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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第三章 新たなる世界 【エルセリア大陸 編】

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第12話 クラフトマスター


 〈気配探知〉で感じ取った反応は、間違いなくメラリカのものであった。統一大精霊に吸収された後、完全に気配が消えてしまい、その存在は失われたと思っていた愁。しかし、障壁を破り本体に近づいてみると、その反応は確かに統一大精霊の中に存在していた。


「まだ……消えていない?」


 愁は安堵の息を漏らし、メラリカが世界から完全に消えていなかった事実を確認する。それは大きな希望ではなかったが、復讐に燃え、怒りに囚われた愁にとって、その小さな希望は十分な救いであった。視野を狭めていた怒りから一歩踏み出し、彼の心には久々の平穏が訪れる。


 統一大精霊に向かって進む愁の姿は、まるで飛んで火に入る夏の虫のようだ。前に進めば進むほど、その巨体から放たれる凄まじい力が愁の体を傷つける。皮膚が裂け、至る所から血が吹き出す様は、まるで自殺行為にも見えるかもしれない。だが、愁はただ復讐に身を投じているわけではない。彼が追い求めているのは、目の前にある小さな希望。その希望を掴むために手を伸ばし、諦めずに前進しているのだ。


 そして、ついに愁の手が統一大精霊の本体に届いた。だが統一大精霊は、愁に触れられても反応を示さない。攻撃してくる様子もなく、ただ静かにそこにいるだけだった。明らかに力が枯渇しているのだ。もしこれ以上の力を使えば、統一大精霊そのものが消滅してしまうことを自覚しているのだろう。


 愁はこの状況を利用し、統一大精霊に直接触れることで、より詳細な情報を得る。そして、小さな希望であったものが、確かなものへと変わる。


 メラリカの魂が、まだ統一大精霊の中に存在しているのだ。


「メラリカさんの魂は、まだ……!」


 メラリカの魂の器である肉体はすでに失われているが、魂自体は確かに存在している。その事実に、愁は大きな希望を見出す。そして、その瞬間、愁の頭の中で誰かの声が響いた。それが外部からのものなのか、内なる自問自答なのかは定かではないが、愁にはすぐに答えが出た。


『お前は何者だ?』


「八乙女 愁だ。別の世界から、この世界に自分という存在と力を持ち込んだ」


『その力とは何だ?』


「俺が第二の世界で手に入れた、クラフトマスターの力。すべての創造を司る力だ」


『では、今のお前にできることは何だ?』


「答えはもう出ている。あとは、それをやり遂げるだけだ──」


 問答の末に出た答え。それは、未知の領域への挑戦であり、この世界における常識を超越するものだった。愁は、絡みつく常識の鎖を引きちぎり、自分の力をこの世界に証明する覚悟を決めた。


「待っててください。メラリカさん。今、俺があなたをあるべき姿に戻しますから!」


 愁の体から溢れ出した黄金色の光、それは彼の覚悟と想いに呼応するように強く輝いた。クラフトマスターとしての象徴であるその光は、希望の光となり、彼の未来を照らしていく。


 この世界にメラリカをメラリカたらしめるもの、それは魂だ。その魂がここにある限り、愁はそれを辿り、メラリカを再びあるべき姿へと創造することができる。愁は持てるすべての力と能力を全身全霊で統一大精霊に注ぎ、右手に集中させた。すると、膨大な情報が彼の頭に直接流れ込んでくる。それは、統一大精霊の中に存在する三つの魂の情報だった。


 一つはメラリカのもの。もう一つは、おそらくメラリカの兄のもの。そして最後は、メラリカの父の魂。約五百人もの魂がかつては存在していたが、そのほとんどが先の戦いで失われ、残ったのはこの三つの上位の魂だけだった。しかし、その中でもメラリカの魂は弱々しく、今にも消えそうなほどか細い。


「このままでは、メラリカさんの魂が……」


 希望の光に暗雲が立ち込めるかと思われたその時、統一大精霊に触れる愁の右手を通じて、二つの強い意思が彼の心に伝わってきた。それは、メラリカの父と兄の想いだった。


『私たちの魂を使ってくれ──』


『この罪が少しでも償えるならば──』


 それは、娘を愛する父と、妹を守りたい兄の切なる想いだった。二人の強い愛の力が愁の手に集まり、彼の力を後押しする。彼らの魂が触れた瞬間、愁から放たれる黄金色の光はさらに輝きを増し、世界を照らし出す。


