インターミッション『籠外の鳥』パノプティコ-失落の惑星 #1
惑星ルクルニア。
そこは地下資源は乏しいものの、豊かな自然と肥沃な大地に恵まれた、暖かな星だ。
この星には最近、十数名の新たな入植者が訪れていた。
ルクルニアの人達は、彼らがいずれもモーリオンギルドの労働者派遣事業に応募した人々だと説明を受けていた。
現在、とある農場主のところにも住み込みで1人の男性が働いている。
だが不思議なのは、C3の交易を行うギルドが農場の手伝いを派遣しているということ。
確か遙か遠くで大きな問題がおき、それが片付いてからギルドが事業拡張に乗り出したという話は聞いているが……あのギルドが農業を?
世事にはあまり詳しくない農場主には理解出来ないことだったが、それでも人手が増えるのは助かると彼は単純に喜んだ。
だがもう一つ不思議なのは、その男性の出自についての話だ。
「なぁアンタ?あのパノプティコから来たちゅうのはホンマか?いや、別に問い詰めてどうこうするって気はあれへんのやけどな」
「ええ、本当です。私はパノプティコ出身で間違いありません」
「そうか、あの星は楽園やっちゅう噂やのになぁ……。いや、うちは前歴不問やから余計なこと聞いてしもうたな。すまんすまん」
「楽園……中にいるときは、私もそう思っていました」
男――かつてパノプティコでインフラの維持管理を行っていた彼は、慣れぬ農作業に汗しながらそう言って笑みを浮かべた。
アイリスが企画した星間就労者派遣プログラムは、ヨタの大半を無事に星外脱出させたことで第一期の事業を終了した。
だがそれでもパノプティコがシビルスコア制度を導入している限りロワーズやヨタは産み出され続ける。それ故にギルド支部はアイリスの志を受け継いで、パノプティコでの星外派遣事業を継続した。
当初は奇異な目で見られていたギルドの事業だが、良きパノプティコ市民にとってはヨタやロワーズといった社会不適合者が星からいなくなることはむしろ好都合だと解釈され、やがて市民達は事業に関心を払うことすらなくなった。
レーンもまたその1人であり、当初はギルドの奇行に眉をひそめた彼だったが、いつしか事業の存在そのものを忘れ、安心に満ちた日常へと戻っていった。
そんなある日だった。彼にとっての安心が失われたのは。
ヨタ達が星を去ったことでベンサム市外縁にある廃墟は完全に無人となったはずだったが、それでも時折、子供達がそのような場所に侵入しているという通報が市民から寄せられることがあった。
この星ではシビルスコアが適用されるのはスクールを卒業する15歳からに限定されていて、それまでは親のスコアが暫定値として与えられている。
無論、子供の行動は親のスコアに影響を与えるので、親は15歳未満の子供に対しても良き市民である事を求めるが……なにぶん相手は未成年だ。
時折、羽目を外して廃墟遊びを行う困り者もいたのだ。
子供達にとって廃墟は、清潔で環境が整えられた安心なベンサム市内とは異なるちょっとした冒険の舞台になりえたから、怖いもの知らずな子供達が廃墟に惹き寄せられるのはある意味当然なことだといえるだろう。
一方でレーンは幼少期から厳格な親の躾を受けて育った「善良な子供」であったため、そのような冒険を行う悪ガキの気持ちは全く理解出来なかった。
だが周囲にはそういう無軌道な子供達がいたことも事実だ。
なので、無人の筈の廃墟でボヤ騒ぎが起きたという通報を受けたときに、幼少期を思い出して少し嘆息しながら現場へ向かった彼を責めることはできないだろう。
問題が起きたのは現場に近づいた時だった。
レーンが運転するビークルは法定速度を遵守し、市民調和局の所属であることを示すサインを点灯させながら狭い路地裏をゆっくりと進んでいた。
当然、目立つサインを点灯させたレーンのビークルは……現場に潜んでいた悪ガキ達の目にも留まる。
「やばい、安心センターだ!」
「にげろ!」
物陰から三々五々、逃げ出す子供達。
