⑨逆襲の情報戦
翌日から、私たちの戦術は「商品の生産と販売」から「諜報とスキャンダルの収集」へと完全に移行した。
ターゲットは、私たちの全財産を没収させ、両親を絶望のどん底に突き落とした商人ギルドの幹部たちである。
「いいこと? あなたたちのこれからの仕事は、街角で靴磨きをしたり、交差点の泥を掃いたりしながら、ターゲットの大人たちの会話をひたすら『盗み聞き』することよ」
私は、ネッドをはじめとする十数人の孤児たちに、標的となるギルド幹部の顔と、彼らが頻繁に出入りする場所のリストを徹底的に叩き込んだ。
この時代の王都には、親を持たない孤児や家から逃げ出した浮浪児たちがひしめき合っており、彼らは最も貧しい地域で乞食や小間物売りをして生き延びる「ブラックガード・チルドレン」と呼ばれる最底辺の存在だった。
絶対的な階級社会において、貴族や裕福な商人にとって、泥と煤にまみれたストリートの子供など、道端の石ころと同じで視界にすら入らない。
彼らは子供たちの前で、自分たちの声が聞かれていることなど微塵も警戒せず、平気で密談を交わすのだ。
「誰に賄賂を渡しているか。どの船で密輸をしているか。どんな汚い手を使って利益を上げているか。彼らがひた隠しにしている『秘密』を、片っ端から集めてくるのよ」
私の指示を受けたネッドたちは、目を輝かせて王都の街へと散っていった。彼らは、当時の地図には記載すらされていないような入り組んだ路地や中庭を網の目のように駆け回り、ターゲットの死角へと完璧に潜り込んだ。
情報の集積地として最も成果を上げたのは、王都の金融街「エクスチェンジ・アレイ」に立ち並ぶコーヒーハウスだった。
そこは、商人や仲買人たちが集まり、最新のニュースを交換しながらビジネスを行う商業の中心地である。
子供たちはコーヒーハウスの入り口付近でマッチを売るふりをしたり、紳士たちの馬車を見張るふりをしたりしながら、酒と葉巻に酔ったギルド幹部たちが大声で交わす自慢話や、密等な取引の断片を正確に記憶して持ち帰ってきた。
「クロエ! ギルドの副組合長が、港の役人に賄賂を渡して、関税をごまかしてるって話をしてたぜ!」
「こっちは、組合長が貴族に納める最高級のワインに、安い粗悪品を混ぜて水増ししてるって話を耳にした。帳簿は娼館の裏にある隠れ家に保管してるらしい!」
夜な夜なスラムのアパートに帰ってくる孤児たちがもたらす情報の断片は、一見するとただの酒場の噂話に過ぎなかった。だが、前世で私が得意としていた、企業の不正や癒着を暴く調査報道のスキルが、ここに来て最大の武器となった。
私は薄暗いランタンの灯りの下で、何十もの断片的な情報を時系列や相関関係に沿って整理し、一本の太い線へと繋ぎ合わせていった。
「……なるほど。点と点が繋がったわ」
私はペンを置き、完成しつつある相関図を見つめて冷たく微笑んだ。
ギルドの強大さの源泉は、彼らが「上位貴族に上質な品を独占的に納入している」という信用にあった。
だが実態は、裏で警察や港の役人を賄賂で買収し、密輸した粗悪品を高級品と偽って貴族たちに高値で売りつけるという、大規模な詐欺行為を行っていたのだ。
「あとは、決定的な『物証』だけね」
私が呟くと、傍らで聞いていたネッドが一歩前に出た。
「その隠し帳簿、俺たちが盗み出してこようか? 娼館の裏口の鍵穴なら、俺の針金ですぐに開けられるぜ」
「駄目よ、ネッド。リスクが高すぎるわ」
私は即座に却下した。もし見つかれば、彼らは今度こそ命を奪われる。
「でもクロエ、証拠がなきゃ、あの連中を追い詰められないんだろ?」
「ええ。だから、お父さんにお願いするの」
私は振り返り、黙って私たちのやり取りを聞いていた父アーサーを見上げた。
「お父さん。明日、ギルドの幹部が娼館で酔いつぶれている隙に、ネッドたちに裏口の鍵を開けさせて。そこから先は、お父さんが中に入って帳簿を持ち出してきてほしいの。大人の足と腕力なら、万が一見張りがいても突破できるわ」
それは、一歩間違えれば窃盗罪で縛り首になる危険な賭けだった。
だが、父は微塵も躊躇うことなく、静かに頷いた。
「わかった。お前たちの集めた情報を、無駄にはしない。俺が必ず証拠を掴んでくる」
かつては権力に怯えるだけだった労働者の顔はそこにはない。
愛する家族と、自分を慕ってくれる孤児たちを守るためなら、自ら泥を被ることも厭わない、真のリーダーの顔だった。




