#6
>>Towa
見ているだけで吐き気を催すようなソレ。アイリスが鋼の獣と呼んだソレは、悪意や憎しみではなく、冷徹で無機質で……純粋な殺意だけをこちらに向けているように感じた。四つ脚獣達が喰われずにただ殺されていた理由は、ソレの殺意が理由だったんだ……。
いや、そんな事を考えている場合じゃない。ソレを倒す方法。この場を生き延びる方法を考えないと。私は「帰らないといけない」んだ。こんなところで死ぬわけにはいかないんだ。そして、何よりもアイリスを死なせるわけにはいかないんだ。
身構えたまま動かない鋼の獣を注視しながら、無言になったアイリスと2人、私達も攻撃に参加出来る位置へと移動する。
「もう、何なのよぉぉ!!!」
鋼の獣との睨み合いに耐えられなくなったヘルミナがアサルトを乱射し、それにつられてジョッシュが、少し遅れてアイリスも攻撃に加わる。私もブラスターを構えたけど、先ほどの状況を考えるとここで撃ってもダメージを与えられると思えない。なので、今は狙いだけを付けてエネルギーを温存することにした。
パパの形見を両手で構え、敵の動きを目で追う。左右に小刻みに跳躍しながら距離を詰める鋼の獣にヘルミナがばらまく弾幕の何発かは確かに命中している。それなのに、やはり碧の弾は着弾の寸前にエネルギーが消散しているように見えた。ジョッシュやアイリスが放つ朱色のエネルギー弾はかき消されずに着弾しているようだけど、こちらも有効打にはなっていないようだ。
「嫌、いや、イヤァァァ!」
ダメだ、あんなに大声を上げて無茶苦茶な撃ち方をしたら……!パニックに陥りフルオートで弾をばらまき続けるヘルミナに鋼の獣が迫る。ヘルミナの手は震え、銃口からは碧のエネルギー弾が奔流のような勢いで流れ出ているけど……そのエネルギー弾を意にも介さず、迫る獣は一瞬の隙も見せない。あいつ、ヘルミナの攻撃が効かない事を学習してる!?
そして碧の奔流が途絶え、ヘルミナの視線が引き金を引き絞ったままの指先に向いた瞬間、一瞬の静寂の後に鈍い切断音が洞窟に響いた。
「へっ……」
振り下ろされた鋼の獣の爪は、エネルギーの尽きたアサルトをまるで小枝か何かのようにあっさりと両断した。呆然としたまま、銃身を支えていたヘルミナの左腕もろとも。
愛銃と片手を一度に失い、ショックのあまり声も無くへたり込んだヘルミナに鋼の獣はそのまま襲いかかり、追撃を加えようとする。すんでのところでジョッシュとアイリスが銃撃を加え追撃を阻止した。二人の猛攻に再び距離を取る鋼の獣。
この状況で私ができることは……攻撃じゃない。自慢じゃ無いが私の銃の腕は上手いとはいえないから。なら、出来ることはこれだ。ジャケットのポケットからメディキットを取り出し、ヘルミナの元へ走る。
ヘルミナに駆け寄った私は、アイリス達が鋼の獣を牽制してくれている間にメディキットで応急処置を試みる。
倒れた際に頭を打ったのか、ヘルミナは意識を失っている。頭部の負傷は軽微。他の負傷箇所は……切断された腕部だけのようだけど、出血が酷い。このままだと失血死してしまう。メディキットではこんな大けがの治療はできないけど、止血や簡易的な傷口の保護なら出来る。何もしないよりはマシだ。
「トワ、止血だけしたら、ヘルミナを外に!」
「……今終わった」
アイリスに返事をし、ぐったりとしたヘルミナの体を動かそうとしたけど重さはともかく、自分と同じぐらいの体格の人間を運ぶのは思ったより難しかった。
「オレが代わる。トワはアイリスの援護を」
弾切れになったらしいジョッシュにヘルミナを任せ、私もアイリスを援護するためにブラスターを撃つ。予想通り私のラピッドでは命中しても効果はなく、鋼の獣もそれを学習したのか足止めにすらならないようだ。パパのブラスター、軍用モデルだと聞いてたのにな。
でも、これが効かないってことはアレが居留地へ入ったら、保安部の人達でも倒せないって事だ。でも、アイリスが放つ朱色のエネルギー弾はかなりの確立で命中し、多少とは言えダメージを与えていた。
さすがアイリス。普段から頼りになる私の親友、そして姉はこんな危機的な状況でももちろん頼りになる。そんな彼女を死なせるわけにはいかない。だから私は一計を案じた。
「アイリス、予備カートリッジをあいつに投げる」
「……それを撃って、出口にダッシュ?」
「うん」
私の言葉にすぐに意図を理解してくれる。以心伝心っていいよね。大好きだよ、アイリス。
ジョッシュ達が洞窟の外にたどり着いたことを確認した私は、ポケットから予備カートリッジを取りだし、タイミングを伺う。アイリスの射撃に鋼の獣が再び距離を取った。
――今だ!
