第14-1話 最高のドレスのために
「色は白がいいぞ!」
ラリアガルド帝国の皇帝、ノヴァン二世との謁見を終え、愁が客室に戻り、扉を押し開けた瞬間、待ち構えていたかのようにスフィアの弾む声が響いた。
その明るい声は、緊張感を引きずった愁の胸にまるで清涼剤のように染み渡り、硬くこわばっていた肩の力を抜かせた。
部屋に足を踏み入れた愁の目に飛び込んできたのは、豪華な装飾が施された広々とした空間だった。
天井から吊るされたシャンデリアが柔らかな光を放ち、大理石の床がその光を鏡のように反射している。壁には絢爛なタペストリーが飾られ、まるで美術館の一角にいるかのようだった。しかし、その煌びやかさがむしろ場違いに感じられた。
その中で、スフィアはどこ吹く風とばかりに、豪奢なソファに寝そべりながら愁から渡されていた『WORLD CREATOR』の分厚いファッション誌を広げていた。
彼女の無邪気な姿は、愁の張り詰めた神経を解きほぐすような安心感を与える。
(全く、スフィアは……。こんな時でも自分のペースを崩さないなんてな)
愁は自然と口元に微笑を浮かべた。
その柔らかな表情は、長い謁見で蓄積した疲れを一瞬で忘れさせるほどだった。
スフィアが雑誌のページをめくる音が静かな部屋に心地よく響く。
「どれが気に入ったんだ?スフィアが白い服を欲しがるなんて珍しいね」
「いつも暗い色が多いから、たまには明るい色もいいかと思ってな」
愁が声をかけると、スフィアは勢いよく顔を上げ、嬉しそうに雑誌を差し出した。
彼女が指差したのは、純白のウェディングドレスが並ぶページの中でも、裾が短めでシンプルながらエレガントなデザインの一着だった。
「これ!こんな感じのやつ!可愛いし、なんか綺麗だからな!」
「……それ、ウェディングドレスだぞ?」
「うえでん?なんだそれは?」
スフィアは首をかしげ、不思議そうな顔をする。
その仕草がまた愛らしく、愁は苦笑しながら説明を続けた。
「俺の故郷では、結婚するときに着る特別なドレスだよ」
その言葉を聞いた途端、スフィアの狼耳がピンと立った。彼女の中で新たな興味が芽生えたのが、視線の輝きからも伝わってくる。
「じゃあこれにする!」
突然の宣言に愁は思わず目を見張ったが、スフィアの真剣な表情を見て、次第にその勢いに押されていった。
「まあ、気に入ったならいいか。ただし今回はちゃんと採寸するからな。薄着で少しの間じっとしてもらうことになるけど、大丈夫か?」
ドレスは繊細な服装でありながら、その人の魅力を最大限に引き出すものだ。それを実現するには『完璧な採寸』が必要不可欠である。わずかなズレが全体の印象を損ねてしまう。
愁はそれを熟知していた。だからこそ、スフィアのドレスを作るにあたり、彼の真剣な眼差しが細部に宿る。
薄着の状態で〈状態鑑定〉スキルと手作業による正確な採寸を行う──それが、スフィアの体に完全にフィットするドレスを作るための最適解だ。
愁の脳裏には、作り上げたドレスがスフィアの身体を包み込み、彼女の美しさを引き立たせる瞬間が鮮明に浮かんでいた。
スフィア自身もまた、彼が挑む創作の舞台にふさわしい存在だった。
その美しさは天性のものであり、さらに彼女の戦士としての強靭さが微妙に融合している。
スフィアの小柄な体は一見すると華奢に見えるが、そこには『緻密に計算された彫刻のような均整』が備わっていた。
わずかに身長は低いものの、それが彼女の魅力を損なうことはない。むしろ、華奢な体に対して程よく形づくられた胸のふくらみや、引き締まった腰のライン、健康的でスラリとした脚は、見た者の心を奪うような調和を放っている。
さらに言えば、彼女の肌は戦士とは思えないほど白く滑らかで、光に照らされるたびにかすかな輝きをまとっていた。
愁の心には、一つの炎が灯っていた。それは『クラフト魂』と呼べるものだ。
