第16話 麓の古城
華やかな宴が幕を閉じてから、二日が過ぎた。
リリーニャの行方を追う捜索が本格的に始まったものの、愁たちはまだ手がかり一つ掴めずにいる。
愁はスフィアと共に、リリーニャが姿を消したガバレントの町へ赴き、〈気配探知〉の効果範囲を最大限に広げた状態で周囲を探索していた。
だが、その七、八キロの広大な探知範囲をもってしても、リリーニャの痕跡は微塵も見つからない。
「まったく見つからないな……」
疲労を滲ませた声が愁の口をつく。
「もう二日も探し続けてるのに、手がかりすらゼロとはな……。でも、主様、ここで諦めたらダメだぞ」
スフィアは愁を励ますように声を掛けるが、その声にも焦りが滲んでいた。
その後も愁はリリーニャが連れ去られた町であるガバレントにこだわらず、周辺の町や帝都にまで範囲を広げて捜索を行っていた。〈気配探知〉に頼るだけではなく、町人たちへの聞き込みなども試みたが、どれも成果には繋がらなかった。
一度、情報を整理し直すために帝都へ戻り、ライトの私邸へ帰宅したその瞬間──
「情報が入りました!ついに陸傑死団の拠点が判明しました!」
奥の部屋から慌ただしく現れたライトが、勢いよく愁の肩を掴んだ。
いつも冷静沈着なライトが、ここまで興奮した様子を見せるのは珍しい。
だが、愁にはその感情が痛いほど分かる。リリーニャに繋がる可能性のある情報だ。喜びを隠しきれないのも当然だろう。
「詳しく教えてください。場合によってはすぐにでも向かいます」
愁は胸の奥が熱くなるのを感じながら問い掛けた。
「南方にある山脈に位置する旧ハレムント王国の廃城です。そこに、第三死団長エルボスと部下たち、およそ五百名が集結しているとのことです!」
ライトの言葉を受け、愁は一瞬だけ視線を遠くへ落とした。
ハレムント王国──かつてラリアガルド帝国に敗北して吸収された国家。かの地に残る廃城に、陸傑死団が巣食っている。
ライトは険しい表情で話を続ける。
「帝国の諜報機関による目撃情報では、リリーニャをさらった犯人と思われるローブの男も、その拠点にいる可能性が高いそうです」
その話を聞いて、愁はローブの男が第二死団長エルボスであると推測していた。
実際にガバレントで相対した愁だからこその確信もあった。あのローブの男が並みの盗賊と同列に語れる相手ではなかったからだ。
「分かりました。俺とスフィアで先行して向かいます。ライトさんは部隊をまとめ、できるだけ早く追って来てください」
愁の瞳には既に決意の炎が灯っていたが、焦ることはなかった。
あくまでも冷静に判断し、確実にリリーニャを救い出す。そのために愁は遠距離での通話を可能とする魔法石をエンドレスボックスから取り出し、ライトへ手渡した。
これは部隊をまとめるライトと密な連携を取るための手段となるものだ。
「ライトさん、これを」
「……これは?」
不思議そうに首をかしげながら魔法石を受けとるライトに愁は実演でその使用方法を伝える。
彼は自分の持つ魔法石に魔力を流し、ライトに手渡した魔法石に繋げると、淡い光が灯った。
「魔法石がこのように光ったら、魔力を流してください。そうすると遠くにいても俺と会話ができるようになりますから」
「は、はい!わかりました。それと愁さん、決して無理はなさらないでくださいね。陸傑死団の総帥ブレストがアイラフグリス王国領内で目撃されたという情報もあります。油断は禁物です」
ライトの警告を受け、愁は深く頷く。
陸傑死団の総帥ブレスト──全大陸でも名を知られる猛者。全体陸の中で最強と呼ばれる五人、ラリアガルド帝国の『無敗のガラドル』、アイラフグリス王国の『神託の勇騎士』、シィータビスク連合国の『剣帝姫』、エルセリア大陸の『精霊王』、デモリアス大陸の『魔帝』などが名を連ねる最強の象徴『全統五覇』にも匹敵すると評されるその力は、脅威でしかない。
「わかりました。注意します」
「そうしてください。愁さんにもしもの事があったら、リリーが悲しみます。さて、迎えの馬車が来たようですね。私は失礼します」
慌ただしく迎えの馬車が到着し、ライトが乗り込むと、馬車はすぐに出発した。その後、愁とスフィアも急いで準備を整え、ライトの私邸を後にした。
冬の冷たい風が肌を撫でる。
愁は歩みを止めることなく、指先に意識を集中させ、〈飛行〉の魔法を込めた魔石を二つクラフトした。その一つをスフィアに手渡すと、彼女はじっとそれを見つめていた。
「……?そろそろ行こうか」
愁が魔石に魔力を込めようとしたその瞬間──
