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エンドコンテンツ


 ――――気がついた時にはそこにいた。


 空を見上げて無造作に伸びた草むらに埋まるように寝転がっている。


 どうしてこんなところにいるのかはわからないが妙に心地よさを感じる。

 青々とした空、降りてくる日差しが当たり体は暖かい。風が吹くと草がそよぎ体を撫でた。

 いっそこのまま眠ってでもしてしまいたい。


「お前、なんでこんなところにいるんだ?」


 そう。こんなおかしな状況でもなければ……。


 

 目を覚まして最初に見た光景がそれだった。


 少女が一人、自分の上に跨り短剣を喉元に押し付けてきている。

 

 聞きたいのはこちらの方だ。

 全く、本当にどうしこんなことになっているのかわからない。

 ……わからないと言えば、そうだ。

 どうも自分にはこれまでの行いの全てが何もない。

 こういうのを記憶が無いとでも言うのだろうか。


「とりあえず……どいてくれはしないだろうか?」


 それほどおかしなことを言ったでもないだろうに、どういうわけか少女は驚いたような表情をして見せた。


「へぇ…言葉は話せるようだな。」


 一体なんだと思われていたのだろうか。

 まさか自分は人ではないとでもいうのか。


 一瞬戸惑い自身の体に目をやった。

 何のことはない。見るからに普通の人間だ。

 少々痩せすぎなような気がしないでもないが五体満足。体に傷一つなさそうだ。

 問題があるといえば衣服など何も身に着けていないことくらい。


「うおっ!?」


 やけに草の感触を直に感じるわけだ。

 まさか何も身に着けていないとは思わなかった。


「あ……。」


 咄嗟に起き上がり少女を突き飛ばしてしまった。

 だってしょうがないだろ。裸の男の上に少女が跨っているのだ。絵的にまずい。


 少女の姿を探すがどこにも見当たらない。

 夢か幻だったのだろうか。


 この訳の分からない状況を見てもどちらかと言えば夢であってほしいところではあるが……その可能性もなくはないか。

 少女にしては現実離れした美貌にわずかばかり奇妙さも感じていた。

 緑銀の髪に赤い瞳、対称に整った顔立ちはまるで彫刻像に生が宿ったような不気味さも孕んでいた。


「あれは……天使かそれに似た類か……。」


 考え事をしながら歩き出そうとした瞬間何かに足をからめとられた。

 前に出た足は地面に触れることなく蹴り払われ成す術もなく地面と再会する。


「天使、とは言ってくれるじゃぁねぇか。」

「……褒めてはいないぞ。天使とは人が終わりを迎えるときに現れる存在のことを指すもので――――」

「ああ、だから言っている。言ってくれるな、ってよ。」


 どうやら少女はお怒りらしい。

 今度は身動きできないほど体は拘束されている。

 その力の強さに驚きを隠せなかった。


「まっ、待ってくれ!話をしよう!」

「一度機会はくれてやった。お前の選択は俺の前から立ち去る、なら決まりだ。なにかやましいことでもあったんだろうよ。」

「そんなものはない!」

「その格好でいうかよ。」

「ぐぬっ!?」


 そこを突かれては言葉も出ない。

 だがわからないものは本当にわからない。

 

