も毒を盛られたせいで体調を崩した。そのために離宮の奥深くで療養生活をすると銘打って、実際は辺境のコールドン侯爵領(実質弟の子爵が管理していた)へ向かったのだ。

 あの時は本当に毒を盛られていたのだ。ただし、僕には毒に対する免疫があったので、実際はそれほど酷い事態ではなかったのだが。

 

 今回は初回以外では事前に毒を防ぐことができていた。とはいえ、王宮内が危険な状態であることはなんら変わってはいなかった。命を狙う方法は何も毒に限ったことではないのだから。

 それ故に今回もまた七歳の時に僕は、王宮を出て療養生活をするようにと祖父から勧められた。

 しかし僕はそれをやんわりと断わった。何故ならこのまま巻き戻る前と同じことを追従してしまったら、結局同じ様な結末を迎えてしまう恐れがあるからだ。それでは全く意味がない。

 

 前の人生では後もう少しというところで失敗した。今度こそ同じ(てつ)は踏まない。

 今回の僕は本物の病人ではないのだ。この城に留まって早めに仲間を作り、早めに対策を取って、今度こそ奴らを一網打尽にしてやる!

 仲間になってくれる信頼ができる人達が一体誰なのか、それはもうわかっていたのだから。

 

 

 ミモザに逢いたい。

 ミモザに逢いたくてたまらなかった。

しかしそれは我慢しなくてはならなかった。

 


 

 王族には皆生まれながらに影が付く。影とは言わば秘密諜報員であり、王族にとっては近衛騎士や宰相よりも信頼のおける者達で、尚且飛び抜けて優秀だ。

 彼らは代々影を輩出している八家の出身者で、普段は身分や容姿、そして名を変えて市井や王城内で普通に生活している。

 

 僕に付いている影は七人で、当時の国王であった祖父が付けてくれた者達であり、祖父が言っていた通り選りすぐりの若手の影達だった。

 影達は皆変装の名人で、その正体が絶対に他者にはわからないようになっている。

 家族や仲間でさえ、特殊なサインや合言葉がなければ容易に本人確認ができないという。

 

 ところがどういうわけか、巻き戻りに気付く前から、僕は自分の影の見分けがついていた。これは巻き戻り前にはなかった能力だった。

 影達が全く別人の振りをしている時、思わず呼び掛けては、勘違いだと受け流されてはいたのだが。

 彼らは一見すると一切動揺が見えなかったが、かなり焦って慌てふためいている心が見えたので、そのうち僕は声掛けを止めたのだが、後の祭りだった。


 何故なら自分の正体がバレるということは、影にとっては即ち半人前と見なされることらしく、親や先輩方から酷く叱責されるらしい。そして影の中で一人くそまじめな奴がいて、その影が罪の意識に耐え切れずに自己申告したらしい。

 その結果芋づる式に他の影達のこともバレてしまったらしく、間もなく僕の影が総入れ替えになってしまった。

 

 しかし僕はそれに腹を立てた。彼らは僕が尊敬する偉大な国王である祖父が選んでくれた影達だったのだ。それに僕だって彼らを気に入っていたのだ。

 それなのに僕になんのことわりもなく勝手に替えてしまうなんて。

 何も新しい影が嫌だというわけじゃなかった。しかし彼らは確かにベテランだったが、前の者達と比べて特別優秀というわけでもなかったのだ。

 だって、彼らの正体も僕はすぐに見破ることができたのだから。

 

 しかし僕は新しい影達に恥をかかすのも忍びなかったので、その上の者達にそこのところを直接指摘してやらなければ、と思った。

 

 だから、偉そうに元の僕の影達に嫌味を言って難癖をつけている指導係らしい年配の影達を見つける度に、他の者には聞こえないように気を付けながら、こう囁いてあげた。

 

「パトリック、今度の名前はローリーというんだね。お仕事頑張ってね」

 

「サイラス、昨日は庭師をしていたけれど、今日は給仕なの? 大変だね」

 

「ヘンリー、さすがに今日の女装は無理があるんじゃない?」

 

 さすがにみんな顔色一つ変えなかったが、一週間後に祖父である国王に僕は呼び出された。

 

 お祖父様は笑いを堪える顔をしながら僕に言った。

 

「そろそろ勘弁してやってくれないか。強者揃いの影の軍団が泣き言を言ってきて敵わんのだ。

 そなたを見る度に今度はばれていないかとビクついてしまって、冷静に振る舞えないと訴えているぞ」

 

「ビクつく必要なんてないと伝えて下さい。どうせどんなに変装しても僕には誰だかすぐにわかるのだから、そもそも僕にばれないようにするのが無理なのだと、それを彼らに教えてあげて下さい。」


「まさか私の能力がお前にも引き継がれていたとは驚いたな。

 それで、そなたの望みは何だ? 何か目的があるから態々(わざわざ)あんなことをしたのだろう?」

 

 お祖父様は微笑みを浮かべながら言った。お祖父様は僕のことをよくわかっていらっしゃる。それを嬉しく思いながらこう答えた。

 

「元の影達に戻して下さい。お祖父様が選んで下さった彼らが大好きなので」

 

 するとお祖父様は優しく微笑んで頷いてくれたのだった。

 

 

 あれ以来僕と七人の影達はずっと一緒だ。両親よりも身近で大切な者達だ。

 僕は相手の真の姿を見抜いたり、心を透視する能力を持っている。しかしそれを瞬時にできるわけではない。特に心を読むことは。一人一人と真摯に向き合わなければ相手の真の気持ちはわからないのだ。

 だが、影達の心を態々(わざわざ)読まなくても、彼らへの信頼が揺らぐことはない。巻き戻る前の記憶が戻ってからは一層その思いを強くした。

何せ同じ苦しい境遇を共に生き抜いてきた仲間だったのだから。彼らがたとえそれを知らなくても。

あの頃彼らを今のように信じられていたなら、ミモザを守って欲しいと依頼することができただろう。そして彼女との懸け橋になってもらえたことだろう。

 

 あの伏魔殿の中で僕が孤独にならず、心が歪まずに済んだのは、彼らのおかげである。無事に生き抜いてこられたのも。

 あのミモザの葬儀の日、僕の姉であり母でもある影のキャリーとアイリスとは、僕の前で蹲って泣いていた。

 

「たとえ影としては失格でも、せめて私達だけでもミモザ様の側に寄り添って差し上げれば良かった。

 お一人ではない。ずっと見守ってきたのだとお伝えすれば良かった。

 そうすれば……」

 

 彼女達の涙を見たのはそれが最初で最後だった。

 

 読んで下ってありがとうございました!

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