第20話
結局、その日は終電ギリギリまでジュールの家で過ごした。
周囲の目がないことでリラックスしたのか、總子は自分でも不思議なくらい色んな話が出来たし、ジュールの話をじっくり聞くことが出来た。
好きな映画、今読んでいる本の話。ジュールの学校の友達の話。
總子は会社でのこと。奈々とランチに行く店のことや、猫好きの上司の話など。
今まで二人きりでいてもほとんどお互いの背景を知らずに来たことを認識し、そしてジュールの過去だけでなく今の環境を知り、より立体的にジュールを理解できたことが總子は嬉しかった。
「じゃあ、今日はありがとう」
駅まで送ってもらい、改札前でジュールに礼を言った。
「あのさ…」
いつまでも離さない總子の手をもう一度ぎゅっと握って、ジュールが口を開く。
ん?と視線を上げた總子に、首を振って否定した。
「いや、遅くしちゃってごめん。帰り道気を付けてね。無事家に着いたら連絡して?」
「ジュールくん心配症」
「だって總子さんに何かあったらいやだよ…。そうだ、俺家まで送ろうか」
「だめだよ!今度はジュールくんが帰れなくなるよ?」
「だよなぁ。じゃあさ…、泊ってく?」
とんでもないジュールの提案に總子は驚いて、慌てて改札を通過した。
「もう!揶揄わないで!おやすみなさい!」
改札の向こうから手を振る總子に、ジュールも手を振って返した。
帰宅後、無事着いたことをジュールにメッセージしたら、すぐに既読マークがつき、直後コールが入った。
『良かった。ずっと携帯持って待ってたんだ。もっと早く着くのかと思ってたから心配した』
「うち、田舎だもん。ごめんね、寝ないで待っててくれたんだ」
『寝れないよ。声聞くまでは安心できない』
「そんなに私、危なっかしいかなぁ」
『え?ううん、そうじゃなくて…』
大事な相手だから心配する、という発想にはならないらしい。なるほど、交際経験がないという話は本物だとジュールは納得した。
『總子さん、あのさ。さっき駅で言いかけたことなんだけど…』
「うん、どうしたの?」
『俺と…付き合ってくれない?』
◇◆◇
翌日。
日曜だが昨日の晴天とは打って変わって雨空だった。
窓ガラスは朝から雨に打たれて、世界は歪んで映る。
普段なら気持ちが塞ぐところだが、ジュールの機嫌は最高に良かった。
『付き合ってくれない?』
我慢できず、總子に交際を申し込んだ。自分みたいなガキが、ついでに面倒な背景があることも伝えたばかりなのに、断られる可能性も十分認識していたが黙っていることは出来なかった。
電話口が数秒、沈黙した。実際には一瞬だったのかもしれないが、ジュールは長く感じて仕方がなかった。
『…私、年上だよ?』
返ってきた言葉は、ジュールの懸念の裏返しだった。気にしているのは年齢だけなのか。
『関係ない。俺、總子さんが好きだ』
普段は本音が言えないジュールなのに、總子が相手なら何でも言える。こんな恥ずかしい言葉であっても。
だから、總子が合意してくれた時の喜びも、今まで味わったことがない類のものだった。
今もあの嬉しさが続いている。
總子はもう起きただろうか。まだ5時だ、昨日は長時間連れまわしたから、疲れてまだ寝ているかもしれない。
メッセージを送ったら迷惑だろうか。でも出来れば声が聞きたい。いや、会いたい。
いつ頃連絡しようかと、時計を見ながら予定を立てる。その程度のことが嬉しくて嬉しくて、いてもたってもいられなかった。




