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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第三章 新たなる世界 【エルセリア大陸 編】

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第3話 新天地へ


 現在の時刻は十三時を過ぎたところ。


 昨日は室内作業に徹したおかげで、少しばかり体を休めることができた愁は、今日の朝早くから再びクラフト作業を再開していた。もうすぐ、長らく手をかけてきた建物が完成する。これは、ライトとリリーニャが暮らすための『特別な家』だ。おそらく、この世界では初となる日本建築の家──愁の手によって細部まで精巧に作り上げられた唯一無二のものだ。


 『通常の三倍以上』の時間をかけ、細かな装飾や構造を丹念に作り込んだその建物には、基本的なクラフト建築工法のパネル工法だけでは表現できない美しさがあった。家そのものだけでなく、庭や風呂、塀に至るまで、すべてが愁の自信作だ。


「終わった!やったぞ、ザ・日本建築!」


 畳の上に寝転び、愁は達成感に浸る。足元から伝わる畳の柔らかな感触、鼻をくすぐる独特の青畳の香り、見上げれば見慣れた天井と木の梁。懐かしさに満ちた空間は、遠い故郷を思い出させる。心が不思議なほど落ち着いていく。


(やっぱり日本人には、日本建築が一番しっくりくるのかな……)


 苦労の連続だったクラフトだが、この完成度を目の当たりにすれば報われた気がする。


「さて……そろそろ二人を呼んでくるか」


 愁は高揚する気持ちを抑えきれず、早速ライトとリリーニャを呼びに出かけた。彼らがいるであろう愁の屋敷の食堂へ向かう道すがら、愁は歩調を早める。


 食堂に顔を出すと、案の定、ライトとリリーニャが机を囲んで談笑していた。


「お、いたいた!ライトさん、璃里!二人の家が完成したから見に来てほしいんだけど、今、大丈夫?」


「はい、大丈夫です」


 ライトが笑顔で振り向き、優しい声で答える。


「わーい!お家できたの?楽しみー!」


 リリーニャも声を弾ませた。


 食堂での軽いやり取りを終え、愁は二人を連れて新しい家へ向かった。建物の前に立った瞬間、最も驚いたのはリリーニャだった。


「すごーい!日本の建物だ!愁くん、よく作ったね!こんなに完璧な日本建築なんて、ゲームでもあんまり見たことないよ。オリジナルなの?」


「まあね。作るの、結構頑張ったからさ」


 愁は胸を張って笑う。『WORLD CREATOR』の世界観は中世風だ。近々実装の予定があると生前に聞いていたことはあるが、その頃はまだ日本建築は存在しない。それでも愁は手作りで細部を再現し、見事に完成させていた。それが今回のクラフトにも役に立っていた。


「すごいですね……これが、愁さんとリリーの故郷の建物なんですね」


 ライトは驚きと感動が入り混じった表情で、建物を見上げていた。


「今日からここで過ごしてもらって大丈夫ですよ。必要なものがあれば、何でも言ってくれれば作りますので」


 ライトの視線は好奇心に輝き、リリーニャも嬉しそうに頷いた。


「ありがとう、愁くん!さっそく荷物を運びに行かないと!」


 リリーニャは玄関へ向かって駆け出そうとするが、愁が呼び止める。


「待って、璃里!荷物運ぶの、大変だろ?俺も手伝うよ」


「うん、ありがとう!じゃあお願いするね!」


 建物をもう少し観察したいと言ったライトを残し、二人は荷物を取りに愁の家へ向かう道中、愁はリリーニャに問いかけた。


「璃里、あの杖の力、どれくらい理解して使ってる?」


「うーん……これ、ワルクリでアイドルしてたときに、ファンのみんながくれたものなんだよね。似合うからって、プレゼントしてくれたんだ」


「えっ、そうなの?それって……『神の秘宝』級のアイテムだよな?そんなものをプレゼントするなんて、ファンのみんな、すごいな……」


 愁の声には驚きと尊敬が入り混じり、その響きは微かに震えていた。『神の秘宝』等級のアイテム──それはただ貴重という言葉では足りないほどの存在で、手に入れることさえ奇跡に近い。リリーニャにそれを贈ったファンたちの情熱と献身に、愁は圧倒されていた。


(それだけ、璃里が愛されていたってことなんだな……)


 静寂が二人の間に広がる。しかしその沈黙は、ひんやりとしたものではなく、どこか温かく、心の奥に灯がともるような静けさだった。愁は杖の秘密が今後どのように二人の運命に関わっていくのか、頭の片隅で静かに思索を巡らせていた。


