最終話
「……そういうことだったのか」
鵜飼は小さく呟いた。
日向海を責めていた声は。
少しずつ変わっていった。
「実の娘がモデルだった」
樋口が言う。
「しかも、あんな過去があったなら……」
「言えないよな」
鵜飼が続けた。
娘が残した物語。
途中で終わった夢。
それを父親が、最後まで届けた。
その事実を知ると。
簡単に責めることはできなかった。
「でも」
樋口が言った。
「それで全部終わりじゃない。AIの問題は残る」
鵜飼は樋口を見る。
「AIを使ったことか?」
「ああ」
樋口は頷く。
「もちろん、AIを使うこと自体が悪いとは思わない。道具だからな。
昔から人間は、新しい道具を使ってきた……。筆も。カメラも。パソコンも」
鵜飼は頷いた。
「新しいものが出るたびに、昔の人は言ったんだろうな。
『そんなものは本物の芸術じゃない』って」
「そうだな」
樋口が答える。
「写真が生まれた時もそうだった。
絵を描くより、機械で景色を残すなんて芸術じゃないって言われた。
でも今では、写真も人間の表現の一つになっている」
樋口は少し考えた。
「ウォーホルも似ている」
「アンディ・ウォーホル?」
「ああ。大量生産される商品や広告のイメージを、そのまま作品にした芸術家だ。
例えば、誰もが知っているような缶詰や商品のデザインを使った」
鵜飼は聞く。
「それって、ただの印刷じゃないのか?」
「当時はそう言われた」
樋口は答える。
「『誰でも見たことがあるものを並べただけだ』。『そんなものは芸術じゃない』ってな。……でも」
樋口は続ける。
「後の時代、人々はそこに意味を見つけた。『大量に作られ、消費されていく社会』。
その時代そのものを表現していたんだと」
鵜飼は本を見る。
「つまり、何を使ったかだけでは、作品の価値は決まらないってことか」
「ああ」
樋口は頷いた。
「ただ」
少し間。
「今回の問題は、AIを使ったかどうかだけじゃない」
「じゃあ何だ?」
鵜飼が聞く。
樋口は少し考えた。
「読者との約束だ」
「約束?」
「ああ」
樋口は机の上の本を見る。
「読者は、その人が書いたと思って読む。
その人の経験、その人の考え、その人の人生。
そういうものも含めて、作品を受け取る」
鵜飼は黙った。
「だから」
樋口は続ける。
「もし全部AIに作らせていたのに、
自分だけの力で書いたように言ったなら。
それは問題になる。商業作家としてあるまじき行為だ。
個人の趣味だけでやれって思う」
「でも」
鵜飼が言う。
「今回の日向先生は難しいぞ。
娘の物語を残すためだった。
特に前半部分は、娘自身で書いた作品。人の手で書かれている」
「ああ」
樋口は頷く。
「だから俺も迷っている」
少し沈黙。
「AIって」
鵜飼が言った。
「結局、何なんだろうな」
樋口を見る。
「ただ便利な道具なのか。それとも、人間の創作そのものを変えるものなのか」
樋口は答えなかった。
「でも」
鵜飼が続ける。
「一つだけ言える気がする」
「何だ?」
「やっぱり、道具を使う人間がいる限り、そこには必ず、その人間の意思があるんじゃないか」
樋口は少し考える。
「そうかもしれない。しかしAIの指示通りに全て作った作品には、人の意思はない!」
「それは分かる!
でも、その線引きはどこからだ? だからこそ難しい。
でも、AIを使うこと自体が問題じゃない。
『何のために使ったのか』、
『誰に何を届けたいのか』。
そこが大事なんだと思う」
机の上の本を見る。
『可愛すぎるの、何が悪い?』
「少なくとも」
鵜飼は言った。
「この作品で救われた人がいる。それは本当だ」
樋口は静かに頷いた。
「だから、簡単な答えは出せないんだろうな」
窓の外。
今日も誰かが歩いている。
誰かが夢を見る。
誰かが傷つく。
そして。
誰かが物語に救われる。
そのために。
これからも人は。
新しい道具と向き合いながら。
物語を作り続ける。