「君こそどうなんだ!?こんな全裸の男の上に跨って!それも二回も!人の上に乗るのが趣味なのか!?」


 言葉を放った刹那、背筋を冷水が昇る。

 言ってはいけないことを言ったと気づくのに少女の顔を見るまでもない。


「待て……今のは違――――」


 訂正する間もなく短剣の柄で額を殴られ意識が遠くなる。



――――――――――――――――――――――――――――――――



「――――んがっ!?」

「どうだ。頭の調子は良くなったかよ。」

「どう、だろうな。……よくなってくれているといいんだが……。」


 目が覚めると隣には少女が座っていた。

 どれほど気を失っていたのか気温が下がり少し肌寒くなっていた。


「これは……君が?」


 体にかけられた外套を手に少女に問うた。


「あまりに見苦しい恰好だったからな。余分に持ってたもんだ、返さなくていいから腰にでも巻いてろよ。」

「そうか。助かるよ。」


 言動こそ荒っぽいが少女に対する認識を改めた方がよさそうだ。

 多少粗暴なところもあるが無情ではない。案外声をかけてきたのだって心配してのことだったのかもしれない。


「どうしてここにいるか、だったか?」

「ようやく答える気になったかよ。」

「ようやく、少し落ち着いてきたところだ。……なにがなんだか、わからないことに変わりはないが……今すべきだと思うことをすることにした。」

「わからない?」

「記憶が無い、というのかな?今、ここで目覚めるまでのことを何も覚えていない。」


 信じてもらえるだなんて思ってはいなかった。

 少しの静寂が訪れ恐る恐る少女の顔を見て困惑したのは自身の方だった。


 微かに、少女がほほ笑んだように見えた。

 その表情の意味を理解するより先に少女は答えた。


「で、記憶が無いってどんなもんだ?」

「信じる、のか?」

「まぁ街中で突然お前みたいなやつに出会っても信じはしなかっただろうな。」

「……それは誰も信じないと思うよ。」

「そりゃそうか。」


 あっけらかんと笑う少女の言葉から察するに信じるに値するのが場所のせいだということになるが、この場所になんの根拠があるのか。

 不思議に思い辺りを見回してようやくそれの存在に気付く。


 天に空高く、地の果てまでどこまでも続く黒い靄の壁。

 風も吹いていないのに生きてでもいるかのようにそれはゆっくりと揺らめいていた。


「ああ、どうやら本当に何も知らねぇらしいな。黒壁を初めて見たって顔に書いていやがる。」

「黒、壁?壁、なのか…これは。」

「正確に言えば違うな。でもまぁ、噂ではこいつは大陸の端っこからでも見えるらしい。その時こいつは黒い壁に見えるってんで名付けられた名前が黒壁、見たまんまだろ?……世界はここで閉じている。言っちまえばここは世界の端っこってこった。世界が歴史を刻み始めて千年、それだけの時があって誰もこいつが何なのかわかってないんだからな。こいつの正体を掴もうと今まで多くの人間が黒壁に挑んでいった、だがただの一人だって帰ってきていやしねぇ。触れたら最後、体の全部が飲み込まれちまうらしい。」


 どうしてそんなものの前で倒れてなんかいたのか謎は深まるばかりだった。

 世界の端で記憶もなく何も身に着けずに目を覚ました。

 まるで自分がこの場所で生まれたように。

 

 記憶が無いのは仕方がない。驚きもある、困惑もしている。

 それでも記憶を取り戻すために生きていける。

 もしも、そんなものが元から無いとしたら?

 自分はどこに向かえばいい?どこで生きればいい?


「――――なんにせよ、お前を見つけられてよかったよ。」

「…………えっ?」

「お前がなんでこんなところにいるか知らねぇし、記憶が無いのも嘘か本当かなんでもいい。こいつのことはわからないでもお前のことは知っていけるだろ。一緒に来るか?どうせ行くとこもねぇんだしよ。」

「いい、のか?」


 弱気になっていたせいか酷く情けない声が出た。


「この先に村が一つある。来るならついて来いよ。まぁ、お前さえよければだけどな。」


 悪いなんてことがあるわけもない。願ってもない申し出だった。

 歩き出した少女の後をついていくように歩き出した。


「こんななにもない平原に村があるのか?」

「ここからなら少し距離があるな、東の果ての村だ。名前も何もない小さい村だけどよ、お前くらいなら置いてくれるだろうよ。」


 どこか他人事のように話す少女の様子が気がかりでつい思いつ言うた疑問を口にした。


「えと……君はその村の住人ではないのか?」

「住人、ではないな。なんて言えばいいか……協力者?世話役…仲間、とは違うな。」


 えらくあやふやな返答に少しの不安を覚える。

 自分がどうしてこんなところにいるのかはわからない。

 辺りは見渡す限り平原、あるものと言えば黒壁くらい。

 どうしてこの少女はこんなところにいたのか。


「気になるか?」


 少女の問いにぴたりと足が止まった。

 なんでもない普遍的な会話、あるはずのない緊張をその最中に感じ取った。

 振り返った少女の瞳から目が離せなくない。

 

「まぁ、目が覚めたばっかでなんもわかんねぇんだし、気になることばっかだよな。」


 男の緊張とは他所に屈託なく笑う少女に感情が迷子になる。

 勝手に一人で独り相撲している自分がどこか馬鹿らしい。

 

