#4
私が一歳年下のトワと出会ったのがいつの頃だったのかは覚えていない。
なにせ、物心ついた頃には既に私達はいつも一緒にいたからだ。
最初は幼なじみのお友達として。
ここの開拓団団長である私の父さんと、トワの父親であるアルフレッドおじさん――アルフレッド・エンライトは友人だったから、その関係で私達はいつも一緒に遊んでいたんだ。
そして彼女が7歳になった年にアルフレッドおじさんが病で亡くなり、トワが天涯孤独の身となった時、当然のように私はトワが自分の妹になるのだと思った。
そしてその願いは叶い、トワ・エンライトはトワ・ブースタリアになり、それ以降は家族として一緒に暮らしている。
父親を失った彼女のそばで、友として、姉として。私の人生はずっとトワと共にあった。
家族を失い、漆黒に――絶望の色に染まっていたトワの瞳に、元の虹色を取り戻すことが出来たことは、私にとって何よりの誇りだ。
そんなトワの事を想うときに頭から離れない出来事がある。
あれは……私が5歳の誕生日を迎える前の日のことだ。
鉱山で希少な高ランクC3の鉱床が見つかったとかで、父さんが泊まりの仕事に行き、留守番をする私のところへトワがお泊まりに来た、その夜の出来事。
トワと二人、夜更かしして満天の星空を眺めながらいろんな話をした。
あの星々のいくつかは人が住む惑星を持っていて、遠い星の世界にも私達と同じ人類が生活している。
辺境で何も無いCM41F3Cとは違い、華やかな文明や賑やかな大都市、芸術にあふれた星や、優れた技術を持つ星も多いという、そんな遠い世界の物語を。
遠くの星に憧れる子供は多くて、実際に成人を迎えて自らの人生を選ぶ権利を手にした若者がこの星を去ることも決して珍しいことではない。
星空の下、そんな話をしていたときに、遠くを見る目でトワは言った。
「……帰らないと」
それまでにも、そしてその後にも。
同じような話をした友達は何人もいた。
「遠くへ行ってみたい」
「この星の外へ出てみたい」
「外の世界で自分を試してみたい」
星を離れたいと考える者が星空に憧憬の眼差しを向けながら口にするのは、大抵そういう言葉だ。
あくまでもCM41F3Cが自分のホームだと認識した上で、外の世界、他の世界を求める憧れの言葉を皆は語った。
だが、トワは違った。
どういう意図をもってトワがその言葉を発したのかはわからなかった。
でも、幼い頃から聡明だった彼女が言い間違えたとは思えない。
トワの言葉はいつも必要最小限だけど、それ故に彼女が要点を外した曖昧な事を言ったことは無かったし、それは今でもそうだ。
だからこそ「帰らないと」という言葉は、自然に……心の底からあふれ出た、トワの切実な願いだということは、幼い私にも理解できた。
そう、その言葉が意味するのは……トワにとってのホームはCM41F3Cではないということなんだって。
トワがCM41F3Cを去り、どこへ帰ろうとしているのはわからない。
けれど彼女がそれを望むのであれば、友として、姉として。トワが望む場所へ帰る手助けをしてあげたい。
それに……誰にも言ったことはなかったけど、私自身も団長の娘という立場にそぐわぬ自らの才能の平凡さから、ここを逃げ出したいと思ったことが何度もあったから。
だから私はある決心をした。
小娘が宇宙を旅するためにはギルドの後ろ盾は必要だ。
だけど単なるギルドメンバーや下級シンガーに自由に星を渡る旅が許可されるはずもない。
トワは幼い頃からC3に高い親和性を示していたから、きっと自らの意志で旅をすることが許される高ランクのシンガーになるだろう。
でも、私は?
期待外れと言われた私だって、それなりの、あくまでも平凡なシンガーになることはできるだろう。
でも、「それなりのシンガー」ではトワの隣に居続けることはできない。
ならばどうする?
ギルドの掟が私の未来を妨げるのであれば、私はギルドの掟に縛られない立場になればいい。
父さんのような管理官?
