⑤ 家内制手工業の開始2
「信じられない……。クロエの魔法の粉が、こんな大金になるなんて……」
銀貨の山を前にして、両親は恐ろしいものでも見るかのように震えていた。
一方、私の頭の中では、冷徹な経営者としての計算回路が猛烈なスピードで回転していた。
(よし。これで初期資本の第一段階はクリアした。次は再投資だわ。この資金を使って、郊外の地主から質の良いフラー土を荷車単位で買い上げる。ハーブも市場の卸売から直接買い付ければ、原価率はさらに下げられる。近所の子供たちを雇って生産ラインを分業化し、一気に規模を拡大すれば、三ヶ月後には工場を借りる資金が……)
私の脳内には、この薄汚いスラムを抜け出し、資本の頂点へと駆け上がるための完璧な青写真が描かれていた。このテーブルの上の銀貨は、そのための絶対に手を付けてはならない「命の資金」だった。
だが、数日後の夕刻。
私が次のビジネス展開の計算に没頭していると、仕事を終えて帰ってきた両親の腕の中を見て、私は我が目を疑った。
「ただいま、クロエ! 見てごらん、今日はご馳走だぞ!」
父の腕には、スラムでは決して手に入らないふっくらとした真っ白な小麦のパンと、分厚く切られた新鮮な牛肉の塊が抱えられていた。
「クロエ、こっちも見て。あなたにぴったりのサイズがあったのよ」
母が弾むような声で広げてみせたのは、上質な羊毛で編まれた、鮮やかな赤い冬用の子供用コートと、真新しい革靴だった。
「え……?」
私の頭は真っ白になった。
あのテーブルの上に残してあった、商会を拡大するための大切な初期資本。それが、綺麗さっぱり消え失せていたのだ。
「お、お父さん……あの銀貨は……?」
「ああ、全部使って買ってきたんだ! 今までクロエには、カビの生えた黒パンと、薄いスープしか食べさせてやれなかったからな。これからは、毎日美味しいお肉を食べて、温かい服を着て、立派に育つんだぞ」
父は満面の笑みで私の頭を撫でた。
その瞬間、私の中で前世の「冷徹な経営者」としての魂が激しい怒りの炎を噴き上げた。
(馬鹿なの!? あなたたちは本物の馬鹿なの!?)
私は心の中で絶叫した。
(あれは初期資本よ! 利益が出たからって、それをすぐに消費に回すなんて、底辺の労働者の最悪の悪癖じゃない! お金を再投資して『資本』に変換しなければ、私たちは一生このスラムから抜け出せないのよ! なぜ未来の莫大な富を、今日の肉とコートに変えてしまうの!? 経営の基本すらなっていない!)
私は憤りで全身を震わせ、今すぐ彼らの愚かな浪費癖を怒鳴りつけ、経営のイロハを一から叩き込んでやろうと口を開きかけた。
だが、その言葉は喉の奥でピタリと止まった。
夕食の席。
母が腕によりをかけて作った温かい牛肉のシチューが、テーブルの中央に置かれた。
しかし、父と母は、その肉のほとんどすべてを私の皿によそい、自分たちは相変わらず薄い塩味のスープと、肉の切れ端だけをすすっていたのだ。
「お父さん……お母さんは、お肉食べないの?」
私が呆然として尋ねると、父はグウグウと鳴る腹の音を誤魔化すように笑った。
「父さんと母さんは、大柄だからね。それに、お肉は胃にもたれるんだ。クロエがいっぱい食べて、大きくなってくれるのが一番嬉しいんだよ」
私は、スプーンを握りしめたまま、二人の姿をまじまじと見つめた。
父の着ている上着は、何十回も継ぎ接ぎされたボロボロの布切れのままだ。底に穴の開いた靴には、泥水が入らないように新聞紙が詰め込まれている。
母が羽織っているショールはすり切れ、その手は相変わらずアカギレで赤く腫れ上がったままだ。
彼らは、大金を手にしたにもかかわらず、自分たちの酒や、自分たちの新しい服、あるいは自分たちの楽な生活のためには、「一ペニーたりとも」お金を使っていなかったのだ。
稼いだ利益のすべてを、ただ娘に温かい服を着せ、美味しいものを食べさせるためだけに、一片の躊躇もなく注ぎ込んでいた。
(……ああ。なんて……なんて愚かな人たちなの)
私の中に渦巻いていた経営者としての憤りは、急速に別の感情へと溶け出し、胸の奥をギリギリと締め付けた。
前世の私の両親は、少しでも金が手に入れば、それをギャンブルや酒に溶かし、私には見向きもしなかった。金は自分を喜ばせるための道具であり、子供は金を吸い取る邪魔な存在でしかなかった。
「親とは子供を搾取する存在である」という私の絶対的な前提は、この泥だらけの狭い部屋の中で、あまりにも無残に、そして決定的に打ち砕かれた。
(この人たちは、自分のためには何も買わない。私が稼いだお金なのに、私自身の幸せのためだけに使って、本気で満足そうに笑っている……)
私は、買ってもらったばかりの真新しい赤いコートを胸に抱きしめ、うつむいた。
視界が急にぼやけ、大きな雫がテーブルの木目にポタポタと落ちていく。
「おや、クロエ? どうしたんだい、美味しくなかったか?」
慌てて覗き込んでくる父と母に、私は首を横に振り、顔をぐしゃぐしゃにして泣き笑いの声を上げた。
「ううん……すっごく、美味しいよ。お父さん、お母さん、ありがとう……!」
私が二人の首に抱きつくと、彼らは少し驚いた後、私を力強く、温かく抱き返してくれた。
私は、前世から抱え続けてきた冷たい呪縛から完全に解放されていた。
同時に、一つの強固な決意を固めていた。
この優しくて、愛に溢れていて、しかし「資本主義の恐ろしさと戦い方」を全く知らない不器用な両親を、私が守らなければならない。
彼らが私に利益のすべてを還元してしまうのなら、私は彼らが一生遊んで暮らせるだけの、使い切れないほどの莫大な富を築き上げるまでだ。私が実質的な「経営者」としてこの商会の手綱を完全に握り、彼らを資本の頂点へと強引に引き上げてみせる。
「ねえ、お父さん、お母さん」
私は涙を拭い、彼らの目を見て、かつてないほど真剣な声で言った。
「お粉、もっともっとたくさん作ろう。私、お父さんとお母さんにも、絶対に新しいお洋服と、美味しいお肉を買ってあげたいの。だから、明日からは私がお金の使い方を決めるね。約束だよ!」
「あはは、クロエ店長は厳しいなぁ。わかった、約束しよう」
「ふふっ、頼もしいわね、私たちの妖精さん」
笑い合う両親の温もりを感じながら、私は心の中で、この世界に宣戦布告をしていた。




