大魔王軍の襲来⑤
旧公国領の都市〈カサンドラ〉を1人で散策する。
「衛兵がいないわりに治安がいいな」
気になったのは治安の良さだ。
どこを見渡しても衛兵なぞいないのに治安がいい。
魔物の気配は至る所に感じられるが、他の者は分からないはずだ。
これはとても珍しいことである。
人間とは悲しい生き物で、お咎め無しと分かれば大半が悪人と化す。
通常、衛兵がいない場合、街の中はもっと混沌としているものだ。
窃盗、強盗、暴行、放火、エトセトラ……。
地獄絵図とまではいかずとも、陰鬱とした空気に支配されているはず。
ところが、この街はいたって健康的だ。
その象徴とばかりに、女子供が怖がる様子もなく外を走り回っている。
子供の親にしたって、少し離れたくらいでは気にしていない。
「どうなっているのだろう」
そんなことを考えていると、冒険者協会の前に到着した。
王国だと24時間営業の協会だが、ここでは昼間から閉まっている。
魔王軍に占領されているのだと実感できる数少ない景色だ。
冒険者協会が閉まっていることもあり、冒険者の姿も見当たらない。
これも王国とはまるで違うことだった。
王国だと、路地裏に行かない限り、冒険者と衛兵が居るものだ。
(レイチェル達は目立ちそうだな)
俺は布キレの服を着ているだけで、武器も装備していない。
だから、傍目にはどこにでもいるただの青年にしか見えないだろう。
しかし、レイチェルとアイリスは違う。
彼女達の格好は、絵に描いたようなコテコテの冒険者だ。
冒険者が皆無のこの街だと、目立って目立って仕方ないはず。
かつて日本で暮らしていた頃を思い出す。
あの国にも武器を持った者はいなかった。
不運にも刀を持っていた俺は、警察と呼ばれる者達に囲まれたものだ。
銃刀法違反で逮捕する、というセリフは未だによく覚えていた。
(もう一度行きてぇなぁ、日本)
日本にはザコしかいなかった。
しかし、日本で過ごした経験はよく覚えている。
他の世界にはない様々な知識を得ることができたからだ。
知識に関して言えば、日本の存在する地球という世界が最強だった。
「おっ」
ぼんやり歩いていると、いよいよ犯罪に出くわした。
どこにでもある道具屋にて、男が売り物のお菓子を万引きしたのだ。
周囲を窺った後、スッと店頭の商品を服の中に隠す。
そのことに店主は気づいていない。
(これで治安の真相が分かるな)
俺は遠目に眺めている。
そんな俺の視線には気づかず、男は店を出て行く。
まるで何事もなかったかのように、すまし顔で歩いている。
(もしかして何も起きないのか?)
そう思ったが、そんなことはなかった。
「そこの貴様! 止まれ! 店から物を盗んだな!」
上空からグリフォンに乗った甲冑の騎士がやってくる。
甲冑で姿が隠れているが、俺には中を見通すことができた。
甲冑の中には――何もいない。この騎士は甲冑が本体なのだ。
「服の中に隠してある物を出せ」
騎士が万引き男の前に立つ。
なんだなんだと野次馬が集まってきた。
あっという間に野次馬の円陣が完成する。
円陣の中には俺も含まれていた。
「ひ、ひぃぃぃ……お許しを。ほんの出来心だったんです」
万引き男は観念して服の中のお菓子を地面に置く。
「駄目だ! 大魔王様の国において、犯罪は死を意味する!」
騎士が右手を掲げる。
その右手に巨大な槍が召喚された。
「刑を執行する!」
グサッ。
「アンギャアアアアアアアアア!」
万引き男は胴体を貫かれて即死した。
盗まれたお菓子が、万引き男の血で染まってしまう。
騎士はそのお菓子を拾い上げると、道具屋に向かった。
野次馬達が慌てて道を空ける。
「見ての通り商品が穢れてしまった。申し訳ない」
「そんな滅相もございません!」
「こちらの商品は私が買い取らせて頂く。いくらだ?」
