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第40話:霊能捜査――その七

『――ジロちゃん、ジロちゃん起きて』


「ん、ああ、お妙か」

『由沙お姉ちゃん、消えちゃった』

「どこで消えた!」

『えっとね、えっとね、大きな建物のなか。おくのほうのお部屋にはいったと。でも、妙ははいれんかった』


 間に合わなかったか? 二郎は慌てて車窓に映る景色を確認してみたが、暗くてよく分からない。しかし、すでに熱海市内に入っていることをカーナビの画面が告げていた。急げばなんとかなる。けれども気が気じゃないことは確かだった。


 お妙が入れないということは間違いなく霊的結界が張ってあるということだ。それはすなわち、お妙が入れないほどの結界を張れる存在がそこに居るということである。


 それははたしてどんな存在か? そんなことを考えているうちに、二郎は気が張って車内がピリピリとした空気になっていることに気づいた。彼は己の体から漏れている霊力を意識的に鎮め、そしてお妙の頭を撫でながら優しい声で頼んだ。


「分かった。お妙、案内できるか? 怖がらせてごめんな」

『うん』


 お妙は二郎に、守られるように抱きかかえられている。


『あっちよ』


 お妙が示した方向をカーナビで確かめ、二郎が波留に告げる。


「三つ目の信号を右だ。しばらくはそのまま道なりに進んでくれ」

「分かりました。それだと、山間に入り込みますね」

「ああ、悪霊が好みそうな場所だ」


 由沙が操られている今の状況を考えれば、そんなことができるのは悪霊だけだった。知性を持たない妖魔にも、捕食のために人間を操って誘い込むことはあるが、状況的にそれはあり得ない。


 おそらく犯人は、テレビ局を根城にしている悪霊だ。喜多川みゆを殺害したADも、その悪霊に操られていたと考えればつじつまが合う。


「なるほど。二郎さん、いちおう報告しておきます。二郎さんが寝ているあいだに、警察に連絡を入れておきました。マズかったでしょうか」


 二郎は由沙のことが心配で、そこまで頭が回っていなかった。悪霊が取り憑いた犯人が彼女を襲う可能性を考えると、たしかに警察の権力が必要になる。タイミングが合えば現行犯で逮捕できるかもしれない。


「いや、良い判断だ。助かる」

「よかった、距離的に考えて、到着時間はそれほど変わらないはずです」


 現行犯の扱いがどうなるのかは知らないが、警察が後から到着して状況を説明するよりも、はるかに事がスムーズに進むだろう。


 けれども、二郎に警察を待つという選択肢はない。由沙の身の安全を考えると、一刻も早く助けだす必要があるからだ。車の速度がやけに遅く感じられる。今すぐ飛び出して助けに走りだしたい衝動が彼を襲うが、それはただの焦りだ。霊力を鎮めたとしても焦りは消えていないし、人の足より車の方が早いに決まっている。自分にそう言い聞かせ、二郎は視線のはるか先を睨みつける。


 プクっと頬を膨らませ、唇をアヒルみたいに突き出して彼をなじる由佐の不細工な顔が、不意に脳裏によぎった。鼻の穴を膨らませて目をぎらつかせ、仕事が取れたと興奮するアイツの姿を一秒でも早く拝みたい。そんな思いがふつふつと湧き上がってきた。


 思えば自分も変わったものだと自嘲した二郎は、焦ってもことを仕損じるだけだと自戒することができた。それもこれも彼女のおかげだということが彼には分かっている。


 彼女の存在が自分のなかでどれほど大きいものになっているのか、ようやく理解した二郎であった。そんな自分がおかしく思えて、ついついそれが態度に出てしまう。


「ふっ」


 すでに二郎の心から焦りは霧散していた。やるべきことを冷静に、そして確実にただひたすら完遂する。それが一番由佐が助かる可能性が上がるのだ。


「どうしたんですか?」


 それにしてもと、二郎は思った。この波留という男、前々からできる男だとは思っていたが、会話を誘導して考え方を整理させたり、後々のことまで考えて警察に連絡を入れてくれたりと、改めて思い知った。頼りになる。


 こんな人物が入所してくれて有難いと、このとき二郎は心から思った。由佐に出会ってから自分は人との巡りあわせにツイている。彼にはそう思えてならなかった。気持ち悪いヤツも居ることは居るが、それはまぁアクセントにもなって悪いことではない。いまならそう思えてしまう彼だった。


「いや、何でもない」


『あそこだよ』

「あの建物の横に止めてくれ」


 お妙が指さした坂の先には、森に埋もれかけている建築物があった。四階建ての、かなり客室が多いホテル廃墟だ。周囲がフェンスで覆われることもなく放置されていて、まるで無骨なコンクリートの要塞のようだった。そんな建屋がもう一棟、斜面に沿って奥側に、まるで隠され散るかのように木々に埋まっている。


 二郎には分かる。あそこに由佐がいる。研ぎ澄まされた霊的感覚がそう教えてくれる。そう思って彼は暗闇の中に埋もれた建屋に鋭い視線を送るのだった。

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