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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第三章 新たなる世界 【エルセリア大陸 編】

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第13話 選択のその先へ


 その男はメラリカを見るや否や、すぐに声をかけた。


 その口調や表情からは、彼女との親密さが窺える。少なくとも、ただの顔見知りに向ける態度ではなかった。メラリカも最初こそ驚いたものの、すぐに表情を和らげる。


「ルゼ様?どうしてここに?」


 メラリカの口から出た『ルゼ』という名前は、精霊王の名であり、現在、キアナ王国と戦争中であるメメント精霊国の王の名でもある。その敵国の長が、敵国の中枢であるこの場所にふらりと現れるなど、常識的に考えてあり得ない状況だ。戦闘が起こりそうな雰囲気は感じられないものの、だからといって気を抜くわけにはいかなかった。


 そんな愁の警戒をよそに、ルゼは話を続ける。


「メラリカ、アバルダとシュルドはどうした?」


 核心を突くその問いに、メラリカは答えを渋る。彼女の父であるアバルダと兄であるシュルドだけでなく、妹や弟、そして城にいた兵士や使用人たち全員が亡くなったと告げることは、今のメラリカにとってあまりに酷なことだった。そもそも、彼女自身が奇跡的に蘇生したと言っても過言ではない状況だったのだから。


 それを見かねた愁は、少しでもメラリカを助けるつもりで前に出た。


「この城にいた王族や兵士、使用人たちは全て、統一大精霊によって吸収され、消えてしまいました。生き残ったのは、メラリカさんただ一人です」


 突然前に出てきた愁に、ルゼの冷たい視線が向けられた。不快感を漂わせるその視線は、いきなり割り込んできた他人に向ける当然の反応だ。


「君は?」


「俺は八乙女 愁です。事情があって、今はメラリカさんと行動を共にしています」


 ルゼの視線は、愁を見定めるようなものだった。そこに敵意はないが、その眼差しはすべてを見透かされているようで、愁は不安を覚えた。


「そうか、状況は大方、私の知っている通りのようだな。事情はわかった。それはさておき……オベロルスト様が何故ここに?」


 ルゼの視線は、エリルの腕の中で抱かれている三毛猫──オベロルストに注がれていた。その問いに対し、相変わらず愛くるしい猫の姿とは似つかわしくない、渋い声でオベロルストが応える。


「久しいな、ルゼ。いや、エリルがこの城に囚われてしまってな。救出するために愁に協力してもらったのだよ」


「オベロルスト様がいながら、捕まってしまったと?」


「まあ、そういうことだ。エリルは、あちこち勝手に動き回るからな、手がかかる」


 耳を伏せて、どこか疲れた様子のオベロルストに対して、エリルの普段の行動が如何に自由奔放であるかが容易に想像できる。愁はその苦労に、同情の気持ちを抱かずにはいられなかった。


「それにしても……統一大精霊の現界とは……。被害が広がらなかったのは、オベロルスト様のおかげですか?」


「いや、それは違う。暴れ狂う統一大精霊を倒し、鎖に吸収されたメラリカの魂を呼び戻して器を創り、再びこの世へ現界させたのは、そこにいる愁だ」


オベロルストが淡々と話すその内容は、先の戦いの一部始終をかいつまんだ説明だ。そこに嘘や偽りはないが、かいつまみすぎて、嘘のようにしか聞こえない。


 もちろん、それを聞いたルゼは、信じられないという表情を浮かべ、疑いの眼差しを愁に向ける。


「それは何かの冗談ですか?オベロルスト様。神の一柱であるオベロルスト様ならいざ知らず、ただの人族が不完全とはいえ、現界した統一大精霊を倒せるわけがありません。それに、器の創造や魂の定着など、神域の業そのものではありませんか?」


「この私が嘘をついているとでも? そう思うのか、ルゼ?」


「い、いえ。そのようなことは……しかし……」


 壮大な話が展開され、先ほどから新事実的な発言も目立っているが、オベロルストとルゼの対話は、愁とメラリカが入り込む余地のないものだった。


 その後も二人は、状況説明や細かい話を続けており、エリルはつまらなそうにオベロルストを膝に乗せたままじっとしていた。その姿がどこか哀れにも見える。


 それから数分が経過した頃、不意に城の外から大勢の足音が聞こえた。


 開きっぱなしになっている門からは、立派な鎧を着た若きエルフの騎士が現れ、後ろには百人はいるだろうか、大勢の兵士たちを従えていた。彼らは城内に足を踏み入れると、すぐに愁とメラリカを見つけ、安堵の表情を浮かべる。騎士はメラリカの目の前に跪き、深々と頭を下げた。


