17永遠を誓う銀の鏡
ウェストモアランド公爵家との間に「定価の二倍での独占供給」という破格の専属契約を交わしたことで、私たちの「白百合商会」は完全に不動の地位を確立した。
大貴族の「御用達」というお墨付きを得た商品は、最高級のブランド品として飛ぶように売れ、もはや誰一人として私たちの商売を邪魔できる者はいなくなった。
莫大な利益は、私たちの生活を根本から変えた。
私たちはついに、カビと下水の臭いが染み付いたスラムのアパートを完全に引き払い、王都ルンデニウムの中心部、石畳の大通りに面した三階建ての壮麗なタウンハウスへと引っ越した。
床には足が沈み込むほど分厚いペルシャ絨毯が敷かれ、夜になれば高価な鯨油ランプが部屋の隅々まで明るく照らし出す。
母メアリーは過酷な洗濯の仕事から解放され、上質なシルクのドレスを纏う優雅な女主人となった。
父アーサーは、商会の社長として立派なスーツを着こなし、洗練された威厳を身につけていた。
私が八歳の誕生日を迎える春。
商会の運営が信頼できる支配人たちによって盤石に回るようになったのを見計らい、父は「数週間の完全な休暇」を取ることを宣言した。
「さあ、メアリー、クロエ! ずっと約束していた家族旅行へ出発しよう。仕事のことは全部、ルンデニウムに置いていくんだ!」
私たちが向かったのは、冷たい海峡を渡り、大型の専用馬車で大陸を南下した先にある国――灼熱の太陽と古代遺跡が眠る南の大国「ロムリア」であった。
王都を出発してから数日後。最高級のビロードで内張りされた馬車に揺られながら、私は窓の外の青く澄み渡った空を眺めていた。
(イギリスの貴族や裕福な青年が教養を仕上げるためにイタリアなどを巡ったらいしけど、それを真似たのかしら)
かつては限られた特権階級の青年たちだけが、家庭教師を伴って行っていたこのヨーロッパを巡る旅を、元スラムの最底辺だった私たちが、専用の馬車を仕立てて行っているのだ。
前世で孤独に何億もの資産を動かしていた時ですら味わえなかった、強烈な高揚感と絶対的な充足感が私の胸を満たしていた。
ロムリアの海辺にある美しい古都に到着した私たちは、青い海が一望できる最高級ホテルのスイートルームに滞在した。
この旅行中、父と母は私を少しでも喜ばせようと、慣れない観光案内に必死だった。
かつては過酷な労働に明け暮れていた二人は、美術や歴史の教養とは無縁だったが、この日のために夜遅くまで分厚い観光ガイドブックを一生懸命に読み込んで勉強してくれていたのだ。
「おお、クロエ、見てごらん! あれが有名な古代の闘技場だぞ!」
「あなた、本には神殿だって書いてあったわよ」
母がクスクスと笑いながら訂正を入れる。
父の話す歴史の知識は少しばかりちぐはぐだったが、私にとって正確さなどどうでもよかった。
私に広い世界を見せようと、不器用ながらも一生懸命に背伸びをしてくれる二人の姿が、どんな知識よりも愛おしく、尊かった。
旅行の最終日の夜。
私たちはホテルの部屋に戻り、海に面した広いバルコニーで、潮騒を聞きながら満天の星空を眺めていた。
ふと、父が少し緊張した面持ちで、上着のポケットから美しい真紅のベルベットの小箱を取り出した。
「メアリー。……そしてクロエ。少し遅くなってしまったけれど、これは俺からの、二人に向けた誕生日と結婚記念日の贈り物だ」
父が震える手で箱を開けると、そこには、目を見張るほど美しい一つの「コンパクトミラー」が収められていた。
中世の時代から、象牙や貴金属で精緻な細工が施された手鏡は、非常に高価で莫大な富と高い身分の象徴とされてきた。
かつてスラムのショーウィンドウ越しに母がうっとりと見つめ、「いつか買ってやる」と父が約束したあの鏡とは比べ物にならない、王室御用達の職人に特別に作らせた一級品だった。重厚な純銀で作られたカバーには、私たち「白百合商会」のシンボルである百合の花が深く彫り込まれている。
そしてカバーを開くと、そこには一点の曇りもない、完璧な平滑さを持った鏡面が姿を現した。
当時の一般的な技術では、水銀と錫を用いたアマルガム鏡が主流であり、どうしても少し暗く沈んでしまうのが普通だった。
しかしこの鏡は、硝酸銀の還元反応を利用してガラスに金属銀の薄い被膜を定着させるという、1835年に発明されたばかりの最新の「銀引き」の技術で作られた特注品であり、星明かりの中でも私たちの顔を鮮明に美しく反射していた。
「あなた……。こんなに、こんなに素晴らしいものを……!」
母は両手で口を覆い、大粒の涙をポロポロとこぼした。
「俺の人生のすべては、お前とクロエを幸せにするためにあるんだ。これからもずっとな」
父はそう言って、泣き崩れる母を優しく、力強く抱きしめた。
その光景を見て、私の胸も熱くなり、たまらず二人の間に飛び込んで強く抱きついた。
「お母さん、とっても綺麗だよ。……ねえ、これ、私の名前も書いておいていい?」
「ええ、もちろんよ。クロエの魔法の知恵のおかげで手に入った、私たちの家族の宝物だもの」
私は、旅行用の裁縫箱から細い絹針を一本借りると、コンパクトミラーのカバーの裏側、百合の装飾が入り組んだ隙間の目立たない場所に、こっそりと小さな傷をつけるようにして文字を刻み込んだ。
『A・M・C』――アーサー、メアリー、クロエ。
「これで、私たちがずっと一緒だってこと、鏡の神様も忘れないね」
私が笑って鏡を母に渡すと、母はそれを胸に大事に抱きしめ、父は私の頭に愛おしそうにキスをした。
バルコニーから見下ろす南国の海は、月光を反射して銀色に輝いていた。
波の穏やかな音が、まるで私たちのこれからの人生を永遠に祝福する音楽のように聞こえる。
もう、かつての泥とススにまみれた日々に戻ることはない。
私たちは知恵と家族の絆で身分の壁を越え、圧倒的な富を手に入れたのだ。
前世の孤独な人生と、今世での極貧の底辺。二つの地獄を味わった私だからこそ、今この瞬間に手の中にある幸福が、どれほど奇跡的で、どれほど価値のあるものかが痛いほどわかっていた。
月明かりの下、固く抱き合う両親の温もりを感じながら、私は心の中で強く誓った。
この完璧で、どこまでも温かい光に満ちた世界を、私はこの先もずっと、永遠に守り抜いていくのだと。