私が放ったカートリッジが放物線を描いて飛び、鋼の獣の鼻先に達した瞬間。アイリスは無造作にカートリッジを撃ち、着弾を見届けずに出口に向かって駆け出した。
……少しだけ出遅れた私の腕を掴んで。
私達の背後で破壊されたカートリッジに充填されていた光子エネルギーが一気に解放される。炸裂した光が恒星の光のように燃え上がり、瞬時に世界を白く染め、次いで爆発的な光が暴風のように吹き荒れる。そして放出されたフォトンの光圧は私達を洞窟の外へと弾き飛ばした――。
「アイリス、痛い。これ、後で痣だらけになるやつ」
「まあ、痣で済むなら万々歳じゃない?下手したら四つ脚みたいにバラバラになってたところだし」
光圧で吹き飛ばされて、色々なところをぶつけたけど……とりあえず私もアイリスも無事に洞窟の外へ脱出できた。手近な岩に腰掛けて互いの状態を確認する。擦り傷や打ち身はあるけど、メディキットで処置する必要があるような傷はない。2人とも行動には問題は無さそうだ。
洞窟の方は入り口の少し先で崩落しているようだけど、あれで鋼の獣は……倒せてないだろうな、たぶん。そう思いながらも私は念のためアイリスに確認してみる。
「倒せたと思う?」
「ブラスター用のフォトンエネルギーって、C3で増幅する前提のものだからね。それを素のまま解放してるし、多少離れていたとはいえ私達が五体満足なんだから、直撃してもそう大きなダメージは受けてないんじゃないかな」
手際よくブラスターのカートリッジを交換しながらアイリスが答えた内容は、概ね私の予想と同じだった。取りあえずの時間稼ぎ。その場しのぎの、仕切り直し。
さて、この後はどうしようか。打てる手はそう多く無いけど。
「大丈夫か、2人とも!」
次の手を考えていると、ジョッシュがバギーを運転して洞窟まで戻ってきた。後部座席に寝かされたヘルミナは、まだ意識が戻っていないようだ。
「とりあえず2人とも無事だけど、たぶんアレは倒せてない。体勢は立て直せたけど、あまり時間はないと思う」
アイリスが簡潔に状況を説明する。
「なら、とりあえず一度居留地へ戻って……」
「そうだね。ヘルミナの事もあるし、ジョッシュはこのまま戻って本部に報告してくれる?」
「ちょっと待て、アイリス!お前はどうするんだ?」
「誰かが居留地に知らせる必要があるし、同じように誰かがここに残ってアレを倒せたかどうか確認する必要があるでしょ?もし倒せてなかった場合は野放しにはできないから、最低でも足止めはする必要があるだろうし」
「ならオレが残って……」
「あなたは弾切れ、私とトワはまだ戦える。それにあなたが守らないと誰がヘルミナを守るの?」
「……だが」
なおも言いつのるジョッシュ。頭ではそれが最善だと理解しつつも、女の子二人を残して行くのは気が引けるんだろうね。まぁ、男の子だし、危険な現場に美少女2人を残して逃げ帰るのはプライドが傷つくんだろう。ちなみにその2人の美少女とはもちろんアイリスと私だ。
よし、ここは私も説得に参加しよう。
「大丈夫、アイリスは私が見守る」
「いや、見守るだけじゃなくてトワもちゃんと戦ってね?」
ジョッシュを説得するつもりで口にした言葉は、私の想いとは少し違う感じで言葉になった。そして結果としてアイリスに呆れられた。いつものことだけど、腑に落ちない。どうして私の口は、思った通りのことを言葉に出来ないんだろう。
「ともかく、折角稼いだ時間が無駄になる。早く行って」
「……無理はするなよ。ヘルミナを医療部に預けたら応援を連れてすぐに戻る」
「わかってるよ。私、こんなところで死ぬつもりはないからね」
アイリスはそう言ってジョッシュにさっさと行けと合図する。私もまねをして合図をしたら、ジョッシュに嫌そうな顔をされた。解せない。
それはともかくとして、私もまだ死ねない。「帰らないといけない」から。どこへ帰るのか、自分にもわからないけれど。離れて行くバギーに手を振りながら、そんな事を考えた。




