#7
>>Iris
ジョッシュとヘルミナを見送った私達は、再び岩場に腰掛けて作戦会議を行うことにした。
まぁ、こういうときは基本的に私が提案して、トワは賛同するパターンが多いんだけど。
でも、今回は私にも良い考えは思いつかなかった。
「さて、と……まだ動きは無いみたいだから、対策を考えよっか」
「そもそもアレ、何?」
「鋼の獣……としか呼びようがないよね。生き物じゃないし、ギルドのライブラリで見た機族とも違うみたいだし。それに、あの揺らぎも理解不能だし」
「ブラスターの弾、かき消してた」
「碧は無効だけど朱はダメージ通ってたよね。そこが唯一の救いかな?限界までチャージした一撃なら、もしかしたら……」
――倒せるかもしれない。
でも、倒せないかもしれない。
私は最後まで考えを口にすることが出来なかった。
なぜなら必殺を期した一撃が相手を倒せなかった場合、抗う手段を失った私達を待つのは敗北、死だ。
不確実な戦いにトワを巻き込むべきではなかった。
その場の勢いで一緒に戦ってとは言ったけど……やはりジョッシュと共にトワを行かせるべきだった。
「大丈夫。私達なら倒せる」
トワはそう言うが、瞳の色は仄暗く鈍い金色だ。
この色は……ああこれ、本気で不安に思ってるけど、やせ我慢してる状態だね。
「うん、トワが言うとおり、大丈夫。お姉ちゃんに万事任せなさい」
トワを抱きしめ、微笑みながらそう呟く。
大丈夫。
私の感情は瞳に出ない。
不安も恐怖も、ちゃんと隠せている。
貴重な時間だけど、トワを落ち着かせるためなら、いくらでも時間なんて使ってやる。
……もしかしたら、これが最後になるかもしれないから。
「……揺らぎの対策、思いついた」
「うん」
抱きしめられたままのトワが唐突にそう切り出した。
私も普通にそれに答える。
わざわざ瞳を見て確認しなくても、もうトワが落ち着きを取り戻している事はわかったから。
崩れた洞窟の奥から物音が聞こえてくる。
岩の隙間から鈍い轟音が響き、重々しい地響きが足元に伝わってくる。
何かが……いや、アレが必死にもがいているのだろう。
もうあまり時間はない。
「あれがフィールドなら、力押しは無謀。一点突破の方が、チャンスがある。はず」
「フルチャージショットでも無理そう?」
「ダメージは通ると思う。でも」
「確実じゃない」
「うん。だから、収束させて、一点を撃ち抜く」
ブラスターの中でもエネルギーを収束させる精密射撃型はスナイプと呼ばれ、蒼のC3を必要とする。
私のブラスターは朱のチャージだし、トワのものは碧のラピッド。どちらもスナイプではない。
手元に蒼のC3があれば急いで交換する事ができるかもしれないけど、そもそも予備のC3なんて持ち合わせがない。
理屈はともかくとして、普通に考えれば手詰まりだ。
「スナイプなら大丈夫?」
「……確実じゃない。だから、今あるC3に蒼を混ぜ合わせる」
トワが言っている事は、三重の意味であり得ない事だ。
まず、調律済みのC3は色を後から変える事はできない。
次に、仮に変えられたとしても、シンガーは自分の持つ属性以外の色を与えることはできない。
そして最後に……他の色を与えられる事が可能だとしても、混ぜ合わせることはできない。
なので、ギルドの常識的に考えれば、トワの言葉は正気を疑うようなものではあるけど……私は特に驚かない。
「どっちのブラスターを混ぜ合わせるの?」
「両方」
「トワは私を見守るんじゃなかったっけ?」
「一緒に戦いながら、見守る」
「そんなに器用だっけ?」
「器用だよ、ものすごく。再調律できるぐらいに」
自信に満ちたトワの答えに、私は自然と微笑みがこぼれた。
トワには秘密の力がある。
私と、故人であるトワの父……アルフレッドおじさん以外は知らない力が。
「再調律」
そして
「混合」
ギルドの常識では不可能とされている、そのあり得ない2つの調律を行う力が、トワにはある。
もちろんこれは器用とか、そういうレベルの話ではない。
少なくともこの開拓団に所属しているBランク以下のシンガーで、そんな能力を持つ人はいない。
