第1章 ――ニワトリになりたいって本気か?
子供の頃、父はよく一つの話をしてくれた。
それは、小さなニワトリの物語だった。
そのニワトリは、強くもなく、速くもない。
弱いからと、いつもみんなに笑われていた。
それでも誰かが困っているとき、必ず最初に駆けつける存在だった。
怖くても。
傷ついていても。
誰にも信じられなくても。
僕はその話が大好きだった。
気づけば、僕はニワトリの大ファンになっていた。
そう言うと変に思われるのは分かっている。
でも、本気で憧れていたんだ。
だが、その気持ちは長くは続かなかった。
なぜなら――二十三歳のとき。
僕は死んだ。
トラックに轢かれて。
正直、もう少しマシな死に方があってもよかったと思う。
最後に覚えているのは、ブレーキ音。
そして――
暗闇だった。
⸻
目を開けると、僕は白い空間の真ん中で椅子に座っていた。
目の前には、神のような服を着た男。
長い白いローブ。
銀色の髪。
そして、やけに疲れた表情。
まるで休みなしで働き続けた人間みたいだった。
男は目の前に浮かぶ書類を確認している。
「翼颯。二十三歳。成績優秀。前科なし。事故から人を救って死亡」
彼は僕を見上げた。
「おめでとう。君は正式に死亡だ」
「……本当に死んだのか?」
「ああ」
「……そうか」
「以上だ」
「……」
「……」
僕はうつむいた。
正直、何を感じればいいのか分からなかった。
悲しいのか。
驚いているのか。
怒っているのか。
ただ一番近いのは――戸惑いだった。
男は咳払いをした。
「さて、次だ」
「次?」
「転生だ」
その言葉に、僕の目が一気に輝いた。
「おお!異世界転生ってやつか?」
「ああ」
「スキルとかあるのか?」
「ある」
「最高じゃん!」
男は深いため息をついた。
「だいたい君のタイプは分かった」
彼は空中に複数の光る画面を出した。
「次の人生は自由に選べる」
僕は勢いよく立ち上がった。
「もう決めてある!」
「ほう?」
「ドラゴン?」
「違う」
「魔王?」
「違う」
「伝説の精霊?」
「違う」
「じゃあ何だ?」
僕は深呼吸をして――
堂々と宣言した。
「ニワトリになりたい!」
沈黙。
男は僕を見つめた。
僕も見つめ返した。
「……」
「……」
「ニワトリ?」
「そう!」
「本気か?」
「大マジだ!」
「英雄にもなれるぞ」
「ニワトリの方がいい」
「王にもなれる」
「ニワトリでいい」
「賢者にも」
「ニワトリ」
「不死の竜にも」
「ニワトリ」
男は顔を覆った。
「なぜだ?」
「ニワトリって、最高だから」
「説明になってない」
「僕にはなってる」
深いため息。
「……分かった。ニワトリだ」
「やった!」
「今週一番変な願いだ」
「ありがとう!」
「褒めてない」
⸻
男は新しい書類を取り出した。
「君は人を救って死んだ。だから特別にスキルを二つ与えよう」
「二つ!?」
「二つだ」
僕は少し考えたあと、思いついた。
「フェニックスの力が欲しい!」
「フェニックス?」
「昔から憧れてたんだ。炎をまとった神聖なニワトリって感じで」
「分かった。火属性魔法だ」
体に熱が走る。
「すごい!」
「もう一つは?」
「回復能力!」
「回復?」
「友達ができたら守りたいし、自分も治したいから」
男は少しだけ驚いた顔をした。
「……意外とまともだな」
「でしょ?」
「いや、やっぱり変だ」
「そっちか」
⸻
男は書類を閉じた。
「準備はできた」
「もう?」
「ああ」
「もう転生?」
「そうだ」
僕は息を吸った。
ついに――
夢が叶う。
男が手を上げる。
光が世界を包んだ。
「じゃあな、翼颯」
「ありがとう!」
「頑張れよ」
「うん!」
そして――僕は消えた。
⸻
目を開けると、藁の匂いがした。
僕は鶏小屋の中にいた。
周りでは他の動物たちが眠っている。
体を起こそうとする。
違和感。
とても強い違和感。
ゆっくりと下を見る。
そこには――
翼があった。
小さな翼。
羽毛に覆われた翼。
……
成功した。
僕はニワトリになった。
そして――
正直、人生で一番幸せだった。




