① 前世のトラウマ
薄暗く、ひどくカビ臭い部屋の天井を見つめながら、私は自分の置かれた状況を冷静に分析していた。
どうやら私は、死んで別の世界に転生したらしい。
前世の私は、企業に属さないフリーの記者として名を挙げて、片手間で始めた投資と、それで得た金を元手に会社経営をして財を成していた。
私にとって、私以外の人間というものは自分に利益をもたらすか否か以上の意味がなく、善意というものは必ず裏に打算があり、人間は利己的にしか行動しないと信じきっていた。
だからこそ、そんな徹底的な合理主義と冷徹さで利益だけを追求し続けた結果、私はすべてを失った人間の強い恨みを買って殺されたらしい。
冷たいコンクリートの上で自分の血だまりを見つめながら、私はそれを当然の「損益結果」だとさえ思っていた。愛情や信頼などといった非合理的な感情を完全に切り捨てた私自身も、結局は「恨み」という他者の非合理的な感情の暴走を計算しきれず、破滅させられたのだ。それでも、私がこの二度目の人生で頼れるのは、やはり己の頭脳と数字だけだった。
転生したこの世界は、前世の知識に照らし合わせれば産業革命前夜、18世紀から19世紀のイギリスによく似た近世ヨーロッパ風の社会のようだ。
しかし、私が生まれ落ちたのは煌びやかな貴族の館などではない。
都市の最底辺のスラム街だ。
家の中には常に煤と汚れの層がべっとりと堆積しており、少し息を吸うだけで肺が痛くなる。
窓の外からは、処理されずに通りを流れる下水道の汚水の悪臭が絶えず漂ってきていた。
窓の外の通りから聞こえる、見知らぬ酔っ払いの怒声と荷馬車の音をBGMに、私はゆっくりと視線を横に向けた。
そこには、疲れ切った顔をした若い男女が、ボロ切れのような毛布に包まれた私を覗き込んでいる。
この世界での「両親」だ。
彼らはひどく痩せこけており、その日のパンを買うのにも苦労していることが一目でわかった。
この時代、極度の貧困状態にある家族は、子どもを含めた家族全員が労働力として収入に貢献しなければ到底生きていけない。
「ああ、可愛い私たちの子……」
母親らしき女が涙ぐみながら私の頬にひび割れた手で触れてくるが、私の心にはさざ波一つ立たない。
彼らのその不器用で温かい眼差しを見ても、私の心は微塵も揺らがなかった。
前世の記憶を持たないただの赤ん坊であれば、その笑顔に無邪気に応えていただろう。しかし、冷徹な資本家としての魂を持つ私は、彼らの愛情表現を全く別の角度から分析していた。
(どうせこの親も、今は私を愛しているフリをしているだけだ)
私が歩けるようになれば、皮革なめしに使うための犬の糞を街中で拾い集める仕事や、有毒ガスが充満する下水道で金目のものを漁るような、底辺の危険な仕事に私を放り込むに決まっている。
前世のろくでもない両親と同じだ。
いや、この過酷な環境である分、よりタチが悪いかもしれない。
愛情や家族の絆などというものは、明日のパンの心配をしなくて済む、余裕のある者だけが持てる娯楽なのだ。
私は、赤ん坊らしい泣き声を上げることもなく、ただ冷たいジャーナリストの目で彼らを観察し続けた。
誰にも頼らない。
誰も信じない。
それは、仮に異世界であろうと、変わらない。
私がこの不衛生で残酷な世界で野垂れ死にせずに生き抜くためには、前世で培った知識と、この分厚い氷で覆われた心だけが唯一の武器になるのだ。




