四
呪いが解けてから、数年が経った。
朝日の差し込む部屋で目覚めた少年は、体を起こして小さく伸びをする。その背格好も顔付きも、数年前とほとんど変わらない。わずかに背が伸びたくらいだろうか。
変化の乏しい身体は呪いの影響かもしれないと、神様は言っていた。無理やり時間を留めておくことに、人の体では耐えられないのだという。自身の身体を見下ろすたびにあの申し訳なさそうな顔が浮かぶが、少年としてはさして気にしていない。まあ、多少不都合がないわけではないが。
すべてが元通り、というわけにもいかなかった。人に認識されるようになった、とは言っても、簡単に溝が埋まるわけではないし、第一、今でも十分奇怪な存在だ。人を避ける生活は、今も変わってはいない。
それでも、今はひとりではない。
家の扉が音を立てて開く。無遠慮に入ってくるその気配から、見なくともわかる。ひょっこりと顔を出した少女は、いつもの無表情をこちらに向ける。その眼差しは、どこか日だまりのような感じがした。
朝の挨拶を交わし、少年は身支度を整える。その間に少女は朝ご飯の支度をしていて、お腹の空く匂いが鼻腔をくすぐった。つい匂いのほうへ足が伸びる。
炊事場に立つ少女の後ろ姿をなんともなしに眺める。忙しなく働く指先は綺麗で、着物の袖や裾から覗く肌は、透き通るように白い。痣や傷はどこにも見当たらなくなっていた。
少女の仕業か、神様の仕業か、はたまたそういう運命だったのかはわからないが、少女を痛めつけていた男は、ある時あっさりと亡くなった。酒ばかり飲んでいたためだろうと少女は冷静に言っていたが、少年は内心、それだけではない気がしてならない。言及しようものなら反撃を食らうか上手く躱されるだけなので出来ないでいるが。
それから少女は毎日少年の家へ通い、細々と世話を焼いている。元々そういう性分なのか、それとも長年の生活習慣によるものなのかは定かではない。
あの神様の元へも、時折訪ねているようだ。何を話しているのかは教えてくれないが、近頃とても楽しそうにしている。除け者にされているようで少し疎外感を感じるが、まあ、ふたりが仲良くなって何よりだと思う。
少女は振り返ると、じっと目を見つめ返して言う。
「ご飯できたよ」
「あ、うん、ありがとう」
向かい合って座り、朝食をとる。
最近になって、不意に両親と過ごしていた頃を思い出すことがある。幸せだった頃の記憶。いつもこんな風に、家族みんなで食事をしていた。その光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
「どうかした?」
手が止まっていることに訝しんだのか、少女がそう尋ねる。いいや、なんでも、と少年が答えると、わずかに口元を緩ませる。出会った頃と比べると、いろんな顔をするようになった。あくまで少年が気付く範囲で、だが。
少女は、ふとした瞬間、大人びた表情を見せる。憂いを帯びたような瞳や紅潮した頬に、どきりとさせられることがある。自分とは違う、順当に歳を重ねているのだと気付かされる。
こんな日がいつまで続くのだろう、そう考えることがある。いつか、少女も大人になり、誰かに嫁いだりするのだろうか。
それに、少年の身体がいつまで持つのか、自身でもわからないのだ。見た目があまり変わらないこともあり、もしかしたら人間の寿命より長く生きるのかもしれないし、もしくは短命であるかもしれない。
それでもいいと少年は思う。だって、自分は今、生きているのだから。
人目を忍びながらも畑を耕したり森へ入ったりと、生活を営んでいる。かつて父親がしていたことを思い出し記憶をなぞるように、大人になろうとしている。この体で大人と言うのもおかしな話だが、少なくとももう、子供ではないのだと思う。常人よりずっと長い年月を過ごしているからと言って、大人とも言えないけれど。
心臓の鼓動が、生きているという実感をくれる。胸の痛みが続く限り、大事なものを見失わないでいられる。
平凡で、ありふれていて、特別な一日が、また今日も始まる。
外に出て太陽の眩しさに照らされた少年は、微かに目を細めて笑った。その隣には、いつもの無表情を浮かべた少女がいる。
「ねえ、――」
先に声を紡いだのは、少年か少女か。どちらだとしても関係ない。どんなやり取りを交わしたのかも、他人には知られないままで構わない。
ただ、その言葉でふたりが幸福そうに顔を見合わせたとだけ、ここに記しておこう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
拙い文章、作品だと自分でも思います。気に入らない部分も多くあります。
それでも、誰かに見てもらいたくて投稿しました。
ほんの一欠片でも、読んだ方に何か残るものがあれば幸いです。




