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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部1章『いつかまた大宇宙のどこかで』CM41F3C-開端の惑星
14/76

#14

>>Iris


 採掘されたC3を衛星軌道上の航宙船発着プラットフォームである軌道ステーションまで運ぶためには重量物打ち上げロケット、つまりHLVが用いられる。このHLVは星外へ搬出する鉱物資源だけでなく、半年ごとに交代する軌道ステーションのスタッフをはじめとした人員も運ぶことができる構造になっている。この星から星外へ向かう人は多くないとはいえ、その僅かな需要に応えるために、HLVには小型ながら乗客用のキャビンが備えられているんだ。


 私が重い荷物の搬入を終えてキャビンに足を踏み入れると、既にトワがシートに座っているのが目に入った。トワはその小柄な体をすっぽりとシートに沈め、窓の外をじっと見つめていたが、私に気付くと声を掛けてきた。


「アイリス、遅かったね」

「荷物の確認と搬入をしてたからね。ところでトワ、忘れ物はない?」

「ない。必要なものは全部持ってきた」

「本当に?」

「うん」

「そう。じゃあ、鋼の獣(メタルビースト)の残骸……必要じゃ無かった?」

「……あ」


 いつもの無表情で出来うる限りの様子でしまった、という顔をするトワ。星外での調査任務に赴く大義名分になる鋼の獣(メタルビースト)を格納したコンテナを自宅の倉庫に置き忘れていたことに気づいたのだろう。トワが先に出立し、最終確認を任された私がそのコンテナがひっそりと放置されているのを見つけた時の驚きと言ったら。

 この子、本気で出発準備が万全だったと思ってたんだろうな……と少し呆れもしたけれど、それ以上に私が同行することにして本当に良かったと胸を撫で下ろした。

 だって私がいなかったらきっと、星外に出てから気づいて途方に暮れていたに違いないからね。トワが無事に旅立てるのも、私が一緒にいるからだって思えるのは少しだけ誇らしい気もする。そう思うと、自然と安堵と嬉しさが心に広がったけど、こんなこと本人に言えるはずもない。


「トワはしっかりしてる時と抜けてるときの落差が激しすぎるよ」

「ごめん」

「まあその分、お姉ちゃんの私がしっかりして……あっ」

「ん?」

「もう私、トワのお姉ちゃんじゃなかったね」


 トワが私と同じブースタリア姓では無くなったということは、姉妹ではなくなったということだ。少し寂しいけど、父さんの庇護下から離れて自立したトワのことはもう、妹と呼んでいけないんだ。


「どうして?アイリスは今でも私のお姉ちゃん」


 小首をかしげてそう言うトワ。その瞳は虹色のままで感情が読めない。


「いいの?」

「むしろ、どうしてそういう話になるかわからない。そもそも私とアイリスは血が繋がってないけど姉妹。なら、名前が変わったぐらいで何か変わるとは思わない」

「でも世間の人達はそう思ってくれるかな……」

「私達の関係は世間が決めることじゃない。私達自身がどう思っているかが全て。だからこれまでも、これからも私はアイリスの妹」

「……そっか。私、これからもお姉ちゃんでいていいんだ。じゃあ、トワ。これからもお姉ちゃんってよ――」

「それは無理」

「ええぇ……即否定?ここは素直にお姉ちゃんって呼ぶところでしょ?」

「くせになったら、良くないから」


 同じ姓だから姉妹なのではなく、私とトワだから姉妹。そういうことなのかな。でも姉呼びして欲しいという私の要望は話の途中で遮られ、否定された。全くひどい妹だよ、トワは。



 私が軌道ステーションへ来るのは2度目だ。スクールの初等科で行われている社会見学で訪れたきりなので、前回の訪問はもう6年ほど前のことだろうか。

 HLVから漂うように降りると、そこは無重力状態。観光客はおろかビジネス客も寄り付かない辺境、さらには乗り継ぎ便も無い行き止まりの星に置かれた軌道ステーションなので、ここにあるのは必要最低限の設備だけだ。

 貨物の積み下ろしと航宙船の物資補給を行う作業デッキ、フォトンエネルギーの生産施設、あとは数名の常駐職員のために用意された小さな居住空間。


 一応、航宙船の乗務員向けの休憩スペースを兼ねた待合室的なものも用意されているけど、ショップやレストランのような気の利いた旅客向けサービスの類いは当然用意されていない。そもそも来ないしね、旅客。

 移民者が来る予定も無い資源惑星に配備された、必要最低限の機能だけをコンパクトにまとめた仮設ステーションに多くを求めるのは酷な話で、その「必要最低限」の中には人工重力は含まれていないという訳だ。


「アイリス、ここ何も無い」

「そう?ちゃんと空気はあるじゃない」

「それは盲点」


 トワが言うように、一見するとここには何も「ない」。でも、ここには私達人間が生きるために必要な「空気」がある。

 これから私達が旅をする宇宙空間では、その空気すら無い、本当に何も無い空間だ。そういう意味では、空気も、生存に必要な熱も存在しているこのステーションには十分「ある」と言えるだろう。たぶん、そういう認識に切り替えないと宇宙では生きていけないからね。


 私達が便乗させてもらうキャメル067と言う名の航宙船は既に入港しているようで、ペレジスから運んできた荷物をHLVに、HLVからはC3コンテナが航宙船の貨物室に、それぞれ運び込まれている様子が見えた。鋼の獣(メタルビースト)のコンテナもC3と同じように貨物室へ搬入される事だろう。

 積み込み作業が行われている間に私とトワは待機室で着替えをすませることにした。宇宙空間で過ごす際に地上と同じような衣服を着ているとさまざまな問題が生じる。生存性の面にも問題があるけど、無重力だとスカートは厳しいからね。

