第13話 至る過程と幸せの輪
ライトの私邸にある最も広い部屋は、その規模だけでも息を呑むほど壮大だった。この部屋は元々、貴族たちが社交界や宴を開く際に用いられており、数十人が手を伸ばしても届かないほどの広さを誇る。まさに『豪華絢爛』という言葉が相応しい造りだ。床には大理石のように輝く石材が敷き詰められ、天井には魔力鉱石を散りばめた大きなシャンデリアが優雅に煌めいている。壁には見事な絵画が掛けられ、立派な石像が並ぶこの部屋は、小さな美術館を思わせるほどだ。
普段から輝きに満ちているこの空間だが、今日の輝きは一段と別の意味で増していた。その理由は明快である。リリーニャとリルアが使用人たちと共に、この広間を念入りに飾りつけたからだ。リリーニャがリルアと共に手掛けた飾り付けには、どこか懐かしさのある日本風の要素も見受けられ、まるで子供の誕生会のような雰囲気が漂っている。愁が部屋に足を踏み入れた瞬間、彼はその異様な気合の入った装飾に感心し、しばし言葉を失った。
「すごいな……気合い入ってるね……」
「そーでしょー?頑張ったもんねー、リルアちゃん!」
「うんっ!がんばったよ!」
二人の満足そうな笑顔に、愁は改めて目を見張った。確かに、飾り付けの完成度は見事なものだった。貴族の邸宅であるだけに、パーティーで使う調度品は元々揃っていたのだろうが、今の装いは、いつかの帝国での壮大な宴と比べても遜色ないレベルだ。テーブルには豪華な料理がずらりと並べられ、使用人たちは飲み物を持って控えている。さらには、どこから呼んだのか、見慣れない楽器を奏でる演奏者たちまで揃っていた。これでは、とても五人で行うパーティーの規模ではない。
驚きを隠せないのは愁だけではなかった。本日の主役であるシャウラも、この豪華すぎるパーティー会場を前にして、戸惑いを隠せずにいた。
「なぁ……パーティーだと聞いていたが、これって社交界か何かか?それにこの服……恥ずかしいんだが……」
シャウラは、無理やり着せられた自分の服装を見下ろした。リリーニャとリルアが飾り付けに勤しむ間、愁はシャウラを呼び出して採寸し、服を作成していた。そして、今シャウラが着ているのは、愁が独断でデザインした、魔法少女をイメージした衣装だ。彼の趣味が存分に反映されたものであり、シャウラにとってはかなり奇抜な服装である。
「いやいや、何言ってるんですか!? シャウラさん、すっごく似合ってますよ!」
「そ、そうかぁ……?」
愁が全力で仕上げたこの衣装は、白と黒の絶妙なバランスを意識してデザインされている。上着は膝丈のトレンチコートで、右半分が白、左半分が黒に分かれている。コートの前はお腹のあたりまでしかボタンが留められず、そこから下はコートが広がるようにデザインされているため、スカートと絶対領域が自然と目に入るように計算されている(ここが重要、と愁は思っている)。スカートは三段フリルのミニスカートで、表面は黒、裏のフリルは白い生地が使用され、ちらりと見える白がアクセントになっている。そして、白いフリル付きのニーハイソックスに、リボン付きの白いローファーで足元まで可愛らしくまとめている。
普段は男勝りな振る舞いを見せるシャウラだが、このフリフリのドレスを着せられ、恥ずかしそうにしている姿が、むしろ彼女の可愛さを一層引き立てていた。隣に立つリリーニャも魔法の杖で変身しており、ピンクの魔法少女と白黒の魔法少女が並んでいる姿は、まるで日曜日の朝のアニメから飛び出したような光景だ。リリーニャは色白で、シャウラは褐色肌。そのコントラストがまた美しく、二人とも小柄ながら、ある部分(どことは言わないが)が大きく主張しているため、そのアンバランスさが逆に魅力を引き立てていた。
ちなみに、二人とも髪型はツインテールに揃えられていた。
(やっぱり、魔法少女はツインテールだよね)
愁の独特な美学が、彼女たちに押し付けられていた。キラキラとした可愛らしい姿に変身させられたシャウラは、髪型も衣装も、そして会場もすべてが落ち着かないようで、今もなおそわそわと周囲を見渡している。そんなシャウラに、リリーニャが肩が触れるほど近づき、笑顔で声をかけた。