「記憶が無いって、どんなもんなんだ?本当に何も覚えていないのか?」

「え……あ、ああ。何もない。自分がどこから来たのか、親や兄弟はいるのか……自分の名前すら思い出せない。……何もない。」

「そっか。だったらまず名前を決めねぇとな。」

「名前?……もしかして君が決めるのか?」

「ねぇと不便だろ?なにか当てがあるって言うなら自分で決めてもいいけどよ。」

「それは……とくにはないが……」


 背格好に似つかわしくない口調のせいか少女にどうも強くは出られない。

 ……わかっている。助けてくれるという少女の手前あまり言いたくはないことだがこればかりは言わずにはいられない。


「あまり……変な名前は付けないでもらえると助かる。」

「なんだよ、疑ってんのか?任せろって、こういうのには自信があるんだ。」


 どこからその自信が出てくるのかはわからないが、自信ありげに語る少女を説得できるだけの理由を持ち合わせていない。


「参考程度に君の名前を聞いてもいいか?」

「そういえば名乗っていなかったな。俺の名前はテル。ただのテルだ。」

「テル……テルか。そうか。」


 いい名前か、と聞かれると知識不足でわからないが悪くないように思う。

 なんというか無難だ。


「なに安心したような面してやがる。」

「いや、いい名前だと心の奥底からそう思ってな。」

「納得いかねぇな。いいぜ、泣いて嬉しがるような名前を付けてやるよ。」


 名前に思い入れでもあるのだろう。不満の言葉を口にする割にはテルの表情はどこか喜んでいるようにも見えた。

 なにはともあれ少しは安心できた。

 名前に意味を見出すテルならよほどのおかしな名前は付けはしないだろう。


「よし、決めた!お前の名前はナナシだ!」

「ちょっと待ってくれ。」


 想定外の名前がテルの口から飛び出し思わず前を歩くテルの手を掴んだ。


「ナナシ……まさかそれが自分の名前か!?」

「いい名前だろ?すぐにお前のことを知ってもらえるしさ。」

 

 代案を用意できなければ覆すこともできないだろう。

 いいや、元から代案などないからこういう事態になっているんだった。

 受け入れる、しかないのか?


 振り返ったテルの顔は笑っていた。


「まさか冗談か?」

「いいや、本気だ。でもよかったよ。」

「何がだ?」

「ちゃんと忌避感ってのはあるんだなってさ。記憶がないにしても感性はある、お前の中にも残ってるものがあるんだよ。ほら、何もないわけじゃねぇ。」

「あ、ああ……そういうことか。それは……そうなんじゃないか。」


 当然のことを聞かれたとそう思った。それと同時にまた先ほどと同じような雰囲気を感じ取っていた。 

 時折、会話の合間に生まれる言いようのない緊張感、その正体がようやくわかった。


 疑うような視線、探るような視線。

 理解していたつもりだった。当然だ、お互いのことも知らない。今日、この場で偶然に出会っただけ。

 なのにテルはそんな男に手を差し伸べた。差し伸べられるはずのない救いの手が男に向けられた。

 

 心の奥底でその矛盾に居心地の悪さを感じていたのだろう。

 理解ができないままその手を取って不安になっていた。


 ――――おこがましいことだ。今の自分の立場も忘れて。

 

 向けられた眼差しに勝手に意味を持たせて緊張していたのは自分だけだ。

 自分は目が覚めてからどんな表情をしてきたのだろう。

 時折振り返る少女にどんな表情を浮かべていたのだろう。

 そんなことは今、自分に向けられた少女の瞳を見ればわかる。

 

「お前、なに泣いてんだよ。」

「え……いや、これは……。ほら、言っていただろ?泣いて嬉しがる名前を付けてやるってさ。」

「なんだよ、嬉しいならそうだと言えよな。」


 向けられた善意にようやく気付く。

 自分はずっと、この少女の存在に救われていた。

 一人ぼっちで迷っていたはずの男は奇跡のような出会いに巡り合った。

 

