第14話
「……それでカイトさんが言うには、これは世界全体の問題だって」
『そっか。あのカイトさんが、そんなことを』
アパートの二階の一室にて、ソラとエリルが共に過ごせる時間が訪れたのは、日が沈んで夜になってからのことである。
因みにカイトは居ない。少し前に、「この都市にも酒場があったんで一杯ひっかけてくるわ〜」などとぬかして、再びアパートの外に繰り出して行ったのだ。……あの男には、僧侶の嗜みというものが存在しないのであろうか。
「ぼくが昼間に体験したことは、まあ、これくらいかな。次はソラの番だよ」
『俺は特に何もしてなかったよ』
「……嘘だ。キミは今日一日、マイアさんと一緒だったらしいじゃないか」
「…………?」
確かにそうであったが、そこに何の問題があるのだろうか。ソラが首を傾げると、エリルは不機嫌そうに眉を顰めて言った。
「あ、あのねえ。いくら頼まれたからとはいえ、若い男女が一室で二人きりだったなんて、その……ぼ、ぼくとしても、気が気でないというか、何というか……ああもう、とにかく気になるんだよっ」
「…………⁉︎」
途中まではボソボソと喋っていたのに最後は八つ当たりのように叫んで、エリルはそっぽを向いてしまう。黒髪の間から覗く耳が微かに赤くなっていた。
その様子を見て、あっ可愛い、とソラは心の中で思ってしまう。勿論それを口に出すことは出来ぬし、そもそも、なぜ彼女がこんな反応をするのかの理由さえ分からなかったのだが。
と、ここで。
そういえば、と、ソラは懐を探り、あるものを取り出してエリルに見せた。
「? これは……絵ろうそく?」
それは、マイアが今日の礼だと言ってソラに譲ってくれた一本であった。全体を赤く塗られた上に、美しい貝殻と魚の絵が施されている。
尚、彼女が以前に作った『特別製』であった。
「マイアさんが内職で作ってるものだよね? ……でも……これ、普通の蝋燭じゃない気もする。何か不思議な力を感じるよ?」
魔導師でないエリルも尋常ならざる力を感じ取ったのか、興味深そうに蝋燭を見つめている。ソラは頷いて、
『これは、魔法具の一種だよ。作ったマイアさん本人にその自覚はないみたいだけど』
「まほうぐ?」
『そう。これ自体に、俺たち魔法使いが使うような魔力と魔術が込められているんだ』
魔法具とは、その名が示すように、一言で述べて『魔法がかけられた道具』である。
一つないし複数の魔術を内蔵し、使用条件さえ満たしていれば、魔術師でなくともそれを使って魔法を行使できる。
光の下級魔術を宿し、照明用に使われる魔光灯など、比較的安い値で手に入る魔法具もあるにはある。だが、作用が強いものとなると、上級魔術を宿した魔法具を作ることが出来る素質を持つ〈魔工職人〉の数が少ないこともあって、その価値は総じて高い。
『んでもって、この魔法具からは凄まじい魔力を感じる。相当強力なものだと思うよ』
「つまり……マイアさんは実は魔工職人で、この蝋燭はとんでもなく高価ってこと?」
『そう。多分、一本で大判の金貨10枚分の価値はあるんじゃないかな』
「すごいじゃないか! それほどの大金があれば、アイランさんたちは今すぐに貧しい生活から抜け出せる‼︎」
『そう! 俺も明日アイランさんが帰って来て、二人が揃った時にそのことを報告するつもりだよ』
「こんなことってあるんだねぇ、話を聞いたら二人とも絶対に喜ぶよ! アイランさんも早く帰って来ないかな」
そう語ったエリルの声は弾んでいた。それだけの価値があるのなら、今ある分を然るべき市場に流すだけで大金が手に入る。その大金があれば、アイランたち兄妹はこの都市を出て、夢である海外の国に行くことが出来るのだ。
予想外に早く手に入ることになった彼等の幸福を、エリルは自分のことのように喜び、無邪気な笑みを浮かべた。
『アイランさんは徹夜で作業があるって言ってたね。マイアさんもとっくに寝てるし、俺たちも今日は休もう』
「うん!」
ソラも一緒になって笑い、それから、二人は狭い部屋に布団を敷く。カイトの分のスペースを空けておいて、カイトより先に並んで横になった。
昨夜もそうであったが、野宿の頃よりも近くなった距離にソラは少しだけ緊張していた。だが、灯りを消せばたちまち眠気が勝ってくる。
どちらからともなく、寝息を立てていた。
今回は本文中に金貨の話が出てきましたが、通貨に関する設定はあまり深く考えてはおりません。
とりあえず、
銅貨(サイズ小)→日本円で約1円
銅貨(大)→10円
銀貨(小)→100円
銀貨(大)→1000円
金貨(小)→10000円
金貨(大)→100000円
くらいの感覚で書いております。