「大丈夫だよ!シャウラさん、すごく似合ってるから!二人並ぶと、まるでアイドルユニットみたいっ!」
「アイドル?それって何だ?よくわからんが……まぁ、楽しいからいいか!」
「そうそう!楽しければ何でもいいの!」
シャウラの困惑をよそに、リリーニャの無邪気な声が弾け、周囲の空気は一気に和やかになった。彼女の笑顔に、少し緊張気味だった場の雰囲気も次第にほぐれていく。シャウラも少し戸惑いながらも、ついに肩の力を抜いてしまった。
そのタイミングで、リルアが小さな手で飲み物の入ったコップを一人一人に配り始める。義足をつけたリルアは、シャウラの手によって普通に歩けるようになったばかりだ。それでも、リルアは楽しげにお手伝いをすることを喜んでいるらしく、使用人の仕事まで代わってしまい、少し困惑した使用人たちは苦笑を浮かべていた。
「はい!おにーちゃんもどうぞっ!」
「ありがとう、リルア。いただくよ」
リルアから飲み物を受け取り、愁はふと彼女の笑顔に目を細めた。全員に飲み物が行き渡ったのを確認し、愁はゆっくりと前に出て場を見渡した。自然と皆の視線が彼に集中する。こういう場で話すのは、少しだけ緊張する。だが、彼は小さく咳払いをし、その緊張を払いのけた。
「みんな、飲み物は持ったかな?よし、今日はリルアの義足が完成した記念と、短い間ではあったけど共に過ごし、義足を作ってくれたシャウラさんへの感謝の気持ちを込めて、パーティーを開きました。正直、ここまで本格的になるとは思ってなかったけど、すごく楽しいのは間違いない!だから、みんなで最後まで楽しもう!それじゃあ、乾杯!」
「乾杯!」
グラスがぶつかり合う音が会場に響き渡り、パーティーが正式に始まった。
リルアは目を輝かせ、待っていたとばかりに料理を皿に盛り付け、次々と皆に配り始める。その手際の良さに感心した愁は、彼女が意外にも几帳面であることを知る。配られた皿の上には、美しく並べられた料理が輝いていた。
ふと目を向けると、シャウラとリリーニャはお腹が空いていたのか、二人並んで料理に夢中だった。楽しそうに頬張るその姿は、どこか無邪気で、見ているだけで自然と笑顔になる。
一方で、隣に座るレイネスは、ゆっくりとワインを楽しんでいた。ほんのりと赤く染まった頬に、グラスを持つ仕草はどこか優雅で、口元に注がれる赤ワインをじっくりと味わっている様子がうかがえる。レイネスは目元を目隠しで覆っているので、表情の全体は見えないが、それでも彼女の表情には、穏やかな満足感が漂い、その光景はあまりに美しかった。
レイネスがふと愁の視線を感じ取り、静かにグラスをテーブルに置くと、彼に顔を向けて微笑んだ。
「そういえば、愁さんはお酒は飲まれないんですか?」
「お酒ですか?いや、俺は未成年だからまだ飲めないんです」
「未成年?年齢のことですか?でも、愁さんは十五歳は越えてますよね?」
「えっ、十五歳を越えてればいいんですか?」
「そうですよ。人族も他の種族も、十五歳以上ならお酒を飲むことができるんです」
この世界では、十五歳を越えると成人として認められ、お酒も飲めるし、結婚も可能だという。そう聞いた愁は、目の前でお酒を飲んでいるシャウラとレイネスが少なくとも十五歳以上であることに改めて驚いた。
シャウラについては、種族の特性で幼い容姿になることを聞いていたため納得していたが、レイネスに関しては魔族ということ以外、ほとんど知らない。好奇心に駆られ、愁は彼女に年齢を尋ねることにした。
「レイネスさんは、いくつなんですか?」
「えっ、ぼくですか?えっと……」
レイネスは少し考え込むように目を伏せた後、どこかぎこちない笑みを浮かべながら答えた。
「十五歳ですね……はい、十五歳です!」
「えっ?俺より年下だったんですか?なんだかそうは見えませんね……」
普段の落ち着いた雰囲気や話し方、そして時折見せる大人びた態度が、歳を重ねた人の余裕に見えていたため、愁は驚きを隠せなかった。
「そ、そんなことないよ!愁さんの方が大人っぽいよ!」
「いえいえ、俺なんてまだまだですよ。もっと心身共に成長しないと……」
