辺境の聖女
精霊様に手を引かれて水面を歩き、朝焼けの霧を抜けていく。
「さぁ、皆が待っているよ」
送り出されて、薄氷の張る泉の畔に立ち、私は不安な気持ちを抱えたまま、村人たちの前へと出ていった。
「………………」
突然、姿を現した私を見て、村人たちは驚きの表情を浮かべている。
若返り姿が変わってしまったのだから、誰も私だとはわからないだろう。そうと思っていた。
「……その姿は、この村に来た頃の年若いキャロルさんじゃないか……本当に、キャロルさんなのか?」
私の姿に目を見開いていた年嵩の男が、震える声で問いかけてきたのだ。
気づいてもらえた。だけど、受け入れてもらえる自信はなくて、困ったように苦笑いしてしまう。
「ごうつくばりで偏屈な女だけど、まだこの村にいてもいいかい?」
村人たちは息を詰め、震えながら目を潤ませて言った。
「そんなの……もちろん、もちろんじゃないか……ここはあんたの村だ! あんたの帰ってくる場所だ!!」
そう叫びながら駆け寄り、皆が私をひしと抱きしめ、ぼろぼろと涙をこぼす。
「帰ってきてくれて、本当に良かった! キャロルさんを帰してくれて、ありがとう、精霊様!!」
「ごめんね、キャロルさん。知らないからって酷いこと言って……でも、ありがとう。本当にありがとう」
「キャロルさんが頑張ってくれたおかげで、この村は救われるんだ。こんなに喜しいことはないよ。ありがとうね」
私が帰ってきたことを泣いて喜んでくれる村人たちの姿に、胸がいっぱいになり、心が温かくなる。
抱きつく腕にそっと手を添え、涙を堪えながら、震える声で小さく呟く。
「こちらこそ……ありがとう」
上手い愛し方も愛され方もわからなかった不器用な私を、こうして受け入れてくれる。優しい村の人々が、やはりどうしようもなく愛おしいと思う。
◆
村に戻ると、強盗たちが見事にボコボコにされ、縛り上げられていた。
「さて、こいつらをどうしたものか。キャロルさんが報復したいなら、是が非でもないが」
「ああ、そいつらなら指名手配されている悪党だから、憲兵に突き出せば報奨金がもらえるよ。高貴な女を散々食い物にしてきたようだし、相当に惨たらしい刑が待っているだろうね」
それを聞いて、強盗の男は青褪めて震えだし、必死な形相で私に救いを求めて喚く。
「お、お嬢さん……そこの美しいお嬢さん! 誤解だよ、人違いなんだ! 僕は善良な男で、そんな指名手配されるような男じゃない!!」
「まあ、往生際の悪いこと。このナイフで胸を一突きにしたくせに」
男から取り上げてあった、私の血が付いたナイフを手に取る。
「それは――」
ザシュッ!
「ひっ!?」
男の顔の横、縛りつけられている柱にナイフを突き立ててやれば、髪束がいくらかこぼれ落ち、男は息を呑んだ。
「うるさい口を閉じないと、次は胸を一突きにするよ? ……ふふふ」
救いの手などないと微笑んでやれば、男は白目を剥いて卒倒した。
私は鼻を鳴らし、腰に手を当ててこれからのことを考える。
「あとは、商会の元締めの婆さんをどうするかだけど、若返ったなんて言っても誰も信じないだろうし、信じられても大騒ぎになって面倒そうだ……そのまま死んじまったことにした方が良さそうだね」
「死んだことにするって、今まで築いてきたものは……キャロルさんはそれでいいのか?」
「目的は達成したからね。元締めを続ける理由も、金儲けをする必要もなくなったんだ。金の亡者の銭ゲバ婆は強盗に胸を一突きにされて、死んじまったんだよ。それでいいね」
私の思い切った発言に、村人たちは目を丸くする。
「これからは、精霊様から加護を与えられた聖女キャロルとして、この村で暮らしてまいります」
祈りを捧げるように手を組み、私は神妙な面持ちで告げた。
村人たちは顔を見合わせ、戸惑いつつも噴きだして笑う。