 だから万が一の事態に備えた生存率の向上を目的に、専用船内服「コスモスーツ」の着用が推奨されているんだけど……無重力って着替えをするのも一苦労なんだ。頭では判ってたけど、そういうことを改めて思い知った。

 社会見学の時にも一度コスモスーツは着たことあるけど、あの時は地上で着替えて軌道上へ上がってたからね。うん、これは子供には無理だ。トワはもう子供じゃないけど、隣で悪戦苦闘してるし……。


「手伝おうか?」

「むー。とりあえず、がんばる」

「そう?もし無理ならちゃんとお姉ちゃんに言うのよ?」

「子供扱いは、よくない」

「子供扱いじゃないよ?妹扱いだよ?」

「……それなら、いいけど」


 コスモスーツは気密性と保温性に優れた特殊素材で全身を覆うように設計されていて、宇宙空間での急激な温度変化や空気漏れに対して保護機能を発揮してくれる。

 襟元には機密ヘルメットの代わりになる酸素供給(エア)フィールド発生装置が左右に一つずつ、合計二基装着されている。この装置には呼吸に必要となる酸素を供給する触媒が内蔵されていて、フィールドが展開することで突然の減圧や真空環境に晒されても数時間なら生命を維持することが可能なのだそうだ。

 コスモスーツを渡してくれたステーションの職員からは、短時間であれば船外活動(EVA)にも使えますよと説明を受けたけど……これに頼ってEVAしたり、船外に放り出されて命を繋いだりする事態は避けたいものだ。


 コスモスーツには他にも宇宙空間での暮らしをサポートする機能がある。「一般的な」低重力の軌道ステーションや、無重力の航宙船内でスムーズに移動するためには訓練が必要だけど、当然私達はそんな訓練を受けたことが無い。だからHLVからここへ移動する短距離の間にも結構苦労した。

 そんな移動をサポートしてくれるのがコスモスーツのブーツ。靴裏に微弱な磁気を発生させることで歩行をサポートしてくれる。宇宙慣れしていない旅人には必須の装備だよね、これ。


 ちなみに私が着ているのは全体的に丈を詰めた、白に近いライトグレーを基調として赤いラインが入ったコスモスーツ。機能上、体にフィットするデザインになっているため、どうしてもボディラインがはっきり出てしまう。

 私は自分のスタイルには自信がある方だけれど、こうして体に密着するスーツで四六時中生活することを考えると、やはり少し恥ずかしい気もする。特に胸のあたりが少しきつくて、動きにくいのも正直ストレスだ。下にアンダーウェアは着てるから必要のないときは胸元までチャックを開けて少しでも楽にしておきたいけど、それはそれで扇情的に見えるだろうし。

 ……航宙船のクルーがどういう人かも判らない以上、そういうのはまずいかな、と思う。紳士的な人ばかりならいいんだけど、そういう訳にもいかないだろうしね。


 しばらく格闘して、どうにか独りで鈍いグレーに青いラインが入ったコスモスーツを着用し終えたトワは……私とは違って体型がスーツにピッタリと馴染んでいる。凹凸が少ない控えめなスタイルのおかげで私よりもずっと動きやすそうだ。今に限って言えばちょっと羨ましく思うくらいに。まったく、こういう状況では控えめ(・・・)な方が有利なんて、皮肉なものだ。


「アイリス、何か失礼なこと考えてる?」

「何のことかな?」

「見てた。特に、胸のあたり」


 トワに真顔で追求された。どうやら目線の動きで何を考えていたか悟られたらしい。どうしてこういうときだけカンが良いのだろう、この子は。若干の申し訳なさを誤魔化すために別の話題を振っておこう。


「ところでトワ、機内持ち込みの手荷物がやけに少ないようだけど」

「大丈夫。いるものは全部持ってきた」

「私が用意した着替えのトランクは?貨物室に預けたの?」

「あれは置いてきた」

「えっ?」

「着替えは自分で用意した」

「その小さなトランクに?ちなみに、どれぐらい着替えを持ってきたの?」

「換えのTシャツが入ってる」

「それ以外は?」

「それだけ」

「…下着は?」

「今、履いてるよ?」


 うん、知ってた。こういう子だという事は。だからちゃんとした服や下着を新しく用意して、トランクに詰めて、トワの部屋に用意しておいたんだけど。忘れた、ではなく置いてきた、という事はもちろん故意だろう。今頃、父さんもびっくりしてるだろうなぁ……。


「オシャレ担当はアイリスに任せてる」

「いや、そういうレベルの話じゃないでしょ?ペレジスで乗り換え(トランジット)待ちしてる間にちゃんとした服を買うからね」

「えー」

「コスモスーツは着るのに、なんで普通の服は嫌がるの……」

「これは無いと困る服。普通の服や下着は無くても困らない」

「いや、人として困るからね?服着てないと文明人と認めて貰えないからね?」

「私は誰もが服を着ない、むしろ着ると失礼になる星で生まれた」

「その設定、今思いついたよね?それに故郷の星をそんな奇妙な星にするのはやめてあげてね?」

「私の星では自由が尊ばれる」

「そもそもどこの星なのよ、それ」

「これからそれを探しに行く」


 真顔で押し切るトワに思わず吹き出してしまった。以前からトワはこんな調子だけど、私をからかっているのか、それとも本気で服を着るのが嫌なのか正直よくわからなくなってきた。でもまあ、トワのことだから仕方ないのかもしれない。いくら言い合ってもこのままじゃれ合って終わるし、いつも最後は笑ってしまう。だからそれでいいのだろう、きっと。


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