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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第三章 新たなる世界 【エルセリア大陸 編】

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第7.5話 勇者と英雄

 

 愁とオベロルストが首都マリネアの王城に突入している時と同じ時刻、アルバート、ユア、クミラの三人は、メメント精霊国が仮の拠点としている国境の町ラストア近郊にまでたどり着いていた。


 頭上に輝く太陽が、眩しく空を染め上げる。澄み切った空気のおかげか、見晴らしは限りなく遠くまで続き、地平線の向こうまでが鮮明に見渡せる。普段であれば、ここは季節の風が心地よく吹き渡る、緑に包まれた平原だ。しかし、今はまだ春には届かぬ冬の名残。茶色一色の地面に、葉を落とした裸の木々が寂しげに佇んでいた。


 だが、今日の光景は、ただ季節の寂寥だけではない。平原を埋め尽くすほどの兵士たちが、まるで戦争の前触れのように整然と隊列を組み、前方を見据えていた。その数、まさに『数万』。遠目にもその規律正しい整列ぶりは圧倒的であり、その威容を前にすれば、並大抵の者ならば膝が震えることだろう。きちんと統率されたその動きは、彼らの熟練ぶりと士気の高さを物語っていた。


 そんな数万の兵士たちを前にして、たった三人が立ちはだかっていた。無謀と思われる命令に従い、それでも彼らは引くことなく、堂々と立っている。その姿は、まるで嵐の中に孤高の塔がそびえ立つかのような気高さがあった。


 兵士たちの進軍がぴたりと止まり、先行隊と思われる騎兵が一人、馬に乗って前に出る。その騎兵は、アルバートたちの約百メートル手前で馬を降り、こちらを鋭く見据えると、遠く離れていてもはっきりと聞こえる声で告げた。


「我々はメメント精霊国正規軍の者だ。敵意のない民間人であれば、我々は危害を加えるつもりはない。そこは進軍の邪魔になる。道を空けよ」


 だが、その言葉は形式的な警告に過ぎない。兵士も理解している。目の前に立つ三人が、ただの民間人でないことを。それでも、敵対行動を明確に取らない限り、即座に襲撃することはできない。しかし、その圧倒的な数の前にあっても、アルバートたちの存在感はまるで雷鳴の如く響いていた。


「私はアイラフグリス王国、第二階位勇者アルバート。我が王の命により、これより先には一歩たりとも進ませるわけにはいかない」


 そう言い放つと、アルバートはゆっくりと腰の剣を抜き、高く掲げた。その瞬間、彼の内に宿る〈聖気法力〉が刃に宿り、眩い光を放ち始める。周囲の兵士たちが思わず目を細めるほどの光芒。彼はその剣を横に一閃させ、地面を薙ぎ払う。風を切る音と共に、大地が大きく抉れ、左右数百メートルにわたる裂け目が一瞬で広がった。その光景に、兵士たちの間にどよめきが走る。


 だが、先行隊の兵士は怯まなかった。冷静な瞳でアルバートを見据え、短く告げる。


「今の行動は敵対行動として受け取った。これより進軍を再開する」


 その言葉を最後に、兵士は馬に乗り、隊列へと戻っていった。そして、次の瞬間、地を震わせるようにして敵軍が動き出す。


「これから私が敵陣に向かう。この線を越えられた場合はユア、お前が全力で迎撃してくれ。それまで、クミラは遠距離魔法での支援を頼む」


 アルバートの冷静な指示が響く。だが、その言葉を聞いたユアは、目を潤ませながら強く抗議した。


「そんなっ!私も一緒に行きます!お師匠さま一人でなんて危険すぎます!だからっ……!」


 ユアの必死な声に、アルバートは静かに手を伸ばし、その小さな頭にそっと触れる。その手のひらの温かさに、ユアは一瞬、言葉を失った。


「ユア、クミラを守ってくれ。いや、違うな。ユアとクミラが組めば、並の敵など相手にならない。それは私が保証する。だからこそ、ここを、私の背中を守ってほしい。頼めるな?」


 その声は柔らかく、しかし、決して逆らえない重みがあった。ユアは、その言葉に込められた信頼と責任の重さを感じ取り、深く息を吸い込んだ。そして、ようやく決意を込めた瞳でアルバートを見上げる。