「精霊様もこの変わりようには吃驚だろうけどね。ふふふ」
「間違いなく、キャロルさんはこの村を救った聖女様だ。ははは」
「守銭奴の婆さんが聖女様に生まれ変わるなんてね。あははは」
明るく笑う村人たちの表情に安堵し、私はこの村で聖女としてやっていくと決心した。
「根回しもしないといけないから、色々と忙しくなるね。あんたも手伝っとくれ」
下働きの男の方を見て言えば、あまり表情を変えることのなかった顔に笑みを浮かべ、頷いてくれる。
「はい。任せてください、キャロルさん」
「もちろん、あたしたちも手伝うよ」
「何かできそうなことがあれば言ってくれ」
この村の聖女として教会に認められるよう、皆が協力してくれたのだった。
◆
泉の岸辺にある教会は、いつも人が集まる場所になった。
「聖女様、聖女様。ボクね、聖女様が歌う聖歌、大好きなんだ」
「アタシも、聖女様の聖歌聞いてると、幸せな気持ちになるの」
「ふふふ、ありがとう。わたくしも聖歌が大好きですよ。せっかくですから、皆で覚えて歌いましょうね」
可愛い村の子供たちを抱きしめ、温かい陽だまりで聖歌を教える。
少し前までは想像もできなかった、穏やかで幸せな時間が流れていく。
「キャロルさん、聖女の立ち振る舞いもだいぶ板についてきたんじゃないですか?」
表向きは、異国からやってきてこの地に居ついた聖女と言うことになっている。
「なんだい――おほん。なんですか、それではわたくしが聖女らしくないようではありませんか。わたくしは正真正銘、泉の精霊様から加護を受ける聖女ですよ」
それっぽく令嬢の言葉使いに戻してはいるが、たまに婆っぽい口調が出てしまうのはご愛嬌というものだ。
「ははは、確かにそうですね。精霊様から寵愛される聖女キャロルさんのおかげで、ここら一帯の瘴気が晴れ、病に罹っていた者たちも完治しました。皆、元気に動き回れるようになりましたよ」
「そうですか……もう病に憂うことはないのですね。精霊へ多大な感謝をせねばなりませんね」
私は跪いて、精霊たちに感謝し、祈りを捧げる。
聖夜に私を導いてくれた三人の精霊へ、再び生きる機会を与えてくれた泉の精霊様へ。
そして、最後まで私の幸福を願い続けてくれた愛しい母へ。
◆
夜の帳が下りれば、私の足はひとりでに泉へと赴く。
早く会いたいと急く気持ちが、そうさせてしまうのだ。
澄んだ水面を覗き込んでいると、私の名を呼ぶ優しい声が聞こえてくる。
「キャロル」
水面に姿を現した精霊様は穏やかに微笑み、いつものように両手を差し伸べてくれる。
「精霊様」
私は嬉しくなって駆け寄り、精霊様の腕の中に飛び込んでいく。
楽しそうに笑う精霊様に抱きすくめられ、膝の上に抱きかかえられる。
そして、泉のように煌めく美しい瞳が私を愛おしげに見つめ、甘く囁くのだ。
「わたしの愛しい聖女キャロル。今宵もその歌声を聴かせておくれ」
「はい。精霊様――」
幾千夜を越えて、永遠に続くような幸せな夜。
私は溢れんばかりの想いを歌にして、精霊様へと捧げる。
星々の瞬きを映す夜の泉に、波紋を広げるように私の歌声が響き渡っていく――。
世界の最果てにある小さな村。そこには、古の時代から人々を見守る偉大な精霊と、それは美しい銀髪の聖女がいるという。
精霊と聖女が守護する辺境の地は、瘴気に侵されることもなく、病に苦しむ者も飢える者もいない。豊かな恵みを与えられ、誰もが穏やかに暮らせる、楽園のような場所なのだそうだ。
そこにある泉からは、いつも美しい歌声が響いてくる。
慈しみと愛に満ちたその調べは、精霊と聖女が永遠の愛を誓い合った証。
祝福に包まれるその村で、今もなお二人の物語は幸せに満ちた新しい章を紡いでいる――――。
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