「うん!確かファンクラブのリーダーさんはココロンさんっていう人なの!」


 その名を耳にした瞬間、愁の心に小さな衝撃が走る。懐かしさがこみ上げるのは当然だ──その名は、共に戦い、幾度も切磋琢磨した好敵手の名であったからだ。


「ココロン?あの個人序列一位で『神代の魔法使い(ウィザードマスター)』の?なら納得だな。あの人はめちゃくちゃ強いし、廃人だし……」


 まさか、あの伝説的なプレイヤーであるココロンがリリーニャのファンとして彼女に尽くしていたとは──愁は言葉を失った。だが、それが事実だと知った今、杖の能力が何度も彼らを救ってきたことを思い返し、心の中で感謝の念を抱く。


(直接伝えることは叶わなくとも、ありがとう、ココロンさん──)


「ブレストに使った絶対厳守の契約は?あれはまた使えそうなのか?」


 愁の問いかけには、杖の持つ圧倒的な力への期待が込められていた。規格外の化け物──ブレストを、ある意味戦闘不能にまで追い込んだあの力。だがリリーニャの答えは首を傾げるような曖昧さを含んでいた。


「んー?試してみたけど、今は出来なかったよ?何か特別な条件があるのかも。他の上級魔法は、私が覚えている魔法なら問題なく使えるけど」


 それでも上級魔法を自在に操れるだけで十分すぎる力だった。しかし、あの異次元の能力が使えれば、これからの戦いは一層有利になるだろう。愁は期待を胸に秘めつつ、こう結論づけた。


(焦らず、解明していこう……ゆっくりと)


「そうか、分かった。俺が戻ったら、二人で力の研究をしてみようか」


「二人で?うん!分かった!」


 リリーニャの瞳に浮かぶ笑顔に、愁は心がほぐれるのを感じた。複雑な気持ちもあるが、彼女が蓮香 璃里でありリリーニャ・スターライトであること──どちらも彼女自身だと、ようやく腑に落ちた。そして、今を大切にしようと決意する。


「よーし!荷物を運んじゃおうか!」


 心が晴れた愁が笑顔でそう言った瞬間、彼らは愁の家に到着した。荷物を置いた部屋に向かおうとしたその時、リアとスフィアが姿を見せた。


「おっ!主様!なんだ、デートか?」


「え?デートなんですか?」


 スフィアのいたずらっぽい声に、リアが素直に反応する。愁は困ったように頭を抱えたくなったが、続くリリーニャの言葉が更に追い打ちをかける。


「うん!そうだよ!デート中なのっ!」


 リリーニャの腕が愁の腕に絡み、彼女の元気な声が響くと、愁は一瞬言葉を失った。まさかここでその話題を持ち出されるとは──しかも、スフィアがさらに悪乗りで話に乗ってくるのは目に見えている。これ以上話を広げられては困る。そして、愁が特に気にかかるのは、隣にいるリアの様子だった。彼女の小さな肩が微かに震え、瞳にほんのりと影が落ちているのを見逃さなかった。


「お、おい!待て、違うぞ?ただの荷物運びだ!」


 慌てて言葉を継ぐ愁。しかし、その必死な弁明が余計に事態を悪化させている気がしてならない。


(なぜこんなことで焦らなければならないんだか……)


 スフィアが口元に笑みを浮かべ、からかうような声で応じた。


「そんなに焦らなくてもいいだろ、主様?冗談だぞ」


 その軽やかな声に、愁は肩を落としてため息をつく。


(冗談なのは分かってる。でも、そういう問題じゃないんだ)


 愁はできるだけ冷静を装いながら言葉を選んだ。


「スフィアさん、冗談もほどほどにしてくれ。リアが困るだろう」


 その一言で、リアの寂しそうな表情が少しずつ柔らいでいく。真面目で純粋な彼女は、冗談と分かるとすぐに切り替えたようだった。


「あ、荷物運んでたんですね!それなら、わたしも手伝います!」


 リアの明るい声に、愁の胸の奥にあったわずかな不安が溶けていく。やはり素直で賢い子だ、と改めて感じる。


「手伝ってくれるの?リアちゃん、ありがとうねっ!」


 リリーニャが満面の笑みを浮かべ、リアに駆け寄る。その笑顔は太陽のように眩しい。


「助かるよ、リア。本当にありがとうね」


 愁もようやく落ち着いた声で応えた。


 その後、スフィアも加わり、三人で手際よく荷物を運ぶ。愁が心に誓ったのは、この穏やかで温かい瞬間を大切にしていくことだった。スフィアのいたずら心も、リリーニャの無邪気さも、リアの真摯な優しさも──全てが愛おしく思える、大切な時間だ。