「主様、ちょっとしゃがんで」
スフィアが突然の指示を出す。
愁は困惑しつつも愁は彼女に従い、少し身をかがめた。その直後、スフィアはすかさず腕を伸ばし、愁の首にしがみついた。
ふわりと甘い香りが漂い、彼女の温かな体温と胸の柔らかな感触が背中越しに伝わる。
「……えっと、何してんの?」
「主様は察しが悪いな。魔石を節約するのだよ!」
軽い調子で言い放つスフィアの言葉に、愁は一瞬呆れたように眉を寄せたが、すぐに苦笑を漏らした。
「はいはい。この面倒くさがり屋め」
「ふふん!そういうこと!」
スフィアの口元には得意げな笑みが浮かんでいた。
愁はその軽口に肩をすくめつつ、彼女をしっかりと背中に抱える。
そのまま空を仰ぐと、濃密な雲海の隙間から月明かりが微かに差し込み、薄ら寒さを和らげるかのように辺りを照らしていた。それはまるで『遠い彼方にいる仲間を取り戻せ』という天からのメッセージのようだ。
「行くよ」
愁が短く告げると、手の中の魔石が眩い光を放ち始めた。
その力が解放された瞬間、彼らは一気に宙へと飛び上がった。冷たい風が頬を切るように流れる。
空を駆ける彼らの前には、果てしなく続く冷たい風が立ちはだかる。遠くで舞う雪が視界の端を掠め、肌を刺す寒さが厳しく感じられる。それでも愁は一瞬たりとも迷わず、ただリリーニャを救うという目的のために飛び続けた。
数時間後、ようやく彼らは壮大な山脈に到着した。
その広がる景色は圧倒的で、自然の力強さを感じさせる。しかし、この中から廃城を探し出すのは容易なことではなかった。
「肉眼で探すより、これを使ったほうが早いか…」
愁は呟き、瞼を閉じて集中した。
〈気配探知〉のスキルを発動させると、彼の意識が広がり、山脈全体を覆う冷気の中で生命の反応を探った。
その中で、一つの小さな反応が彼の胸を強く打つ。それはリリーニャのものだった。彼女が生きていることを知った瞬間、愁の胸には安堵と怒りが交錯した。
(リリー、無事でいてくれ……)
そしてもう一つ、邪悪な気配が彼の感覚を引き裂くように突き刺さる。
それは、かつてガバレント奪還作戦で遭遇したローブの男のものだった。
その気配から、男が第二死団長エルボスであることも確信が持てた。そして、帝国の諜報機関がもたらした情報通り、エルボスとその手下がこの地に潜んでいることが確認された。
(認識阻害か……?だが、この程度なら俺のスキルで突破できるな)
愁は高度を落とし、反応が集中する場所から少し離れた雪深い地面に静かに降り立った。
六十センチ以上積もった雪が足元を重くのしかかる中、陽炎のように揺らめく場所を発見する。愁はそっと手を伸ばし、虚空に触れるように揺らぎが見える場所に手を当てる。
「ここだな。よし〈アンチトリック〉」
その瞬間、中程度の魔法による罠などを解除できる〈アンチトリック〉により認識阻害が解除され、波紋が広がるように隠されていた廃城が姿を現した。
その荘厳な姿は、かつて王の居城だった時代の名残を残し、どこか凛とした佇まいを見せている。
愁の〈気配探知〉は、城内外に配置された約五百人の盗賊たちと、城の中心に潜むエルボス、そして高い場所に監禁されているリリーニャを正確に捉えていた。
「くそ……!いたいけな少女を縛るとは、エルボス……許さん!」
「い、いきなり何なのだ?主様」
スフィアが戸惑いを見せるが、愁は「いや、なんでもない」と軽く流し、再び鋭い視線を廃城へ向けた。
「隠れて助け出すのは難しいから、いっそのこと派手に暴れてやろう」
鉄製の巨大な門を指差し、スフィアに命じる。
「スフィア、あの門をぶっ飛ばしてくれ!」
「む……わかったぞ!」
スフィアが静かに門の正面に立つと、その両手に展開される魔方陣が白と黒の雷を纏い始めた。次第に雷が渦巻き、力が蓄積されていく。
そして、轟音とともに放たれた白と黒の雷が螺旋を描きながら直線状に進み門を直撃した。
耳をつんざくような大きな衝撃音と共に、厚みのある鉄の門は中心から爆散し、溶けた鉄が雪に触れてシューシューと蒸発音を立てる。
「主様、これでいいか?」
「お、おお!上出来だな!今の音で盗賊も気付いたはずだけど、何人来てもさっさと片付けてリリーを助けるぞ!」
愁の燃え上がる決意を胸に、彼とスフィアは廃城の奥深くへと足を踏み入れた。その先に待つ運命を知りながらも、彼らの進撃は止まらない。
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