第8-1話 クラフトの時間
アークルトスの町に到着した一行は、まずギルドに立ち寄り、依頼達成の証である素材の引き渡しと報酬の受け取りを済ませた。
今回メラリカが持ち込んだ魔力鉱石は、比較的深い階層で採取されたものだったこともあり、ギルドの鑑定で過去最高の品質と評価された。
聞くところによれば、通常の相場の『二倍』という破格の買取価格が提示されたらしく──その成果に、彼女は頬をほんのりと紅潮させながら、上機嫌で愁たちの待つテーブルへと歩み寄ってくる。
「愁さん、お待たせしました。おかげさまでいつもの倍以上の値がつきました。本当に、報酬はいらないのですか?私としては、きちんとお支払いしたいのですが」
微笑を湛えたまま、礼儀正しく頭を下げるメラリカ。その笑顔には媚びた色など一切なく、成功をともに喜ぶ仲間としての誠実さが滲んでいた。
彼女が持ち帰った魔力鉱石は、最下層で地底龍の許可を得て採取したものではなく、落下しかけた穴の縁で、命がけで拾い上げたものだった。
愁自身も別のルートで大量の素材を得ていたため、報酬をさらに受け取る必要はないと判断していた。
「いえいえ、今回はお世話になりましたから。報酬は結構です。それよりひとつ、お願いがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「お願い、ですか?」
小首を傾げるメラリカ。艶やかな金髪がさらりと肩に流れ、その所作は小動物のような可憐さを帯びている。
愁は内心、少しばかり緊張しながらも──あらかじめ考えていた提案を切り出した。
「メラリカさんは、農作物に関してもかなりの知識をお持ちだと聞きました。もしよければ、俺が今暮らしている村に来て、その知識を村の皆に教えていただけないでしょうか?」
「……そういうことでしたら、お力になれますよ」
あまりにもあっさりと、しかも自然な笑顔で頷かれたため、愁は少し肩の力が抜けたような気がした。心の奥に張り詰めていた糸が、ふっと緩む。
(これでまた一歩、前に進めるな)
だが同時に、愁の脳裏には別の考えも浮かんでいた。せっかく来てもらうのだから、最大限の『もてなし』をせねばならない。『また来たい』と思ってもらえるように。
「助かります。うちの村は、住人のほとんどが亜人族なんです。だから町の人たちには頼みづらくて……」
その声には、わずかに迷いと遠慮が滲んでいた。人族の中には、今もなお根深い偏見を持つ者が多い。しかし──共に旅をして、信頼を築いてきたメラリカならば、そうした不安はほとんどなかった。
農作に関する知識が村に根付けば、多少なりとも自給自足の基盤が整い、長期的には安定した生活が可能となる。今こそ、未来のために種を蒔くときなのだ。
「えっと、愁さんの村に行くとして出発は明日ですよね?今日はお祭りですし」
「そうですね。夕方には少し用事があるので、その間、ふたりのことをお願いしたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「もちろん!大丈夫ですよ。それまでには準備を済ませて戻ってきますので。では、少しだけ外しますね」
「はい、分かりました。部屋にいると思うので、準備が整ったら来てください」
話がまとまり、互いに軽く会釈を交わすと──メラリカはギルドを後にした。
扉が閉まると、ほんの少し残された空気に、彼女の淡い香りと前向きな余韻が静かに漂った。
◆◇◆◇◆◇
そして夕刻。西の空が橙に染まりはじめた頃、愁とリア、スフィアの三人は市場での買い出しを終え、静かに賑わいを取り戻しつつある宿へと戻ってきた。
今回も以前利用した宿を選び、受付の顔馴染みからは快く広めの部屋を用意してもらえた。
三人で使うには十分な広さがあり、木の温もりが感じられる室内は、旅の疲れを癒すには申し分ない快適さだった。
しばらくして、控えめに扉がノックされる音が響き、それに続くように、澄んだ声が扉越しに届いた。
「メラリカです。愁さんのお部屋はこちらでよろしいでしょうか?」
用事を済ませたメラリカが戻ってきたのだろう。愁は軽やかな足取りで扉へと向かい、すぐさま鍵を外す。
「はい。今、開けますね」
扉を開けると、そこにはいつものように微笑みをたたえたメラリカの姿があった。薄桃色の頬と整えられた金糸のような髪が、夕陽に照らされて柔らかに輝いている。
「すみません。わざわざ来てもらっちゃって。俺はまだ少しだけ片付けたい用事があって。メラリカさんしか頼れる方がいなかったので、本当に助かります」
愁が頭を下げると、メラリカは笑顔を崩さず軽く首を振った。
「いえいえ、私もお祭りには興味がありましたし。それに、女性同士ですので気を使わずに済みますから。愁さんが戻られるまでの間は、私にお任せください」
頼もしく言い切るその姿に、愁は心から安堵の息をつく。何事にも柔和で、芯の通ったメラリカの存在は、それだけで周囲に安心感をもたらすものだった。
この時期、夕方ともなれば外気はかなり冷え込む。空気は肌を刺すように鋭く、吐く息が白くなるほどだ。
そんな中、愁は少し前から彼女たちのために、ささやかな礼としてコートを製作していた。三人分、それぞれに寸法を合わせた特注品だ。
今回仕立てたのは、裏地に柔らかなボア加工を施し、防寒性能を高めたハーフ丈のミリタリーコート。
色は清らかな白で、ふわりと羽織るだけで気品が漂うエレガントな仕上がりとなっていた。さらに隠し味として、火の魔石を細かく砕き、生地の中に紡ぎ込むことで、着る者の体温に反応して『じんわりと温かくなる』発熱効果も施してある。
愁はエンドレスボックスを開き、慎重に取り出したコートを一着ずつ手渡していく。
「メラリカさんも、よろしければ着てみてください。寒くなってきたので、三人お揃いで作ってみたんです。とても暖かいですよ」
差し出されたコートを受け取り、メラリカはその裏地にそっと指を滑らせる。毛足の長いボアの感触に驚いたのか、何度もその場所を撫で直していた。さらに生地の中に隠された魔石の粉が反応し、じわりと伝わる熱に、目を丸くして小さく声を漏らす。
「これを愁さんが?本当に、なんでも作ってしまわれるのですね。素敵なコートをありがとうございます。早速、着させていただきますね」
その言葉には、ただの礼以上の『心からの感嘆』が込められていた。
リアとスフィアもすぐに自分のコートを羽織り、嬉しそうに身をひねっては感触を確かめていた。
その笑顔を見て、愁は胸の内にほのかな満足感を覚える。自らの手で作り上げた物が、誰かの喜びに繋がるというのは、何よりも誇らしく心地よいものだ。
「それじゃあ、二時間後にギルドで合流しましょう。俺はその間に用事を片付けておきます。リア、スフィア、メラリカさんにご迷惑をかけないようにね」
愁の視線に応え、リアは頷きながらもきちんと口を揃える。
「わかりました。愁さまもお気をつけて」
「大丈夫だぞ主様!我、迷惑かけない!」
リアの控えめながらもしっかりとした返事、スフィアの明るく元気な声。その対比に思わず愁の口元が綻んだ。少々の不安はあるにせよ、彼女たちは信頼に足る仲間だ──そう胸を張って言える。
(……さて、俺も急がないとな)
三人を見送りながら、愁はそっと息を吐き、内に秘めていた情熱を燃やし始める。いよいよ、待ちに待ったクラフトの時間だった。
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