第1話 久しぶりの村
村を空けている間、愁は何度も心配していた。自分がいない間に何か良くないことが起きているのではないかと。けれど、馬車を進めるにつれ、村の無事を確信する。穏やかな笑い声と木々の間を抜ける子どもたちの楽しげな声が風に乗って耳に届いてくるのだ。
遠くに見える村の様子は平和そのもので、住人たちは日々の仕事を淡々とこなしながら、笑顔を絶やさずに暮らしているようだった。試験的に導入した『二日働いて一日休む』という仕組みが、少しずつ村に馴染みつつあるのだろう。今日はどうやら休みの日らしく、陽だまりの中で談笑する人々や、井戸端で水を汲みながら話し込む女性たちの姿があちこちに見える。そして、陽気な子どもたちが風のように駆け回るその光景には、心が自然とほころぶ。
空はどこまでも晴れ渡り、冬の名残を思わせる冷たい空気の中に、太陽の暖かな光が優しく降り注ぐ。冷えた大地を包み込むその日差しは、まるで村人たちの日常を祝福しているかのようだった。
馬車が森を抜け、村の入り口で止まると、愁たち一行は降り立った。ライト、リリーニャ、リルアの三人はその村の光景に少なからず驚きを隠せない。とりわけ、差別の対象とされる亜人族たちが笑顔で自由に暮らしている様子は、彼らにとって想像以上のものだったのだろう。
「ようこそ!俺たちの村へ!名前はまだないけどね!」
愁は、入り口に立ち、にこやかに言い放った。その声に気づいた村人たちは次々と集まり始める。村中から大人も子どもも集まり、あっという間に村の入り口が人で埋め尽くされた。
「愁様!お帰りなさい!」
「ずっとお待ちしておりました!」
村人たちの声が次々と愁に向けられる。その言葉に応えるように、愁は一人一人に丁寧に挨拶を返していく。その姿に、ライトたちは少し驚いた様子を見せていた。彼らにとって、この村は既に『特別な場所』として映っているようだった。
そんな中、遠くから銀髪をなびかせたリアと、落ち着いた足取りで歩いてくるメラリカの姿が見える。
「愁さまっ!お帰りなさい!怪我とかありませんか?ずっと心配していました!」
リアはぱっと花が咲くような笑顔で駆け寄る。
「愁さん、お帰りなさい。村の皆さん、愁さんがいない間も真面目に学び、しっかりと日々の業務をこなしていましたよ」
メラリカは優雅な微笑みを浮かべながら、彼を迎える。その表情はどこか誇らしげだ。
「リア、ただいま。俺は元気だよ。メラリカさん、ただいま戻りました。留守を任せてすみませんでした。助かりました」
愁が微笑みながら礼を述べると、二人は頷き合って安堵の表情を見せた。
しかし、一気に集まった村人たちの中で、アウェイとなっているライト、リリーニャ、リルアはどこか居心地の悪そうな様子だ。そんな彼らを気遣うように、愁は村人たちの前に三人を連れて行く。
「みんな!今日は新しい仲間を紹介するよ!」
愁の声に、全員が期待に満ちた目を向ける。
「こちらはラリアガルド帝国の貴族、ライト・シィラビュロンさん。そして、その家族のリリーニャ・スターライト、最後に俺が保護者として預かることになったリルア。この三人が、これからこの村で共に生活をすることになる。よろしく頼む!」
三人が軽く頭を下げると、村人たちは一斉に拍手を送り、笑顔で歓迎した。その瞬間、三人にとって、この村が新たな居場所になることがはっきりと感じられた。
「また何か報告があれば声をかけるから、今は解散!皆、自分の時間を大切に過ごしてくれ」
愁の言葉が響くと、集まっていた村の人々は名残惜しそうに笑顔を浮かべつつも、それぞれの日常へと戻っていった。穏やかな陽光が降り注ぐ村の広場は、再び静けさを取り戻しつつある。
「ライトさん、璃里、リルアは俺の家にしばらく泊まってもらうことになるから……あ、リア!案内をお願いしてもいいかな?」
