第一話
『「自分のかわいいを、認められる。そんな、身近で応援してくれる作品なんです」
そのように町中の女子高校生たちが語る、今もっとも注目を集める覆面作家・日向海。その衝撃のデビュー作品が、『可愛すぎるの、何が悪い?』である。
小説投稿サイトに掲載されるや否や、大きな話題となった。
物語の主人公は、とある田舎町に暮らす女子高校生。
いじめや病気。
数々の困難を抱えながらも、憧れのアイドルになる夢を追いかけ、ネット配信を通じて成長していく。
設定だけなら、決して珍しい作品ではない。
しかし、この作品が多くの読者を惹きつけた理由は、その先にある。
周囲の評価に傷つき、自分自身を嫌いになりながらも、それでも「私は私でいい」と前を向く主人公。
その姿に、多くの若い読者が共感した。
第一話の公開からわずか数日。
作品は瞬く間に拡散され、書籍化。
発売後は数々の賞を受賞し、来年にはアニメ化も決定している。
文芸評論家の大野雄氏は語る。
『非常にポップな題材でありながら、現代の若者が抱える孤独や葛藤を丁寧に描いている。
特筆すべきは文章力だ。軽やかな文章の中に、登場人物の感情が細かく刻まれている。これほど新人離れした表現力を持つ作家は珍しい』
また、主人公を支える両親の描写も評価され、幅広い世代から支持されている。
『一人の親として読んでも、胸を打たれる作品だった』
そう大野氏は締めくくった。
来月、乃木国屋書店で初のサイン会が予定されている――。
「……すげえ人気だな」
パソコンの画面を見つめながら、鵜飼は呟いた。
「なんだ。羨ましいのか?」
向かいの席から、樋口が言う。
「違う」
鵜飼は即答した。
「ただ、すげえなって思っただけだ」
都内にある大手出版社。
編集部の一角で、入社十年目の同期二人が向かい合っていた。
かつて鵜飼は、本気で夢を見ていた。
自分が見つけた新人作家が、世の中を変える。
そんな作品を、自分の手で送り出す。
しかし十年という時間は、少しずつ人を変える。
今の鵜飼が考えることは、どうすれば会社でうまく生き残れるか。
それだけだった。
そんな鵜飼とは正反対に、樋口はまだ熱を失っていない。
面倒なほど真面目で、面倒なほど本気な男だった。
「じゃあ、何が引っかかってる?」
樋口が聞いた。
鵜飼は画面を見る。
「いや……」
少し考える。
「投稿サイトから出てきて、いきなりこれだぞ」
「そんなデビューで、“何が悪い”?」
「悪いとは言ってない」
鵜飼は笑った。
「俺も昔はさ。自分が時代を変える作品を見つけるんだって、馬鹿みたいに企画書出してた」
「今は?」
「今?」
鵜飼は肩をすくめた。
「こうして細かい修正と契約確認」
「……」
「まあ、現実ってそんなもんだろ」
「負け犬発言だな」
「ひでえな」
二人は笑う。
しかし、樋口だけは笑っていなかった。
「俺はまだ覚えてるぞ」
「何を?」
「入社した時のお前の言葉」
樋口は言った。
「自分の担当した本で、世の中を驚かせる」
鵜飼は少し黙った。
「……よく覚えてるな」
「忘れるわけない」
樋口は言った。
「俺はまだ、その言葉を信じてる」
「はいはい」
鵜飼は話を戻す。
「でも、本当にすごい作品だよな」
画面を見る。
「女子高校生の心理描写なんて、まるで本人が経験したみたいだ」
「……そうだな」
樋口が答えた。
「だから変なんだ」
「え?」
「日向先生」
樋口は画面を見る。
「男性だぞ」
鵜飼の手が止まった。
「……日向海が?」
「日向海(ひなた・“かい”)。男だ」
「嘘だろ」
「しかも」
樋口は続けた。
「六十代。元地方公務員」
「……」
「定年退職した男が、女子高校生アイドルの物語を書いている」
鵜飼は画面を見る。
「いや……まあ、才能ってそういうもんじゃ」
「そうだな」
樋口は頷く。
「だから、余計に気になる」
「何が?」
樋口は少し間を置いた。
「“噂”だ」
「噂?」
「ああ」
樋口は声を落とした。
「日向先生、本当に一人で書いてるのかって」
「……」
「AIを使ってるんじゃないかって」
鵜飼は笑いかけた。
しかし。
笑えなかった。
「……まさか」
樋口は答えなかった。
ただ、一冊の本を机に置いた。
『可愛すぎるの、何が悪い?』
「読んでみろ」
「何を?」
「あとがき」
鵜飼は首を傾げる。
樋口は静かに言った。
「そこから、全部おかしくなる」




