第108話 想い想われ、そして想う
この世界を創生した神聖という名の全知全能を持った生命個体は、この世界の全てが幸福に包まれることを心の底から「想い」願っていた。
そして、その想い通りに幸せだけの幸福な世界「天国」が出来上がった。そこでは全ての「意思」が幸せだけを感じて永遠を生きる世界であった。
しかし、ある時幸せな幸福だけを感じることしかなかったはずの天国で、その意思を壊そうと「罪」を犯す邪悪な意思が現れた。
その邪悪な想いを持った「何か」は瞬く間に広がり、天国を蝕んでいったのだ。やがて天国はその邪悪な意思により真っ二つに引き裂かれることになった。
天国と半分に分かれ、邪悪な意思だけのその世界の名は「地獄」。
どうしてこのようなことになってしまったのかと悲しむ神聖であったが、自分自身にも「幸せを願う想い」とは違い、「それに反した想い」が心の奥底にあることに気が付いてしまった。
この想いは無くなることも消すことも出来ず、自身が幸せを願えば願う程、それに反するように邪悪な想いがどんどん成長していったのである。
そうして神聖という個体には想いが全く違う2つの意思が存在し、世界の均衡を保つことになる。時には幸せを願う優しい意思と、時には全ての不幸を願う邪悪な意思となって。
しかし、「邪悪な想い」は「優しい想い」を邪魔に思い、完全に消滅させてしまおうという考えになった。そして、長い年月をかけてそれを実行出来る程に力を付けてしまったのである。
「優しい想い」はそれに抗うことが出来ない状態にまで陥っていた時、「その邪悪な想い」に対抗する為、天国の守り神として5人の女神を生み出した。それが神邪アクシス、神成ウラシス、神光ツキシス、神機マネシス、神森モラシスの5人であった。
そして、神聖の中の「優しい想い」は、次第に「邪悪な想い」の中に侵食されてしまい完全に消滅してしまった。邪魔者がいなくなった「邪悪な想いを持ちし者」は、自身の子分となる悪魔族を作り出して尚も力を付けて行ったのだ。
優しい意思は完全な無となっていたが、マネシスが4人の身代わりとなって地球と人間を作り出した「その優しい想い」により少し力を取り戻していた。
その「優しい想いを持ちし者」は、地球の人間の中に宿った。それは表に出ることは無く、ひっそりと人間の短い寿命の中で受け継がれていくことになる。
そして、モリシス、ウラシス、ツキシスが殺されてしまったあの事件後、長年の経過により、それなりに力が戻っていた「優しい想いを持ちし者」により、この3人の意思も地球の人間の中に引き込むことが出来たのだ。
しかし、マネシスだけはアクシスの異空間の中だったのでどうすることも出来なかったが、「アクシスを守りたい」という「優しい想い」により、自分が作り出した人間の中に意思を宿すことに成功していた。
人間は本来、その宿っている神の声を聞く事は出来ない。人間の中にも様々な感情や想いが入り乱れており、神の存在を認識できることなど到底無理であった。
そうして何世代もの人間に宿っていた「優しい想いを持ちし者」はある少女との出会いにより、その存在を認識されることになる。それが幼少期時代の桜夜の母、「シズク」であった。
シズクは幼少期より天才的な頭脳の持ち主で、先祖代々続いていたスパイ家系の中で機械的な技術面を大幅に進歩させてしまう程の実力の持ち主だった。その為、すぐにアクシスにも目を付けられた。
そして、彼女の心はとても「優しい想い」の持ち主でもあり、唯一「優しい想いを持ちし者」の声を聞くことが出来る人間だった。
その優しい想いの中で急成長を続けた「優しい想いを持ちし者」は、名を「神聖」と名乗り、神邪アクシスの力になってほしいとシズクにお願いすることになる。