 こうして、思ったよりも早く荷物運びは終わり、村の静かな風景の中に笑い声が響いていた。




◆◇◆◇◆◇




 夜空は深い群青に染まり、月光が地上を銀色に照らしていた。冷たい空気が張り詰めた静寂を包み、遠くから響く梟の声が夜の支配を告げている。愁とメラリカが立つ村の入り口には、見送りに来た四人の仲間たちが並んでいた。冷え込む空気の中でも、彼女らの瞳は温かい思いに満ちている。


 スフィアが一歩前に進み、拳を突き出す。


「本当に気を付けるんだぞ、主様!無茶をするなよ。皆、主様がいないと寂しがるし、困るんだからな。だって、主様は“王”だろう?これからもちゃんと導いてもらわないとな」


 愁は微笑み、スフィアの拳に自分の拳を軽く当てた。


「ああ、ありがとうな、スフィア。村のことは任せたぞ」


「任せておけ。無事に戻ってきたらまたご褒美をやろう!」


 スフィアのからかいにも似た言葉に、愁は小さく笑う。


(ご褒美、ね。何をくれるんだか……)


 口には出さず、ただその場の雰囲気を楽しむように笑みを浮かべる。


 次に、リアが小さな足音を響かせながら愁の前に立つ。


「愁さま、メラリカさん……必ず無事に戻ってきてください。それだけが私の願いですから。待っている間、勉強も翻訳も頑張っておきますね!」


 その言葉に、愁の胸がじんと温まる。彼女の小さな手が愁の手を握り、力強くも温かな握手を交わした。


 続いて、リリーニャがリアの隣に並び、愁のもう片方の手を握りしめる。


「そうだよ、愁くん!絶対に怪我しないでね!メラリカさんを守って、早く帰ってきてよ!」


「了解。二人とも、少しの間だけ離れるけど、すぐに戻るから待っててくれ」


 愁は優しく二人の頭を撫でる。その仕草に、リリーニャとリアが猫のように目を細めたかと思うと、涙ぐんだ顔で笑顔を見せる。


 最後にライトが歩み寄り、愁としっかりと握手を交わす。


「愁さんが留守の間、リーダーとして皆を支えます。どうぞ安心して行ってきてください」


「ありがとうございます、ライトさん。頼りにしています。村のことをよろしくお願いします」


 ライトの力強い握手に、愁は深い信頼を感じた。


 愁が仲間たち一人一人と別れの挨拶を交わし終えると、メラリカも全員への挨拶を済ませて彼の隣に戻ってきた。その静かな笑顔に、愁は目の前に広がる長い旅路への覚悟を新たにする。


 これから向かうのは、遥か彼方に広がるエルセリア大陸──その中心に位置するキアナ王国だ。そこに辿り着くまでの距離は『果てしなく遠い』。だからこそ、今回は〈飛行〉の魔法を込めた魔石を使って移動することにした。昼間に旅立てば目立ってしまうため、こうして夜の帳が降りた今、出発することにしたのだ。


 もちろん〈認識阻害〉の魔法も施している。しかし、それだけで万全ではない。この世界には未知の強者が数多く存在する──あのブレストのように、常識を超えた力を持つ者もいる。そのことを熟知している愁は、慎重に慎重を重ねた。


「行きましょうか、メラリカさん」


「はい。よろしくお願いします」


 愁はメラリカに〈飛行〉の魔法を込めた魔石を手渡した。一度だけ教えただけなのに、メラリカはその魔石を見事に扱っている。さすがだ、と感心しつつ、二人は同時に魔石を発動させる。


 ふわりと宙に浮かぶ感覚。冷たい夜風が頬を撫で、澄んだ空気が肺に満ちる。月明かりが二人の足元を照らし、星々が煌めく夜空へと誘うように輝いていた。


「それじゃあ、行ってくるね!」


 村からの見送りの声が響く。ライト、スフィア、リア、リリーニャ――それぞれの声が温かく、背中を押してくれるようだった。


 空気は冷たく、肌をピリつかせる。しかしその冷たささえも、愁にとっては新たな冒険の始まりを告げる合図のように感じられた。胸の中に芽生える期待と不安が、心を高鳴らせる。


(きっと、この先には何かが待っている。だが……仲間がいる限り、恐れるものはない)


 いつまでも未練を残してはいけない。信頼する仲間たちは、この村を守ってくれる。だからこそ、前を向いて進むのが愁にとっての責務だ。


 メラリカにとっては『帰郷』となるエルセリア大陸。愁にとっては『未知の大地』だ。二人は、星の煌めく夜空を駆け抜け、未来への旅路へと飛び立った。


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