Aランク以上のシンガーが持つ特殊能力である可能性も考えたけど、ギルドの資料にすらそんな能力についての記述はなかった。
なので、その2つがトワ固有のものなのか、それともAランク以上の、限られたシンガーがもつ力なのか詳細は全くわからない。
でもはっきりしている事実が一つある。
トワが、その能力を確かに使えるということだ。
私はブラスターをトワにそっと手渡した。
いつものように顔には出ない微笑みを私に向けたトワは、大きく息を吸い込み柔らかな声で短い歌を口ずさみ始める。
その旋律はどこか懐かしく、それでいて心の奥底に響く不思議な力を帯びていた。
私自身もシンガーだけど、私にはこの歌を歌うことはできない。
そう思えるほど、力のある歌だった。
――瞬間、周囲の空間が淡い蒼の光に包まれ、空気が一瞬で澄み渡ったような感覚が広がる。
同時にトワの手の中で私のブラスターが、朱に燃え上がるかのように輝きを増していく。
まるで二つの色が互いに呼応するかのように蒼と朱の光が揺れ、踊るように混じり合ってゆく。
やがてその二つの光はゆっくりと溶け合い、深い紅紫の輝きへと変わる。
光は、まるで息をするように鼓動しながらブラスターの中へと収束し、武器全体に新たな力が宿っていくのが感じられた。
トワは満足そうに頷くと、今度は自分のブラスターを手に取り、再びその唇から旋律を紡ぎ出す。
その声は先ほどと同じ調子でありながら、少し異なる響きを持っていた。
彼女の歌声に呼応するかのように空間は再び蒼に染まり、そこに碧の輝きが重なっていく。
光は静かに、しかし確実にブラスターへと流れ込み、蒼と碧が混じり合いながら深く澄んだ藍碧の輝きが生まれた。
それはまるで海の深淵から引き上げられた宝石のように、神秘的で美しい輝きだ。
次の瞬間、トワのブラスターもまた新たな生命を得たように光を放つ。
私たちは互いに微笑み合い、強敵に立ち向かう準備が整ったことを無言で確認した。
再調律によって私のブラスターは朱と蒼、すなわち高威力収束射撃の力を。
トワのブラスターは碧と蒼、すなわち収束速射の力を得た。
この力があれば。
トワの託してくれた力があれば、鋼の獣だって倒せる。
どこか誇らしげなトワの表情が、私の心を奮い立たせてくれた。
「アイリス、大事な話がある」
「なに?調律疲れが出ちゃった?少し休む?」
「違う。C3の限界を超えた調律をした。たぶん一射でC3が砕ける。よろしくお願いします」
「それはまた、唐突で大事なお話だね……。でもわかったよ、よろしくお願いされた」
「……私が先制して足止めする。あとはアイリス」
「任された。ワンショットキルで終わらせるよ」
準備は整った。さぁ、戦いの時間だ。
ブラスターに新しく付与された蒼の力のように、私の心は不思議と静かで穏やかに澄みきっていた。
私は深呼吸を一つして、隣に立つトワの方を見る。
彼女は朱色を宿した瞳で前を見据え、その小さな手に力を込めている。
いつもはマイペースであまりやる気をみせないトワだが、時に私よりもずっと勇敢で、まっすぐに困難に向かっていく。
時に危なっかしくて、でも時には頼りになる。
いつまでも隣にいたい。そして守ってあげたい、大切な妹。
――こんなところで失うわけにはいかない。
どんな困難も、あの凶暴な獣の爪ですらも。
決して私たちの絆を裂くことはできない。
だから。例え血は繋がっていなくても。
私達「姉妹」の力を、あの獣に見せつけてやろう。
激しい金属音が響き、鋼の爪が岩を割り裂く。
粉砕された破片が舞い上がり、崩れた石の中からヤツの姿が浮かび上がった。
砂埃で汚れてはいるものの、その体には目立った傷もなく、残念ながら思っていた以上にダメージは軽微だったようだ。
「アイリス」
「チャージに10秒だけ頂戴。その後なら、いつでもいいよ!」
ブラスターのトリガーに力を込めると、紅紫の光が銃身に収束してゆく。
それを合図に、私の前に陣取ったトワのブラスターが藍碧の光を立て続けに撃ち出してゆく!
