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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部1章『いつかまた大宇宙のどこかで』CM41F3C-開端の惑星
11/72

#11

>>Iris:2 Days ago


 トワの過去にまつわる話を耳にし、私の心は穏やかではいられなかった。それでも、どこかで合点がいってしまう自分がいた。

 件の遺跡以外には荒れ果てたこの星には先史文明の痕跡は一切確認されていない。もし地上に古代の文明が存在していたなら、都市遺構や遺物のような何らかの生活の痕跡が点在しているはず。しかしそれが存在しない以上、その「遺跡」は単なる地上の遺物ではなく、遥か宇宙から訪れた宇宙船であった可能性が高いのではないか……。

 そして、それが意味することは。


「帰らないと」


 あの時トワが呟いたその一言は、おそらくあの子の運命を示すものだったのだ。遠い昔、大宇宙(おおぞら)の果てからCM41F3C(ここ)へ流れ着いたトワには、やはり帰るべき場所があるのだ。この星ではない、どこかに。


 普段は何も考えていないように見えるトワだけど実のところ頭の回転は早く、物事を見抜く洞察力にも優れている。多少言葉足らずな所はあるけど……でも、そんな彼女がこの事実に気付かないはずがない。


 ああ、ついにこの時が来たのだ。覚悟も準備も全て終えている。帰るべき場所へと向かうあの子に寄り添い、共にその道を征く。それが私の望みなのだから。



 とは言うものの、この星を離れるにはそれなりの理由が必要だ。最も簡単で現実的な理由は「ギルドを脱退する」こと。この星はギルドによって管理されており、ギルドに属していない者はここに留まる権利を持たない。そのため、ギルドの一員ではなくなった人間は星を去る義務が生じる。

 実際、この星から離れて惑星外へ移住しようとする多くの若者は、ギルドを脱退する手続きを踏むことでこの星を去っている。


 しかし、この方法には大きな問題がある。ギルドという有力な後ろ盾を失うことは、小娘2人で大宇宙を旅するにはあまりにもリスクが大きすぎると言うことだ。

 それにギルドはシンガーとして活動する権利や仕事の許可を管理しているから、脱退してしまうと私やトワが旅の途中で路銀を稼ぐためにシンガーとしての能力を表だって発揮することが難しくなる。ギルドを脱退するということは、その権利を放棄するということなのだから。


 だからギルドの一員としての立場を維持しながら、この星を離れるための正当な理由が必要だ。例えばギルドの任務としての旅というのがその一例だろう。

 幸い、トワは最高位のシンガーであり、恒星間通信装置の調律などの高難度任務を理由に星々を巡ることは可能だ。私自身も管理官としての身分があるから、特定の星に定住せず巡回監察任務として様々な星へ移動することも可能だろう。


 しかし、これらも決して最善策とは言えない。なぜならギルドが都合よく私たち2人に星外任務を割り当ててくれる確率は低いし、任務である以上は行き先の選択権を基本的ギルドに委ねることになるからだ。その結果、トワの目的を達成するための自由が大きく制限され、かえって足枷となる可能性が高いし、そもそも私達2人の任地が同じになる事もないだろう。


 なので私たちが取るべき選択肢は……多少強引なこじつけになるが、一つしだけしかなかった。

 「駐屯地を襲った未確認の敵について、ギルドへの報告に必要な星外調査を自由意志で行う」。この調査はギルドの指示に従った任務とは異なり、私たち自身の判断に基づく自主的な活動として提案を行う。


 トワの出自は隠しつつ、遺跡から現れた未知の機械生命を重大な脅威とし、その正体についての詳細な調査と報告を行うために星外での情報収集が不可欠だとする訳だ。ギルドへ正式な手続きを経た上での調査であれば、正当かつ合法的な星外への移動であり、またギルドの支援を受けつつ私たち自身の裁量で目的地を選ぶことができる。それは、トワの目的を達成する上でも有効な手段となるだろう。

 無理筋であることは判っているけど、それを押し通すために私は権力を求めたんだ。たとえ職権乱用だと非難されても、そこだけは譲ることができない。そもそもこれが通らないなら、私には管理官になる理由なんてなかったんだから。


 私は頭の中で思考を整理しながら、そう結論づけた。深く息をつき、意を決して席を立つ。トワにこの考えを伝えるには、直接話すのが一番だ。私は彼女の部屋を訪れるつもりでデスクから離れ、扉に向かった。

 ドアのノブに手をかけようとした瞬間、軽くノックの音が響いた。ドアを開けるまでもなく、扉の向こう側にはすでにトワが立っているであろうことが何故かわかった。


 私は一瞬、その意外なタイミングに驚き心の中で小さく笑った。きっと彼女の方も同じようなことを考え、足早に私の部屋を訪れてきたのだろう。私は気持ちを落ち着け、扉をゆっくりと開けた。


