第16話
「ソラくん、お兄ちゃんがっ! お兄ちゃんが、攫われたかもしれないって……どういうことなの⁉︎」
一階のマイアを起こして事情を説明すると、彼女は松葉杖もつかずにソラに駆け寄ろうとした。
当然ながら体勢を崩して転んだところを、ソラが咄嗟に抱きとめる。そばにいたエリルも必死に呼びかけた。
「落ち着いて、マイアさん! 今からソラが、キミの作った蝋燭の魔力を辿ってお兄さんを探すから!」
「えっ……私の……蝋燭?」
「キミの作る『特別製』の蝋燭は、魔法具と呼ばれる特殊なものなんだ。ソラが言うには、アイランさんはそれを持っていたから狙われた可能性が高いって−−」
「エリル‼︎」
慌ててカイトがエリルの口を押さえたが、マイアには聞こえてしまっている。そこまで抜け抜けと話してしまうのは軽率であった。
「……私が渡した御守りのせいで……お兄ちゃんが……」
ソラの腕の中で、その小さな体が震えている。ソラはマイアを強く抱きしめつつ、自らはそっと目を閉じた。
集中し、己の魔力感知能力を研ぎ澄ます。イメージするのは、あの蝋燭に込められていた魔力の波長。遠視じみた能力で、その魔力が今どこにあるのかを探った。
やがて。
(……見つけた!)
プタリナの都市でもより内陸に近い位置に広がる、工場の経営者など裕福な者が暮らす地域。その住居地に建つ屋敷の一つの中に、かの魔法具が運び込まれたのが“視えた”。
そのことを首に下げた黒板に書いてエリルたちに見せる。エリルは真剣な顔つきで頷いた。
「そこに行こう。カイトさんは、ぼくたちが出かけている間マイアさんを守って。……マイアさんはヒューマンが苦手だけど、今はそんなこと言っちゃいられない」
どうかアイランさんが、かの蝋燭と共に、あの建物の中にいますように。
そう心の中で祈って、ソラとエリルの二人はアパートの外に飛び出した。
二人が屋敷へと乗り込んだのは、それから一刻も経っていない頃である。
「てっ、敵襲だああああ‼︎」
悲鳴に近い号令と共に屋敷の奥から現れたのは、カイトに雇われているエリルと同じく、この屋敷の主人に雇われたとおぼしき傭兵たち−−ではなく、どこかの国の鎧を身に付けた兵士たちであった。
このことから分かるのは、今、この屋敷では何らかの政治的なやり取りが行われているということ。
予想以上にややこしいことになりそうだ……とソラは内心で思ったが、かといって襲撃を止める気はさらさらない。
それはエリルも同様らしく、躊躇いもなく腰の剣を抜き放った。
まず、ソラが兵士たちの元に向かって走り出す。両の掌を兵士たちに向ければ、次の瞬間、床から噴き出した“水の柱”が兵士たちの体を包み込んだ。兵士たちは突然『空中で溺れた』という異常事態に対応できる筈もなく、水を呑んで悶え苦しみ、武器を持つどころではなくなってしまう。
そこに、ソラの後方からエリルが飛び出してきた。一瞬で距離を詰め、抵抗できない兵士たちを容赦なく斬り捨てる。屋敷の床や白い壁は、たちまち、赤く染まった水でびしょ濡れになった。
旅の道中での戦闘と違って相手は知性を持つ人間であり、おまけに、今回の戦闘はソラたちにとって攻城戦である。モンスターのとき以上に手加減などしていられないし、二人で連携して戦う必要があった。
こうして、少年と少女は屋敷の奥に突き進んだのである。
主人公とヒロインが敵に対して容赦ありません。少しだけ残虐な表現があります。