「いえ、お金など必要ございません!」
「そういうわけにはいかない。我々は規律を重んじる。額を言いなさい」
「で、では、350ゴールドを……」
「分かった」
騎士はお金を召喚し、店主に渡す。
それからお菓子を甲冑の中にしまいこみ、グリフォンに跨がった。
グリフォンが万引き男の死体を咥えると、周囲の野次馬に向かって言う。
「我が国ではいかなる悪も許さない。だから皆、今後も安心して暮らすがよい」
騎士を乗せたグリフォンが浮上し、そのまま遠くへ消えていった。
(なるほど、ああやって治安を維持しているのか)
周囲に感じる魔物の気配は、監視に特化した魔物なのだろう。
俗に〈シャドウデーモン〉や〈スケアクロウ〉と呼ばれる存在だ。
影に同化して見張っている。
そして悪事を発見すれば、先ほどの騎士に報告するわけだ。
あの騎士は、先ほど倒した五十魔将と同等の力を持っている。
奴も五十魔将の1人と見て間違いないだろう。
「ほんと大魔王様になってから治安が良くなったよな」
「税金も撤廃されたし、冒険者が幅を利かせることもなくなった」
「最高だぜ! 大魔王様!」
「大魔王様バンザーイ!」
「「「バンザーイ!」」」
野次馬達が口々に大魔王オンボールを賞賛している。
これも大魔王や他の魔物が強制させたものではなく、素の感情だ。
(マジで公国時代より今のほうがいいんじゃねぇか)
大魔王オンボールを倒そう、という気持ちが薄れる。
その一方で、オンボールに会ってみたい気持ちは強まっていた。
もしかすると、存外にも意気投合できるかもしれない。
窃盗犯の死刑イベントが終わった後は、ゆっくりと来た道を戻る。
道中の酒場で夕食を済ませ、夜になったところで宿屋の前に到着。
同じタイミングで、レイチェルとアイリスも戻ってきた。
「お待たせしました、ジークさん」
「レディーより先に待つとは見上げた心意気だねぇ!」
2人が話しかけてくる。
「むっ」
それに対する俺の表情は険しかった。
「どうかされたのですか?」とアイリス。
「アイリス……お前……」
「えっ、私、何かおかしいですか? 髪に食べかすでも!?」
アイリスが顔を真っ赤にしながら髪を確認する。
俺は「そうじゃない」と首を横に振った。
(コイツ、気づいていないのか)
俺は視線をレイチェルに向ける。
否、正確にはレイチェルに化けた者だ。
そう、アイリスと共に居る女はレイチェルではない。
見た目や素振りに加えて、声まで完全にレイチェルだが別人だ。
身体から溢れる魔力やオーラが完全に魔物のそれである。
目の前の偽レイチェルは魔物が化けた姿。
そのことに、彼女の相棒であるはずのアイリスが気づいていない。
よほど巧みに本物のレイチェルと入れ替わったのだろう。
「ジーク、宿屋に入ろうよ」
偽レイチェルが言う。
「いや、その前に街の外へ行こう」
「外? 何しに行くの?」
「実は凄い物を発見したんだ。それを見せたい」
「で、でも、もう夜ですよ?」とアイリス。
「大丈夫さ。それとも2人は夜が怖いのかな?」
「誰に言ってるのそのセリフ! 私達が夜にビビるわけないっしょ!」
「だったらいいよな? すぐに終わるし、ついてきてくれ」
「はいよ! でも、つまらない物だったら承知しないからね!」
偽レイチェルが話に乗る。
アイリスも「分かりました」と承諾する。
俺は2人を連れて街の外に向かう。
街の中で戦わないのは、住民に配慮してのことだ。
ここの住民は、大魔王軍の占領を是としている。
そんな中で魔物をぶち殺したとあれば、問題になるだろう。
だから、街の外におびき出して、そこで仕留めることにした。
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