いや、もっと上位の、ギルドの幹部と呼ばれるような立場になることが出来れば。
そうすれば、私はずっとトワの側にいられる。
――トワが成人を迎え、この星を去る前に。
それがどれだけ無理筋な事であったとしても。
そして、私は――
「アイリス?」
物思いにふけっていると、再び名を呼ばれた。
目をやるとトワの瞳の色は虹色、平常運転に戻っていた。
何か問題がある訳ではないようだ。
どうしたんだろう。
「どうしたの?」
「着いた」
確かに、いつの間にかバギーは止まっていた。
ジョッシュが四つ脚を見かけたのは、バギーを止めた場所から5分ほど歩いたところにある洞窟の近くらしい。
四つ脚は洞穴に営巣して繁殖する習性があるから、おそらくその洞窟がねぐらなんだろう。
だとすれば今もその洞窟の中か、周辺にいる可能性が高い。
逃がすとせっかくのGC……いや、売るより晩のおかずにした方がいいかな?ともあれ、獲物が逃げてしまう。
だから、気付かれないようにここから先は徒歩で行くことになった。
ブラスターは小型だけど継戦能力はそれなりに高い。
だから数頭の四つ脚ならブラスターの予備カートリッジは不要だと言って、ジョッシュとヘルミナの二人はブラスターだけを手に洞窟へ向かおうとしている。
確かに二人の腕であれば特別な用意は必要ないのかもしれないけど、私は念のためホットパンツのポケットに放り込んでいた予備カートリッジを確認した。
備えあれば憂いなしとも言うし、たいした荷物ではないものを持ち運ぶことを面倒がったせいで、万が一の時に備えが不足して後悔するのは愚か者のすることだからね。
トワはさらに慎重だったようで、ジャケットのポケットに予備カートリッジとメディキットを放り込んでいたようだ。
出発前に下着を買ったとき、ついでに調達したらしい。
「あんた達、えらく慎重なのね。そんなにビビらなくても大丈夫よ?」
「まあそう言ってやるなよ、ヘルミナ。トワはまだスクール生だし、アイリスも事務職だから実戦経験は少ないだろうからな」
ヘルミナとジョッシュが私達の準備を見て、呆れたような、からかうような声でそんなことを言っている。
まぁ、好きに言わせておくよ。
「トワのブラスターって、ラピッドだっけ?今回は私のアサルトちゃんが大活躍するから、きっと出番無いわよ」
「ほほう」
なにやら好き放題言われて私は少しムカついたが、トワは気にした様子もない。
こういう所は妹を見習わないとダメかな。
そんなことを思っている間にも、ヘルミナは一人で何事かを喋り続けていた。
「フォトンキャパシタを軍用モデルに交換してあるから連射速度は普通のブラスターの1.7倍!バレルも連射に対応できる強度のやつだし、さらにね――」
その後も続くヘルミナの武器自慢を適当に聞き流しながら、私達4人は洞窟に向かって進む。
そして……洞窟にかなり近づいた時点で、私は二つの事に気がついた。
「ジョッシュ、ちょっと止まって」
「なんだ?」
かすかな……湿った土の臭いというか、錆びた鉄のような臭いが漂っている。
そして、四つ脚が複数いるにしてはあまりにも静かすぎる。
だが私が停止を求めた理由を告げる前に、トワが口を開いた。
「静かすぎ。おかしな臭いもする」
「トワの言うとおりだよ。何かが錆びたような臭いというか、湿った土のような臭いというか。あまり気持ちのいい臭いじゃないよ、これ」
野生児のように感覚が鋭いトワは当然のように臭いに気付いていたようだ。
……これはたぶん、血の臭いだ。
私はそうジョッシュに告げる。
「四つ脚は肉食獣じゃないし、この辺りには四つ脚を捕食するような大型はいないはずだが……」
「わからない。けど、でもとても嫌な感じ。警戒強めた方がいい」
ジョッシュの言うとおり、四つ脚は雑食だが自衛以外で生物を襲うことはない。
そしてこの付近は居住地の安全確保を目的として定期的に保安部が巡回している。もし四つ脚を捕食するような大型原生生物がここにいれば、既に発見されていてもおかしくはない。
となると、トワが言うように何か異常なことが起きている可能性も考えられるけど……。
ともあれ立ち止まっていても仕方ない。
非番とは言えジョッシュは保安部のスタッフだ。
危険があるなら最低でも確認だけはしておく義務があると言って、前進することになった。
そしてしばらく進み、岩山に穿たれた洞窟の前にたどり着いた。
「これは……確かに血の臭いだな。アイリスもトワも、あんな遠くで良くわかったな?」
「私、鼻は利く」
「私もトワほどじゃないけど、感覚は鋭いほうかな?」
先ほどヘルミナに茶化されたので、意趣返しを込めて、そんなことを言ってみた。
たぶん、トワも同じ気持ちだったんだと思う。
「しかし、ちょっとやそっとの量じゃここまで臭わないぞ……」
「引き返す選択肢もある」
「お遊びの狩りなら退いた方が良いんだろうけど、一応オレも保安部の所属だからな。ここで帰ったら団長に怒られる」
んー、うちの父さんはそんなことじゃ怒らないけどな。
女の子3人連れて危ないところへ行ってきました、って言った方が怒る気がするけど、まあここはジョッシュに判断を任せよう。
一応プロだからね、彼は。




