#5
実際のところトワが提案した撤退も、ジョッシュの言う前進も、どちらも一理ある。私がリーダーなら……いや、余計な口出しは止めておこう。男の子のプライドを傷つけると後でうるさいんだよ。特にジョッシュはスクール時代に何回かそれをやったせいで後々までしつこかった記憶があるからね。
それに実際問題として、四つ脚の群れをどうにかできるような凶暴な原生生物が居留地の近くにいるのであれば、せめて状況だけでも把握しておくべきなのは間違いないし。しかし、どういう状況なんだろう……なんて考えていると、ジョッシュと共に前を歩いていたヘルミナが声を上げた。
「あれ、四つ脚の……死体……というか残骸じゃない?」
彼女が指さす先、洞窟の少し奥まった箇所に凄惨な光景が広がっていた。
「これはまた……ざっと数えて四つ脚が6、7頭分かしら?ちっこいのも混じってるし、群れ全部がやられてるみたいね」
「外に逃げ出した跡は無かったな。ということは一瞬で群れが全滅してる可能性もあるのか……。見たところ爪だか牙だかで引き裂かれてるみたいだが、一体どんな原生生物が……?」
惨殺死体、いやもはや肉片としか呼びようの無いぐらいバラバラに解体され四つ脚達の死骸を検分するジョッシュとヘルミナ。二人はこれが凶暴な原生生物による襲撃だと思っているようだ。
――だが、違う。そうじゃない。私は違和感に気付いた。
「待って。これ、おかしい。原生生物のせいじゃない」
「トワの言う通りだと思う。どの死骸も食い荒らされた形跡が無いよ、これ。食べるために狩ったんじゃなくて、単に殺すために襲ってる。原生生物はそんな事しないし、やり口から見て人間の仕業とも思えない」
トワの言葉に私も同意し、推測を述べる。原因はわからないが、これが異常な事態である事は間違いない。
「……言われてみれば、そうだな」
「原生生物でもなくて、人でもない?じゃあ一体、何なのよ……」
私達の言葉にジョッシュもはっとした表情を浮かべるた。そしてヘルミナの疑問は全員の気持ちを代弁していた。
何か、とてつもなく良くない事が起きる気がする。当たって欲しくない私の予感は、その直後に的中した。
「奥、何かいる!!」
トワが鋭く警戒の声を上げる。気配は……何も感じない。でも、トワが言うならそれは事実なんだろう。慌てて身構えたジョッシュに向けて「何か」が飛び込んでくる!
「くっ…!」
すんでの所で身を躱したジョッシュの眼前にいる「何か」。四本脚――ギルドの資料で見た、「犬」や「オオカミ」といった俊敏な動きをする狩猟型の生物のようにも見えるが、全身を覆うのは毛皮ではなく……金属?しかも、その表面は所々が破損しているようで、不気味に蠢く機械のような内部構造が見え隠れしている。
まるで動物を初めて見た誰かが、金属と機械で動物を再現しようと試みて失敗したかのような、不気味な存在。明らかに生物ではない。でも生物を真似て、その不出来さに故に生物を憎んでいる様な……そんな印象を受ける命無き物体がそこにいた。
前足に相当する部分から伸びる大きな金属の爪は赤黒く汚れている。おそらく、それが四つ脚獣を切り裂いた凶器なのだろう。
「ジョッシュっ!?大丈夫!?……こいつっ!」
ヘルミナが自慢のアサルトを構えると、鋼の獣とでも呼ぶべき「何か」は彼女の攻撃意思を察知したのか、素早く飛び退って距離を取った。獣の形こそしているけど、それはうなり声や鳴き声を出す訳でもなく、また機械仕掛けなのに駆動音も聞こえない。それどころか移動や着地の際の接地音すら聞こえない、恐るべき静音性だ。
一体誰がこんなモノを造った!?うちの居留地にはこんなものを造れる術も資材も存在していない。なら、どこかから運ばれてきたのだろうか?ギルドの開拓惑星を狙ってくる相手なんて、そういるはずもないけど……。
狭い洞窟なので後衛に位置している私達は直接戦闘に参加できない。だけど、一旦距離が離れた事で、ジョッシュも体勢を立て直すことに成功した。彼はブラスターを構えると立て続けに朱色のエネルギー弾を放つ。彼の持つXthもまた、かなりの改造が施されているのだろう。撃ち出されたエネルギー弾は初期状態のXthが放てる弾の数倍に達するサイズで、光弾の大きさと輝きの強さが威力の高さを示している。
そして、ヘルミナも自慢のアサルトで攻撃に加わる。連射速度を自慢していただけあって、ブラスターとは比較にならない速度で碧色のエネルギー弾が銃口から吐き出されていく。
だが、鋼の獣は朱色のエネルギー弾を全て機敏に回避する。なぎ払うように撃ち出された碧色のエネルギー弾はさすがに回避しきれなかったようだけど、着弾したにも関わらず、エネルギー弾がダメージを与えているようには見えなかった。あのアサルト、オーガでも倒せそうな勢いだったのに……!
トワと私も攻撃に参加しようとしたけど、狭い洞窟の奥に位置する鋼の獣と私達の間にはジョッシュとヘルミナがいる。機敏な動きをする相手では誤射の危険があるためここからでは迂闊に発砲できない。
「当たってるよね!?一体どうなってるのよ!」
「オレが知るか!」
撃ち出されるエネルギー弾を警戒しているのか、再度距離を取ってこちらの様子をうかがっている鋼の獣。落ち着いた様子の相手とは異なり、ジョッシュもヘルミナ平静を失いかけている。これは良くない。なにか打開策を考えないと。いや、それ以前にどうしてアレにはブラスターが効かない……?
「……アイリス。あれ、周りの空間揺らいでる。ヘルミナの弾、全部それで防がれた」
ブラスターを構えたまま鋼の獣を注視していたトワがそう呟く。言われてみれば確かに鋼の獣の周りの光景が少し歪んでいるようにも見える。今は動きを止めているから注視すると揺らいでいるのがかすかに判るけど、トワには動いている間にもあの揺らぎが見えてたの?
「それってレゾナンスフィールド……?あの鋼の獣はフィールドジェネレーターを搭載してるの!?」
「あんなサイズのフィールドジェネレーター、聞いたことない」
トワが言うとおり、主に航宙船に搭載されているC3を使ったレゾナンスフィールドジェネレータは船体を防護する効果をもつ障壁を発生させることができる。だけどそれは大がかりな装置なので、到底鋼の獣に内蔵できるようなものではない。
しかし、先ほどのヘルミナの攻撃は「着弾して効果が無かった」のではなく「着弾せずにかき消された」ように見えた。航行中の船体を宇宙塵や隕石から守るレゾナンスフィールドが持つ防御効果と同じように、揺らぎがブラスターのエネルギー弾に対して何らかの防御効果を発揮している。そう考えるのが正解なように思えた。
どうする…?4人がかりで攻撃したとしても有効なダメージが与えられるかどうかはわからない。撤退するにしても、あの俊敏性を前にすれば私達が走ったとしてもバギーまでたどり着くのは難しいし、仮にバギーに乗れたとしても居留地へ引き寄せてしまうと最悪の事態に繋がりかねない。
どうしたらいい?どうするのが正解?考えろ、私!




