#13
そして私達はお義父さん……いや、開拓団長から星外任務へ就くギルドメンバーに与えられる「ギルド章」を受け取った。ギルド章は、モーリオンギルドの名の由来である漆黒の水晶を削りだしたペンダントの形をしている。その黒水晶、すなわちC3はギルドの象徴そのものであり、特別な存在としての証でもある。
通常、ギルドメンバーは活動拠点としている惑星の外に出ることはまれだから日常的に身分証を必要としないし、またそもそも貸与されることもない。しかし星外任務を受けるギルドメンバーが担う任務の重要性から他支部やギルド外からも支援を迅速に受けられるように、また必要に応じてその地位を示すためにギルド章が特別に貸与されることになっているそうだ。
見た目はただの黒水晶のペンダントのようだからぱっと見には偽造が容易にも思えるかもしれない。けどこのギルド章に使われている漆黒の水晶は、最高品質である「SSランクのC3」であり、ギルド外ではほぼ入手不可能。さらにこのC3にはギルドの独自技術でしか施せない刻印が施されていて、その存在と刻印こそが真贋の証明でもあるとお義父さんは言った。
さらにギルド章の内部には所有者のパーソナルデータと、その職種やランクに基づく「固有の証」が記録されている。そのため、たとえ他人がギルド章を奪ったとしても、それを用いて身分を偽ることは不可能なのだそうだ。
ギルドにとってこの徽章以上に信頼のおける身分証明は存在せず、また貸与される事自体がギルドから深い信頼を得ているという証でもある。当然のことながらおいそれと貸与されるものではないそうで、実際これまでこの居留地でギルド章を持っていたのは管理官でもあるお義父さんだけだった。
「父さん……これ、かなり無理をしたんじゃないの?」
「大事な娘達の旅立ちだ。父親としてしてやれる最大限の事をしたまでだ」
「お義父さん、私の名前」
「ああ、この星で私の庇護下にあるお前は『トワ・ブースタリア』だ。だが星々の世界に旅立つのであれば、お前は『トワ・エンライト』を名乗るべきだ。アルフレッドもきっとそれを望んでいる」
「エンライト」は私を最初に引き取ってくれたパパの姓で、7歳まで私はその名前で生きていた。その後、お義父さんの養子になり、アイリスと同じ「ブースタリア」の姓をもらったことは私にとって誇りだったし、心の底から嬉しかった。だって、大好きなアイリスと本当の姉妹になれたんだから。
だからこそ今回お義父さんから私に再び「エンライト」の姓を名乗るようにと言われたことで、正直少し驚いたし寂しくもなった。もちろんお義父さんの元で過ごした時間は私にとってかけがえのないもので、今でも「ブースタリア」と名乗れた事を感謝している。
でも、こうして旅立つ時に元の姓である「エンライト」を名乗らせてくれるというのは、お義父さんが私に「自由に、自分らしく生きていい」と言ってくれているのだと感じた。
お義父さんは、私がどこへ行っても私が私自身でいられるように、そして私のルーツを大切に思い出しながら新しい道を進めるようにしてくれたのだと思う。お義父さんが私を信じて送り出してくれることに、心から感謝したいと思った。
「お義父さん、ありがとう。これまで育ててくれて。大事にしてくれて。どう感謝したらいいかわからないぐらい、感謝してる。そして恩を返せない事を、心から申し訳なく思う」
「気にする事は無い。親が子を慈しむのは当然のことだ。そして子はいつか親の元から巣立ってゆくものだからな。アイリス、私の娘であるトワの事をよろしく頼む。そしてトワ、私の娘であるアイリスの事をよろしく頼む」
「「はい」」
私は、この人の娘でいられて本当に良かった。心の底から、そう思った。
「そうだ、最後に手向けの言葉として星々の世界を旅する者の挨拶を教えておこう。星を渡る者達は星で暮らす者達と異なる刻を生きる事になる。たとえ無事に故郷に戻れたとしても、すでに星では長い時間が過ぎ、知人も友人も全て過去のものとなっているだろうから」
お義父さんが言う「刻の流れ」というのは亜光速航行に伴う時差、つまり時間の遅れの事だ。遠くへ、そして長く旅するほど惑星に住む人々との時間はどんどんずれていく。いずれ私達が故郷に戻る事があったとしても、自分を知る者はもう誰もいないかもしれない。
だからこそ、星を旅する者たちの別れの言葉は再会を約束する「またね」ではなく、永遠の別れを意味する「さようなら」なのだと聞いたことがある。
「それでも、旅立つ者も、見送る者も、再会を願うのだ。それが叶わぬものと知りながら。星を渡る者達への離別の言葉、いつか再び巡り会う事を願う挨拶の言葉は……」
旅立つ私も切に願う。
「いつかまた、大宇宙のどこかで」
――お義父さんと、再会したいと。
「私はちょっと納得いかないかな……」
お義父さんの執務室を退去し、自室へ戻る途中に少しむくれたアイリスがそう言った。長い付き合いなので、何を考えているかは大体わかる。
「名前のこと?」
「だって、姓が変わったら、私とトワが姉妹だって言えなくなるじゃない」
「名前が変わってもアイリスとの関係は変わらない。それに、姓が違うと結婚もできる」
「……へっ?」
「しないけど」
「トワぁぁぁ!」
私の不意打ちに珍しく顔を真っ赤にして狼狽するアイリス。珍しいものが見れた。本当は、名前が変わってもアイリスは私のお姉ちゃん、と言いたかったのだけど、それは秘密だ。
私達は隠し事をしない仲だとはいえ、そんな恥ずかしいことは面と向かって言えないからね。それに言葉は違えどアイリスの事を大事に思っているという事は伝えたつもりだから。
軌道ステーションからの連絡で、定期輸送船の到着が予定日から2日ほど遅れそうだと連絡が入った。それぐらいの遅れは時折あることらしいので、特に気にする事も無いだろう。予定外のロスタイムを使い、友人達と最後の時を満喫した。多くの友人達は私達の旅立ちの前途を祝してくれたけど、エミリーだけは何故か、もうあと一月早ければ……と言って悔しそうに泣いていたのが印象的だった。
――そして旅立ちの朝。
私は荷物を再確認する。パパの形見であるブラスター。いくつかのカートリッジと数個の試作イグナイト。以前購入したメディキット。あとは着替えを少々。小さなトランク一つに収まった。虹水晶のペンダントとギルド章を首から掛ければ、旅立ちの準備は終了だ。
アイリスの助言を受けてイグナイトの研究資料は廃棄した。その他の身の回りのものは……お義父さんに頼んで処分しておいてもらおう。8年……人生の半分以上を過ごした部屋に一礼し、扉に鍵を掛けた。
――私がCM41F3Cですべきことは、これで全て終わった。
いつかまた、大宇宙のどこかで。
叶うことの無い再会を希う別れの挨拶を居留地の皆に告げ、私は軌道ステーションへと向かうHLVへと乗り込んだ。