「はい!……あの、初めまして!わたしはリアといいます。よろしくお願いします!」
リアは少し驚いた様子を見せたものの、すぐに小さな胸を張って返事をした。初対面の緊張感が微かに残るものの、その声には明るさと真剣さが宿っている。きっと、頼られることへの責任を感じているのだろう。
一方、片足を失い、一人で歩くのが困難なリルアは、リリーニャに支えられて小さな片足を引きずるようにして進んでいた。その姿を見ていたメラリカがそっと彼女たちの方へと向かう。
長い金髪が陽光に輝き、優雅に揺れる。まるで風にそよぐ黄金の布のようだ。彼女は、三人の目の前に辿り着くと軽く頭を下げた。
「初めまして。私はメラリカと申します。訳あって今は愁さんの元でお世話になっています。皆さんもどうぞよろしくお願い致します」
その姿と言葉はどこまでも洗練されており、まるで村の質素な風景に不意に現れた貴婦人のようだった。
挨拶を終えると、メラリカはリルアに歩み寄り、膝を軽く折って目線を合わせた。その青い瞳には深い優しさが宿っている。
「失礼しますね」
リルアが驚いたように目を見開くのを気遣いながら、メラリカは彼女の体をそっと抱き上げた。リルアの体は軽く、抱き上げた瞬間、ふわりと彼女の黒い外套が揺れる。
「リルアさん、これで少し楽になりましたね」
柔らかな声にリルアは一瞬戸惑いを見せるものの、すぐに小さく頷いて「ありがとうございます」と微かに呟いた。彼女のかすかな声にもメラリカは微笑みを返し、そのまましっかりと支えて歩き出す。まるで母が幼子を守るようなその光景に、リリーニャも思わず安堵の息を吐いた。
愁は一歩引いてその様子を眺めると、静かに頷いた。リアとメラリカに任せておけば大丈夫だろう、と心の中で確信する。
「さて、俺も仕事に取りかからないとな」
そう呟くと、愁は村の端にある空き地へと足を運んだ。その場所は村のために新たな建物を建てる予定地だ。今回ライトとリリーニャが村に滞在することになったため、いわば大使館のような建物をここに構える必要がある。
冬の冷たい空気がわずかに残るものの、空には温かな陽光が広がっている。その光景を見上げながら、愁は呟いた。
「材料は帝国で準備してもらったし、これで十分だろう。さて、どんな建物にするかだな……」
数分間、立ち尽くしながら考えを巡らせる。どんな建物が村に馴染むだろうか。どうすればライトたちにとって快適な居場所になるだろうか。そしてその時、愁の頭にふとひらめきが落ちた。
「和風にするか!そうしよう!」
和風建築。『この世界にはない建築様式』という着想が、愁の心を強く揺さぶった。かつて『WORLD CREATOR』で研究し尽くした和風建築。その再現なら問題なくできる自信がある。しかも璃里──今はリリーニャと名乗る少女には日本での記憶がある。そんな彼女が過ごす家なら、故郷を思い出すような建物がふさわしいだろう。
愁の胸の奥で湧き上がる高揚感。それは単なる『作ってみたい』という遊び心以上の何かだった。新しい建物を構築することで生まれる喜び、そしてそこに住む者たちの笑顔を想像するたびに、彼の心は熱くなった。
「終わりよければすべてよし、だよな」
彼は青く澄み渡る空を見上げながら呟いた。その声音には確かな決意が込められている。遠くから風に乗って子どもたちの笑い声が聞こえてくる。村の平和な日常が、静かに彼の背中を押してくれるようだった。今日はこの村がまた一つ、新しい一歩を踏み出す記念すべき日になる。
彼がイメージしている建物は、平屋で瓦屋根をあしらった和風のもの。庭には日本庭園を作り、内部には畳や障子、襖を取り入れる。浴場にも拘りたい。家の中には木の温もりを感じられる風呂場を、そして外には夜空を仰ぎながら湯を楽しめる露天風呂を作る予定だ。その全てが彼の頭の中で鮮明に描かれ、土地の未来図となって広がる。
