大魔王軍の襲来③
「そんな……ライトが……手も足も出ないなんて……」
公主クリアラスはしばらく放心状態だった。
よほど信じられなかったようだ。
「これがジーク殿の力……!」
国王も驚いている。
「そういえば、国王の前で力を振るうのはこれが初めてか」
厳密に言うと、俺にとって、先ほどの戦いは「力を振るう」に入らない。
あえてこの世界のレベルに合わせておいたのだ。
「いやはや恐れ入った。流石と言わざるほかあるまい」
国王は玉座に深く腰掛け拍手する。
それに合わせて、周囲の者達も拍手を行った。
「ジーク殿、いえ、ジーク様、これまでのご無礼をお許しくださいませ」
クリアラスは俺の前で土下座を行う。
地面に額を擦りつけ、これでもかと謝ってきた。
ライトは未だに絶望に打ちひしがれていた。
ポカンと開いた口から涎を垂らし、顔は天を仰いで白目を剥いている。
「別に怒っていないし、そこまで謝る必要はないよ」
俺はクリアラスを立たせる。
目と鼻の先で彼女を見ていて、つい言ってしまった。
「あんた、思ったよりもイイ女だな」
「ふぇ!? そ、それはどういう……!」
驚くクリアラス。
「容姿さ。美人だと思うぜ」
「クリアラス殿は絶世の美女と名高いからのう」
国王が笑いながら言う。
「だろうな、これほどの美人は滅多に見ない」
「そんな……面と向かって言われると……照れます……」
顔を真っ赤に染めるクリアラス。
美人な姿に不似合いなその仕草が可愛らしかった。
日本で知識を蓄えていた頃、オタクと呼ばれる人種から教わった表現がある。
ギャップ萌えってやつだ。クリアラスはまさにそれだった。
「ところでクリアラス、1ついいかな?」
クリアラスを見ていると、俺は追加注文したいことがあった。
「は、はい」
「これは断ってくれてもかまわないし、断ったからといって魔王討伐の話にはなんの影響も及ぼさないから、素直な気持ちで決めてほしいのだが」
そう前置きしてから言う。
「魔王討伐の前に、少し俺と部屋で休んでいかないか?」
「ジーク殿、それはーッ!」
国王が玉座から立ち上がる。
周囲の人間も今日一番のざわつきをみせた。
「ジ、ジーク様、それは、つまり……」
「いやぁ、さっきの“運動”で疲れたからさ。添い寝してほしいなって」
「お、俺との戦いが……運動……格が違いすぎる……」
ライトがショックのあまり気を失った。
本当は運動にすらなっていなかったが、まぁいい。
「だから戦いの前に一休み、どうかな?」
クリアラスの腰に腕を回す。
クリアラスはその腕を解こうとはしなかった。
「は、はい、私でよければ喜んで……!」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
俺は国王に顔を向ける。
「そんなわけだから王様、今から公主様と休憩してくるよ。その後で魔王の討伐に向かうから」
「わ、分かった……!」
クリアラスの腰に腕を回したまま、謁見の間から出て行く。
周囲の人間が口々に「羨ましい……」と呟いていた。
◇
城内にあるクリアラスの部屋でしばらく休んだ。
「ふぅ。なかなか良かったぜ。じゃあ、行ってくるよ」
俺はベッドから出て、床に散乱している服を着ていく。
クリアラスはベッドの上に座っている。
薄いシーツで剥き出しの裸を隠していた。
シーツは多分に汗を含んでいて、彼女の地肌が透けている。
「は、はい! 〈ホラリオン王国〉の恒久的な平和の為にも、我が国をよろしくお願いいたします」
この時、この国の名が〈ホラリオン王国〉だと知った。
「戻ったらまた楽しませてくれよな」
「もちろんです。私の心と体はジーク様の物ですから」
「だが、俺の心と体は俺の物だ」
「嗚呼、ジーク様ぁ……!」
数時間の休憩で、クリアラスは完全に陥落した。
まるで洗脳されているかの如く、俺に心酔している。
もちろん、実際に洗脳などされていない。