「ああ、本当にそうだ。自分は言葉が足りないな。テル――――自分を見つけてくれて、ありがとう。」

「なんだよ、急に。別にいいけどよ…なんか吹っ切れたみてぇだし。これからよろしくな、ナナシ。」


 どこか照れくさそうに手を差し出したテルの手を握った。

 夕日が辺りを照らし、肌寒い風が身を掠める。

 男は今日という日を生涯忘れはしない。握った手から伝わる暖かさを忘れはしない。


 男の名前はナナシ。

 名もない男の新たな人生がここから始まるのだ。





――――――――――――――――――――――――――――――――





「……結構……歩くのだな。」


 息を切らしながらナナシは弱弱しく呟いた。


「もう見えてくるころだ。ほら、あそこに木が見えるだろ?あの辺りだからもう少し頑張れ。」


 テルが指を指した先には遠目からでもわかるような大きな木が立っていた。


「とはいっても、目覚めにこれは堪える。」

「あんま時間をかけてりゃ日が暮れちまうが……この丘を登ったら少し休憩するか。」

「助かるよ。」


 草原地帯が終わったと思えば小高い丘がそこらにある。

 黒壁の周辺もそうだったがこの辺りに人の手が入ったような道はない。

 人が棲めないほどとは言わなくても適した地でないことは確かだった。

 今更テルのことを疑ってはいないが――――


「本当にこの辺りに村なんてあるのか?」

「まぁ、言いてぇことはわかるよ。でも、証拠ならそこにある。見てみろよ。」


 丘の上からテルは何かを指し示す。

 何かと思い息も絶え絶えに丘を登りきるとその光景が広がっていた。


 眼下に広がる金色の光景が、目に焼き付くように眩く揺れていた。

 どこか懐かしく、それでいて記憶にないその景色を見て息も忘れて見入っていた。

 

「いい表情だな。その顔を見りゃあいつらも喜ぶだろうよ。」


 テルの言葉で現実に戻りようやく息を吸うことができた。

 風に運ばれた麦の香りが嗅覚をくすぐる。

 

 その光景にただただ圧倒されていた。

 風になびき麦穂が揺れると連なり波を作る。

 どこかで見たようなその光景が記憶を揺さぶった。


「海、みたいだ。」

「ああ、言われてみれば…そう見えなくもないな。海、見たことがあるのか?」

「どう、だろうな。……いいや、きっとない。」


 海というものを知っている。

 押し寄せる水の波。香る潮の臭い。白い砂道。そのどれもが想像の中の代物で呼び起こされるものはなにもない。

 ――――それでもただ一つ。


「その光景に憧れを抱いていたことを思い出した。」

「そうか。じゃあいつか見に行かねぇとな、本物を。」

「いいの、だろうか。」


 記憶のない自分は海を知らない。きっと自分であった誰かも海を知らない。

 抱いた憧れが誰のものか測りかねていた。

 自分自身か、かつての自分か。

 叶えられなかった憧れを自分が叶えていいのかを疑問に思った。


「いいも悪いもないだろ。やりたいと思ったことをやればいい。せっかくここから新しい一歩を踏み出せるってのに、踏みとどまる理由なんかねぇだろ。」

「そうか。……そうだな。」


 テルはもう自分のことをナナシという一人の人間として見ている。

 自分はそうではなかった。空の器に居座った意識、それが今の自分だ。

 内から湧き上がる感動と呼び起こされる感動に差異を感じ取っていた。

 ただその光景を美しいと思う自分と得られた達成感に浸る感情。

 明確に異なる感情を自覚して、表層に現れないもう一人の自身を認識した。

 

