毒の王、囚われた姫③
王女リリィへ繋がる光の道を進んでいると、次第に景色が変わってきた。
最初は人通りの多い道だったのが、徐々に裏道へと逸れていく。
路地裏の古びた入口から下水道に侵入し、そこから街を出る。
その後は草原を突っ切って森の中へ。
「ピュッピュピュー!」
森の中には魔物が棲息している。
水色のぷにぷにした魔物――スライムだ。
他にもゴブリンをはじめとするザコがたくさん。
どいつもこいつも、数多の世界でザコの代名詞たる存在だ。
「敵の処理は私に任せて!」
そう言って、アリサが魔物を射抜いていく。
彼女の弓術は速射性と命中精度の両方に優れていた。
〈ゴッドアロー〉の二つ名は伊達ではない。
「もうそろそろゴールかな?」
随分と森の奥深くまで進んだ所でアリサが言う。
俺は思った――アリサも気づいているな、と。
「ようやくそれらしいのが出てきたからな」
俺は足下の石を拾い、目の前に見える木に投げつけた。
この時、ついうっかりと石に力を込めてしまった。
ドガッ!
石は木を粉々にして、その後ろに潜んでいた蛮族をも肉塊にする。
蛮族の装備である鎖帷子と鉄鋼の盾も綺麗に粉砕されてしまった。
「ちょっ!? なになに!? 今の威力! 樹齢1000年はありそうな大木が木っ端微塵になったんだけど!? ていうか鎖帷子と盾も粉々とかおかしくない!? もしかしてそれがジークの必殺技!?」
「いや、今のはただ石を投げただけだ」
「ただ投げただけでああはならないでしょー!」
「真の強者が投げるとああなってしまうのさ」
「規格外過ぎる……! フリックとはモノが違うわ……」
「フリックって誰だっけ」
「マスターよ! 〈白銀の紺碧〉の!」
「ああ、そういえばそんな名前だったな」
「忘れるの早ッ!」
そんなこんなで、伏兵をものともしないで進んでいく。
他にも伏兵はいたのだが、戦うのも面倒なので気絶させておいた。
気絶させるのは簡単だ。
対象の顔面を覆う酸素の濃度を下げるだけでいい。
「敵が勝手に気絶していっているけど、もしかして……」
「もちろん俺がやっている」
「もうわけわかんないよ、私」
「強くなれば分かるさ。――さて、到着だな」
いよいよリリィが囚われている場所に到着した。
そこは森の奥にある大きな洞窟だ。
入口付近の木が伐採されていて、視界が確保されている。
コッソリと洞窟に侵入することは許さない、という意思の表れだ。
「思ったより多いな」
当然ながら洞窟には敵が待ち構えていた。
道中の敵と同じ鎖帷子を纏った集団だ。
数は目の前に30人程度。
しかし、周囲の木々にはその数十倍が潜んでいる。
総勢で約1000人といったところか。
「この光の線はお前達の仕業か」
洞窟の中から男が出てきた。
俺達より一回り年上で、一人だけ鎖帷子を装備していない。
その代わりに、ライオンの毛皮で作ったマントを纏っている。
どう見てもコイツがリーダーのホルスだ。
「そうだけど、あんたがホルスか?」
「いかにも。俺が革命軍のリーダーホルスだ」
「だったら話が早い。リリィを解放してもらおうか」
「まさかお前達、王に雇われてきたのか?」
「そうだ」
「だったら解毒剤も必要だろう。忘れたのか?」
ホルスは王の解毒が済んだことを知らないようだ。
だから教えてあげることにした。
「王なら既に解毒が済んだよ」
「馬鹿な! ありえん!」
「いや、俺が治したから」
「ありえん!」
「信じてくれなくていいけど、そんなわけだから解毒剤はいらない。リリィを解放しろ。こう見えて俺は気が短いんだ。早くしないと――」
俺は周辺に潜んでいる奴等を気絶させた。
ほぼ全ての木から革命軍の兵士が降ってくる。
「――気絶だけでは済まさないかもしれないぞ」
「ぐっ……! なんだこいつは……!」
動揺するホルス。
彼の周囲に立っている仲間が「やべぇよ」と連呼している。
「お、王女を解放したら見逃してくれるのか?」
ホルスは俺にビビって応じる姿勢を見せた。