「ありがとう……二人とも……」


 愁は感謝を胸に、メラリカの魂を探し出し、その根源を見つけ出す。そして、その存在を一から再び創造するために、必要なものを一つずつ慎重に集めていく。魂に刻まれた大切な記憶を壊さないように、繊細に手繰り寄せ、少しずつ、少しずつ紡いでいく。


 そして──


 オベロルストの固有世界が、一層強く、眩く輝く黄金色の光に包まれていく。


 その光の中、愁の力によって魂が引き離された統一大精霊は、声ひとつ上げることなく、その存在を終えようとしていた。消えていく統一大精霊は無数の光の粒子となり、黄金色の光とはまた異なる輝きを放つ。その光の粒子は次第に増えていき、オベロルストの固有世界は、まばゆい黄金色の光と無数の粒子で満ちていくのだった。


 その様子を見ていたオベロルストは、目の前で起こる奇跡を精霊たちが後押ししていることに驚きながらも、どこか納得しているような表情を浮かべていた。


「そうか……精霊たちも愁の想いに応えるのか。まさか、ここまでとはな。これでは神界の連中も黙ってはいられまい」


 オベロルストの瞳に映るその光景は、神話の時代の戦いを彷彿とさせた。それも、かつて共に戦った盟友──フロストフィレスの姿に重なるからだ。


 遥か昔、創造神が生み出した美しい世界を取り戻そうとした者がいた。悪しき神に弄ばれ、支配されてしまった世界に抗い、一人で孤高に戦い続け、ついには神の座にまで上り詰めた彼を、悪しき神は『悪魔』と呼んだ。


 その悪魔の強き想いやまっすぐな願いに応えるように、仲間が一人、また一人と集まり、幾度もの血戦を繰り返しても決して諦めることなく彼らは戦い抜いた。だが、圧倒的なまでの力を持つ悪しき神の抵抗と、内部からの裏切りにより、悪魔は激闘の末、ついに敗れ去った。それでも、最後まで仲間を守り、愛する人を、美しい世界を取り戻すために戦ったその姿は、伝説として今も語り継がれている。


 それから長い時が過ぎたが、その悪魔の想いを継ぐ者は現れなかった。


 しかし、今、オベロルストの目の前で運命に抗い必死に戦う少年──愁は、彼のかつての盟友に似ている。世界を変える力と覚悟を持つ者だ。既に諦めてしまった自分とは異なる、光輝く新たな英雄の姿を前に、オベロルストは盟友フロストフィレスに想いを馳せた。


「フロストフィレスよ、お前の想いを継ぐ者が現れたかもしれぬな。彼なら、この世界を変えられるかもしれん……何せ、お前によく似ているよ。小さな希望にすら諦めず、運命に抗う姿がな」


 黄金色の光と精霊たちの輝きの中、愁の右手には、小さく温かい手が触れた。それはメラリカの右手──鏡合わせのように合わさったその手から、腕、肩、そして全身が少しずつ創られていく。その姿は、この世界にメラリカという存在を再び彩っていくのだ。


 どこからともなく声が聞こえた。それは子どものような、繰り返される「頑張れ、頑張れ」という声。その声は、無数の光の粒子──精霊たちの声であった。本来、エルフの一部にしか扱えない精霊の力を、人族である愁には使うことはできないはずだった。


それでも、精霊たちはその力を愁に託したのだ。精霊は、世界そのものが生み出した神秘的な存在であり、創造者たる神々ですら干渉していない。つまり、精霊は世界の意思である。その意思が、愁に力を貸すことを選んだのだ。


 精霊たちの声援と力を受け、愁の力は爆発的に高まっていく。その力の手綱をしっかりと握り、最も繊細で絶対に失敗の許されないクラフトが始まる。


 それは、魂の定着──メラリカの魂を器に定着させる作業だ。通常なら、魂をそのまま器に収めるだけで終わるが、メラリカの魂は弱っており、そのままでは器への定着に耐えられない。そこで、メラリカの父と兄の魂を使い、メラリカの魂を保護し、負荷を肩代わりさせるのだ。