「愁さん、真面目なんですね」
「どうですかね?ただ、いろんな人と出会って、自分がまだまだ子供だなって感じることが多かっただけですよ」
「そっかぁ。でも、それに気づけることがすごいんです。それに、そういう風に思える愁さんはやっぱりすごいと思いますよ?」
「ありがとうございます。照れますけど……これからも精進します」
愁とレイネスがほのぼのと話している中、ふらふらと近づいてくる影があった。振り返ると、それはすっかり酔っぱらったシャウラだった。彼女は、楽しげに話し込んでいる愁とレイネスをからかうつもりで、よろよろと歩み寄ってくる。
「おーい!愁!何いちゃついてんだよ?今日の主役はあたしだろ?もっと構えよ!」
真っ赤な顔に、とろんとした瞳でシャウラは愁を見つめている。視線には悪戯な光が浮かんでいた。
「シャウラさん?大丈夫ですか?かなり酔っているように見えますが……」
「酔ってないぞー?ほら、あたしも構ってくれーっと……ととと?」
シャウラはそのまま愁の隣の席に座り、ふいに距離を詰めて彼の腕にしがみついた。その瞬間、腕に感じた柔らかさに、愁は顔を赤らめた。すでに知ってはいたが、シャウラの胸は大きく、そして、柔らかかった。
「うっ……ちょっと、シャウラさん?本当に大丈夫ですか?その、近すぎるというか……」
「んー?なんだよぉ。あたしが近くに来るの、嫌かぁ?」
「いや、嫌じゃないですけど……でも近いですって!近すぎます!」
シャウラはそのままふわりと腕を回し、さらに強く愁の腕にぎゅっとしがみついた。シャウラの顔は愁の顔のすぐ目の前にあり、唇が触れるほどの近さだ。ほのかに漂うワインの香りが鼻腔をくすぐり、彼女の髪や肌からは心地よい石鹸の匂いが混ざり合っていた。腕に伝わるこの世のものとは思えないほどの柔らかさも相まって、緊張に染まる愁の頬が、さらに熱を帯びていく。
「いいじゃないかぁ、今夜は特別なんだから。それにしても、遊んでいるように見えてまだまだお子さまだな、愁?ふふ、顔が真っ赤だぞ?」
「それって、どういう意味ですか……?」
耳元で囁かれる言葉とシャウラの吐息が、まるで魔法のように愁を捉える。彼の背筋にゾクリとした感覚が走り、シャウラの甘い声が愁の脳裏を霞ませる。
「キャー!愁くん、シャウラさんとエッチなことしてるーっ!」
突然の声に反応した愁が振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたリリーニャが立っていた。その無邪気な瞳がキラキラと輝いている。
「してないよ!変なこと言わないでくれ!」
「えぇ?だってだってぇ、愁くん顔が真っ赤っかだよぉ?」
リリーニャは軽やかに愁の後ろに回り込み、いたずらっぽく首に手を回す。彼女からもワインと石鹸の香りが漂い、愁の心臓がさらに高鳴る。
「お、おい?漓理?まさか、お前もお酒を飲んだのか?」
「んー?飲んでにゃぁーい!」
「いや、絶対飲んだだろ!四年早いぞ!」
「のーんーでーなーいー!いじわる言う愁くんにはお仕置きだぞぉ!えーいっ!」
リリーニャは愁の首に巻いた手を少し締めつけ、彼の頭を優しく抱きしめた。彼女のまだ発育途中の柔らかさが、愁の後頭部にしっかりと伝わってくる。
「うわっ!ちょ、待て待て!当たってるから!」
「えぇ~?何が~?リリーわかんなぁい♪」
まるで無邪気に振る舞うリリーニャだが、愁は困惑を隠せない。心の中で、冷静に状況を判断しようとするも、リリーニャの笑顔に翻弄されるばかりだ。
「おーい!愁!あたしが主役だって言っただろぉ!あたしを構えよぉ!」
左側から再び迫ってくるシャウラ。その距離感も相まって、愁は完全に追い詰められた。
「ちょ、シャウラさん!マジで待ってください!それに……当たってますからね!?」
「はぁ?何だー?照れてるのかぁ?ほんと、お子さまだなぁ?」
「うんうん!愁くん、まだまだお子さまだぁ♪」
困惑する愁を取り囲むように、リリーニャとシャウラはますます距離を詰めてくる。彼の視界が徐々に狭まっていく中、なんとか助けを求めようと右側に座るレイネスに視線を向けた。