そして……運悪く、1人の子供がレーンのビークルの直前へと飛び出した。
レーンは咄嗟にビークルを停止させたが、それでも子供との接触を回避することは出来なかった。
不可抗力としか言いようのない事故。
だが、事故は事故だ。
レーンは負傷した子供を救護し、自ら市民調和局の事故処理担当に連絡を入れた。
間を置かず到着した救護担当と事故処理担当に現場を任せ、ボヤ騒ぎの現場へ向かったレーンだったが、すでにボヤは鎮火した後だった。
ボヤ騒ぎの現場を一通り確認し終えたレーンは市民調和局のオフィスへ戻り、事故の件とボヤ騒ぎについての報告を上司に行おうとしたが、それは叶わなかった。
なぜなら、彼は市民調和局の建物に入る事ができなかったから。
市民調和局は模範的な市民のみが所属することができる組織であり、所属する職員には80以上のシビルスコアが求められ、また単に局舎へ立ち入るだけでも75以上のスコアが求められる。
レーンはここ数年、84という極めて高いスコアを維持していたが、そのレーンが生体認証で市民調和局の扉を開くことが出来なかったのだ。
不審に思った彼は局員にのみ与えられた権限コードを使い、携帯端末で自らのスコア変動履歴を確認する。
[重大減点行為:交通事故/人身事故(スコア-5)]
[重大減点行為:子供への傷害行為(スコア-8)]
もちろんレーンも事故による減点は覚悟していたが、まさかこんなに?
レーンは思わず目を疑った。
先ほどの事故によりレーンのスコアは71まで低下しており、これまでの数年間毎日当たり前のように入室できていた、少なくともほんの数刻前まではそうだった入室資格を喪失していたのだ。
スコア71では入室は叶わない。局舎に入れない理由は理解出来たが、それでも回避しようのない事故による13点もの減点処分は重すぎる。
市民調和局に不服申し立てを行わなければ。そう思った時だった。
履歴にさらに一行が追加されたのは。
[重大減点行為:資格外者による機密情報へのアクセス(スコア-10)]
その通知はレーンがもはや模範的市民ではなく、シビルスコア61の、ただの市民に格下げになったという事実を冷酷に告げるものだった。
シビルスコアの評価を行うリリーフシステムはパノプティコで絶対視される「安心」を生み出し、保証するためのものだ。
それ故にシステムの評価基準は「他人の目から見て、その行為がどう評価されるか」という一点に集約される。
それゆえにリリーフシステムの下す評価には、その行為がなされた理由や原因、背景や心情は一切考慮されず、ただ発生した事象……第三者である「他人」の目から見える事実のみが評価される。
レーンは法定速度を守った慎重な運転を行っていた?
――だが結果として人身事故起こしてしまった。
レーンは子供を救護した?
――だが子供は負傷している。
レーンはこれまで与えられていた権限の範囲で情報を確認した?
――だが、彼の権限は直前に剥奪されていた。
いずれも他の惑星であれば情状酌量が認められる可能性の高い事案だろう。
だが、パノプティコではそうではなかった。なぜならレーンの行いは、他者の目から見れば社会の安心を脅かすものだと評価されてしまうから。
これまで長年良き市民でありつづけたレーンは、そのことをよく理解している。
実際、彼もこれまでロワーズに転落した人物に対してそのような説明を行ったことがある。だが……まさか自分がそんな目に遭うとは。
レーンには自分が良き市民であるという自覚と自負があり、だからこそリリーフシステムの評価を受け入れがたかった。
しかしその地位から転落したとはいえ、レーンの心はあくまでも良き市民だ。
なので声を荒げたり、無理に市民調和局へ押し入ったりしようとはせず、ただ黙ってその場を立ち去った。
いつかスコアが回復し、再びこの場所で勤務できることを願いながら。
だが、彼のそんな願いに対してパノプティコが……シビルスコアが突きつけた現実は過酷だった。