「アイリス、話がある」

「タイミングいいね、私もだよ。入って」


 トワを室内に招き入れた。二人並んでベッドに座るのが私達がここで話をする時の定位置。これまで何度もこうやってトワと話をした。2人で約束した通り、一切の隠し事無く。

 時に笑い、時に泣き、喧嘩をしたこともあった。でも、仲直りをしたのも、この場所だ。私達が大切な話をするのに、ここ以上に相応しい場所は無かった。


「あのね」

「うん」

「私、この星を出ようと思う。ううん、出て行かないといけない」

「うん」

「理由、聞かないの?」

「聞かなくてもわかってるよ。『帰らないといけない』んでしょ?」

「……知ってたの?」

「小さい頃、2人で星空を見上げた時にトワが言ってたからね」

「そっか……やっぱり、アイリスは気付いてたんだ」

「当たり前でしょ?私はあなたの幼馴染みにして親友、そしてお姉ちゃんなんだから」

「行くなって、言わないの?」


 トワの声は、わずかに硬さを帯びていた。彼女はいつも通り表情を表に出していないが、なぜか今は無理に感情を押し殺しているようにも見える。きっと本心では出立を止めて欲しいと思っているのだろう。私は虹色のままで多色に揺れるその瞳をまっすぐに見つめ、静かに言葉を返した。


「言わないよ。でも、その代わりに」


 少し間を置いて、私ははっきりと言い切った。確認でも依頼でも質問でもない。断言だ。


「私も一緒に行くから」


 不安の色、希望の色、戸惑いの色、喜びの色。その瞬間、それまで緩やかに揺らめいていたトワの瞳が激しく揺れた。彼女は息を飲むように動きを止め、私の顔を見つめたまま固まった。トワの顔は普段と変わらない無表情なままだが、不思議と今は少しだけ感情が浮かんでいるようにも見える。


 きっと、ずっと独りで星外へ出ることを考えていたのだろう。私がそれを阻むのではないかと心配し、どう説得しようかと思い悩んでいたのかもしれない。そして独りで旅をすることへの不安や恐怖も。しかし、私が同行するという予想外の言葉を耳にしたトワは、完全に言葉を失っていた。


 私はそのまま彼女の視線を受け止めながら、静かに笑みを浮かべた。トワは瞳に戸惑いの色を残したまま、何かを言おうとしているようだったけど、口を開くことはなかった。私の言葉はトワが考えていた予想とはずいぶん異なるものだったんだろう。トワの心が揺れ動いているのが、伝わってくるようだった。


 だが、やがて意を決したようにトワが口を開く。


「きっとここへは二度と帰ってこれない」

「そうだね」

「目的地がどこなのか、私にもわかってない」

「そうだね」

「未知の病気で倒れるかもしれない」

「そうだね」

「宇宙の旅は命を落とすことだってある」

「そうだね」

「鋼のメタルビーストみたいな敵にまた襲われるかも」

「そうだね」

「なのに、どうして」

「私が、あなたの幼馴染みで親友で、姉だから。それが理由じゃ、だめ?」

「……アイリスの気持ちはとても嬉しい。でも、私のわがままで、アイリスの……お姉ちゃんの未来を縛るのは……怖い」


 目をそらし、小さな声で呟くトワ。そんな彼女に私は告げる。私がトワの隣にありたいと願う理由を。


「私たちはお互いに隠し事をしないって約束したから。だから、正直に話すね?私もね、本当はずっと『ここではないどこか』へ行きたいって思ってたんだよ。ギルドはシンガーとしての能力を何よりも重視するでしょ?私は団長の娘として期待されてたけど、トワも知ってる通り正直私の力はそれに応えられるほど強くない。今はそうでもないけど、小さい頃は周りには『期待外れ』って思われてたんだよ」


 言葉に出しながら、私は昔の事を思い出していた。大人達の期待と、それに応えられないと判ったときの失望。私に向けられる身勝手な他人の視線は、子供だった私にも理解できる――心の傷になるものだった。


「父さんは大丈夫だと言ってくれたけど、それでも私は自分が一人の自立した人として、『アイリス』として見てもらえる場所が欲しいと思ってた。ここじゃないどこかで、親の名前や血筋に縛られず自分自身の力で認めてもらえる場所を探したかったんだ。でもね、私が本当に求めている場所はただの遠い場所じゃないことに気付いた。トワ、私はあなたと一緒に『ここではないどこか』で新しい自分を見つけたいんだ。それが私が望む、私の未来」


 私の言葉にトワは一瞬驚いたように目を見開き、すぐに視線を伏せる。トワの手は小さく震えながら胸元でぎゅっと握りしめられ、感情の揺らぎが瞳だけでなくその仕草にも現れている。微かに唇を噛んでから、意を決したように顔を上げ私を見つめる。戸惑いと期待が入り混じった不安定に揺れる瞳で。


「私と一緒で、いいの?」


 私が肯定の意志を込めて肯くと、トワは私の胸に飛び込んできた。細い腕が、私の背中にぎゅっとしがみつく。


「トワの隣が、いいんだよ」


 私は彼女の温もりを感じながら、優しく抱きしめ返す。少し乱れた彼女の銀髪に手を伸ばし、そっと撫でるとトワが少しだけ安心したように体の力を抜くのが分かった。胸の中で感じる鼓動が、私たちが共にいることの証のように響いている。


「……プロポーズみたい」

「言われてみれば確かにそうだね」

「でも私、そういう趣味はない」

「奇遇だね、私もそうだよ」

「死が2人を分かつまで?」

「まあ、結婚するわけじゃないけど……姉妹(きょうだい)として永遠に、どこまでも一緒にいこうね」


 しばらく抱き合ったまま、普段通りの甘やかなじゃれ合いを。こうして私とトワは共に旅立つことを誓い合った。


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