(畳や障子、襖はかなり細かい作りになるな。クラフトの能力だけでやり切れるか微妙だけど、最悪手作業で仕上げるしかないか。それもまた面白いチャレンジだな)
愁の脳裏には『WORLD CREATOR』で培ったクラフト建築の経験が蘇る。基本的な構造は、幅一メートル、高さ二メートルのパネルを組み立てていくパネル工法だ。それだけでも十分に建物を完成させられるが、彼が目指しているのはその先。独自の建材を創り出し、現実の建築に近い工程で作り上げる、より本格的な建築だ。
(あの時、ゲームの中だけど大工の師匠に学んだことがここで活きるなんてな)
愁はしばらく空想にふけりながら、即席で作った木製のベンチに腰を下ろした。目の前にはまだ何もない土地が広がっている。その地平線を見つめながら、彼の心には懐かしさとともに未来への期待が膨らんでいく。そんな時、後ろから控えめな足音が聞こえた。
「愁さん? 少しよろしいでしょうか?」
振り返ると、そこにはメラリカの姿があった。彼女はいつになく神妙な面持ちで、愁の隣に腰を下ろした。長い金髪が風に揺れ、陽光を受けてまるで絹のように輝いている。しかし、その美しい表情にはどこか陰りがあった。
「はい? 大丈夫ですけど、どうしましたか?」
愁がそう問いかけると、メラリカは一瞬ためらったようだったが、やがて口を開いた。
「先日、アールクトスの町の冒険者ギルドに行ってきたのですが、私宛に手紙が届いていました。その内容が……一度国に戻るようにというものでして。それで、急遽戻らなくてはいけなくなったのです」
「え? そんな急に? 何か問題でも起きたんですか?」
愁の問いかけに対し、メラリカは目を伏せ、困惑した表情を浮かべた。その瞳はいつもよりも揺れていて、不安を隠しきれていない様子だ。
(国に帰るだけで、こんなに表情が暗くなるものだろうか?)
愁はそう考えながらも、あえて核心には触れず、彼女の言葉を待った。
「いえ、直接的な問題ではないと思います。ただ、現在私の国では他国との戦争が起きていまして……。一人で戻るのは少し心細い状況です。それで、愁さんにお願いがあるのですが、私の国まで付き添っていただけないでしょうか?」
その言葉に、愁の心は静かに決まった。戦争中という状況で、彼女を一人で送り出すことなど到底できない。
「あ、なるほど。そういうことなら、喜んで一緒に行かせてもらいますよ」
「え? 本当にいいんですか? そんな簡単に……」
愁の即答に驚きの色を浮かべるメラリカ。愁としては、普段から彼女には世話になっている。断る理由など、初めからなかった。
「危険が多いなら尚更ですよ。一人で行かせるなんて俺にはできません」
「ありがとうございます……。本当に心強いです。出発は三日後の朝を予定していますので、どうぞよろしくお願いします」
「わかりました。それまではゆっくり準備しましょう」
最後に深く頭を下げたメラリカがその場を離れると、愁は再び視線を土地へと戻した。
(戦争か……どんな状況なんだろうか?メラリカさんの様子も気になるけど……)
わずかな不安が胸をよぎるが、それ以上に心を満たすのは新たな挑戦への情熱だった。和風建築の完成図が、彼の心の中で鮮やかに広がっていく。
(考えても答えは出ないよな……!)
「よーし、やるか!」
意気込んで建築を開始した愁。その背中には、確かな使命感と未来への希望が宿っていた。その後、あまりにも帰ってこない愁をリアが探しに来て、声をかけられるまで、休憩もしないでクラフト建築に熱中していた事は言うまでもない。