まるで針のように細い蒼碧の光条が撃ち出される速度は、先ほどヘルミナが自慢していたアサルトのそれを軽く凌駕していた。
もし彼女がこれを見ていたら、なんと言うだろう。
戦闘中だというのに、ふとそんなことを思った。
トワの射撃の腕前は可も無く不可もなくというレベルで、本来であれば機敏な鋼の獣の動きに対応する事はできない程度でしかない。
だけど、あれだけの連射速度だ。
銃口を相手に向けるように振り回せばそれなりの確率で命中する。
そしてトワが推測したように、収束された藍碧の「針」は「揺らぎ」を貫通し、鋼の獣に確実にダメージを与えている。
トワの狙いは鋼の獣の足。
有効打を重ねれば、いくらタフなヤツでも、足が止ま……った!
[MAXIMUM CHARGE]
タイミング良く、愛銃Xthキャリバーの合成音声がチャージ完了を告げた。
子供っぽい演出だけど、私はこの音声が好きだ。心を奮い立たせてくれるから。
トワがくれた一度きりのチャンス、絶対に外さない!
「いっけぇぇぇ!」
私の叫びに反応し、ヤツがこちらに視線を向け、無言の咆哮を放つかのように顎門を開く。
だが私が放った紅紫に収束された一条のエネルギー弾……いや、フルチャージ弾とは思えない程小さく収束された、エネルギーレイとでも呼ぶべきその一撃は、狙い過たず鋼の獣の頭部から後方までを一直線に貫き、そして背後の岩山に深い穴を穿った。
頭部と胴体の中心を撃ち抜かれた鋼の獣は、飛びかかろうとした姿勢のまましばらく立ち尽くしていたが……やがてゆっくりと横倒しに崩れ落ちた。
「「シャン……」」
それを見届けたかのようなタイミングで、私とトワのブラスターに内蔵されたC3が涼やかな音を響かせて砕け散った。
まるで力の限界を超え、主を守るという重責を全うしたことを誇るような。
私達の勝利を祝うような……そんな音だった。
「……ふぅ」
「アイリス、有言実行。すごい」
「言ったからには、ね。外してたらシャレにならないし」
「一撃必殺はロマン」
「それにしてもなんなのよ、あの威力……。鋼の獣どころか後ろの岩山もぶち抜いてない?」
「本気出したC3はすごい」
「すごいのはC3じゃなくてトワでしょ……」
「ところで今思い出した。お昼食べてなかった。お姉ちゃん、お腹すいた」
「ジョッシュが帰ってくるまではお預けだね。っていうか、こんな時だけ姉呼びするの?」
「不意打ち成功」
微笑み、お互いが無事であることを再確認する軽いじゃれ合い。
お腹すいてるのは事実っぽいので、取りあえずトワにはジャケットに入れてあったキャンディを与えておく。
「お姉ちゃんがいれば大丈夫って言ったでしょ?」
「信じてた。アイリスはいつも約束守ってくれる」
「今度はお姉ちゃんって呼んでくれないの?」
「くせになったらいけない」
「ええぇ……」
戦いの後の高揚感に包まれた私達は、傾き掛けた陽を二人で見つめながらくだらないことを話し、迎えが来るのを待った。