 愁はその右手を通して、メラリカの器に本来あるべき魂を満たしていく。すべての魂が満たされ、メラリカという存在がこの世界に再び確立される。メラリカを守り続けた父と兄の魂は、彼女の魂とひとつに溶け合い、個別の輝きを失ってしまう。しかし、それでも消えるわけではない。


 彼らの魂は、永遠にメラリカと共にあり続ける。


 魂の定着が完了すると、黄金色の光はゆっくりと収束し、残ったのは精霊たちのキラキラとした粒子の輝きだけ。その光の粒子は、まるで祝福するかのように、宙を舞い、歌い踊るようだった。


 そんな精霊たちの祝福の中、メラリカの意識が目覚め、ゆっくりと瞳を開いた。メラリカが最初に目にしたのは、血だらけでボロボロになった一人の少年――愁だった。その少年は、嬉しそうでありながらも悲しそうな、複雑な表情で彼女を見つめている。


 次第に、メラリカの記憶に消えてからの出来事が鮮明に蘇る。濁流のように押し寄せる記憶を理解し、今まで起きていたことを思い出すと、メラリカの瞳から堪えきれない涙が溢れ出した。


「愁さん、ありが……」


 その言葉を遮るように、愁は彼女の体を抱きしめた。


 もう会えないと思った。また、失ってしまったと思った。助けると誓ったのに助けられなかった──様々な感情が愁を突き動かし、衝動的に彼女を抱きしめたのだ。彼はメラリカの存在を確かめるように、ここにいることを確認するかのように強く抱きしめていた。メラリカは愁の行動に驚きつつも、命を懸けて戦った彼を突き放すことなどできず、そっと優しく、傷だらけの愁を抱きしめ返す。


「メラリカさん……本当によかったです」


 愁の腕は少し痛いくらい強く抱きしめられていたが、今の彼女にとってその痛みは心地よく感じた。それは、自分がこの世界に生きている証だった。もう二度と戻れないと思っていたこの場所に、再び立てているのは、諦めずに戦ってくれた愁と、命を捧げて力を貸してくれた父と兄のお陰だった。


「愁さん、本当にありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか……」


「お礼なんていりません。メラリカさんがいてくれればそれで……でも、お父さんとお兄さんを救うことはできませんでした。すみません、俺の力不足です」


 愁のその言葉に、メラリカの胸は痛んだ。彼女は、父と兄が全てを愁に託して、その魂を自分という器に捧げたことを知っている。彼らが統一大精霊として魂の中で存在していた時、メラリカはそのやり取りを目の当たりにしていたのだ。


 しかしそれは、父と兄が最後に自ら選んだ道であり、それを愁が責められるべきことは何もない。それなのに、愁はその罪さえも自分で背負い込もうとしている。メラリカは、愁という少年の心の優しさに少しだけ心配にもなってしまう──彼はどれだけ優しい人なのだろうか。


「愁さん……いいんです。父と兄が決めたことですから。それに、私の中で二人はいつまでも生き続けています。愁さんは何も悪くありません。だから、どうか謝らないでください」


 愁からの返事はなかった。彼なりに何かしらの決心をつけているのだろうが、一度抱いてしまった罪の意識を払拭するのは、そう簡単なことではないのかもしれない。今の自分にできることは、ただ優しく彼を抱きしめ、温かな言葉をかけること。それだけでも愁の心が少しでも軽くなるなら──そう思い、メラリカは愁を強く抱きしめた。優しく包み込むようにしながら、彼を離そうとしない。


 しばらく無言で抱き合う二人に、突然風がそよぎ、メラリカの肌を撫でた。風の感触が妙に生々しいと感じ、視線を自分の身体に向けると──メラリカは驚愕の事実に気づいた。


「あ、あのっ! 愁さん!? 私……裸っ⁉そのっ! ふ、服をっ!」


 メラリカは、目を見開き、顔を真っ赤にして慌てふためく。感動的な再会の余韻が、一瞬で吹き飛んでしまうほどの出来事だった。しかも、裸のままで男性に抱きしめられているという状況が、恥ずかしさをさらに倍増させていく。放浪の旅をしていたとはいえ、一国の王女。男性とのそういった触れ合いには経験もない。


