第7-1話 戦闘の訓練
訓練を開始してから三日が経過した。
初日から今日まではライトの剣術指導をしつつ、愁が作成した武器と防具を体に馴染ませるため、ひたすら基礎動作を繰り返すことから始まった。
ライトに渡された剣は、柄に三つの魔石を装備できる仕様のロングソード。魔力を行使せずとも、魔石をセットすれば簡単な補助魔法を発動できる利便性を持つ。
そして、剣術の習熟が足りないライトのために、刃の切れ味と耐久性を強化し、筋力や攻撃力に補正をかける細工が施されていた。
防具は徹底的に防御力に特化させた。物理と魔法双方の耐性を高め、わずかではあるがHPつまりは傷などの負傷を自動回復する効果を付与した。
頑丈でありながら、普段着に近い見た目の灰色の騎士服として仕立てられており、動きやすさも確保されている。
「どうですか、ライトさん。防具と武器の使い心地は?」
愁の問いかけに、ライトは荒い息を整えながら、ゆっくりと頷いた。
「えぇ……。すごく馴染みます。思ったより軽くて、動きやすいですし……」
「それならよかったです。しばらく休憩してください。次はリリーの指導に行きます」
愁は言い終えると、軽やかな足取りでその場を離れる。
その姿を見つめながら、ライトは奥歯を噛みしめた。自身が限界を迎えそうになっているのに、自分よりも年下の愁は平然としている。その圧倒的な差に、否応なく自分の未熟さを突きつけられる。
(……まだまだ弱いことは分かっている。だからこそ──やるしかない)
決意を胸に、愁の背中を見つめながらライトは拳を握りしめた。
一方その頃、愁はリリーニャとの訓練が始まっていた。
「ほら、リリー!結界は常時展開できるように!それを維持しつつ、連発できる魔法の手札を増やしていくよ!」
愁の鋭い掛け声とともに、剣がリリーニャの展開した結界に何度も叩き込まれる。
結界というものは、攻撃を受ければ不安定になる。壊されずに維持するには、途切れない集中力と瞬時の対応力が求められる。愁はそれを鍛え上げるため、わざと彼女を極限まで追い込んでいた。
「うわわっ!これ難しいよーっ!」
必死に耐えるリリーニャの表情は、焦燥と苦悶に満ちていた。全身から噴き出す汗が地面に滴り落ち、足元の砂を濡らしていく。呼吸は荒く、体力の限界が近づいているのは明らかだった。
「結界の維持だけじゃ相手は倒せないよ!その杖は強いけど、それに頼りきってたら必ず足元をすくわれるからね」
リリーニャの持つ杖は、魔力消費なしで強力な上級魔法を発動できる。だが、それに甘えれば己の成長を阻むことになり、杖が使用できない場合には弱みとなってしまう──愁はそれを許さない。
「もっと!もっと集中して!限界だと思ったところからが、本当の勝負だよ!」
「ひ、ひぃぃぃっ!も、もう無理ぃぃぃっ!」
悲鳴を上げながらも、リリーニャは必死に結界を維持する。その必死さに、愁は密かに満足げに頷いた。
(よし、そろそろ限界か……)
最後の一撃を加えた後、愁はふっと剣を下ろした。
「よし!リリー、少し休憩しようか」
「は、はい~。ふぅ、愁くん!リリー疲れたぁぁぁ!」
力尽きたようにその場に倒れ込むリリーニャ。全身汗だくで、肩で荒い息をする彼女を見て、愁は苦笑しながら手を差し伸べた。
「そんなところで寝たら服が汚れるよ」
「じゃあ、ライトのところまで運んで!」
リリーニャは両手を広げ、甘えるように要求する。愁は呆れたようにため息をついたが、結局は彼女を優しく抱き上げた。
「はいはい、お姫様抱っこでよろしいですね、お嬢様?」
「わーい!やったぁ!」
無邪気に喜ぶリリーニャを抱え、愁はライトのもとへと向かう。ライトはその様子を見て苦笑した。
「すみません、またリリーがわがままを……」
「いえいえ、もう慣れましたから」
そう言って、愁はリリーニャを優しく地面に下ろし、エンドレスボックスから水筒とコップを取り出した。中身は湯気の立つ紅茶だ。
「これは……いい香りですね」
ライトが感嘆しながら紅茶を口に含むと、リリーニャも興味津々でカップを手に取る。
湯気の立つ紅茶に、ふうっと息を吹きかけながら、一口飲むリリーニャ。しかし、口に含んだ瞬間、彼女の猫耳がピンと立ち、予想以上の熱さに小さく舌を出し、眉をひそめた。
「あついっ!けど美味しいね!」
そんな彼女の様子を見て、愁は優しく微笑みながら、そっと砂糖を差し出す。
「気を付けてね。あと、これを入れてごらん。甘くて美味しくなるよ」
リリーニャは興味津々に砂糖を紅茶に入れ、スプーンで静かにかき混ぜる。そして、おそるおそる再びカップを傾けた。紅茶が舌に触れた瞬間、彼女の顔がぱっと輝く。
「あまーい!こっちの方が好きかも!」
彼女の満面の笑みが、場の空気を和やかにする。束の間の安らぎ。しかし、それはあくまで短い休息に過ぎなかった。次に待ち受けるのは、苛烈な訓練だ。
ライトは微笑ましい様子を見届けると、静かに紅茶を飲み干し、迷いなく立ち上がった。その瞳には、揺るぎない決意が宿っている。
「愁さん、続きお願いします」
「え?もう休憩大丈夫なんですか?」
「はい、大丈夫です。時間がもったいないですから」
その言葉には一切の迷いがない。愁は軽く息をつきながらも、彼の真剣な眼差しを見て、心の中で小さく頷く。
「……わかりました。行きましょう」
リリーニャに水筒と砂糖を渡し、愁はライトの訓練を再開する。
ライトの瞳には強い意志が宿っているが、それと同時に、どこか焦燥感も滲んでいるのが気になった。
(焦ってるよな……?今は『土台』を作る段階だから、あまり焦ってはほしくないけど……)
現在のライトは、装備によって身体能力を大幅に底上げされている。しかし、その恩恵を最大限に活かすためには、強化された身体に適応しなければならない。
だが、彼の動きにはまだ僅かなぎこちなさが残っていた。身体の強化に身体そのものが追い付いていない。
「とりあえず、俺がひたすら打ち込みますので剣で受け止めてください。徐々に速度を上げていくので、最終的には全て捌くのを目標にしましょう」
「わかりました。よろしくお願いします!」
ライトの声には熱がこもっている。努力を惜しまない姿勢は素晴らしいが、一ヶ月という短い期間で形にするには、ただがむしゃらにやるだけでは不十分だ。焦れば焦るほど、基本の精度が乱れ、習得すべき技術が歪んでしまう。
──訓練開始。
愁は宵闇を構え、一歩踏み込む。
瞬間、鋭い風切り音と共に斬撃が走る。ライトは必死に剣を構え、受け止めようとするが、衝撃で体勢が崩れかけた。
「っ……!」
「足元が甘いです!」
愁の容赦ない一喝。
ライトは歯を食いしばりながら踏ん張り、何とか体勢を整える。しかし、次の一撃はすぐに迫っていた。
愁の訓練は続く。
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