それから、シズクの親友でもあり心も体も許していた唯一無二の存在である乙羽の母、「ハズキ」。彼女にもまた神聖が生み出した神々の1人である神森モラシスを宿し、そのモラシスの声を聞くことが出来る存在だった。
彼女らは、自然と寄り添い何時如何なる時も一緒にいた。
そして神聖とモラシスの言葉を通して、この真相全てを知ることになる。
やがて2人は後に出会うそれぞれのパートナーと結婚し、桜夜と乙羽が生まれた。
彼女らは、自分たちの子供にまで神々の意思が宿っているとは思いもよらなかった。ウラシスとツキシスの意思を地球へ取り込んだのは神聖であったが、どの人間に宿り、どのような世代を受け継がれていたのかまでは神聖でも分からなかったのだ。
シズクとハズキも裏では繋がっていたのだが、表面上では赤の他人のフリを行い家も遠くの場所に住んでいた。
それなのに、桜夜と乙羽は運命的な出会いを果たしてしまう。
それは乙羽の避けようのない死という運命を、桜夜の「守りたいという想い」が引き起こした神成ウラシスの力の開放という奇跡だった。それにより乙羽の死という運命は救われ、代わりにその代償を負ってしまった桜夜を今度は自分が「守りたいという強い想い」を乙羽が持ったことで、2人の物語は始まった。
そして、2人がアクシスの異空間内へ引き込まれたことで、運命的に桜夜の身体は救われ、神機マネシスが宿っていたマヌケ(地球名:舞華)に運命的に出会って、そこに住む人間を助け出して地球へ帰還し、AIマネシスによる桜夜の死という運命を変える為に神光ツキシスの力が開放された。
このように、運命的な出会いや出来事も、想い想われそしてまた想い続けた結果が、偶然を重ね合わせて現在に至っている。
桜夜と乙羽がアクシスの異空間に入った後、2人を「助けたいという強い想い」により少しずつ神の力を使うことが出来るようになっていたシズクとハズキは、それを鍛え続けた。
そして、今現在ハズキは神森モラシスの力で大地の木々や植物を自在に操り、モラシス特有の癒しの力を得ていた。同様にシズクは神聖の力を持ち入り、邪悪なものを拘束する聖なる鎖の力を得ていたのだ。
神聖が語り終わった後、しばらく皆は無言だった。唐突に沈黙を破ったのは乙羽のお母さんである、ハズキさんだった。
「桜夜ちゃん……あの……本当はもっと早く言いたかったのだけど……その……」
ハズキさんは何やらモジモジしながら、何かを言いたそうにしている。
私はその表情から、おそらく乙羽を救った事へのお礼とお詫びを言いたいのだけれど、言葉が出てこないのだろうと思った。それは、乙羽を救ったことで代わりに受けた代償のことを気遣ってのことだろう。
――私にとってはもう今更感あるし、正直全く気にしていないのに。それにあの出来事があったからこそ私は乙羽と出会うことが出来たんだもん。私にとってはとても大切な思い出なんだよ。
《ふふふ、そう言ってあげればいいじゃないの。喜ぶわよ?》
――スマコ! 無事でよかった。私が声を出して喋るとさ……私の想いとは違った感じで捉えられることが多いから嫌なんだよ……。
《それ分かるわぁ~。ホント私達は似ているわね。でも大丈夫よ、今の想いのこもった桜夜ちゃんの言葉はちゃんと乙羽ちゃんのお母さんに届けたからね》
私がハズキさんに目をやると、ポタポタと涙を流しながら抱きしめられた。どうやらいつの間にかスマコが思念伝達を乙羽のお母さんと繋げていたらしい。
「サクちゃん、ハズキはね、ずっと裏であなたのことを助けようと必死だったのよ。自分の娘の命を守ったあなたに、その代償を負わせてしまったことへの罪悪感で圧し潰されそうになりながらね。」
そう言うお母さんも何だか嬉しそうだった。
これもまた、想い想われ、そして想うだ。