「あ、そうでしたね。わかりました。今、服を……」


「ダメっ! 見ちゃダメですっ!」


 愁が体を離そうと動いた瞬間、メラリカは慌てて彼の目を手で塞いだ。


「うわっ! メラリカさん? 前が見えませんよ……」


「見えなくていいですっ! そんなに私の裸が見たいんですか!?」


 混乱したメラリカは、思わずわけの分からないことを口走ってしまった。さらに顔が熱くなり、きっと手のひらも赤く染まっているだろう。そのあまりの慌てぶりに、愁は思わず笑いそうになるが、からかうように軽口を叩いてしまう。


「いや、まあ、その、見たくないと言ったら嘘になりますね。はい」


 その冗談に、メラリカがどんな返事を返してくるのか、愁は興味を持ちながら耳を澄ませた。しかし、メラリカからの返答はない。もしかして、怒らせてしまったのだろうか。メラリカの沈黙に愁は僅かな焦りを感じる。


「あれ? メラリカさん?」


「……もうっ! 愁さんのえっち! いいから、早く服をくださいっ!」


 やはり怒られてしまった。これ以上は流石に可哀想なので、愁は手探りで『エンドレスボックス』の中から適当な衣服を取り出し、メラリカに渡した。


「と、とりあえず、これを着てください……」


「まったくもうっ! 向こう向いててくださいね!」


「はい……」


 メラリカの手から解放された愁は、後ろを向いて彼女の着替えが終わるのを待った。適当に取り出した服だが、いったい何を渡したのだろうか。少し不安に思いながらも、特に変な服を持っていないはずだと自分に言い聞かせる。


 しばらくして、メラリカから声がかかる。


「あの、愁さん? この服で本当にいいんですか? なんだか薄いし、下は何も……」


 愁が振り返ると、メラリカは大きなワイシャツ一枚を羽織っていた。どうやらサイズが合っておらず、丈がミニスカートほどになっていた。つまりはメラリカには大きなサイズという事だ。彼シャツ感が何とも言えない感じになってしまっている。


 そしてなにより、メラリカの立派な胸元が強調され、思わず愁の視線がそちらに引き寄せられてしまう。


「あ、あー……そうですね。間違ってはいないですね。はい」


「どこ見てるんですか!」


「す、すみません……」


 また怒られてしまった。さすがにこのままでは彼女を困らせてしまうので、愁は再びボックスからエルフの装束を取り出し、メラリカに渡した。


 メラリカが再度着替えを終えると、ようやく彼女は落ち着きを取り戻したようだ。


「やっと落ち着けますよ。まったく、愁さんじゃなかったら許してませんからね?」


「はい、今後は気をつけます……」


 そのやり取りをしている二人に、小柄な金髪の少女と一匹の三毛猫が近づいてきた。


「答えを見つけたようだな、愁。メラリカ嬢も無事で何よりだ」


「ドーンってなったり、ピカーってなったりして、よくわからなかったけど……おかえりなさいっ! あっ、そうだ! 私、エリルっ! よろしくね!」


 明るくにひひーっと笑うエリルに、愁とメラリカは交互に握手を交わした。


「俺は八乙女 愁。よろしくね」


「私はメラリカです。よろしくね、エリルちゃん」


 あれだけの出来事をまったく気にしないような、そのひどくマイペースな態度に、さすがオベロルストと共にいるだけのことはあるなと、愁は感心した。


「それじゃ、元の場所に戻ろうか? 愁、戻っても大丈夫か?」


「あっ、はい! お願いします」


 前触れもなく、一瞬で城の庭園に移動した。黒い雲が立ち込めていた空は晴れ、輝く太陽が庭園を明るく照らしている。


 変わらない戦闘の傷跡が庭に残る中、一人だけ見知らぬ人物が立っているのに気づく。その男は金色の髪を持つ美しい顔立ちのエルフで、若く見えるが、ただの若者ではない。貫禄と威厳、隙のない戦装束に身を包んだその姿から、大物であることが一目でわかる。


 男は鋭い視線を一度愁に向けるが、すぐにその表情は穏やかなものに変わり、メラリカに親しげに声をかけた。


「無事であったか、メラリカよ」

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