「メラリカ王女殿下!ご無事で何よりです。城の不穏な気配を感じ、兵を連れて参りましたが……随分静かですね。何かあったのでしょうか? 城下では、突然現れた鎖に縛られるという事件が起きていましたが……」


「フォーレンス卿、お久しぶりです。えっと……それはですね……」


 フォーレンス卿と呼ばれた騎士は、キアナ王国の貴族の一人である。そうなると、この場に戦争中のメメント精霊国の王であるルゼの存在は問題だと思われたが、気づけばルゼの姿は消え、オベロルストとエリルだけが残っていた。


 状況判断に抜かりがないあたり、一国の王としての才を感じさせる。


 しかし今、もう一つの問題は、この状況をどう説明するかだ。相手は貴族であり、フォーレンスが王家寄りの人物かどうかは不明だが、下手に説明すれば混乱を招きかねない。しかし、アドリブで乗り切るには難しいこの状況で、メラリカは一切臆することなく説明を始めた。


「我が国は第三者の介入により、メメント精霊国との戦争が仕組まれ、父と兄はその第三者により洗脳され、命を落としました。私は、隣にいる人族の友人、愁さん、そしてオベロルスト様の助けにより無事でしたが……城にいた者たちは、王族も含めて、全てが……」


「本当ですか!? 王家の方々までもが……こ、このままでは国が崩壊してしまいます」


 メラリカ以外の王族が皆殺しにされたとなれば、その事実が国民に広まれば、キアナ王国は未曾有の混乱に見舞われるだろう。権力争いが激化し、国の崩壊は時間の問題だ。


「その通りです、フォーレンス卿。このままでは我が国は崩壊の一途を辿ります。元々、私は国を離れ旅をしていた身。私ひとりの力では、この状況を収めることは到底できません。そこで……ルゼ様に助力をお願いしようと思います。もともと、メメント精霊国とは友好国でした。父が洗脳を受けなければ、戦争に発展することはなかったはずです。事情を説明すれば、ルゼ様ならばきっと力を貸してくれるでしょう」


「それはそうですが……本当に、そんなにうまくいくでしょうか?」


 フォーレンスの表情には困惑が浮かんでいた。王家が壊滅し、その上、戦争中の敵国の王に助力を頼むというメラリカの提案が、彼にはあまりに突拍子もなく思えたのだろう。だが、メラリカは怯まず、真っ直ぐにその案を押し通そうとしていた。その姿は、もはや、無理やりにでも話をまとめる覚悟ができているようだった。


「そこは、私がなんとかします。フォーレンス卿は主だった貴族の方々に、王族の死を伝えてください。それと、迅速に被害に遭われた国民の確認を。さらに、この情報が国民に広がらないよう、情報の規制もお願いします」


「は、はい!すぐに!」


 メラリカの勢いに気圧されたのか、フォーレンスは彼女の言葉にすぐ従い、その場を去っていった。連れていた兵士たちも一斉に動き出し、フォーレンスは迅速に対応を開始した。


「すごいですね、メラリカさん……」


 それを見守っていた愁は、自然とそう感想を漏らしていた。即興のやり取りで、これほどの結果を出したメラリカは、やはり王家の一員としての強さを持っている。自分にはない才覚に、愁は憧れのまなざしに似た視線を向けた。


「いえ、今のはほとんど勢いですよ。それに、ルゼ様ならすでに後のことを考えているはずです。あ、でもこれでは完全に人任せですね……」


 少し茶化すようにメラリカが言うので、愁も応じて、肩をすくめながら返す。


「まあ、否定はしませんね」


「愁さん、そこは少し庇ってくれてもいいんですよ?」


 メラリカは笑顔を浮かべていた。家族を失った今、きっと深い悲しみがあるはずなのに、その表情は不自然に明るかった。愁には、それが前の偽りの笑顔とは違うことがわかっていたが、本物の笑顔であるのかどうかには、自信を持つことはできなかった。


