59春
春、私は退官し、即日に王太子妃として入宮する内示がでた。
王妃様と女官長、その他、各部の部長が召集され、話し合いの結果、王太子妃宮でも、後宮雑務の処理の多くを分担することに決まった。王太子妃宮の整備が急ピッチで行われ、引越準備も行われた。閑散としていた部屋に、机や棚が配置されていった。
桜が咲く頃に、私は殿下からいただいた美しい花嫁衣装に身を包み、自分の部屋に迎えに来てくれた殿下と一緒に両陛下の元へ行き、宮中の社で結婚式を行った。終わると王太子妃宮へと案内され、夜に王太子が部屋に来るまで、それぞれ休憩時間となる。
「疲れた~!」
「猫、妃殿下、猫が逃げています。」
「部屋では許してよ~。」
今日から、傍系王族ではなく、直系王族となり、部屋の外に内官が2人いる。カン女官が出してくれるまでは部屋の中に女官がもう2人いた。ここはもう家なのだ。
着替えさせてもらい、化粧がすごいので、お風呂も使わせてもらう。髪を乾かしてもらいながら、本を読んでいると兄上がやってきた。
「風呂上がりか。」
「兄上、今日は参列、ありがとうございました。」
「お祖母様がお疲れな様子だったから、母上は今日は帰るって。」
「立ちっぱなしでしたものね。」
「見れて喜んでいたよ。」
「兄上は、もう仕事始まっているんですか?」
「始まってる。今日は、特別に休暇もらった。」
「いや、殿下は今日も仕事してるの?」
「おそらく。」
兄上は、この春から、殿下の側用人として、大抜擢された。
「殿下の相談役兼雑用係だな」とは兄の弁だが。
「しかし、お前たち、本気で結婚してしまったな。」
「え?」
「だって、お前だぞ。」
「まあね。」
「ソンイ、俺の悪口言ってるな?」
「……殿下!」
髪は殆ど乾いてきたが、突然の早すぎる殿下の登場に、私も兄上もカン女官も驚いてしまった。慌てて礼をとる。
「よい、髪を早く乾かそう。僕がやろう。」
「!?」
カン女官は慌てて脇に控え、殿下が私の髪を撫でながら乾かしていく。
「じゃ、僕はそろそろ。」
「もう少し話し相手になれ。」
殿下が丁寧に櫛で髪を梳いてくれる。
「ソンイのところに、ウンジュが泊まりに来たときがあっただろう?」
「あぁ、夏にな。」
「あのときもウンジュの髪を触ったっけ。柔らかくて気持ちいいと思ったんだ。」
「人の妹に、勘弁しとけ。」
「いやぁ、俺だって、いつもはそんなことはしないんだけどね。なんとなく。」
髪が乾くと、カン女官が後ろに一つにまとめて結い上げた。水分をすわせていた打掛をはずされて、用意してあった打掛をかけて襟や袖を整えると部屋を出ていった。
「僕も、今日はこれで失礼するよ。じゃ、ウンジュ、またね。」
「はい、兄上、お気をつけて。」
兄上が部屋を出ていった。部屋に殿下と私の2人きりとなった。
「ウンジュ、僕の事、嫌いではないよね?」
「はい。」
「妻って事で、納得してる?」
「はい。」
殿下は、急に屈み込んできて、唇に唇を重ねた。
「嫌だった?」
「……いえ、び、びっくり、しました。」
「そうか。」
掛けられていた打掛のまま、引き寄せられて、抱きしめられた。そっと、優しく温かな殿下の腕の中で、疲れていたので、うとうとしているうちに眠ってしまった。
気がつくと、布団に入っていて、隣に殿下が眠っていた。起きあがっても、殿下は眠っている。
「……お水。」
ふと口から言葉がもれると、声がした。
「こちらに、ご用意いたします。」
「!!!」
部屋に人がいるとは思っていなかったのに、ビビった。壁際に控えていた内官が、碗に水を入れて近くまで持ってきてくれた。ごそごそ動いて水をのんでいると、殿下を起こしてしまったようだった。
「どうした?」
「水飲んでるの。」
「ん、俺ももらおうかな。」
私の碗をとると、殿下が残りをあおった。内官に碗を返すと、殿下が私を捕まえた。
「夕べは、ウンジュ、さっさと寝ちゃったからなぁ。」
「あ、そういえば。よく寝られました。」
内官が部屋にいるのに、殿下は唇を落としてくる。内心で悲鳴を上げているのに、強く抱きしめられてしまう。こう言うものなのだと納得せざるを得なかった。人目のある中で、こういう恥ずかしいことする身分なのかぁ、と。結局、殿下はもう一度私をしっかりと抱きしめて、二度寝を始めた。私もなんだか安心してしまって、二度寝に突入。
次に目が覚めたときには、2人とも起こされて、女官たちが入ってきて、朝の準備をさせられることになった。
朝、支度をすると、王妃宮に朝のご挨拶に伺う。今日は殿下もいるので、一緒に向かう。
「ウンジュ、おはよう!」
王妃宮の入口でミヨン王女殿下に会った。
「ミヨン王女殿下、おはようございます。」
「お兄さまと一緒なのね。母上、ウンジュたちが来たわ。」
「お通ししなさい。」
王妃様にご挨拶をした。
「お前、泊まったの?」
「ご安心下さい。母上のお許しがあるまでは自重しますゆえ。」
「……信じますからね?」
「息子を信じて下さい。」
「?」
「ウンジュ、ユンに意地悪をされたら、すぐに言いなさいね。」
「はい、ありがとうございます。」
王太子妃になっても、相変わらず、女官たちが順番に来ては話をしていく。日替わりで、実際に部署を尋ねて、様子を見させてもらい、定期的に帳簿類が提出されるので確認する。王妃様の開催される女官たちの会議に一緒に参加する。宮中祭祀も、殿下と一緒だったり、単独だったりでお祈りに行かされる。なかなかに忙しく日々が過ぎていく。
「王太子妃殿下、伝令です。」
「通しなさい。」
「伝令です。先ほど、先の王妃様がみまかられました。」
「……そう。着替えたら、王妃様の所へ参りましょう。」
喪服は染めてない漂白された綿で仕立てられた衣装だ。髪留めも木製のものに取り替える。
一通りの葬礼を済ませると、王様は1人の老女を後宮に迎え入れた。
「余の母上だ。」
矍鑠とした元気そうな老婆で、お祖母様によく似ていた。大王妃としての身分は与えられないが、先王の側室として身分を回復され、さらに従1位に取り立てられた。王妃、王太子妃に次ぐ、位階となる。ヘリ様が後宮でお過ごしになるにあたって、お祖母様が話し相手として、頻繁にやってくるようになった。
白い喪服で池まで散歩に行く。カン女官がすぐ側に従う。彼女はかなり偉い人になっているが、相変わらず私の世話を焼いてくれている。以前とは違って、カン女官以外にも数名の女官に、数名の内官がついてくるので、ちょっと池を見に来るだけでも大所帯である。気を使っていると何もできないので、これも彼らの仕事だと割り切って、ちょくちょく外を出歩く。
池の畔に、一輪草が群生しているのに気がついた。しゃがみ込んで、つんつんとつつく。
たったの一年だけれど、遠くまで来たものです。