しかし、そこにはいつもの冷静で頼れるレイネスではなく、顔をほんのりと赤く染めた彼女が――酔っているように見える。
「ぼ、ぼくも酔っぱらっちゃったなぁ……え、えーいっ!」
突如として、レイネスまでもが愁の右腕を掴み、シャウラと同じように抱き寄せた。リリーニャやシャウラほどではないが、確かに感じる柔らかさがそこにはある。
そんなレイネスの状態にまさかと思い愁は息を呑んだが、もはや状況は収拾不可能である。
「あ、あれ?レイネスさん!? 嘘ですよね?レイネスさんっ!?」
「え、えー?何かなー?ぼく酔っちゃってわからないなー」
「嘘だ!絶対に酔ってないでしょ!?」
愁が最後の希望を胸に唯一の抜け道たり得る机の下を覗き込むと、そこにはさらにもう一人の刺客、リルアが待っていた。彼女の目が怪しく光り、獲物たる愁に向けられたその視線は逃れられないものだった。
「えへへ、みんなで何してるのー?おにーちゃんにもぎゅーってしていいの?」
「ちょ、ちょっと待てリルア!これはみんなが酔っぱらってるだけであって……真似しなくていいからな!」
「えー?じゃあ私もやるーっ!えーい!ぎゅーっ!」
リルアは可愛らしい声を上げて愁に飛びつき、彼の腹にぎゅっと抱きついた。
「うわぁ!これじゃ、本当に逃げ場が無いじゃないか……!」
背後にはリリーニャ、右にはレイネス、左にはシャウラ、そして正面にはリルア。愁は完全に包囲され、逃げ道は閉ざされてしまった。もうチェックメイトだ。
「み、皆さん?そろそろ離してくれませんか……?」
「「だめぇーっ!」」
四人の少女たちの声が一斉に響き渡り、愁の希望は一瞬にして打ち砕かれた。
「は、はい……」
愁は無力に目を閉じ、そのまま思考を巡らせる。こんな状況でどうすればいいのかと悩んだ末、ふと一つの結論に至る。
――『もういいや。これ、逆に幸せなんじゃないか?よくよく考えてみれば、可愛い女の子たちに囲まれて、しかも色んな柔らかさに包まれている。これが、悪いはずがない。むしろ、これこそが男の夢じゃないか!』――
(これが……伝説のハーレムってやつなのか……っ!)
愁は心の中で驚きと感動を抑えつつ、その溢れる幸せの感覚に身を委ねた。
笑い声が響き渡り、食器の軽やかな音色、異国の楽器が奏でるリズム——部屋には楽しげな音が満ち溢れている。小さな幸福の輪が確かにここにある。それは、これから広がり、さらに大きな輪へと繋がっていくだろう。愁がこの世界で目指すもの、その過程にあるこの温かい幸福は、守り続け、さらに育んでいくべきものだ。
その思いを胸に、愁はふと、腕にしがみつく四人を見つめながら問いかける。
「みんな、今は幸せですかね?」
ただの世間話のような、ありふれた質問だ。しかし、愁はこの瞬間、その答えを聞きたかった。理屈や理由ではなく、ただ心からの声を確認したかったのだ。
「当たり前でしょーっ!楽しくて幸せだよっ!」
「そうだなぁ。今はすごく幸せだぞっ!パーティーも、愁をいじるのも含めてな」
「ぼ、ぼくも……みんなが笑顔で、温かくて、本当に幸せだよ!」
「おにーちゃんもおねーちゃんたちも大好き!みんな一緒にいるんだから、幸せに決まってるよ!」
皆の明るい声に応えられた愁は、ふと天井を見上げて、満足そうに笑みを浮かべた。
「そっか……幸せか。そうだよな、こういうのが幸せだよな。もっとこういう幸せを増やしていかないとな」
「どうしたのー?愁くん?」
「いや、なんでもないよ、漓理。ただ、これからもみんなでこんな風に幸せに過ごせるといいなって思っただけ」
現状の状況とは裏腹に、少し真面目なことを言ってしまった愁は、得意気に笑う。だが、依然としてぎゅっと彼を包み込む四人が離れる気配はなく、愁は再度、仕方なく交渉に挑む。
「ところで、さ……みなさん?そろそろ離してくれませんかね?」
「「だめぇーっ!」」
驚くほどの完璧なハーモニーでの拒否に、愁は再び天井を見上げ、今度は乾いた笑いを漏らした。そして、もう完全に降参だと悟った彼は小さく呟く。
「あ、はい」
この瞬間、愁の心は複雑ながらも、どこか温かく、幸せに包まれていた。