「それでは、一旦城内に入りましょう。おそらく、ルゼ様もお待ちでしょう」


 笑顔を隠すようにして、メラリカが城へ視線を向けながら言う。


「そうなんですか?わかりました、向かいましょう。オベロさんとエリルちゃんも一緒に」


 四人で城の中に入り、メラリカの案内で応接室へ向かうと、ルゼはすでにそこに座って待っていた。彼は椅子に深く腰掛け、静かに彼らを迎え入れる。


「来たか。それで、これからどうするつもりだ、メラリカ」


「はい。私の考えをお話しします。確かに父アバルダが第三者の干渉を受けていたとはいえ、それを理由に戦争を無条件で終わらせることはできません。この戦争で命を散らした勇敢な戦士たちのためにも、けじめをつけなければなりません」


「ふむ、戦争を簡単に終わらせて良いものではないし、終わるものでもない」


「その通りです。そして、王族が皆、命を落とした今、私がキアナ王国の国家元首という立場にありますが、私ひとりではこの国を導くことは不可能です。そこで、キアナ王国は降伏を選びたいと考えています」


「降伏、か……分かっているのか?それは王家の権威の失墜を意味する。つまり、君は罪に問われることになるということだ」


「はい、覚悟しています。これは私が背負わなければならない罪です。どんな罰が下されようとも、それを受け入れる覚悟です」


 メラリカの決意ある声に、応接室は一瞬、静まり返った。愁もオベロルストも、この場において口を挟むことはできなかった。国全体に関わる重要な決断が、今まさに下されようとしているのだ。部外者が口を挟む余地などない。


 ルゼは、メラリカの決意のこもった瞳を見つめ、しばしの沈黙の後、静かに言葉を放った。


「分かった。その方向で調整しよう。メラリカは貴族たちへの説明を頼む。私は兵を引き上げてから、再びここに戻ろう」


「はい。ありがとうございます」


 ルゼは立ち上がり、応接室を後にした。


「メラリカさん、さっきの『罪を償う』って言いましたけど……どんな罪に問われるんですか?」


 ルゼが応接室を去ってからすぐに、愁はメラリカに問いかけた。聞き逃すことのできない発言があったからだ。


「そうですね。最悪の場合は斬首刑、良くて国外追放でしょうか」


「ざ、斬首っ!? さすがにそれは見過ごせませんよ!」


「ふふ、ありがとうございます。でも、これは私が背負うべきこと。愁さんには、最後まで見届けてほしいんです。どんな罰が下されようとも」


 愁は返事に困った。まるで奇跡のような出来事が起きて、再会できたというのに、最悪の場合、メラリカが処刑される。それを見届けることができるのか、答えは否だった。しかし、何を言ってもメラリカは決して譲らないだろう。愁は、メラリカの強い決意を無視して、連れ出すことはできなかった。


「……わかりました。どんな結末でも受け入れます」


「ありがとうございます。愁さんなら、そう言ってくれると思ってました」


 そう言うと、メラリカは再び微笑み、貴族たちへの説明に向けて席を外した。その後ろ姿には、背負う者としての強さが、確かにあったのだった。




◆◇◆◇◆◇




 統一大精霊の暴走と王家の滅亡の日から、数日が過ぎていた。


 メメント精霊国との戦争は、キアナ王国が降伏する形で幕を閉じ、双方の兵士は自国へと帰還していた。キアナ王国の城内には各地の領主や貴族たちが集められ、メラリカも連日続く会議に出席しているため、愁が彼女の姿を見ることはほとんどなくなっていた。


 二日目からは、メメント精霊国の王、ルゼも会議に参加し、今後のキアナ王国の行方を議論しているという。待つだけの長く感じられる時は流れ、日々が過ぎ去る。そして今日、ついに全てのキアナ王国民に向けて真実が告げられる日が訪れたのだった。


 演説の日時はすでに国中に知らされており、ルゼの精霊魔法を使って、その言葉は全国民に一斉に伝えられる手筈だ。城の客室で待つ愁は、メラリカの処遇がどうなるのか気がかりで、落ち着くことができなかった。そんな様子を見かねたオベロルストが、愁の膝の上に乗ってくる。