その様にアリサが「あのホルスを怯ませた」と感動している。
「見逃すとも。約束しよう。俺は無駄な殺生は好まない性分なんでな。彼我の実力差を把握できる人間なら尚更だ」
「本当だろうな……?」
「本当さ。リリィを解放してくれたら、あんたもあんたの仲間であるチンピラ共も見逃そう。俺は国に仕えているわけではないし、王からもあんたらを殺すようには頼まれていない」
こうして交渉が成立する――はずだった。
「チンピラ……だと……!?」
俺の何気ない一言にホルスが反応する。
「そうだ。革命軍というらしいが、俺にはチンピラにしか見えないよ」
「ふざけるな! 訂正しろ……!」
「えっ、何を怒っているんだ?」
「俺達はチンピラなんかじゃない。この腐敗した国を正そうとする正義の革命軍だ。チンピラ呼ばわりしたことを訂正しろ……!」
血管を浮き上がらせてキレるホルス。
その様を見て俺は思った――めんどくせぇ、と。
もういいや、交渉は終了だ。
「訂正はしない」
「いいだろう……! だったら交渉は決裂だ……!」
「ほう、リリィを盾にするつもりか?」
「そんなことはしねぇ……! 正義の名の下に貴様を殺す……!」
「正気か? 勝てる相手じゃないことは分かるはずだが」
「それは俺が通常時の時に限るだろ……!」
ホルスは右手で剣を抜くと、左手で懐から何かを取り出した。
「なんだそれは?」
奴が取り出したのは押しボタン式のスイッチだ。
「これは数千年前に作られたという禁忌のアイテム〈1億倍スイッチ〉だ。押せば精神が崩壊しそうな程に消耗する代わり、即座に1億倍の力を得る!」
「あれがホルスの持っているという伝説のアイテム!?」
急にアリサが声をあげる。
そう言えば、城でもそんなことを言っていたな。
「俺はこのボタンを……」
ホルスがスイッチに親指をかける。
そして――ポチポチポチィィィィィイイイ!
怒濤の勢いで連打した。
「20連打した! これで俺の強さは20億倍だぁ!」
「なるほど、連打した場合は1億倍の強さを更に1億倍するのではなく、1億倍を何度も足していくだけなのか」
「納得している場合じゃないでしょ、ジーク。やばいよ。アイツ、さっきとは明らかに別次元の強さになってる。私でも分かるもん。フリックよりも遥かに強い」
「たしかに。6フリックはありそうな強さだ」
ホルスが強くなっていることは目に見えて分かる。
それと同時に、奴の生命が尽きそうなことも容易に分かった。
全身が肥大化している上に、紫色に変色している。
人なのか化け物なのか分かりづらい状態だ。
「行くぞ、腐敗した国の犬め! 正義の刃を受けてみよ!」
ホルスが突っ込んでくる。
走りながら剣を振り上げ、俺に斬りかかった。
――が、奴の剣が俺に届くことはなかった。
前に突き出した俺の右手に、奴の心臓が刺さったのだ。
「なっ……!? いったい、なにを……」
「俺はただお前の心臓に向けて拳を突き出しただけだ。お前が勝手に突っ込んできて刺さったんだよ。お前、急激に強くなりすぎたせいで、自分の力を制御できていないぜ」
「そんな……」
「制御不能の力など、力とは言えない」
「グハッ……」
ホルスが大量に血を吐く。
「もっとも、仮にお前が制御できたとしても、その剣が俺に届くことはなかっただろう。お前が20億倍の強さを手にしたところで、俺の積んだ1兆年の重みには決して届かない」
「なん……だ…………」
ホルスの全身から力が消えた。
俺が刺さっている腕を抜くと、彼はその場に崩落する。
「真の強者は1億倍スイッチなどというインチキには頼らない」
俺は腕に付着した血を振り払う。
「敵の気配は完全に消滅した。リリィを助けに行こう」
そう言って歩き出すのだが、アリサが続かない。
「どうした?」
振り返る。
するとそこには――。
「ジ、ジークがあまりにも凄すぎて、私、やっちゃったよ……」
――小便を漏らすアリサの姿があった。
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