第15話
ソラたちが眠りについてから一刻余りが経過した頃。
(やった。今日は残業確定の日だったのに、日付けが変わる前に帰ることが出来たぞ)
珍しいことでもないとはいえこの時刻になって漸く縫製工場での作業がひと段落つき、アイランは、より近道となる裏道を通ってアパートに向かっていた。
今晩は月もなく、大通りから離れた裏小路には暗闇が燻っていた。しかし、彼は何の警戒もなく足を進める。
ところが。
「おい、お前」
唐突に。それこそ、光の届かぬ闇の内側から滲み出てきたかのように。
突如として現れたヒューマンの男達が、小柄なアイランを取り囲んだ。
そして。
驚いて見上げれば、彼らは……纏った黒いマントの下に、アイランにも“見覚えがある”甲冑を身に付けていた。
「……ひっ……⁉︎」
−−どうして。
−−どうして、今更、こいつらが。
「ど、どうして、アンタたちが此処に……⁉︎」
「質問に答えるのはお前の方だ。お前が、この近くのアパートに住んでいるというドワーフか?」
「あ……ああ……」
湧き上がる恐怖に喉がしゃっくり上げ、悲鳴をあげることさえ叶わない。震えながら後ずさったところを、背後にいた一人に押さえつけられてしまった。全身が竦み上がって暴れることも出来なかったし、出来たとしても、自分より遥かに大柄なヒューマンが相手となれば無意味な抵抗であったろう。
−−どうしよう、どうしよう。
甦る“過去”の記憶、その悪夢が、今のアイランの全てを支配していた。
−−だれか、たすけ
「取り押さえろ。持っている荷物の中に、“例のもの”があるか確かめるんだ」
肩から提げていた皮の鞄を奪われ、乱雑な仕草で上下逆さまに振られる。重力に従って鞄の中身が地面にぶちまけられる中、相手が注目したのは、その荷物の内の一つであった。
「あっ……それは!」
夜目にも色鮮やかな、美しく仕上げられた花の絵が視線を惹きつける。
妹のマイアが御守りにと持たせてくれた、『特別製』の絵ろうそくだ。
それを拾い上げて……リーダー格とおぼしき男が、口角を吊り上げた。
「決まりだな」
次の瞬間。相手の大きな拳が、アイランの薄い腹に打ち込まれた。
いったい何が起きているのか。なぜ自分がこのような目に遭うのか。
何も分からぬまま、衝撃に内蔵がせり上がるような感覚を覚えたのを最後に、アイランの意識はあっさり潰えた。
それから数刻後、しかし、未だ真夜中と言える時間帯に。
ソラとエリルは、ドタバタと騒がしい足音で目を覚ました。
「−−おい、ソラ! エリルちゃん!」
「……カイトさん? 呑んで夜帰ってきたの上に寝ているぼくたちを起こすだなんていいご身分だね」
「今はそんなことどうでもいい! アパートのすぐ近くで、こいつを拾ったんだ‼︎」
エリルの嫌味にも気にかけず、カイトは、手に抱えていたものをソラたちに見せた。
「これは……アイランさんの鞄じゃないか!」
「やっぱそうだよな? でもどうして、本人が帰って来ないのに荷物だけ落ちてたんだよ⁉︎」
後頭部を殴られたかのような衝撃がソラに走った。ソラは、カイトからひったくるようにしてアイランの鞄を手に取った。
地面に散らばっていたのをカイトがかき集めたのだという中身を調べて、気が付く。
−−あの、絵ろうそくだけがなくなっている。
(……まさか)
ソラは、顔を青ざめさせて窓の外を見やった。