 いつかはわからないがその日はやってくるのだろう。


「ナナシ?」

「……行こうか。大丈夫、もう落ち着いたからさ。」


 せっかくつけてもらった名前だがその名前を呼ばれるのもあとどれだけあるかわからない。

 もっとも、記憶を取り戻す前にテルとずっと一緒にいるというわけでもない。


 止まり木が決まっただけで居場所ができたわけではないのだから。

 それも早とちりか。どうもテルはこれから行く村の住人ではないらしいし、まずは村人たちに気に入られるところから始めなくてはいけない。

 自身はないがやるしかない。


「今から……ここに入るのか?」


 小麦畑を抜けしばらく歩けばそこに辿り着いた。

 遠目から見て薄々気づいてはいたが――――想定外が一つ。


「思いのほか時間がかかっちまったのは認めるけどよ、仕方ねぇだろ?歩く速さはお前に合わせたし休憩も挟んだ。」

「それは……ありがたいのだが……」


 目の前に広がる森林を前に立ちすくんだ。

 遠目では気づけなかったが木に見えていたものは想定外の化け物大樹だった。

 見上げていると首が痛くなってくる。

 それを囲うように木々が無造作に乱立している。


「何も今からでないといけないわけもないだろ?一日くらいこの辺りで休めればいいし……。」

「この辺りで野宿できるとこなんかねぇよ。この場所の夜の寒さなめんなよ?」


 テルの言う通り日が落ちた今、昼の暖かさとは全くの別物だった。

 北の山脈を超えて吹く乾いた風が肌に突き刺さる。

 上半身は何も身に着けていないから余計に寒さを感じさせた。


 この気候を考えれば森の中に村を作るという発想は理解しないでもないが――――


「行くしか……ないのか……。」


 不安は尽きることが無い。



 中に入ると意外なほどに暖かい。

 草木が壁になっているおかげで風は遮られている。

 だからと言って快適だというわけではない。


「――――っひ!?テル今あそこで何か……」

「虫かなんかだろ。」

「虫!?……そうなのか?」

「じゃなかったら獣かなんか。」

「冗談はやめてくれ…………」

「安心しろって。ここらの虫に毒持ちなんて滅多にいねぇし、襲って来る獣はまずいねぇからよ。」

「…………なにも安心できる要素がないことはわかったよ。」


 木々の葉が邪魔をして星明りも届かない。

 生き物の気配は感じるのに何者も姿を現すことはない、それが一層場の不気味さを際立たせていた。


 闇に覆いつくされた森の中をテルは迷うことなく進んむ。 

 知っている場所とはいえよくもまぁこの暗闇を躊躇わず進めるものだと感心すら覚える。

 恐れることを知らなないのか、言葉通り心配することはないのか判断に迷う。


「ああ、そうそう。お前に一つ聞いときたいことがあったんだ。」

「聞く?自分にか?」


 不思議に思いテルに聞き返した。

 聞かれて答えられることなんて数が少ない。何しろ記憶が無いのだから。

 

「そ。むしろお前だから聞こうとしているつもりだ。」


 余計に何を聞かれるのかと身構えた。

 らしくない、と言えるほどの付き合いをテルとはしていない。

 それでも今日一日テルと行動を共にした。わかることくらい少しならある。

 わざわざ前置きをして問いを投げるようなことをテルはしてこなかった。

 テルにとっても聞きにくいことなのか、未だに問を投げないテルからは慎重な様子が窺える。


 背を氷のように冷たい汗が流れた。

 今度は勘違いでも思い違いでもなんでもない。はっきりと場の緊張感を感じ取っていた。


「――――エンドコンテンツ。お前この言葉の意味わかるか?」

「えんど……?えと……」

「わからないならないでいいもんだ。……少しの期待もなかったと言えば嘘にはなるけどな。」

「なぜ……そんなことを自分に聞いたのだ?」

「お前の置かれてる状況の道しるべくらいになるとは思ったんだけどよ、まぁ今の言葉は別に忘れてもかまわねぇよ。悪かった。俺も何がなんだけわからなくてさ。

藁にもすがる思いってやつだ……ずっと、その言葉の意味を探している。ここにいるやつらとな。」


 木々の木の葉が割れ星明りが降り注ぐ。

 微かに見えた木柵を前に当初の目的地にたどり着いたことを理解する。


 ただ楽観視していい状況とはいかないようだ。


「ここにいるやつら……と言われてもな。」

「聞いてた話と違う、って面だな。そりゃそうだ、言ってねぇ。言ってりゃお前、きっとここには来なかっただろうしな。」


 襲ってくる獣はいない。そう自信をもって言えるわけだ。

 もっとおっかないものが目の前にいるのだから。


 闇に輝く二つの光が自分の目線と同じ高さに浮いている。

 威嚇するように唸り声を上げ、二足で歩くそれがゆっくりと近づいてくる。


 それが獣の皮を被った人間でないことはわかる。

 ただそれを何と言うのか、生憎知識が足らず今の自分にはわからない。


「なんで!てめぇがここにいる!?」


 姿を見るなり訳も分からずそう叫ばれるんだからたまったものではない。


 まったくもって本当に……記憶など無くすものではないと痛感した。




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