「愁、少しは落ち着け」


「え?あ、はい。でも、もし斬首刑なんてことになったら……」


 メラリカとは、どんな罰が下されても見届けると約束を交わしていた。それでも、もし彼女の首が落とされる瞬間を目の当たりにしたら、自分に抑えられる自信はなかった。約束を破ってでも、助け出してしまうかもしれない。


「まったく、愁、君にも年相応なところがあるんだな。戦う時の君はただの少年には見えなかったが……だが。まあ、心配するな。ああ見えて、ルゼはメラリカ嬢を大切に思っている」


「そうなんですか?」


「そうとも。メラリカ嬢が幼い頃から、ルゼは何度も彼女に会っている。彼女の魔法や戦闘の師でもあるのだからな。それに、今のメラリカ嬢には、君という頼もしい仲間がいる。おそらく、国外追放にされるだろう。そして、君に後のことを託すつもりだろう」


「……そうですか。わかりました。今は待ちます」


 時間は午後一時を回っていた。ルゼが演説を行うと指定した時刻だ。


 国中の人々が固唾を呑んでその言葉を待つ中、愁も不安な気持ちを抱えていた。彼の心を覆っていたのは、メラリカの運命がどうなるのかという一抹の恐れだった。


 そんな中、精霊魔法によって、ルゼの声が鮮明に国中へ響き渡る。


「キアナ王国の民よ、私はメメント精霊国の王、ルゼ・オラクゼスナである。まず初めに伝えたいのは、キアナ王国と我が国との戦争が、キアナ王国の降伏により終結したという事実だ。そして次に、キアナ王国の国王、アバルダ・キアナ・シュトバルティアは、我が国ではなく、正体不明の第三者による洗脳を受け、彼は禁忌とされる統一大精霊の召喚を行い、城下町と城内にいた王族を含め、およそ五百名の命を奪った。生き残った王族は、メラリカ・キアナ・シュトバルティアただ一人である」


 その言葉は、キアナ王国の全ての民に衝撃を与えた。城下町と城にいた大勢の命が失われ、王家も滅亡した──そんな現実に、誰もが耳を傾けるしかなかった。


「その後、メラリカ第一王女は降伏を宣言し、王権の全てを私に譲渡した。これにより、キアナ王国の全ての領土と国民は、本日をもってメメント精霊国の一部となる。突然のことで混乱もあろうが、これは決定されたことであり、従ってもらう他ない」


 ルゼの厳粛な言葉に、国民たちは驚きつつも耳を傾けていた。自分たちの未来がどうなるのか、期待と不安が入り混じる中、国中の人々はその声に聞き入った。愁もまた、メラリカの処遇が決まるその瞬間を、息を呑んで待っていた。


「当然のことだが、我が国の一員となるということは、我が宝となるということだ。国民は国の宝であり、元々は別の国であったとしても、そこに差別や不当な扱いは許されない。もしそれがあれば、私は決して見逃さないだろう。具体的な統治の方針については、各地の領主が説明を行うが、最後に重要な話がある。洗脳を受け、禁忌に手を染めたキアナ王家の唯一の生き残りであるメラリカ第一王女の処遇についてだが──」


 そこで、ルゼは一瞬、言葉を止めた。その沈黙は、キアナ王国の全ての民に重く響く。メラリカの運命が決まるその瞬間、誰もが固唾を飲んで次の言葉を待った。


「彼女が持つ権威や財産をすべて取り上げた上で、メメント精霊国が統治する全領土から国外追放とする。民よ、この決定には異論もあるだろうが、これはメラリカ第一王女自身の強い願いであり、罪を償いたいという彼女の想いを汲んでのことだ。……これにて本日の演説を終える。全ての民の幸せと、国の繁栄を祈って。精霊の加護があらんことを」


 ルゼの演説が終わり、キアナ王国は正式にメメント精霊国の一部となった。その後、予想されていたほどの混乱は起きず、国民たちは新たな現実を受け入れたことを証明していた。メラリカの処遇に対しては「彼女は悪くない」という声が一部から上がったが、それ以上の騒動にはならなかった。街や村は今も平和な日々が続いている。


 メラリカは、王女としての全ての手続きと権利の引き継ぎを終えた。そして、本日をもって彼女の役目は終わりを告げた。それは、キアナ王国第一王女としての人生が幕を閉じたことを意味する。彼女に残されたのは、ただ一つ、『メラリカ』という名前だけだった。