「……わかりました。後ろは任せてください!でも、危ないときは……逃げてくださいね!」


 涙ぐんだ瞳でそう訴えるユアの言葉に、アルバートは一瞬驚き、それから思わず優しく笑った。


「騎士が敵に背を向けるわけがないだろう?大丈夫だ。私は必ず戻る。だから、クミラもユアも、どうか無事でいてくれ」


 クミラは力強くうなずき、杖を握りしめる。


「はいっ!全力で支援します!アルバートさん、ご武運を!」


 こうして、三人の決意は固まった。目の前に押し寄せる敵軍、その数に圧倒されても、アルバートの心に揺るぎはなかった。精霊王ルゼが到着するまで、いかにして時間を稼ぎ、後ろの二人を守り抜くか。それだけを考え、彼は一歩前に踏み出す。


 『絶望』の波が押し寄せる戦場に、アルバートはたった一筋の光を灯すかのように剣を構えて立っていた。その背中には、仲間を信じ、未来を託す強い想いが込められている。


(ユア、クミラ──必ず生き延びろ)


 アルバートはそう心で呟き、数万の兵士たちに向かって一歩、また一歩と踏み出した。彼の剣は、まだ見ぬ希望への道を切り拓くために振るわれるのだった。


 前線に立つのはアルバート、後方で遠距離支援魔法を行うのはクミラ、そしてその彼女を守るのがユアだ。アルバートは覚悟を決め、躊躇なく軍の隊列の最前列まで駆け抜けていった。その進撃に兵たちは一瞬、息を呑み距離を取り、次に三人から四人の小隊となって包囲の構えを取る。指揮官とおぼしき兵士が静かに命じた。


「相手は一人だ!だが、数で押そうとは考えるな。少人数で攻めつつ消耗させろ!向かうのは腕に自信のある者だけにしておけよ。奴は強い」


 その姿に、アルバートは相手の高い士気と覚悟を読み取った。


「さすがは精霊王が治める国の軍だな。一般の兵士も並の者たちとは違う。しかし、ここは通すわけにはいかない!」


 彼は全身に〈聖気法力〉を巡らせ、右足に力を込めると、鋭い金属音を響かせて地面を踏みしめる。練り上げられた〈聖気法力〉は大地を裂き、過去最大の範囲にわたり〈空間支配〉の支配領域を広げていく。その範囲に捉えられた百六十人ほどの兵士たちが、一瞬の隙にアルバートの一閃によって首を斬り裂かれた。しかし、その瞬間、兵士たちの輪郭は幻のように揺らぎ、蜃気楼のように消え去っていく。


「なるほど、幻術か……」


 冷静に状況を分析するが、アルバートの〈気配探知〉や〈空間支配〉の範囲にも確かに反応していたことが解せない。不可解な感覚がアルバートの身体と精神を覆い、全てがどうでもよくなるような侵食が忍び寄ってきた。このままでは危険だと〈聖気法力〉を解放して冷気を振り払い、何とか意識を取り戻した彼が目にしたのは、一筋の妖しく煌めく刃。


「邪魔が入ったか……」


 剣を突き出していたのは、装飾されたバンダナで片目を覆った隻眼の男。彼の剣の切っ先はアルバートの首元まで迫るが、寸前で幾重にも重ねられた防御結界に阻まれていた。アルバートはすかさず抜刀し、隻眼の男へ横薙ぎの一閃を放つ。だが、再び男の姿は煙のようにかき消え、幻のごとく姿を失った。


「また幻術か、やりづらいな……それに、この剣捌き、ただの剣士の腕前ではないな!」


 隻眼の男がどこからともなく再び現れ、攻撃を繰り出す。アルバートは刃を受けきり、すかさず反撃の一刀を放ったが、剣が届いた瞬間に男は再び幻のように消えてしまう。


「それでも受けきり、反撃までするとは……まだ若いのによく耐えるな。貴公の未来は末恐ろしいほどだ」


 隻眼の男の声が虚空に響く。その音は、まるで戦場そのものを圧倒するかのように冷たく重い。風は凪いだかのように静まり返り、ただその声だけが空間を支配していた。


 先の侵食さえなければ、剣撃を捌くことなど容易い。そうアルバートは自信を抱いていた。だが、現実は違った。剣は何処からともなく次々と振るわれ、闇の中から不意に現れる。隻眼の男の一太刀一太刀は、まるで死神が鎌を振るうかのごとく正確で、僅かな油断が命取りになる。剣圧にさらされる度、心臓が鋼のように打ち鳴る。


(集中しろ、崩れてはならない……!)