しばらく忘れていた創作への情熱が、スフィアという美の象徴を前にして再び燃え上がる。
(久しぶりに……作りがいのある挑戦だな)
その瞬間、愁の内側でスイッチが入る。
瞳には揺るぎない決意が宿り、手のひらにはこれから作られるべきもののイメージが明確に刻まれていく。
彼の頭を悩ませていた曇り空のようなモヤモヤは、この創作への集中力によって吹き飛ばされた。今や彼の思考は、スフィアのためだけに、完璧な一着を仕上げることに向けられている。
その情熱は無限大。愁の世界は『創るべきドレス』という一点に完全に収束し、彼を止められる者など存在しなかった。
愁の熱意を感じ取ったスフィアは、大きく頷きながら「わかったぞ!」と言ったものの、次に続く愁の一言に、顔を真っ赤に染めた。
「じゃあ今すぐ全部脱いでね」
「ぜ、全部っ!?下着もか……?」
普段の快活さが嘘のように、スフィアの顔には羞恥の色が濃く浮かび上がる。
集中している愁はその反応に気づく様子もなく、ひたすらクラフターとしての使命感に燃えていた。
「早くして!美しいドレスを作るには、完璧な採寸が必要なんだ!」
観念したスフィアは、ため息をつきながら一枚一枚服を脱いでいく。
ブーツ、ニーハイソックス、そして上着。
恥ずかしそうに赤面しながらも、愁を信じて指示に従う彼女の姿は、どこか健気でもあった。
「うぅ……そんなにじっと見られると恥ずかしいのだが……」
一切視線を外さない愁に恥ずかしがりながらスフィアが言うが、その言葉さえも愁には届かない。
観念したスフィアは、首に巻いたワインレッドのネクタイをスルリと外す。続けて白いワイシャツのボタンを上から一つ一つ外していく。全てのボタンを外し終わると、そこでスフィアが一瞬の躊躇を見せるが、彼女は勇気を出してワイシャツを勢いよく脱いだ。
そして最後にスカートを脱ぐと、残りは白いキャミソールとショーツだけの姿となる。
「ほ、本当に全部じゃないと駄目なのか?」
スフィアの手が止まり、上目使いでスフィアが愁に問う。
しかし愁の視線には、スフィアのスタイルや身体のライン、その全てを活かした『完璧なドレス』のイメージが鮮明に映し出されていた。
つまり聞く耳は持っていない。
「下は大丈夫だよ。上は脱いでくれる?」
愁の言葉を聞いて、より頬を赤らめたスフィアは、ゆっくりとキャミソールを脱いでいく。
胸だけは自らの腕で隠して、スフィアは言われた通りにショーツ以外の全ての衣服を脱いだのだった。
「ぬ、脱いだぞ。早く採寸してくれ……」
「今やってる……よし。最後の仕上げだ。腕を下ろしてくれるか?」
「下せって言われてもな……ええい!わかったぞ!ほら!これでいいか!」
羞恥心を振り払うように腕を下ろしたスフィア。その姿は、光をまとった彫刻のように神々しかった。
愁はその美しさに一瞬見惚れたが、すぐに職人としての熱意が湧き上がる。『完璧』を求める心が、彼の全神経を作業に集中させた。
スフィアは目を閉じたまま、恥ずかしさと緊張を紛らわせるように愁の「終わった」という声を待った。
しかし、数十秒経ってもその声は届かない。
そっと目を開けると、愁はすでに机に向かい、ドレスの作成に没頭していた。
「おい!終わったなら終わったって言ってくれ!って……聞いちゃいないな」
愁は完全に集中モードに入っていた。外界の音や声は、彼にとってもはや届かない。
スフィアは大きく息を吐くと、脱いだ服を手早く身にまとった。頬の熱はまだ収まらないが、愁の真剣な表情に目を向けると、不思議と胸が高鳴った。
(まったく……でも、ああいう顔をしてる時の主様って、なんかかっこいいんだよな)
スフィアはその場で静かにファッション誌を手に取り、ページをめくり始めた。愁の邪魔をしないように、と心掛けながら。
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