第1-1話 緊急事態?
王都での賑やかな日々が過ぎ、リアの誕生日を祝った幸福な時間、ユアが襲撃されたあの事件──様々な出来事があったが、村に戻った愁はしばしの間、穏やかな日常を取り戻していた。
村では年が明け、本格的な冬が訪れる。外はしんしんと降り積もった雪に覆われ、あたり一面が純白の世界へと変貌していた。
大森林の冬は厳しく、毎年最低でも十五センチ、多い時には三十センチもの雪が積もるという話だったが、実際に屋根や道には二十センチほどの雪がこんもりと積もっている。
食堂では、暖炉の火がぱちぱちと心地よい音を立て、赤々と燃えている。木の壁に映る炎の揺らぎが温かな雰囲気を醸し出し、部屋全体に優しい熱を届けていた。
愁は時折薪をくべながら、リア、スフィア、メラリカとともにのんびりとした時間を過ごしていた。
(はあ……暖炉の火って、こんなに心地いいものだったっけ)
一月も半ばを過ぎたが、雪の多い日が続き、外での行動は制限されがちだったが、村の営みは止まらない。
メラリカは村人に農作物の知識を教え、彼らは冬の間に学びを深めている。
スフィアとは定期的に訓練を行い、お互いの戦闘技術を高めていた。彼女の才能は目覚ましく、以前よりもさらに腕を上げていることを実感する。
リアには魔石の扱い方を教え、初級魔法を自在に操れるようになりつつあった。
こうして、冬の間もそれぞれができることを進めながら、充実した日々を送っていたが、今日はそんな活動をひとまず忘れ、ゆったりと過ごす休息の日だった。
食堂の暖炉の前には、ふかふかの毛足の長い絨毯が敷かれている。その上には特殊な素材で作られたテーブルがあり、中には熱を発する『火の魔石』を嵌め込むスペースが設けられている。その上に布団をかけ、さらに天板を置けば『こたつ』の完成だ。
愁が昨日作ったばかりのこたつ。ひとたびその魅力を知ってしまえば、もはや抜け出せない。事実、今こうしてリアもスフィアもメラリカも、まるで魔法にかかったようにこたつの温もりに包まれている。
「これは本当に抜け出せませんね。まるで魅了の魔術でもかけられているみたいに……」
メラリカが感嘆の声を漏らす。その言葉に、スフィアとリアも共感したように続ける。
「本当だな……これは人を駄目にする」
「はい……暖かくて幸せです……」
普段はしっかり者のリアやメラリカまでが、このこたつの虜になってしまっているのだから、その威力は計り知れない。
愁もまた、この温もりを心から愛していた。現実世界で病に伏していた頃も、そしてこの『WORLD CREATOR』の世界に来てからも、こたつを求め続け、ようやく作り上げたのだから、その情熱には自信がある。
「いいよなぁ、こたつって……最高だよな~」
のんびりとした空気が流れる中、突然、屋敷の玄関を叩く音が響いた。それは、軽やかな訪問の合図ではなく、どこか焦りを孕んだ強いノックだった。
「……ん?何かあったのかな?」
名残惜しさを振り払い、愁はこたつから抜け出す。冷えた床に足をつけ、早足で玄関へと向かった。
「開けていいよ。どうかしたのかい?」
扉を開くと、そこに立っていたのは村の亜人族たちの世話役を任されているクロムだった。
普段は冷静沈着な彼が、息を切らせている。その様子に、ただ事ではないと悟る。
「お休みのところすみません。愁様。少々問題が起きまして……」
クロムは荒い息を整えながら、それでも迅速に要件を伝えようとした。その顔には焦燥の色が浮かんでいる。
対する愁は、一瞬のうちに表情を引き締めた。
「どうしたんだい?」
「それが、ラリアガルド帝国側の森を巡回していた者が、帝国に住む亜人族の少年を保護したのですが……彼は村から逃げてきたと言っていて……。どうやら、その村にはまだ二十名ほどの村人が取り残されており、現在盗賊に襲われているとのことです」
ラリアガルド帝国──アイラフグリス王国とは異なり、一応は亜人の人権が保証されている国。
しかし、一部では彼らの立場はいまだ低く、重い税に苦しみながら細々と生きることを強いられているという話もあるという。
つまり村が盗賊に襲われたとしても、帝国の兵士が動く可能性は限りなく低いという事だ。
「その村はここからどれくらいの距離なの?」
「アークルトスの町までの半分もかからない場所です」
(なら、飛行の魔石を使えば、全力で飛んで三十分ほどで到達できるな)
「よし、わかった。クロムは引き続き村の管理を頼むね。俺はスフィアと二人でその村に向かうから」
決断は一瞬だった。愁はすぐさま踵を返し、食堂へと向かう。そこでは、こたつの中で至福のひとときを満喫しているスフィアの姿があった。
「スフィア、行くよ。急ぎの仕事だ」
「……ぬくぬく……」
彼女は心地よさに浸るように甘えた声を漏らし、さらにこたつの奥へと潜り込もうとする。
「そんなこと言ってる場合じゃないの!」
愁は彼女の腕を引っ張り、強引にこたつから引きずり出した。
「ひゃあっ!?ちょ、主様、いきなり何を──」
次の瞬間、冷たい空気がスフィアの全身を包み込み、彼女はぶるりと震えた。そして、何の迷いもなく愁の背中にしがみつく。
「さ、寒い……」
「あとでたっぷりこたつに入っていいから、今は我慢してくれ」
嫌がるスフィアを屋敷の玄関へ連れて行くと、愁は短く息を吐く。その吐息が冬の澄んだ空気の中で白い靄となって消えていった。手早く装備を整え、外へと踏み出す。
夜空の下、静寂に包まれた大地の上で、スフィアは再び愁の背中にぴったりと張り付く。
「おーい、スフィア。飛行の魔石、自分でも使えるだろ?」
「嫌だ!だって寒いもん!主様の背中にくっついてた方が温かいし!」
愁は思わず内心で叫んだ。
(お前は猫か!狼の誇りはどこに行ったのやら)
だが、実際は魔石の節約にもなるし、何よりスフィアが寒さに震えるのを見過ごすのも忍びない。
「そんじゃ、しっかり捕まっててね。かなり飛ばすからな」
「我、了解!」
スフィアの腕がぎゅっと愁の身体を抱きしめる。
次の瞬間、二人の影が森の中へ溶け込むように、風を切って飛び立った。
少しでも『面白い!』『続きが気になる!』と思っていただけたら、ブックマークで応援いただけると嬉しいです。下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価をいただけると、さらにさらに、次回の更新も頑張れます!