 そして、その日のうちに彼女は出発しなければならなかった。すべての引き継ぎが終わったら、国を発つというのが条件の一つだったからだ。


 港は、精霊がお見送りに来てくれたかのように、雲ひとつない晴天の下、海面には太陽の光が反射して、水面がゆらゆらと形を変え、まるで宝石のように輝いている。


 しばらくすると、港にはティルマス大陸行きの船が到着し、次々と人々が降りてくる。あっという間に港は賑わい、混雑していった。それを避けて、一角に控えていた愁たち。彼らを見送りに来てくれたのは、オベロルストとエリル、そして驚くことに、ルゼも姿を見せていた。


 船からすべての乗客が降りた頃、混雑も少しずつ解消され始め、別れの言葉が告げられた。


「愁、エリルの件は助かったぞ。近いうちに君の村にも顔を出そう。その時は豪華な宴を期待してるぞ?」


「バイバイ!気をつけてね!また遊ぼうねっ!」


 オベロルストはいつものようにエリルに抱かれていた。愛くるしい姿に似合わぬ渋い声で見送りの言葉をかける姿は、やはり独特だった。愁も微笑を浮かべながら返事をする。


「オベロさん、もちろんいつでも歓迎しますよ。エリルちゃんもまた遊ぼうね!」


 メラリカも頭を下げて応じた。


「オベロルスト様、今回のご恩は決して忘れません。村にお越しの際は心を込めておもてなし致します。エリルちゃんも楽しみにしていてくださいね」


 そして最後に、ルゼが柔らかな表情でメラリカと愁に言葉をかける。


「メラリカ、言葉では語れぬほどに辛いことも悲しいこともあっただろう。だがそれも全て君の糧となり、今後の力になるはずだ。信頼できる仲間もいるようだし、もう心配はいらない。ただ、一つだけ約束してくれ。必ず、幸せになると」


 そう言うと、ルゼは懐から小さな球体を取り出した。ほんのりと緑色に輝く不思議な球体だった。


「ルゼ様、これは?」


 メラリカはその球体に目を向け、尋ねた。ルゼは微笑みながら手の平にその球体を置き、軽く手をかざした。すると、球体は変形し、立派な弓の姿となった。それは、統一大精霊が使用していたものに酷似している。


「これは、精霊武器──木の大精霊を宿した『精霊弓チュラルターゼ』だ。私はもう君を守れない。だから、この弓を託す。メラリカなら、これを正しく使いこなせるだろう」


再びルゼが手をかざすと、弓は元の球体に戻った。メラリカは目を潤ませながら、深々と頭を下げる。


「ありがとうございます、ルゼ様。このご恩は一生忘れません。これから私は、愁さんと共に自由で平和な世界を目指し、この弓を、そして私の命を使います。亡くなった方々に恥じないように、生き抜いてみせます」


 ルゼは満足そうに頷き、次に愁に視線を向けた。


「愁、メラリカのこと、よろしく頼むぞ。君の目指す道をメラリカから聞いた。君の思想が変わらぬ限り、我々が敵対することはないだろう。険しい道だが、見事に成し遂げてみせろ」


「はい!必ずやり遂げます。また会う日には、共に歩む仲間として」


 二人は固く握手を交わした。偉大な王からの言葉は愁の胸に重く響いたが、それはただの重荷ではなく、彼を力強く後押しするものだった。ルゼの言葉は、これから進む険しい道を理解しているからこそ、愁にかけられた真の激励だった。


「私の隣にまでたどり着け。楽しみにしているぞ、八乙女 愁。君の道に精霊の加護があらんことを」


 その瞬間、港に汽笛が響いた。ティルマス大陸行きの船が出港する時間が来たのだ。


「もう時間ですね。さあ、船に乗りましょう。そして帰りましょう、俺たちの村に」


 差し出された愁の手を、メラリカはしっかりと握り返した。その手は、彼女が新たに選んだ未来の象徴であり、今度こそ本当の仲間として歩む道だった。


「はい!帰りましょう、私たちの村に」


 そう言って、メラリカは、偽りのない、本物で、最高の笑顔を浮かべたのだった。

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