 目には見えぬ敵の剣閃をかわし続ける中で、アルバートの脳裏には冷徹な決意が宿る。『幻術を使う者』。その性質を知る者にとって、心の隙は死を招く。恐怖の影が迫り来ても、彼は毅然とした態度を崩さなかった。


「ふん、これが限界だと思われるのは癪だな」


 口元に浮かべた微笑は挑発的なものだったが、その瞳には燃え上がる闘志が宿っている。アルバートは〈聖気法力〉の解放の段階をさらに高め、剣の型すらも変えていく。先ほどまでの戦いの『癖』、わざと見せていた微細な動きのパターンすべてを一度リセットし、再び新たな癖を作り出す。これにより、相手の読みをさらに狂わせる狙いだ。


「ほう、そんなこともできるのか!楽しませてくれるな、少年よ」


「楽しませるつもりはない。……いつまで余裕でいられるかな?」


 アルバートは攻撃のリズムを一切なくし、乱舞するように剣を振るった。その剣筋には規則性はなく、読めるはずの軌道があえてちぐはぐに歪められている。相手が一流であればあるほど、その無秩序な動きに惑わされるはずだ。


「おお、おお、早いな……なんだ、その動きは?全く先が読めない……!」


 隻眼の男は、霧のように現れては消え、また現れては消える。その瞬間の中で、鋭い剣撃を繰り出すも、その表情にはいまだ余裕が見て取れた。


「その余裕が命取りだ」


 そう囁くように呟いたアルバートは、剣を交える中で得意とする〈重力魔法〉を発動する。術者であるアルバートに影響を及ぼさない〈重力魔法〉は、その領域内の重力を何倍にも強めるものだった。途端に空気が重くなり、まるで大地そのものが圧し掛かってくるかのような圧迫感が周囲を包み込む。


 そして、見計らったタイミングでクミラが後方から〈補助魔法〉を発動する。クミラの補助で〈重力魔法〉の効果はさらに増幅され、まるで空間そのものがねじれるような錯覚を引き起こす。その上、クミラは状況を見極めて、幻術妨害の術式も付与していた。これにより、隻眼の男の姿は幻術で隠せなくなり、加重された重力によって動きも鈍らせられていく。


「捉えたぞ……!」


 その瞬間、アルバートの剣が閃く。〈聖気法力〉を纏わせた剣先が、隻眼の男の首筋を寸分の狂いもなく狙い定めた。吸い込まれるように刃は皮膚を切り裂き、肉を断ち、勝利の手応えがアルバートの腕に伝わる。だが──


「……っ!」


 刃が届く直前、男は片眼を覆っていたバンダナを外し、閉ざされていた瞳が金色の輝きを放つ。途端、剣先が捉えていたはずの男の姿が掻き消えた。


「今のは……魔眼かっ!」


 アルバートは驚愕するも、一瞬にして消えたはずの男の姿を捉える。その姿は遥か彼方、兵士たちの前方。まるで最初からそこにいたかのように佇んでいた。


「いやはや、貴公には驚かされてばかりだ。この魔眼を使用したのはルゼ様に次いで貴公で二人目だよ。称賛に値する」


「称賛はありがたく受け取っておこう。しかしその強さにその眼……まさか『天眼の英雄』様と刃を交えられるとはな。精霊王の軍門に下ったと聞いてはいたが、噂は本当だったようだな」


「ずいぶんと懐かしい呼び名だ。しかし、その名はとうの昔に捨てた。今はナイヤと名乗っている、覚えてくれると光栄だ」


 ふたりは距離を詰めようとせず、ただ睨み合う。その間、アルバートは焦燥感を抱いていた。ナイヤに踏み込む隙を見出せず、しかも後方にはクミラとユアが控えている。今のところ、彼女たちに敵兵は迫っていないが、状況は刻一刻と変化している。


「どうした?かかってこないのか?」


 安い挑発。しかし、ナイヤが乗るはずもない。だが、時間を無駄にすればそれだけ精霊王が迫ってくる。焦燥感が胸を焦がし、アルバートは内心で歯噛みする。


「かかってこないのは貴公とて同じこと。それに……もう私の出番はなくなったようだ。覚悟することだ、私ほど甘くはないぞ?」


 その瞬間、ガシャッと無数の金属音が響き渡る。兵士たちが次々と鎧を鳴らし、整然と跪き、頭を垂れる音だ。その中にはナイヤさえ含まれていた。


 何千、何万という屈強な兵士が、敵を前にしてなお、跪いて頭を下げるという異様な光景。それはまるで、神を迎える儀式のようだった。


(来る……!)


 上空を仰ぎ見ると、太陽を背にして広がる白い大きな翼が見える。まばゆい光が降り注ぎ、空気が震えていた。その姿はまるで神の降臨そのものだ。精霊王の名を関する王の到来を前に、アルバートの心臓が激しく脈打つ。神威と呼ぶにふさわしいほどに圧倒的な力が、戦場を覆い尽くした。


「……あれが精霊王か。これ以上はただでは済まないな」


 アルバートは息を整え、剣を再び構える。ここからが、本当の戦いの幕開けだ。


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