それが俺と亡きルクス牧師との違いだ。
(さて、今度は本当に転移するか)
公国と王国の国境は、ここから結構な距離にある。
国王に聞いた話だと、早馬でも数日を要するそうだ。
つまり走って2~3秒の距離だが、久々に転移しようと思う。
俺はベッドに近づき、クリアラスの首根っこを右手で掴む。
そして、彼女の顔を優しくも強引に引き寄せてキスを交わす。
「んっ……!」
クリアラスは驚いた後、恍惚とした表情でキスを受け入れる。
それどころか積極的に舌を絡めてきた。
重ねた唇をゆっくりと離すと、互いの唾液が糸を引いた。
「じゃ、またな」
出発のキスをもらったところで、俺は転移の能力を発動した。
◇
「此処は……公国の領内か?」
到着したのは草原だった。
この世界の地理に疎い俺は、此処がどこかよく分からない。
王国の領内なのか、それとも公国の領内なのか。
予定では、王国と公国の国境にある関所前に着くはずだった。
久しぶりの転移に加えて、地理を把握していない為、少しズレたようだ。
「レイチェル、左からきますよ!」
「分かってる! アイリス、追加で〈エンチャント〉をお願い!」
「もうかけてあります!」
「流石! うりゃあああああ!」
すぐ近くで戦闘が繰り広げられていた。
2人組の女が、3体の魔物と戦っている。
(女達も魔物もそれなりに腕が立つな)
女達の連携は流麗で、無言で意思の疎通が出来ている。
その強さは魔王を討伐したSSS級冒険者のフリックを彷彿とさせた。
2人合わせて0.8フリックといったところか。
一方の魔物も、そこらのザコとはモノが違う。
単独の性能だけなら彼女達よりも遥かに強い。
だが、連携が取れていないので、結果として互角の勝負だ。
「ギンヌラウス、貴様、我の邪魔をするな」
「そなたこそ控えろ! 俺よりも階級の低いカスが!」
「ちょっとあんた達、なんでもいいから早く倒しなよ」
魔物達も人の言葉を話すようだ。
自分のことを「我」と呼ぶのは、二足歩行の巨大ロブスター。
ギンヌラウスと呼ばれたのは、人間の男に尻尾を生やしたような感じ。
そして最後に、空中で座っているサキュバス。
(これは……人間側が不利だな)
俺の読み通り、形勢は次第に傾いていった。
魔物の連中が足並みを揃え始めたことが響いている。
「流石は五十魔将ね、私達を前にしても余裕だなんて」
「話に聞いていた以上に強いですね……」
2人が首筋に汗を流し、苦しそうな表情を浮かべる。
(戦闘の邪魔をするのは気が引けるけど、見殺しにするのもな……)
どうしようか迷った結果、俺は助けてやることにした。
「そろそろ観念したらどうだ! 人間!」
「あんたら程のやり手なら、オンボール様のエサとして相応しいわ!」
トドメを刺すべく、魔物達がラストスパートに入る。
そこへ俺は割り込んだ。魔物と人の間に立つ。
「なんだ貴様!」
驚く魔物。
「なに貴方!?」
レイチェルと呼ばれた女も驚く。
俺は彼女らに背を向け、魔物に向かって言った。
「ライトが11体も倒せるほどだから期待していなかったが、案の定、五十魔将ってのは拍子抜けのザコ共だな」
「なぬ。人間のくせに――」
「黙って死ね」
俺は指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、3体の五十魔将を黒い炎が飲み込んだ。
魔物達は断末魔の叫びを上げることなく、その場で灰と化す。
「横から獲物を掻っ攫うようなことをして悪かったな」
後頭部を掻きながら振り返る。
すると2人の女は――。
「なに……どういうこと……!?」
「五十魔将が……あんなにもあっさり……!?」
――茫然としていた。
彼女らが正気に戻ったのは、それから少し後のことだ。
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